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本編
第1話 悪意ある洗礼
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私ことアステは、生まれ育った地を、母の死や、その他のきっかけで離れひとりで生きていく事を決意した。そして、恩師から紹介してもらった、魔王城直轄の研究所で働く事になった。
その研究所では、解明されていない病気の研究や、各地の私設研究所から申請された、新薬の承認審査などをしている。
私も、以前まで働いていた研究所で新薬の申請を担当していたので、ここであの新薬が承認審査されるのかと思うと、何か感慨深いものがある。犬に噛まれると感染し、発症すると致死率100%の感染症……それに効果のある新薬の申請が、まさに今、審査されているという。
私は、新しい職場での最初の一週間を、何とか無事終える事ができた。しばらくは業務に携わるわけではなく、新入研修のようなものを受けている。新しい事をおぼえるのは大好きだけれど、疲れないわけではない。
そんなこんなで、終わる頃にはぐったりという毎日を経て、ようやく最初の休日を迎える事ができた。
そんな最初の休日、私は、とあるひとたちに城下町を案内してもらっていた。
「ここのパン、ほんとうにおいしいんですよ!……あの、ちょっと、買ってきていいですか?」
そう言って、パン屋に駆け込んだのは、ログさん。
「おいログ!お前どんだけ買い物するんだ!?」
呆れた顔で言うのは、ログさんのお兄さん的存在の、スクル。
私は、ログさんにもスクルにも色々とお世話になっていて、つまりふたりとも、私にとって頭が上がらない存在なのだ。
今日も、城下町にほとんど来た事がない私を見かねたログさんが、案内しますから!と連れ出してくれたのだ。お目付け役とかでスクルも同行してくれて、おかげで道中とても賑やかだ。ふたりのやりとりは、本当の兄妹みたいで、見ているだけで微笑ましい気持ちになる。
「ふふ、ログさんの教えてくれるお店、本当におすすめだっていうのが分かるわね」
「はは……でも、本人にはそんな事言わないで下さいよ。絶対につけ上がりますから」
パン屋の窓からは、どのパンにしようか真剣に悩んでいるログさんが見えて、その可愛らしさに思わず笑みを浮かべてしまう。口では厳しい事を言うスクルも、その表情は、可愛い妹を見るような優しさに溢れている。
私は、そんな彼の事も微笑ましくなり、クスッと笑ってしまう。
「そうだわ……さっきの事、本当にびっくりしたわ。まさかログさんが、魔王様のお妃様だなんて」
実は今日、会ってすぐ、妙に真面目な表情のログさんとスクルにその事を打ち明けられたのだ。
魔王城で働けばいずれ分かる事だから、早めに自分たちの口で伝えたかった、と言われ、私は驚きを通り越して、乾いた笑いしか出ず、何も言えなかったのだ。
スクルは、申し訳なさそうな顔をする。
「驚かせてしまって、本当に申し訳ない。でも、できれば変に畏まったりしないで、これまで通りに接してやってもらえると。ログの立場はともかく、中身は至って普通の女の子なんで」
「それは、構わないのだけれど……馴れ馴れしいぞ、不敬な女め!とか……言われない?」
お妃様なんて、あまりにも位が高すぎて、ちょっとでも失礼があったら捕まってしまうのでは。そんな心配が、私の頭をよぎる。
でも、スクルはそんな私の心配をよそに笑い出す。
「はは!そんな事、誰も言いませんって。王妃の友人の立場を悪用するとかならともかく、お姫様はそんな事、するつもりもないでしょう?」
「あ、当たり前じゃない!私にそんな野心があったら、今頃とっくにフォールスと結婚して、領主の妻の座を存分に堪能してるわ……」
そうだ、私にそんな野望なんて、ひとかけらもない。それどころか、フォールスがお兄さんに領主の座を戻し、何者でもないひとりの男性となる事を、心待ちにしている。
彼と、ただの男と女として結婚したい。叶わない夢だと思っていた事が、あと一年の予定で叶うのだ。地位が欲しいひとからしたら、あり得ないと思われるだろう。
「はは、分かってますって。ほら、眉間に皺、寄ってますよ?……お、ログのやつ、やっと戻ってきた」
私は、眉間に手を当てながら、店の方に視線を向ける。そこには、二つも紙袋を抱えてお店から出てくるログさんが見える。駆け寄ってきたログさんに、スクルが呆れたように言った。
「おいおい、そんなに買って食べ切れるのかよ」
「違うもん!……はいアステさん。これ、よかったら!」
そう言いながら、ログさんは袋を一つ私に差し出してくる。
「え……わ、私に?」
「うん!アステさんにも食べてもらいたいなって思って。あ、お代は結構結構!今日は、おこづかいたくさんもらってきてるんで!」
「そ、そんな……」
「いいったらいいの!ね、もらってくれないと、食べきれないパンを抱えて帰ることになっちゃうもの。わたしのこと、助けると思って、ね?」
「……そ、それなら」
私が紙袋を恐る恐る受け取ると、ログさんは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう……ログさん、とても嬉しい……」
紙袋越しに、温かさを感じる。焼きたてのパンが入っているのだろう。パンの温かさ、そしてログさんの優しさが、私の心も温かしてくれるような気がして、嬉しくなったのだった。
***
歩き疲れた私たちは、スクルがよく行くという酒場にきていた。酒場なのに、日中はカフェをやっているのだそう。
席についてからログさんは、ケーキを二つのどちらにするか、延々と悩んでいる。その悩む様子も、眺めているだけで愛らしいけれど、スクルが痺れを切らしそうである。
「あ……あの、ログさん?私も頼むので、よければ、半分こ、しませんか?」
馴れ馴れしいかと葛藤しつつも、勇気を出して提案してみると、ログさんはとても嬉しそうにニコニコ。
「え、いいの!?どうしてもひとつに決められなくて……アステさんありがとう!!」
そうして、ようやく注文し、私たちが頼んだものが揃って、まず口を開いたのはスクルだった。
「魔王城で働きだして一週間ですね。どうでしたか?」
「あ!わたしもそれ気になる!ね、どうでした?」
ふたりは興味津々といった顔でこちらを見る。私は、何と言えばいいか戸惑い、無難な返事を選ぶ。
「……え、ええと……み、みなさん、いい方ばかりだったわ……」
そんな私のごまかしなど見透かすように、スクルは言った。
「そういう話し方、何かあったと言ってるようにしか聞こえませんよ?」
「……」
何とも言えない私は、黙り込むしかできない。腕組みをしたスクルは苦笑する。
「いえ……話したくないなら、無理に聞き出すつもりもないですよ?ただ、あまり溜め込まないように。話し相手くらいなら、いくらでもなりますから」
「そうそう!やな事あったら、すぐ発散したほうがいいですよ。お兄ちゃん、ちゃんと秘密は守ってくれますし」
ふたりの優しい言葉に、思わず鼻の奥がツンとしてしまう。頼ってばかりではいけないと思うのに、気づけば、私の口は開いてしまった。
「……嫌な事、というわけでもないの。今までだって、影で色々言われた事はあったし、それは、気にしないようにさえしていればよかったから。……でも、面と向かって言われたのが初めてで……どうしたらいいか……」
「一体、何を言われたんですか?」
私は、両手をギュッと握りしめる。
「コネで入れるなんて羨ましい……実力もないのに入っても大変なだけだ……と」
私がそう言った瞬間、ログさんが立ち上がって絶叫した。
「な、な、な……なんじゃそりゃあ!!!」
「ログ、声が大きい」
スクルに指摘され、口を押さえながら座るログさん。私は、誰かを悪く言っているように聞こえてしまったと、慌てて否定した。
「あ、あの!そう思われても、仕方……ないのよ?だって、入ったきっかけは、私の恩師からの紹介だったから……コネではないとも言い切れないの。それに、働いてる方からすれば、仕事ができないかどうかなんて、一緒に働かない限り分からないでしょう?よく考えれば、そのひとなりの思いやりなのかも……」
必死で説明するも、スクルは、真剣な表情で首を横に振る。
「……紹介だったからというだけで入れるほど、あの研究所は甘くないですよ。それをコネだの、実力が足りないだの……それは、お姫様を雇うと決めた所長の事を、愚弄しているも同然です」
「そんな!き、きっと、そのひとは、あまりよく聞かされていないだけなのよ。説明が足りなければ、勘違いする事もあるでしょう?」
私はそう言ったものの、スクルが納得している様子はない。彼はため息をついてから、こう言った。
「周りが悪くないと思うのは立派です。でも、自分を貶めてまで相手を肯定するのも、程々にするべきでは?」
「……でも、そのひとは私に直接言ったのに、私はこうして、影でこそこそ、同情を買うような形で話してしまったわ。その時点で、私の方が下なのは確実よ」
その時、ログさんが悲しそうな顔で私を見ているのに気づく。目が合うと、彼女は口を開いた。
「愚痴くらい、話したっていいじゃないですか」
「ログ、さん……」
「だって……影でこそこそっていうのも、本人に言ったら傷つけちゃうけど、どうしても自分で消化できないから、誰かに聞いてもらいたいだけで、それって、悪い事じゃないと思う……」
私は、ログさんの言葉で、自分の浅ましいと思っていた部分が、悪い事ではないと言われたようで、胸が熱くなる。
「俺も、ログの言う通りだと思いますよ。しかも、お姫様は事実を述べただけでしょう?相手の事を責めるような話は、ひとつもしてない。それを下だの言われたら、俺たちなんてそれ以下ですよ」
「そうそう!私なんて、お兄ちゃんにしょっちゅう愚痴聞いてもらってますもん!ね、お兄ちゃん?」
「……外に出せないような愚痴を聞かされる、俺の身にもなってくれよ」
「えへ、お兄ちゃんごめんね。……というわけで、愚痴は悪い事じゃない!私が許します!だから、いつでも、辛いなって思ったら……話して?ね?」
ログさんの言葉に、スクルも同意するように頷いている。
私は、どこまでも優しいふたりに、涙の堤防が決壊寸前になり、必死で堪える。
「ログさん……スクル……ありがとう。そう言ってもらえるだけで、私、頑張れるわ。頑張って、仕事の成果をしっかり出す……そうする事でしか、伝わらないもの。次ふたりに会う時は、いい報告をすると約束するわ」
私の言葉に、ふたりは嬉しそうに笑ってくれた。
「ええ、期待してますよ……今のお姫様なら、きっと、大丈夫です」
その研究所では、解明されていない病気の研究や、各地の私設研究所から申請された、新薬の承認審査などをしている。
私も、以前まで働いていた研究所で新薬の申請を担当していたので、ここであの新薬が承認審査されるのかと思うと、何か感慨深いものがある。犬に噛まれると感染し、発症すると致死率100%の感染症……それに効果のある新薬の申請が、まさに今、審査されているという。
私は、新しい職場での最初の一週間を、何とか無事終える事ができた。しばらくは業務に携わるわけではなく、新入研修のようなものを受けている。新しい事をおぼえるのは大好きだけれど、疲れないわけではない。
そんなこんなで、終わる頃にはぐったりという毎日を経て、ようやく最初の休日を迎える事ができた。
そんな最初の休日、私は、とあるひとたちに城下町を案内してもらっていた。
「ここのパン、ほんとうにおいしいんですよ!……あの、ちょっと、買ってきていいですか?」
そう言って、パン屋に駆け込んだのは、ログさん。
「おいログ!お前どんだけ買い物するんだ!?」
呆れた顔で言うのは、ログさんのお兄さん的存在の、スクル。
私は、ログさんにもスクルにも色々とお世話になっていて、つまりふたりとも、私にとって頭が上がらない存在なのだ。
今日も、城下町にほとんど来た事がない私を見かねたログさんが、案内しますから!と連れ出してくれたのだ。お目付け役とかでスクルも同行してくれて、おかげで道中とても賑やかだ。ふたりのやりとりは、本当の兄妹みたいで、見ているだけで微笑ましい気持ちになる。
「ふふ、ログさんの教えてくれるお店、本当におすすめだっていうのが分かるわね」
「はは……でも、本人にはそんな事言わないで下さいよ。絶対につけ上がりますから」
パン屋の窓からは、どのパンにしようか真剣に悩んでいるログさんが見えて、その可愛らしさに思わず笑みを浮かべてしまう。口では厳しい事を言うスクルも、その表情は、可愛い妹を見るような優しさに溢れている。
私は、そんな彼の事も微笑ましくなり、クスッと笑ってしまう。
「そうだわ……さっきの事、本当にびっくりしたわ。まさかログさんが、魔王様のお妃様だなんて」
実は今日、会ってすぐ、妙に真面目な表情のログさんとスクルにその事を打ち明けられたのだ。
魔王城で働けばいずれ分かる事だから、早めに自分たちの口で伝えたかった、と言われ、私は驚きを通り越して、乾いた笑いしか出ず、何も言えなかったのだ。
スクルは、申し訳なさそうな顔をする。
「驚かせてしまって、本当に申し訳ない。でも、できれば変に畏まったりしないで、これまで通りに接してやってもらえると。ログの立場はともかく、中身は至って普通の女の子なんで」
「それは、構わないのだけれど……馴れ馴れしいぞ、不敬な女め!とか……言われない?」
お妃様なんて、あまりにも位が高すぎて、ちょっとでも失礼があったら捕まってしまうのでは。そんな心配が、私の頭をよぎる。
でも、スクルはそんな私の心配をよそに笑い出す。
「はは!そんな事、誰も言いませんって。王妃の友人の立場を悪用するとかならともかく、お姫様はそんな事、するつもりもないでしょう?」
「あ、当たり前じゃない!私にそんな野心があったら、今頃とっくにフォールスと結婚して、領主の妻の座を存分に堪能してるわ……」
そうだ、私にそんな野望なんて、ひとかけらもない。それどころか、フォールスがお兄さんに領主の座を戻し、何者でもないひとりの男性となる事を、心待ちにしている。
彼と、ただの男と女として結婚したい。叶わない夢だと思っていた事が、あと一年の予定で叶うのだ。地位が欲しいひとからしたら、あり得ないと思われるだろう。
「はは、分かってますって。ほら、眉間に皺、寄ってますよ?……お、ログのやつ、やっと戻ってきた」
私は、眉間に手を当てながら、店の方に視線を向ける。そこには、二つも紙袋を抱えてお店から出てくるログさんが見える。駆け寄ってきたログさんに、スクルが呆れたように言った。
「おいおい、そんなに買って食べ切れるのかよ」
「違うもん!……はいアステさん。これ、よかったら!」
そう言いながら、ログさんは袋を一つ私に差し出してくる。
「え……わ、私に?」
「うん!アステさんにも食べてもらいたいなって思って。あ、お代は結構結構!今日は、おこづかいたくさんもらってきてるんで!」
「そ、そんな……」
「いいったらいいの!ね、もらってくれないと、食べきれないパンを抱えて帰ることになっちゃうもの。わたしのこと、助けると思って、ね?」
「……そ、それなら」
私が紙袋を恐る恐る受け取ると、ログさんは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう……ログさん、とても嬉しい……」
紙袋越しに、温かさを感じる。焼きたてのパンが入っているのだろう。パンの温かさ、そしてログさんの優しさが、私の心も温かしてくれるような気がして、嬉しくなったのだった。
***
歩き疲れた私たちは、スクルがよく行くという酒場にきていた。酒場なのに、日中はカフェをやっているのだそう。
席についてからログさんは、ケーキを二つのどちらにするか、延々と悩んでいる。その悩む様子も、眺めているだけで愛らしいけれど、スクルが痺れを切らしそうである。
「あ……あの、ログさん?私も頼むので、よければ、半分こ、しませんか?」
馴れ馴れしいかと葛藤しつつも、勇気を出して提案してみると、ログさんはとても嬉しそうにニコニコ。
「え、いいの!?どうしてもひとつに決められなくて……アステさんありがとう!!」
そうして、ようやく注文し、私たちが頼んだものが揃って、まず口を開いたのはスクルだった。
「魔王城で働きだして一週間ですね。どうでしたか?」
「あ!わたしもそれ気になる!ね、どうでした?」
ふたりは興味津々といった顔でこちらを見る。私は、何と言えばいいか戸惑い、無難な返事を選ぶ。
「……え、ええと……み、みなさん、いい方ばかりだったわ……」
そんな私のごまかしなど見透かすように、スクルは言った。
「そういう話し方、何かあったと言ってるようにしか聞こえませんよ?」
「……」
何とも言えない私は、黙り込むしかできない。腕組みをしたスクルは苦笑する。
「いえ……話したくないなら、無理に聞き出すつもりもないですよ?ただ、あまり溜め込まないように。話し相手くらいなら、いくらでもなりますから」
「そうそう!やな事あったら、すぐ発散したほうがいいですよ。お兄ちゃん、ちゃんと秘密は守ってくれますし」
ふたりの優しい言葉に、思わず鼻の奥がツンとしてしまう。頼ってばかりではいけないと思うのに、気づけば、私の口は開いてしまった。
「……嫌な事、というわけでもないの。今までだって、影で色々言われた事はあったし、それは、気にしないようにさえしていればよかったから。……でも、面と向かって言われたのが初めてで……どうしたらいいか……」
「一体、何を言われたんですか?」
私は、両手をギュッと握りしめる。
「コネで入れるなんて羨ましい……実力もないのに入っても大変なだけだ……と」
私がそう言った瞬間、ログさんが立ち上がって絶叫した。
「な、な、な……なんじゃそりゃあ!!!」
「ログ、声が大きい」
スクルに指摘され、口を押さえながら座るログさん。私は、誰かを悪く言っているように聞こえてしまったと、慌てて否定した。
「あ、あの!そう思われても、仕方……ないのよ?だって、入ったきっかけは、私の恩師からの紹介だったから……コネではないとも言い切れないの。それに、働いてる方からすれば、仕事ができないかどうかなんて、一緒に働かない限り分からないでしょう?よく考えれば、そのひとなりの思いやりなのかも……」
必死で説明するも、スクルは、真剣な表情で首を横に振る。
「……紹介だったからというだけで入れるほど、あの研究所は甘くないですよ。それをコネだの、実力が足りないだの……それは、お姫様を雇うと決めた所長の事を、愚弄しているも同然です」
「そんな!き、きっと、そのひとは、あまりよく聞かされていないだけなのよ。説明が足りなければ、勘違いする事もあるでしょう?」
私はそう言ったものの、スクルが納得している様子はない。彼はため息をついてから、こう言った。
「周りが悪くないと思うのは立派です。でも、自分を貶めてまで相手を肯定するのも、程々にするべきでは?」
「……でも、そのひとは私に直接言ったのに、私はこうして、影でこそこそ、同情を買うような形で話してしまったわ。その時点で、私の方が下なのは確実よ」
その時、ログさんが悲しそうな顔で私を見ているのに気づく。目が合うと、彼女は口を開いた。
「愚痴くらい、話したっていいじゃないですか」
「ログ、さん……」
「だって……影でこそこそっていうのも、本人に言ったら傷つけちゃうけど、どうしても自分で消化できないから、誰かに聞いてもらいたいだけで、それって、悪い事じゃないと思う……」
私は、ログさんの言葉で、自分の浅ましいと思っていた部分が、悪い事ではないと言われたようで、胸が熱くなる。
「俺も、ログの言う通りだと思いますよ。しかも、お姫様は事実を述べただけでしょう?相手の事を責めるような話は、ひとつもしてない。それを下だの言われたら、俺たちなんてそれ以下ですよ」
「そうそう!私なんて、お兄ちゃんにしょっちゅう愚痴聞いてもらってますもん!ね、お兄ちゃん?」
「……外に出せないような愚痴を聞かされる、俺の身にもなってくれよ」
「えへ、お兄ちゃんごめんね。……というわけで、愚痴は悪い事じゃない!私が許します!だから、いつでも、辛いなって思ったら……話して?ね?」
ログさんの言葉に、スクルも同意するように頷いている。
私は、どこまでも優しいふたりに、涙の堤防が決壊寸前になり、必死で堪える。
「ログさん……スクル……ありがとう。そう言ってもらえるだけで、私、頑張れるわ。頑張って、仕事の成果をしっかり出す……そうする事でしか、伝わらないもの。次ふたりに会う時は、いい報告をすると約束するわ」
私の言葉に、ふたりは嬉しそうに笑ってくれた。
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