ふたりでひとりの悪役令嬢

じぇいそんむらた

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17.名前を呼んで

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 その日も私達は、いつもと変わらない朝を迎えた。

『おはよう、ニル』
「おはようございます、エンフィーさん」

 ただの朝の挨拶。交わす事が当たり前の言葉。

 しばらくして、世話をする侍女が部屋を訪る。いつもの侍女と違う事に驚くニルに、私は小さく笑う。

『いつもの侍女には、別の仕事をお願いしているだけよ』

 私の説明に、ニルは恥ずかしそうに小さく頷いた。

 支度を終えた王妃候補達は、同じ部屋に集められ、そして未来の王妃が決まった事を告げられた。その名は、第二王子が言った通りの令嬢だった。

 選ばれなかった令嬢達の表情は、優雅な微笑みに隠しきれない悔しさが見える。ニルと出会う前までの私なら、きっと同じ反応をしていただろう。でも、今の私は違う。何かから解放されたような、清々しい気持ちで満たされている。

 王妃候補ではなくなった令嬢達は、城を出るための準備へと戻っていく。でも私は、第二王子の側近から内密に、第二王子の婚約者としてもうしばらくは滞在するようにと伝えられた。
 もちろんそれを聞かされたのはニルの方だが、彼女はとても嬉しそうにそれに頷いた。

『なぜそんなに嬉しそうなの?』

 部屋に戻り、侍女が部屋を出て行ったところで、私はニルに尋ねた。

「だって、殿下がエンフィーさんと結婚するんですよ?嬉しくないわけないじゃないですか!」
『嬉しい?あなたの好きな男を、私が奪るのよ?』

 お人よしもいい加減にしないと、そのつもりで言った。私の行為は喜ばれるどころか、嫌われて当然なのだ。
 でも、ニルの心は途端に曇り、彼女の両手は、ドレスの裾をぎゅうと握りしめる。

「……何で……何でそんないじわるな事……言うんですか」
『なによ、それ』

 思ってもみなかった反応に戸惑う私へ、ニルの感情が昂ったのを感じた。そして。

「取られたなんて、わたし、これっぽっちも思ってない!」

 ニルの怒鳴り声に、私の心は握りつぶされたように縮み上がる。

『ニル……』
「なんで……なんでそういうこと……いうの……」

 ニルは両手で顔を覆うと、くずれ落ちるように座り込んでしまう。呼吸が乱れ、嗚咽に体が震える。

「……わたしは……わたしはふたりとも……殿下もエンフィーさんも大好きなの!だから……だから……わたしは嬉しかった!殿下と結ばれる未来なんて……わたしに絶対にないって分かっていたから……だから嬉しかった!わたしの事をふたりがおぼえていてくれれば……わたしが死んでも……ふたりの中で生きていけるから!」

 私は、何て声をかけていいのか分からない。どうして今の私には、ニルを抱きしめられる腕がないのだろう。動揺と混乱で、頭がおかしくなる。

 その時だった。一瞬、体の支配が私に戻ったような感覚に襲われる。

「ニル……?」

 でもすぐに、それもなくなる。たった一瞬のそれに、私の希望は、一気に暗く塗り潰されていく。

『ニル……大丈夫?』
「……ご、ごめんなさい……わたし……取り乱したりして……」

 ニルは違和感に気づいていなかったのか、泣いた事への心配をされたと思ったようだ。涙を慌てて拭い、恥ずかしそうにする。

『いいの……ごめんなさい。私も、無神経な事を言ったわ』

 何も問題ないように装って、私は答えた。でも、心の奥は、不安と焦りで満ちていく。

 私の予感が囁く。

 ニルに残された時間は、ほんの僅かだと。

 ――

 私はずっと、夜が来るのを待ち焦がれていた。ニルの支配が終わるその時を。でも今は少し違う。

『おやすみなさい、ニル』

 眠りにつくニルにそう声をかけ、そして私は徐々に体の支配を取り戻していく。

 きっともうすぐ、男がニルの側にたどり着くだろう。それは根拠のない予感……いや、これは予感ではない。離れていた存在が少しずつ近くに感じるようになっている。

「……早く……早く……お願い」

 私は祈る。灯火が消えてしまう。その前に。どうか。

 それから、どれほどの時間が経ったのか、分からない。長かったような、短かったような。

 聞き慣れた声が、かすかに頭の中に響く。

 いつも頑なに名前を呼ばないあの声が、私の名前を呼んでいる。私の頬を、熱いものが伝う。そして私は、呼びかけに応えるように、その声の主の名前を口にした。

 そしてその瞬間。私は、体から引き剥がされるような衝撃と共に、意識を失った。
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