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第56話
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目的の喫茶店にはすぐに着いた。
色付き硝子で店内が見えにくくなっている。
小さな個人経営の店で、大衆が入りやすい大きなコーヒーショップとは違った趣がある。
サキは一度だけ入ったことがあった。
店に入ると、カラン、と呼び鈴が鳴った。
マスターは女の人で、店内は古風な家具で上品さを醸し出している。
客層は年齢層が高めで、学生が気軽に入る雰囲気でもないがサキの中身は三十代なので、こういう店の方が落ち着きがあって好きだった。
窓際の席に座り、本日のおすすめコーヒーをふたつ頼んだ。
立石は出された水を飲んで、口を開いた。
「レイは今何してんだ?」
「バイトに行ってます。もうすぐ上がると思いますけど」
店内に掛けられた小鳥の時計を見て、サキは答えた。
休日は昼過ぎから夕方五時まで、レイはバイトしている。
あと十五分ほどで終わるはずだった。
立石は携帯を取り出して、何やらメッセージを送るように画面を触った。
「レイとはどうなってんの? まさかセフレとか言うなよ?」
携帯をテーブルに置きながら立石が言った。不躾な質問にサキはムッとした。
「立石さん。おれはあなたのことを覚えていません。だから、おれにとってあなたは初対面です。そんな人に対して、プライベートをベラベラしゃべると思いますか」
サキが不愉快さをにじませると、立石は薄く口を開け、腕を組んだ。
「おれとレイは中等部からの親友だ。高等部の途中までずっと同じクラスだったし。おれは外部の大学を受けたから、祥華大じゃないけど」
祥華大学というのは、サキも通っている大学のことだ。
祥華学園という学校グループで幼稚舎から大学部まである。
エスカレーターで大学部を出ても構わないし、外部受験も認められていた。
祥華学園もまた、初等部、中等部、高等部、大学部とそれぞれで受験生を受け入れている。
レイは中等部から入学し、元の魂は大学から入学したということはレイから教わっていた。
「だから、大体のことはレイから聞いてる」
と、立石は不貞腐れたような表情を浮かべた。
「じゃあ、おれとレイがどういう関係だったか、知ってるんですね」
「知ってるよ。付き合い始めたときに紹介されたし。んで、別れたってことも聞いてたし、なんで別れたかってこともな」
サキは口を引き結んだ。ならば久我のことも知っているということになる。
カラン、と喫茶店のドアが鳴り、老齢の男性が出て行った。
立石はテーブルに片肘をつき、頬を乗せた。
「記憶喪失っていうけど、どこまで覚えてるんだ?」
「まったく覚えてません。けど、別れた理由はおれがレイを裏切ったからだってことは、教えてくれました」
「相手、誰か知ってんの?」
「久我アラタ」
サキは吐き捨てるように言った。
「久我のことわかるのか」
立石は驚いたように、頬を浮かせた。
「大学で絡まれた」
サキが苦々しく言ったとき、マスターがコーヒーを出してくれた。
口をつけると美味しいはずの味は以前より苦く感じた。
立石はミルクを入れてかき回しながら言った。
「久我は最低な野郎だ。あいつに泣かされた奴は何人もいる。レイがいなかったら、被害はもっと多かったはずだ。
……おれも危なかったし」
サキは飲みかけのカップを置いた。
「立石さん。その話、詳しく教えてくれませんか」
「あ?」
立石はいかにも嫌そうに眉を上げた。サキは構わずに続けた。
「以前、久我がおれに言ったんです。レイとはいろいろあって、悔しがる顔が見たいと」
立石が舌打ちをした。サキは身を乗り出した。
「レイに何があったのか訊いたんですけど、教えてくれなかったんです。なんで、久我はレイを敵視しているんですか」
まるで復讐するかのようにヒロムを焚きつけ、貶めようとした。
久我がそこまでレイに執着する何かがわからなければ、レイはいつまでもあの男につきまとわれてしまう。
由井浜でのようなことがまた起きるかもしれない。
あんなことは二度とごめんだった。
サキは頭を下げた。
「お願いします。教えてください」
サキがしばらくそうしていると、立石は長い息を吐いた。
色付き硝子で店内が見えにくくなっている。
小さな個人経営の店で、大衆が入りやすい大きなコーヒーショップとは違った趣がある。
サキは一度だけ入ったことがあった。
店に入ると、カラン、と呼び鈴が鳴った。
マスターは女の人で、店内は古風な家具で上品さを醸し出している。
客層は年齢層が高めで、学生が気軽に入る雰囲気でもないがサキの中身は三十代なので、こういう店の方が落ち着きがあって好きだった。
窓際の席に座り、本日のおすすめコーヒーをふたつ頼んだ。
立石は出された水を飲んで、口を開いた。
「レイは今何してんだ?」
「バイトに行ってます。もうすぐ上がると思いますけど」
店内に掛けられた小鳥の時計を見て、サキは答えた。
休日は昼過ぎから夕方五時まで、レイはバイトしている。
あと十五分ほどで終わるはずだった。
立石は携帯を取り出して、何やらメッセージを送るように画面を触った。
「レイとはどうなってんの? まさかセフレとか言うなよ?」
携帯をテーブルに置きながら立石が言った。不躾な質問にサキはムッとした。
「立石さん。おれはあなたのことを覚えていません。だから、おれにとってあなたは初対面です。そんな人に対して、プライベートをベラベラしゃべると思いますか」
サキが不愉快さをにじませると、立石は薄く口を開け、腕を組んだ。
「おれとレイは中等部からの親友だ。高等部の途中までずっと同じクラスだったし。おれは外部の大学を受けたから、祥華大じゃないけど」
祥華大学というのは、サキも通っている大学のことだ。
祥華学園という学校グループで幼稚舎から大学部まである。
エスカレーターで大学部を出ても構わないし、外部受験も認められていた。
祥華学園もまた、初等部、中等部、高等部、大学部とそれぞれで受験生を受け入れている。
レイは中等部から入学し、元の魂は大学から入学したということはレイから教わっていた。
「だから、大体のことはレイから聞いてる」
と、立石は不貞腐れたような表情を浮かべた。
「じゃあ、おれとレイがどういう関係だったか、知ってるんですね」
「知ってるよ。付き合い始めたときに紹介されたし。んで、別れたってことも聞いてたし、なんで別れたかってこともな」
サキは口を引き結んだ。ならば久我のことも知っているということになる。
カラン、と喫茶店のドアが鳴り、老齢の男性が出て行った。
立石はテーブルに片肘をつき、頬を乗せた。
「記憶喪失っていうけど、どこまで覚えてるんだ?」
「まったく覚えてません。けど、別れた理由はおれがレイを裏切ったからだってことは、教えてくれました」
「相手、誰か知ってんの?」
「久我アラタ」
サキは吐き捨てるように言った。
「久我のことわかるのか」
立石は驚いたように、頬を浮かせた。
「大学で絡まれた」
サキが苦々しく言ったとき、マスターがコーヒーを出してくれた。
口をつけると美味しいはずの味は以前より苦く感じた。
立石はミルクを入れてかき回しながら言った。
「久我は最低な野郎だ。あいつに泣かされた奴は何人もいる。レイがいなかったら、被害はもっと多かったはずだ。
……おれも危なかったし」
サキは飲みかけのカップを置いた。
「立石さん。その話、詳しく教えてくれませんか」
「あ?」
立石はいかにも嫌そうに眉を上げた。サキは構わずに続けた。
「以前、久我がおれに言ったんです。レイとはいろいろあって、悔しがる顔が見たいと」
立石が舌打ちをした。サキは身を乗り出した。
「レイに何があったのか訊いたんですけど、教えてくれなかったんです。なんで、久我はレイを敵視しているんですか」
まるで復讐するかのようにヒロムを焚きつけ、貶めようとした。
久我がそこまでレイに執着する何かがわからなければ、レイはいつまでもあの男につきまとわれてしまう。
由井浜でのようなことがまた起きるかもしれない。
あんなことは二度とごめんだった。
サキは頭を下げた。
「お願いします。教えてください」
サキがしばらくそうしていると、立石は長い息を吐いた。
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