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本編

第2話 初めてのお酒(前編)

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 ある日の夜。

 部屋のソファに座る私の前には、赤色と緑色のワインボトルが並んでいる。
 そして、私の隣には、そのワインを持ってきた張本人が座っている。

「なるべく甘口のを選んでみたから、初めてでも飲みやすいとは思う」

 なぜこんな状況なのかというと。

「今度、私の歓迎会で酒場に行く事になったの。私……お酒を飲んだ事がないから、どうなっちゃうのかしら……」

 と、フォールスに言ったのが始まりだった。
 
 フォールスは、信じられないと言った顔になり、ちょっと出てくる!と言って飛び出して行くと、ワインボトルを抱えて戻ってきたのだ。

「でも、その年で酒を飲んだ事ないなんて、信じられないよ。本当に飲んだ事ないの?」
「あなたに嘘をついてどうするのよ?本当に、一度もないわ」

 お酒を飲むきっかけもなく、気づけばこの年まで来てしまった。でも、普通はそんな事ないのだろう。
 フォールスは、なぜか嬉しそうに私を見ている。

「そっか……じゃあ、どんな酔い方するのかも分からないんだよな」
「……酔って、私が変な事しても、呆れないでね?」

 あまり酔う人自体見た事がないが、お酒に酔うと大変な状態になるらしいとは知っている。自分がどうなってしまうのか見当もつかないのだ。不安しかない。

「大丈夫。どんな君でもきっと可愛いよ」
「……そんなの、なってみないと分からないでしょう?こんなはずじゃなかった、って言われても困るわ」

 私の抗議も気にせず、フォールスは慣れた手つきでワインの栓を開けていくと、グラスに注ぎ始めた。

「どっちから試してみる?」

***

 最初は、苦味に顔をしかめながら、ちびちびとワインを飲んでいた私だったけれど、少しずつ頭がホワホワとして、これが酔うということなのかと思いつつ、気づけばワインの味にも慣れて、飲める量も増えていた。

 一杯目を飲み終えた頃には、とても気分がよくて、あまりにも楽しくて、笑いが止まらなくなっていた。

「ふふ……楽しい……お酒って、こんなに楽しくなるのね……ふふっ……」

 楽しいと同時に、なぜか無性に人恋しくなる。私は、フォールスの表情を窺いながら、彼に少しだけ体を寄せてみる。彼は少し驚いて、それから優しく微笑んだ。

「ん?どうしたの?」
「フォールスに……くっつきたくなったの……嫌だった?」

 私がそう言うと、フォールスは私の肩に手をまわして、ぐっと私の体を寄せた。

「嫌なもんか」
「ふふ……よかった……」

 私は嬉しくて、まるで猫のように、彼の肩に頭をすり寄せる。

「ふふ……こうしているだけで……とても……安心する……」

 お酒の力なのか、普段より素直に気持ちを話せている気がする。私はそれが嬉しくて、気づけば二杯目も飲み干していた。

「今日はそれくらいで、おしまいにしよう」

 フォールスはそう言うと、私の手からグラスを取り上げる。

「え……もうおしまい……?」

 グラスを取り返そうと手を動かすも、うまく掴めず、空を切るしかできない。

「もう……おかしいなあ……手が……届かない……」
「酔ってる証拠だよ……初めてで二杯も飲めば充分。残りはまた今度」

 フォールスはグラスを遠くに置くと、私の手を掴む。

「僕よりワインの方がいいの?」

 私の手をいじりながら、拗ねた様子で言うフォールス。そんな彼が、とても可愛く見えて、愛おしさで私の胸がギュッとなった。

「ふふ……フォールス可愛い……ワインにまで嫉妬するなんて……フォールス……ふふ……本当に可愛い……」

 私の手を掴む彼の手を、私は自分の顔の近くまで寄せて、そっと口付けをする。

「私が……いちばん好きなのは……フォールス……あなたなんだから……」

 今なら、普段できない事も平気でできてしまう。私は、勢いに任せて、彼の色んなところに口付けをしていく。手の甲や、首筋や、耳、頬、額……そして唇。

「ん……好きよ……ん……大好き……んっ……フォールス……」

 フォールスから、吐息が漏れるのが聞こえる。その反応が面白くて、私は思わずクスクス笑ってしまう。

「ふふ……分かってくれた……?私がどれだけ……フォールスのことを好きなのか……」
「分かったけど、まだ足りない」

 目を潤ませて、物足りないと言わんばかりのフォールスに、私はまた笑ってしまう。

「足りないの……?もう……フォールスは欲張りさんね……」
「仕方ないだろ……君といると、どんどん欲張りになる」

 そう言うと、フォールスは性急に私の唇を塞いで、口内を舌で舐めていく。

「んん……ん……」

 酔いが、その行為をとても甘美なものに感じさせるのか、私はうっとりしてしまう。

「君の口の中だけで、酔いそうだよ」
「ふふ……そんなわけないじゃない……ふふっ……そうだわ」

 私は、フォールスの隙をついて、グラスとワインボトルを手に取り、ワインをグラスに注ぐ。
 ワインを口に含んで、フォールスに口移しでワインを飲ませる。

「……やったな、酔っ払いめ」
「ふふ……びっくりした……?ねえ……もっと……飲む?」

 フォールスは悔しそうな顔をするけど、私にはそれさえも愛おしくて、笑いが込み上げてくる。

「ふふ……今の私……とっても素直だから……お願いしてくれたら……好きなだけ……飲ませてあげる」

 そう言うと、フォールスはためらう様子を見せるものの、こくんと頷く。

「グラスから飲む……?それとも……口移し……?」
「……口移しが、いい」

 恥ずかしそうなフォールスが可愛くて、私はすぐにワインを口に含み、また彼に口移しで飲ませる。彼がワインを飲み込む音さえ、愛おしくて仕方ない。

「ねえ……フォールスは……酔わないの……?」

 何度も口移しをして、一杯分は飲んだフォールスだったけれど、彼が酔ったようには見えなかった。

「何?僕を酔わせたいの?」
「だって……どんなふうになるのか……興味あるわ……」

 私がそう言うと、フォールスはクスクス笑い、ワインボトルを手に取ると、私が持つグラスにワインを注いでいく。

「じゃあ……頑張って、僕にたくさん飲ませて?僕が酔うまで、絶対にやめないでよ」
「むむ……そう言われたら……なんとしても……酔わせてみせるんだから……」

 私はそう言いながら、グラスを持たない方の手で、フォールスをソファに押し倒す。たくさんワインを口に含むと、彼に覆い被さるようにして口移しをする。彼は、すかさず舌を滑り込ませ、ワインを舐めとっていくように動く。

 そして私たちは、そんな行為を何度も繰り返す。

 飲まずとも、口に含むだけで、私の酔いはどんどん進んでいく。
 フォールスも、最初よりは酔っているように見える。だってもう、グラス四杯目だ。

「フォールス……んん……どう……?もう……んん……酔ってる……んっ……でしょう……?」

 口移しする事もすっかり忘れて、私たちは、口付けに夢中になっていた。

「はは……僕も、結構酔ってる。でも、君の方が酔ってるよ……少し、調子に乗りすぎたな」
「そうなの……?」

 私はがっかりしながら、フォールスに覆い被さって、彼の胸に顔を埋める。


「……もっとこう……フォールスが……ひとが変わったようになるのを……期待したのに……残念……」

 そんな私の頭を撫でながら、フォールスは耳元で囁いた。

「そんな事言ったら、止まらなくなるけど……いいの?」

 フォールスの、私の頭を撫でているのと反対の手が、私の腰を、そして服の中に入り、背中を撫でていく。

「あっ……!ああ……」

 思わず体が震える。

「今までした事のないような事……たくさんさせるよ?いいの?」

 そう言われて、でも、私は返事ができなかった。私の体を触る彼の手が、あまりにも心地よくて、返事もできないくらい夢中になっていたから。

 返事がないのを肯定と思ったのか、彼は体を起こして、私を抱きしめ、深く口付けをしてくる。

「やめてって言われても、絶対にやめないからな」

 それに返事をする隙もなく、再び私の唇はフォールスに塞がれてしまった。
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