113 / 117
後日譚㉑『ユリウスの仲裁』
しおりを挟む
翌朝、海人は消化しきれない気持ちを抱えて、朝食を食べに一階に下りた。
伯爵の席に食器がない。まだ帰って来ていないようだ。
イリアスは隊服を着て座っているので、今日は駐屯地に行くのだろう。海人は無言で席に着いた。
「おはよう」
イリアスが代わり映えなく挨拶してきたので、ぼそりと返した。
昨夜はよく眠れなかった。
イリアスの服に付いていた香水のことで、嫌なことばかりが頭をよぎった。
ユリウスが遅れて入ってくると、食事が運ばれてきた。睡眠不足のせいか、食欲がなかった。
パンを小さく千切り、もそもそと食べる。スープやキノコを少し口にし、フォークとナイフを置いた。
「カイト」
食べ終わったイリアスが声を掛けてきた。
いつもならこのまま駐屯地に共に行くが、海人は下を向いたまま言った。
「今日はユリウスさんと一緒にいる」
気持ちの整理がつかないまま、そばにいたくなかった。
何か言われるかと思ったが、イリアスは気にも留めなかった。
「兄上、よろしいですか」
「かまわんよ。昼は外で食べたい。どこか教えてくれ」
「それなら『シルフレイン』がいいでしょう。グレン、手配しておいてくれ」
淡々と話しが進み、イリアスは食卓を後にした。
海人は顔を上げられなかった。子供みたいな我がままを言った自分に嫌気が差した。
「カイト。昼まで寝てくるといい」
ユリウスはまるですべてを知っているかのように優しく声をかけてくれた。
海人は小さくうなずき、部屋に戻ってひと眠りすることにした。
***
太陽が中天に差し掛かった頃、グレンに起こされた。
ユリウスは海人が以前、使っていた部屋に泊まっている。顔を出して、休ませてくれた礼を言うと「私も寝不足だったからな、ちょうどよかった」と笑った。
昼食に選んだ店『シルフレイン』は貴族街にある高級レストランだ。
貴族だけではなく、富豪の商人といった上流階級が利用するらしい。
こういう店は肩が凝るので、海人はあまり好きではなかったが、料理はとても美味しかったことを覚えている。
雑な盛り付けの多い庶民の店とは違い、洗練されている店だった。
ユリウスの馬車で向かい、店に入ると海人を見た給仕係が「サラディール様ですね」とにこやかに言った。
海人のことを覚えていたようだ。
給仕係に案内された店内には、客がまばらにいた。皆、静かに食事を楽しんでいる。
海人たちは窓際の見晴らしの良い席に案内された。メニューの説明はユリウスが聞いてくれる。
海人がこういう店に慣れていないのは百も承知だ。
給仕係が下がると、ユリウスがのんびりした声で言った。
「夕べは喧嘩でもしたか」
海人は言葉に詰まった。どう言おうかと視線を泳がせていると、
「あれは弟が悪い」
と、ずばりと言った。
「私もイリアスの部屋に行ったからわかる。あれはひどい香りだったな」
海人は口をきゅっと結んだ。移り香のことだ。
給仕係がやってきて、ユリウスのグラスに食前酒を注ぐ。海人は水を頼んだ。
給仕係の後ろ姿を見やり、ユリウスは続けた。
「だがな、カイト。おまえが心配するようなことはないよ。昨日は舞踏会だったからな」
「舞踏会?」
ユリウスは食前酒をひとくち飲んだ。
「貴族の間ではよくあることだ。何人もの女と踊るから、匂いも移る。別に誰かと何かあったわけではない」
海人は小さく口を開けた。
「そうだったんだ……」
つぶやくと、ユリウスが苦笑した。
「独身貴族の集まりだからな。若い女ばかりだし、言いづらかったんだろう。ただ、男も同世代が多く参加する。交流を深める場にもなるのだ。許してやってくれ」
海人は視線を落とした。
「おれ、謝らなきゃ」
ユリウスが何かあったのか訊いてきたので、突き飛ばしたことを言った。
「謝る必要はない。言ったろう、あいつが悪いと」
「でも……」
「カイトに嫌われたくなくて黙っていた結果、墓穴を掘ったんだ。自業自得だ」
運ばれてきた肉料理を優雅に切りながら、口ぶりは容赦ない。海人も音を立てないように、そろそろと肉にナイフを入れた。
ユリウスの言葉を反芻する。
(おれに、嫌われたくなくて……)
そうかと思ったら、少し元気が出てきた。同時に食欲も出てくる。
自然と笑みが浮かび、顔を上げたら、柔らかな瞳があった。
海人と目が合うと、うなずくように笑い、フォークを口に入れた。
この人も、本当に優しい。
海人はほっこりしながら、だからこそ不思議に思うことが自然と口に出た。
「ユリウスさんは、なんでいつも佐井賀さんを怒らすんですか」
「!」
途端、ユリウスの手が止まった。美麗な顔に驚きが浮かんでいる。まじまじと見てきた。
海人は気にせず肉を食む。
「イリアスも喧嘩はいつものことだって言ってたし……」
「待て。ディーテは私のことをなんと言っているんだ」
ユリウスがフォークを置いた。思いの外、真剣な顔をしたので、まずかったかなと思った。
「あ、えっと……大したことじゃないです」
「こら。気になるじゃないか」
ユリウスが軽く身を乗り出したとき、
「サラディール様?」
と、別の声が割って入った。
声のした方を向くと、少し離れたところから、こちらを窺うように少女が立っていた。
その顔に見覚えがあった。
「あ……」
海人が声を上げると、花咲くような笑みを浮かべた美少女が近寄ってきた。
伯爵の席に食器がない。まだ帰って来ていないようだ。
イリアスは隊服を着て座っているので、今日は駐屯地に行くのだろう。海人は無言で席に着いた。
「おはよう」
イリアスが代わり映えなく挨拶してきたので、ぼそりと返した。
昨夜はよく眠れなかった。
イリアスの服に付いていた香水のことで、嫌なことばかりが頭をよぎった。
ユリウスが遅れて入ってくると、食事が運ばれてきた。睡眠不足のせいか、食欲がなかった。
パンを小さく千切り、もそもそと食べる。スープやキノコを少し口にし、フォークとナイフを置いた。
「カイト」
食べ終わったイリアスが声を掛けてきた。
いつもならこのまま駐屯地に共に行くが、海人は下を向いたまま言った。
「今日はユリウスさんと一緒にいる」
気持ちの整理がつかないまま、そばにいたくなかった。
何か言われるかと思ったが、イリアスは気にも留めなかった。
「兄上、よろしいですか」
「かまわんよ。昼は外で食べたい。どこか教えてくれ」
「それなら『シルフレイン』がいいでしょう。グレン、手配しておいてくれ」
淡々と話しが進み、イリアスは食卓を後にした。
海人は顔を上げられなかった。子供みたいな我がままを言った自分に嫌気が差した。
「カイト。昼まで寝てくるといい」
ユリウスはまるですべてを知っているかのように優しく声をかけてくれた。
海人は小さくうなずき、部屋に戻ってひと眠りすることにした。
***
太陽が中天に差し掛かった頃、グレンに起こされた。
ユリウスは海人が以前、使っていた部屋に泊まっている。顔を出して、休ませてくれた礼を言うと「私も寝不足だったからな、ちょうどよかった」と笑った。
昼食に選んだ店『シルフレイン』は貴族街にある高級レストランだ。
貴族だけではなく、富豪の商人といった上流階級が利用するらしい。
こういう店は肩が凝るので、海人はあまり好きではなかったが、料理はとても美味しかったことを覚えている。
雑な盛り付けの多い庶民の店とは違い、洗練されている店だった。
ユリウスの馬車で向かい、店に入ると海人を見た給仕係が「サラディール様ですね」とにこやかに言った。
海人のことを覚えていたようだ。
給仕係に案内された店内には、客がまばらにいた。皆、静かに食事を楽しんでいる。
海人たちは窓際の見晴らしの良い席に案内された。メニューの説明はユリウスが聞いてくれる。
海人がこういう店に慣れていないのは百も承知だ。
給仕係が下がると、ユリウスがのんびりした声で言った。
「夕べは喧嘩でもしたか」
海人は言葉に詰まった。どう言おうかと視線を泳がせていると、
「あれは弟が悪い」
と、ずばりと言った。
「私もイリアスの部屋に行ったからわかる。あれはひどい香りだったな」
海人は口をきゅっと結んだ。移り香のことだ。
給仕係がやってきて、ユリウスのグラスに食前酒を注ぐ。海人は水を頼んだ。
給仕係の後ろ姿を見やり、ユリウスは続けた。
「だがな、カイト。おまえが心配するようなことはないよ。昨日は舞踏会だったからな」
「舞踏会?」
ユリウスは食前酒をひとくち飲んだ。
「貴族の間ではよくあることだ。何人もの女と踊るから、匂いも移る。別に誰かと何かあったわけではない」
海人は小さく口を開けた。
「そうだったんだ……」
つぶやくと、ユリウスが苦笑した。
「独身貴族の集まりだからな。若い女ばかりだし、言いづらかったんだろう。ただ、男も同世代が多く参加する。交流を深める場にもなるのだ。許してやってくれ」
海人は視線を落とした。
「おれ、謝らなきゃ」
ユリウスが何かあったのか訊いてきたので、突き飛ばしたことを言った。
「謝る必要はない。言ったろう、あいつが悪いと」
「でも……」
「カイトに嫌われたくなくて黙っていた結果、墓穴を掘ったんだ。自業自得だ」
運ばれてきた肉料理を優雅に切りながら、口ぶりは容赦ない。海人も音を立てないように、そろそろと肉にナイフを入れた。
ユリウスの言葉を反芻する。
(おれに、嫌われたくなくて……)
そうかと思ったら、少し元気が出てきた。同時に食欲も出てくる。
自然と笑みが浮かび、顔を上げたら、柔らかな瞳があった。
海人と目が合うと、うなずくように笑い、フォークを口に入れた。
この人も、本当に優しい。
海人はほっこりしながら、だからこそ不思議に思うことが自然と口に出た。
「ユリウスさんは、なんでいつも佐井賀さんを怒らすんですか」
「!」
途端、ユリウスの手が止まった。美麗な顔に驚きが浮かんでいる。まじまじと見てきた。
海人は気にせず肉を食む。
「イリアスも喧嘩はいつものことだって言ってたし……」
「待て。ディーテは私のことをなんと言っているんだ」
ユリウスがフォークを置いた。思いの外、真剣な顔をしたので、まずかったかなと思った。
「あ、えっと……大したことじゃないです」
「こら。気になるじゃないか」
ユリウスが軽く身を乗り出したとき、
「サラディール様?」
と、別の声が割って入った。
声のした方を向くと、少し離れたところから、こちらを窺うように少女が立っていた。
その顔に見覚えがあった。
「あ……」
海人が声を上げると、花咲くような笑みを浮かべた美少女が近寄ってきた。
16
あなたにおすすめの小説
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る
マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・
何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。
異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。
ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。
断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。
勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。
猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした
水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。
そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。
倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。
そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。
体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。
2026.1.5〜
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】平凡な魔法使いですが、国一番の騎士に溺愛されています
空月
ファンタジー
この世界には『善い魔法使い』と『悪い魔法使い』がいる。
『悪い魔法使い』の根絶を掲げるシュターメイア王国の魔法使いフィオラ・クローチェは、ある日魔法の暴発で幼少時の姿になってしまう。こんな姿では仕事もできない――というわけで有給休暇を得たフィオラだったが、一番の友人を自称するルカ=セト騎士団長に、何故かなにくれとなく世話をされることに。
「……おまえがこんなに子ども好きだとは思わなかった」
「いや、俺は子どもが好きなんじゃないよ。君が好きだから、子どもの君もかわいく思うし好きなだけだ」
そんなことを大真面目に言う国一番の騎士に溺愛される、平々凡々な魔法使いのフィオラが、元の姿に戻るまでと、それから。
◆三部完結しました。お付き合いありがとうございました。(2024/4/4)
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる