オメガになってみたんだが

琉希

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第66話

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冬の弱い陽射しが入るリビングで、レイは茫然と座っていた。

サキが散歩に出かけてから、どれくらい経ったのかわからない。

よしのはるゆき、とレイは口の中でつぶやいた。

自由奔放なサキはもういなくなって、代わりに『ヨシノハルユキ』という人物になった。

信じられない、とレイは言ったが、心の中では本当にそうなのかもしれない、と思う自分がいた。
 
記憶を失ってからのサキの数々の行動は、何か一生懸命おぼえようとしているようだった。

電化製品の使い方がわからず、買い物の仕方もわからない。

現金がないの!? 

と、ひどく驚いてもいた。

むしろレイは現金など、博物館でしか見たことがない。

質問に答えると、便利だなとつぶやいたり、すごいと感心したりする。

まるで何かと比べているかのようだった。

自分のことを覚えていないというのに、悲観することもなく、思い出せないことを焦る気配も見せず、日々暮らしていた。

甘いものが大好きだったのに、急に苦手になったこともそうだが、極めつけは第二性を知らないことだった。
 
レイはおもむろに立ちあがり、部屋の中をうろうろした。
 
サキの話を信じるとしたら、身体を重ねていたことが気になった。

レイはサキの身体を抱きながら、サキではない人を抱いていたことになる。

オメガのヒートを鎮めるアルファの処置ですら抵抗があるようだったのに、ヒートに乗じて恋人まがいな抱き方をした。

記憶が戻ったらどうなるのかな、といつも頭の片隅をよぎっていた。

だが、サキがサキでないのなら『彼』はレイとの性交をどう思っていたのだろうか。
 
レイを縛りたくない、と彼は言った。

『泉サキ』としてレイと関わることに限界を感じたのなら、これからは『吉野春之』という人として接していけばいいのだろうか。

そうすれば、サキは出て行くことなく、ここにいてくれたりするのだろうか。
 
そこまで考え、レイはうろつく足を止めた。
 
恋人だったサキは戻ってこないということよりも、今のサキを引き留めたいということばかり考えている。

レイは己の薄情さに自嘲した。

サキが座っていたダイニングテーブルの椅子を見遣る。

(サキがサキでないのなら)
 
別れようと言った過去を気にして、躊躇する必要などない。
 
そう思った瞬間、レイの心は今のサキが好きだという思いでいっぱいになった。
 
いつか記憶は戻る、期限付きだと言い聞かせ、見えないように膜を張っていた気持ちが、オブラートが溶けたかのように、あふれ出た。

レイはリビングのソファーに座り、背を埋めた。
 
午後を回った冬の陽光は、春の陽射しのように暖かく感じた。

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