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後日譚⑳『ディーテの贈り物』

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 香りを流して部屋に戻ると、兄は呆れた顔をしていた。

「カイトに舞踏会のことは言ってなかったようだな」
「…………」
「余計な心配をさせたくないという気持ちはわかるが、後で知って傷つくのはカイトだぞ」

 返す言葉がなかった。カイトに突き飛ばされたのは、移り香のせいだったとしたら、誤解したのかもしれない。

 イリアスはソファに腰を下ろした。兄がグラスに酒を注ぐ。目の前にグラスを置かれたので、口をつけると、

「おまえ、なんでカイトを抱いてやらないんだ」
「‼」

 不意打ちされ、危うく吹き出しそうになった。咳き込みながらグラスを置き、兄を凝視した。

「カイトが言ったわけじゃないぞ。王都を出るとき、ディーテからこれを預かってな」

 兄は細長い木箱をソファ脇から出してきた。

 開けてみると、中には小瓶が入っている。瓶のふたを捻ると、香油の香りがした。

 用途がわかり、イリアスは頭を抱えたくなった。

「カイトに渡せと言われていたんだが……こんな物をカイトに渡したら、私がおまえに恨まれそうだったんでな」

 ユリウスはくっくと笑った。

「……お気遣い、ありがとうございます」

 イリアスは辛うじて言葉を発した。

 兄はカイトがディーテに手紙を出していたことを教えてくれた。

 内容はわからなかったが、ディーテの意味深な物言いや、渡された物で察しがついたらしい。

「大切にしたいのだろうが、子供じゃないんだ。あの子はおまえのことを真剣に考えているよ。信じてやれ」
「……はい」

 兄は頬を緩めると、グラスを傾けた。

 イリアスはこれ以上、カイトの気持ちを疑うまいと思った。兄は力になってくれている。

 嫉妬するよりも、カイトと向き合うことの方が大切なのかもしれない。

 イリアスも酒を飲もうとグラスを持ったとき、再び木箱が目に入った。

「ところでこれのことですが、入ってますね?」
「知らんよ」

 兄はすっとぼけた。が、絶対知っているだろうと、見つめていると、にやりと笑った。

「変に乱れたりはせんから、安心しろ」

 やはり知っていた。

 はあ、とひと息つき、イリアスがどうしたもんかと木箱を眺めていると、兄が澄ました顔をした。

「痛みを和らげる程度の物だ。ディーテが試しているから、大丈夫だ」

 まったくどこから手に入れているんだ、と突っ込みたかったが、やめておく。

 兄は機嫌良く、ディーテの近況を語りだした。

 のろけに付き合うのも久しぶりだ。次に会えるのはいつになるかわからない。兄とのひとときを楽しむか、とイリアスは小さく笑みを浮かべ、耳を傾けた。
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