オメガになってみたんだが

琉希

文字の大きさ
50 / 79

第50話

しおりを挟む
サキは携帯を取り出し、時間を確認した。白河紙書店を出て二十分経っている。

マンションに帰り着くのはレイが早いかサキが早いか微妙なところだ。

サキは火照る身体を抱きしめるようにして、無心になろうと目をつぶった。

湧き出る性欲についてあまり考えないようにするのは、ヒートを穏便に過ごすための手段のひとつだった。

淫らな想像はヒートを悪化させるという経験談を読んだことがある。

ゆっくり呼吸をしながら待っていると、ユタカが戻ってきた。

後部座席のドアが開き、サキの横にレジ袋が置かれた。

「これ、食料」
 
袋の中を覗くと栄養補給剤やヨーグルト飲料が入っていた。

「ダイチがよく買ってるやつ。籠るときにいいって言ってたから」

「あ、すみません、ありがとうございます」

サキは慌てて礼を言った。食料の買い溜めのことなど頭になかった。

今回もレイが鎮めてくれる、そう思っていたからだ。
 
ユタカに同居のことは言っていない。知らないのならあえて言うつもりもなかった。

レイもユタカには言っていないと思われた。もし知っていたら、この車に乗るように言ったはずだ。

恋人でもないのにアルファとオメガが同居していると知られたら、何を言われるかわからない。

面倒なことは避けたかった。

「このまま家に向かうよ」
 
サキがうなずくと、ユタカは車を発進させた。五分もかからないうちにマンションに着く。

サキが礼を言って車を降りると、ユタカはレジ袋を持って部屋の前までついてきた。

「家に入るまで心配だから。油断するのはよくない」

というのがユタカの言い分だった。ダイチというオメガが幼馴染でいるからか、ユタカは慎重だった。

部屋の鍵を開け、玄関に入ると、ユタカがレジ袋を渡してくれた。

「ありがとうございます。お金はあとで送りますね」
 
送金は携帯にする。それが現金のないこの世界の常識だった。

サキが言うと、ユタカは首を振った。

「いいって。おれが勝手に買ったものだから」

「いや、そんなわけには」

「ほんと、いいから。早く上がって」
 
ユタカは靴を脱いで上がるところまで見届けるようだ。

サキは苦笑しながら靴を脱いだとき、ヒートで身体が鈍くなっており、足がもつれた。

「わ!」
 
つんのめるように廊下に両膝をついた。レジ袋の中身が滑り出て、散乱した。

「大丈夫!?」
 
ユタカは開けていた玄関ドアから手を放して、中に入ってきた。

「いて……」
 
半分こけたように四つん這いになったサキが起き上がると、狭い玄関に男二人がいたため、サキの背中がユタカにぶつかった。

ユタカはとっさに支えるように、サキの身体に手を回した。

「んっ!」
 
サキは思わず色のある声を上げた。敏感になっている身体を触られ、びくりと反応してしまった。サキは羞恥で赤くなった。
 
そのとき、玄関ドアが突然開いた。

ユタカの身体越しに振り返ると、レイが目を丸くして立っていた。

「レイ!」

サキが名を呼ぶと、レイは顔色を変えた。いきなりユタカの腕を取り、外に引きずり出した。

「ちょ、なんだよ!」
 
ユタカが文句を言った。

「サキに何してんですか!」
 
レイは怒りの声を上げた。目を吊り上げたレイにユタカは焦ったようだ。

「いや、なにもしてないから!」
 
レイに睨みつけれたユタカは、助けを求めるようにサキを見た。
 
経緯を知らないレイはユタカがサキを後ろから抱き締めているように見えたのだろう。

穏和なレイが怒ったことに、サキは内心驚きながら、ユタカを弁護した。

「ほんとだよ。なにもされてない」
 
サキが玄関でつまずいたことを二人が代わる代わる話すと、レイも落ち着きを取り戻し、ユタカに謝った。

「わかってくれてよかったけど」
 
ユタカは頭を掻きながら言った。レイもばつが悪そうにしている。

サキはとにかく喧嘩にならなくてよかったと胸を撫でおろした。

「ところで、なんでレイがここに?」
 
ユタカは素朴な疑問を口にした。サキはぎくっとした。ここはそもそもレイの家だ。

どう答えよう、とサキが頭をフル回転させようとしたとき、レイはユタカに向かって笑いかけた。

「おれはサキの相手をしようと思って」
 
マンションの廊下でユタカは目を大きく開いた。笑顔を残しながらレイは玄関に入ってきた。

立ち尽くしているユタカを見ながら、サキはドアが閉まる音を聞いた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。

処理中です...