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後日譚⑲『失態』
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イリアスは自室に戻ると、ソファに座り、項垂れた。
自分を拒絶したカイトの表情が脳裏に焼き付いていた。心底嫌そうな顔をされた。
イリアスの胸がずきりと痛む。キスを拒まれたのは初めてだった。
カイトと自分は同じ想いだと思っていたが、本当にそうなのかと、わからなくなるときがあった。
カイトは元々、女が好きだ。面食いで、街を歩いていても美女がいると目で追ったりしている。
イリアスに女が近づいてきても、けろりとしていた。
肌を合わせることに抵抗はないようだったが、彼の性格を考えると、踏み込めずにいた。
この世界において、カイトは弱い。庇護がなければ魔獣に襲われ、長くは生きられない。
自分のことをお荷物のように負い目を感じていて、優しくされれば懸命に返そうとする。その健気さに魅かれた。
先に手を出したのは自分だ。彼は応えてくれたが、イリアスに拾われ、命を救われた恩義を返そうとしているだけかもしれない。
快感を与えれば、自分ばかりだから、と体を開こうとした。最後まで抱いてしまったら、歯止めが利かなくなってしまう。
カイトの本当の気持ちがどこにあるのかわかるまでは、一線は越えられないと自分を戒めた。
ゆっくり気持ちを育んでいくのもいいと思っていた。
まさか、兄がやって来るとは思わなかった。
リエンヌのようなこの街の者であれば、いくらでも遠ざけることはできる。
だが兄は無理だ。イリアスは見ていることしかできない。
兄から指南を受けた結界は、強固な形を成すことができた。手紙だけでは難しかっただろう。
直接の指南は有難かったが、カイトがたった一日で、兄と打ち解けるとは思わなかった。
カイトの心が兄に落ちるのは時間の問題だと思った。
だが、カイトの想いは報われない。兄はディーテの元へ帰る。
そのあとは? 自分を通して、兄を想ったりするのだろうか。
イリアスが歯噛みしていると、ふと部屋の外に人の気配を感じた。
カイトかもしれない。
イリアスは入室の合図を待たずに扉を開けた。いきなり扉が開いたことに相手は少々驚いたように言った。
「相変わらず勘がいいな」
そこにいたのはグラスと酒瓶を持った兄だった。今、一番見たくない顔だ。
「……なんでしょうか」
「入るぞ」
イリアスを押しのけて、部屋に入り、ソファに深々と座った。持ち込んだグラスに酒を注いでいる。
仕方がないので、向かいのソファに腰を下ろそうとすると、兄が非難がましい目を向けた。
「まさかと思うが、その状態でカイトに会っていないだろうな」
イリアスは眉根を寄せた。帰宅してすぐにカイトの部屋に行った。リエンヌのこともあり、早く顔を見たかった。答えずにいると、ユリウスは厳しい声で言った。
「女の匂いが移っていることに気づかなかったのか」
「!」
驚いて服を嗅いでみたが、わからなかった。長時間、香水をつけた女たちと踊っていたせいか、鼻が利かなくなっていた。
「不愉快だ。さっさと風呂に入ってこい」
兄は顔を顰め、グラスを煽った。
イリアスは自らの失態に臍を噛みながら、湯殿に向かった。
自分を拒絶したカイトの表情が脳裏に焼き付いていた。心底嫌そうな顔をされた。
イリアスの胸がずきりと痛む。キスを拒まれたのは初めてだった。
カイトと自分は同じ想いだと思っていたが、本当にそうなのかと、わからなくなるときがあった。
カイトは元々、女が好きだ。面食いで、街を歩いていても美女がいると目で追ったりしている。
イリアスに女が近づいてきても、けろりとしていた。
肌を合わせることに抵抗はないようだったが、彼の性格を考えると、踏み込めずにいた。
この世界において、カイトは弱い。庇護がなければ魔獣に襲われ、長くは生きられない。
自分のことをお荷物のように負い目を感じていて、優しくされれば懸命に返そうとする。その健気さに魅かれた。
先に手を出したのは自分だ。彼は応えてくれたが、イリアスに拾われ、命を救われた恩義を返そうとしているだけかもしれない。
快感を与えれば、自分ばかりだから、と体を開こうとした。最後まで抱いてしまったら、歯止めが利かなくなってしまう。
カイトの本当の気持ちがどこにあるのかわかるまでは、一線は越えられないと自分を戒めた。
ゆっくり気持ちを育んでいくのもいいと思っていた。
まさか、兄がやって来るとは思わなかった。
リエンヌのようなこの街の者であれば、いくらでも遠ざけることはできる。
だが兄は無理だ。イリアスは見ていることしかできない。
兄から指南を受けた結界は、強固な形を成すことができた。手紙だけでは難しかっただろう。
直接の指南は有難かったが、カイトがたった一日で、兄と打ち解けるとは思わなかった。
カイトの心が兄に落ちるのは時間の問題だと思った。
だが、カイトの想いは報われない。兄はディーテの元へ帰る。
そのあとは? 自分を通して、兄を想ったりするのだろうか。
イリアスが歯噛みしていると、ふと部屋の外に人の気配を感じた。
カイトかもしれない。
イリアスは入室の合図を待たずに扉を開けた。いきなり扉が開いたことに相手は少々驚いたように言った。
「相変わらず勘がいいな」
そこにいたのはグラスと酒瓶を持った兄だった。今、一番見たくない顔だ。
「……なんでしょうか」
「入るぞ」
イリアスを押しのけて、部屋に入り、ソファに深々と座った。持ち込んだグラスに酒を注いでいる。
仕方がないので、向かいのソファに腰を下ろそうとすると、兄が非難がましい目を向けた。
「まさかと思うが、その状態でカイトに会っていないだろうな」
イリアスは眉根を寄せた。帰宅してすぐにカイトの部屋に行った。リエンヌのこともあり、早く顔を見たかった。答えずにいると、ユリウスは厳しい声で言った。
「女の匂いが移っていることに気づかなかったのか」
「!」
驚いて服を嗅いでみたが、わからなかった。長時間、香水をつけた女たちと踊っていたせいか、鼻が利かなくなっていた。
「不愉快だ。さっさと風呂に入ってこい」
兄は顔を顰め、グラスを煽った。
イリアスは自らの失態に臍を噛みながら、湯殿に向かった。
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