ふたりでひとりの悪役令嬢

じぇいそんむらた

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11.別れの足音

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 私の体が完全に回復したため、第二王子の見舞いという身の毛もよだつ時間はなくなった。だが、私の体がニルに支配されるのは変わらない。今日もニルは私の代わりに、王妃候補たちの美しい蹴落とし合いに参加している。
 私はいつの間にかニルになってしまったかのように、彼女の辛さや苦しみが分かるようになっていた。でも彼女はそれを悟られないよう、必死で私を演じる。

 私の都合など無視して、逃げ出してしまおうと思わないのか。誰もいない時、そう聞いた私に、ニルは少し考え込んで、それからあっけらかんと笑って答えた。

「そんな事、思いつきもしませんでした」

 狡賢さなどないその言葉。ニルという少女の本質が、そこに表れているように思えた。私とは違う。羨ましくて、憎らしくて。か弱くて、強くて。

「それに、わたしは多分、もうちょっとしたら、消えてなくなる。だから……それまでは、あなたのそばにいようって、そう思っています」

 私は、ニルが何を言っているのか、意味が分からなかった。まるで自分の死期を悟っているような、そんな言い方。私はまだ彼女には何も伝えてない。まだ彼女の体が生きている事も、衰弱してこのままでは本当に死んでしまう事も。
 それに、なぜ私のそばにいるなどと言うのだろう。私はニルに、早く出て行ってくれと、迷惑そうな態度ばかり取ってきたというのに。

 すると、ニルはまるで私の考えを読んでいたように言った。

「だって、エンフィーさんの中にいたら、ちょっとずつ伝わってきたんです。こんな事したくないって泣いてる、エンフィーさんの気持ち。だから、わたしの最後の時まではせめて、その嫌なこと、わたしが代わってあげようって」

 余計な事を。そう言おうとして、私は言えなかった。

 今まで、見てみないふりをし続けた、心にのしかかる重圧。私はそれに気づいてしまった。気付かされてしまった。見られたくなかった。見せたくなかった。
 でも、誰かに知って欲しかった。辛くて仕方ないこの気持ちを。

 ニルは、困ったように笑う。

「余計なお世話って思ってるでしょう?でも……あなたの中に逃げられて、それだけでわたし……幸せだった。もう、怖いものに怯えなくていいって」

 ニルの感情が、私の瞳に涙を溢れさせる。でもそれは、私の感情でもあった。ニルは、涙に照れたように笑って、言った。

「だから、今度はわたしがそれをお返しします」

 心の中で、私はふらふらと座り込んでしまう。すると、私の目の前に見たことのない少女があらわれた。見上げる私に、少女はそっと手を差し伸べる。

 固まって動けない私に、少女は困ったように笑う。それから強引に両手で私の手を掴んで引き上げ、そして、優しく抱き寄せられた。

「もう時間はないけれど、私に残った時間全部、エンフィーさんにあげる」

 別れの予感が私の中に満ちていく。そして、失う事への恐怖が。

 とっとと出て行ってくれればいい、そう願っていたはずなのに。

 私は、少女の腕の中で立ち尽くす事しかできなかった。
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