14 / 54
本編
第11話 まさかの参加者
しおりを挟む
今、私は、ぽかんとしながら目の前の光景を見ている。
「王妃様ってもっとお高くとまってるんだと思ってたわ!」
「え?そんなわけないない!だってわたし、魔王様と結婚するまではどこにでもいるフツーの女の子だったんだよ?正直言うと、今も、妃なんて窮屈でやってられるかー!って思ってるし」
今日は、エディさんによる絵のレッスンだった……はずなのだが、私の目の前では、エディさんとログさんのとても楽しそうな会話が繰り広げられている。
「あらあら、王妃様ったらとんだじゃじゃ馬なのね」
「えへへ、よく言われる」
場所は、前のレッスンの時に使った多目的室ではない。魔王城でもごく限られた者しか入れない場所なのだと、ここまで案内してくれたスクルに聞いた。
「でもホントにびっくりだわ、まさか王妃様が絵を習いたいなんて。しかもそれをわざわざ魔王様に呼び出されて聞かされて、アステと一緒に教えてやってくれないかって……ミー、緊張で生きた心地がしなかったわ」
「それはごめんなさい……次からはちゃんと用件を伝えてから呼ぶようにって魔王様に言っておくから」
「そうしてもらえるとありがたいわ……いいえ、できるなら呼び出されたくもないわね。次に呼ばれるとしたら、クビしか考えられないもの。ああ怖い」
そう。私がエディさんに絵を習っているというのがログさんの耳に伝わり、ログさんがそれを楽しそうだと魔王様に話して、よければログさんも参加させてほしいと魔王様が頼んだ……という事らしい。
誰から伝わったか、それはまあ、聞かなくても分かる。ここまで案内してもらった時に、今度うまいものでもご馳走しますと申し訳なさそうに言ってきたから。
「でも王妃様。なんでミーに絵を習いたいと思ったのかしら?王妃様ならお抱えの画家に頼んでいくらでも描かせる事ができるでしょう?わざわざ自分で描く必要あるのかしら」
確かにエディさんの言う通りだ。もし自分で描いてみたかったとしても、そのお抱えの画家に習う方が話が早いのではとも思う。
エディさんと私に注目されたログさんは、モジモジと恥ずかしそうにしながら言った。
「あのねわたし……自分の子の姿を自分の手で描き残してみたいって思ったの。それが、絵を習ってみたかった理由。あなたの事が大好きだから、誰かに描かせたんじゃなく自分で描いたのよって、そう言いたくて」
「いいじゃないその気持ち。素敵。……なら、教えないわけにいかないわね」
ログさんの言葉に、私の目頭が熱くなる。もし自分の母親にそんな事を言われたら、私なら嬉しくて仕方ないだろう。
「あと、なんでわざわざここに参加したいと思ったかっていうのはね……うう、恥ずかしいな……ええと……アステさんとね、会える機会がもっとあったらいいなって……そう思ってたからなの……です」
きゃー!言っちゃった!と言って両手で顔を覆うログさん。私はしばらく呆気に取られて、それから、遅れて嬉しいやら恥ずかしいやら申し訳ないやら、一言で言い表せない様々な感情が押し寄せ、顔がかーっと熱くなってしまう。
「え……ええと……あの……えっ……?」
「やだもう恥ずかしい!……わたし、年の近いお友達がいなくて、周りは年上のお兄さんお姉さんばっかで、だからアステさんが思ってる以上にわたし浮かれてるんです……」
そんな風に思われていたなんて、と私は驚いてしまう。私と違って、ログさんにはたくさんお友達がいて、彼女の中では私なんて大勢のうちのひとりくらいの存在感なのだろうと、そう思っていた。
でも、照れている彼女の様子からは、嘘をついているようには全く見えない。
「うふふ……あらま、可愛らしいこと!ちなみに王妃様?ミーとはお友達になりたいって思ってくれないのかしら?」
「ええ!?もうなってるつもりだったのに!?なるなる!ならせて下さい!」
「じゃあミー達、お友達同士ね!これからもよろしくね、王妃様、アステ」
「うん!」
「は、はい!」
こうして、エディさんのレッスンに新たにログさんが加わったのであった。
――
話が盛り上がった後は、本来の目的である絵のレッスンが始まった。ログさんは人物を描けるようになる事、そして私はどうしても絵に残しておきたいとある光景を描く事、といったように、それぞれの目標を立てた。
気づけば1時間があっという間に経っていて、その日のレッスンはおしまいとなった。
魔王様が迎えにくるというログさんを残し、エディさんと私は彼女に見送られ、部屋を後にした。
私達のあとに続いて、自分はいないものと思ってくださいと言って、部屋の片隅で見守っていたスクルも部屋を出てきた。王妃様に何かあってはいけないので、そうせざるを得ないのは当然だろう。
「お疲れ様でした、おふたりとも。随分盛り上がってましたね」
「ごめんなさいねえ、つい話が弾んじゃって。うるさかったわよね?」
「いいえ。王妃様が楽しそうにされていたので、おふたりには感謝しかありません。本当にありがとうございます」
エディさんに対するスクルの態度ら、私が知っているスクルと違って真面目な好青年といった風で、私はなぜだかむずむずとした感覚をおぼえる。親しいひとの、まだ知らない一面を知る、何とも言えない気持ち……私の中にまたひとつ新しい感情が芽生えたようだった。
「そんなのお安い御用よ。王妃様も大事な時期だからあっちこっち歩き回れないんでしょうし、気にしないでちょうだい」
「ありがとうございます。ぜひこれからもよろしくお願いします」
「んふふ、任せて。……あ、もう時間も遅いし、この子はちゃんとミーが送るから、こっちの方も任せてちょうだい!」
そう言うとエディさんは、背後から私の両肩をガシッと掴んでくる。それを見たスクルの表情が一瞬寂しそうで、でもすぐに好青年の微笑みに変わる。
「まだこちらを離れられないので、そうしていただけるとありがたい。……アステの事、どうかよろしくお願いします」
「ええ、こう見えても腕に自信あるから、大船に乗ったつもりでいてちょうだい。……じゃ、帰りましょ?アステ」
「は、はい!じゃあスクル……また」
「ええまた。気をつけて」
そうしてエディさんと私は、魔王城を後にした。
――
建物を出た途端、エディさんはとても大きなため息をつく。私はそれに驚いて、慌てて彼の顔を覗き込んだ。
「ああ……どっと疲れたわ……気さくな方だったとはいえやっぱり王妃様だもの……緊張で疲労困憊だわ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ええ……大丈夫よ……」
私は大丈夫と言いつつ大丈夫そうに見えないエディさんに戸惑う。ログさんとあんなに楽しそうに会話していたエディさんが、まさかそんな風に思っていたとは全く気づかなかった。前から顔を合わせていた私より、よっぽど親しげに会話していたというのに。
「緊張……されてたんですか?」
「してたわよ。態度に出さなかっただけで。あなたも、平気そうにしてたけど、どうなのよ?」
「え……ええと、私はログさん……いえ王妃様とは、そういう立場だと知らないまま親しくさせてもらっていたので……あまり緊張というのはなくて」
「そうなの?あなた……王妃様に慕われてるし、あのイケメン……魔王様の側近ともとても仲良しなんでしょう?すごいわね」
「すごい?」
「ミスオーガンザの娘なんて、一番警戒される存在じゃない」
まさか母の名前が出てくるとは思わなかった。でも、エディさんは私の知る中で一番母に近い存在なのだ。魔王様と母に何かしら因縁があるというのを、私より知っているだろう。私が魔王様のそばにいるひとたちと交流があるなど、不思議に思って当然だ。
「……そう、ですよね。慕ってもらえている事が嬉しくて、考えないようにはしていたけれど……」
もしかしたら魔王様がログさんやスクルに命じて、親しくしたいという風を装って私に近づいて、見張ろうとしていてもおかしくない。そうやって親しい関係になれば、仮に私が何か企んでもすぐに分かるだろうし、もし本当に何か企もうとしても、私に対して牽制になるだろう。
(可能性がないわけではない……いいえ、だめ、そんな風に考えては。私は、そうではないと信じたい……)
「……でも、今日の様子を見る限り、王妃様は純粋に絵を習いたいだけなんでしょうね。あなたに対する態度も本心からに見える。……ただ、魔王様がどう考えているかは分からない。だって、あなたとミーはどっちもミスオーガンザの関係者だもの」
「……エディさんと私が、ふたりきりで何かをしようとしているのが良くなかった……?」
「きっとそうね。関係者同士で集まってるなんて、そりゃあ魔王様としては放置しておけないでしょう」
でも私たちは本当に、ただ絵を教えるためだけに学ぶための関係なのだ。母がパトロンをしていて、絵の経験があって、今は魔王城にいたエディさんが、私が教わるのに最適なひとだったから。
でも、魔王様からは決してそうは見えない。
「そうですよね……いくらそんなつもりがないと思っていても……そんな事は周りには分からない……」
「そ。でもまあ、やましいことはひとつもないんだから堂々とするしかないわ。それに、あなたはミスオーガンザの娘とはいえ、彼女の仕事には全く関わってこなかった。これからもそうなんでしょ?」
「はい……仕事は叔父が全て引き継いで、私は全く……」
「そうよね。ミスオーガンザはあなたを、まるで籠の中の美しい鳥のように育てた。自分だけその手を汚して……」
エディさんの言葉に、私は、何も言えない。母にばかり重荷を背負わせた、そう責められているように聞こえてしまった。その通りだという自覚が自分の中にある。だからこそ、余計に心が抉られるように感じる。
私を見て慌て出すエディさんの様子に、私は自分が眉間に皺を寄せているのに気づいた。
「やだごめんなさい!こんな言い方。あなたを責めてるんじゃないの、本当よ?あのひとは、家族愛みたいな事に関しては不器用な女だったもの……」
「……いいんです。母は私に対して不器用だったけれど、私も同じ……母に……いいえ、全てのひとに対して不器用でした。私がもっと上手く振る舞えていたら、母との関係も少しは違っていたのかも……いいえ、たらればの話をしても……仕方ないのに……」
歩いていた私の足が止まってしまう。そんな私をエディさんは少しだけ追い抜いてから、ゆっくり振り返る。
「アステ」
私の前に立ったエディさんは、私の両手をそっと握る。
「いいじゃない。そんな話したって」
「……え?」
「それでスッキリして、また次の日に前を向いて頑張ればいいのよ。ま、しょっちゅうそんな話ばっかりして、過去ばかりに囚われるのはダメだけど」
「エディさん……」
「それで、過去の後悔の経験を、これから先に後悔しないように活かせばいいじゃない。家族とうまくやってこれなかったのなら、新しい家族ができた時にうまくやればいいのよ……ね?」
「……そう、ですね。新しい……家族……」
私の頭に、フォールスの顔が浮かぶ。いつか彼と結婚をして、家族になるのだ……新しい家族となる……。
そんな私を見て、エディさんはふふっと笑い出した。
「あらアステ、今、誰の事考えたの?もしかして……この指輪の送り主かしら?」
エディさんは私の右手を持ち上げて、薬指の指輪をかざすようにする。
「あ……そ……それは……」
「やだ、照れなくてもいいじゃない!うふふ!早くそうなるといいわね!ほら、こんなとこにいつまでも突っ立ってないでもう行きましょ?ところでアステ、その彼氏との結婚は考えてるの?」
「え……ええと……」
私はエディさんに手を引かれて、再び歩き出す。そこからの帰り道、私はエディさんに根掘り葉掘り色んな事を問い詰められたのだった……。
「王妃様ってもっとお高くとまってるんだと思ってたわ!」
「え?そんなわけないない!だってわたし、魔王様と結婚するまではどこにでもいるフツーの女の子だったんだよ?正直言うと、今も、妃なんて窮屈でやってられるかー!って思ってるし」
今日は、エディさんによる絵のレッスンだった……はずなのだが、私の目の前では、エディさんとログさんのとても楽しそうな会話が繰り広げられている。
「あらあら、王妃様ったらとんだじゃじゃ馬なのね」
「えへへ、よく言われる」
場所は、前のレッスンの時に使った多目的室ではない。魔王城でもごく限られた者しか入れない場所なのだと、ここまで案内してくれたスクルに聞いた。
「でもホントにびっくりだわ、まさか王妃様が絵を習いたいなんて。しかもそれをわざわざ魔王様に呼び出されて聞かされて、アステと一緒に教えてやってくれないかって……ミー、緊張で生きた心地がしなかったわ」
「それはごめんなさい……次からはちゃんと用件を伝えてから呼ぶようにって魔王様に言っておくから」
「そうしてもらえるとありがたいわ……いいえ、できるなら呼び出されたくもないわね。次に呼ばれるとしたら、クビしか考えられないもの。ああ怖い」
そう。私がエディさんに絵を習っているというのがログさんの耳に伝わり、ログさんがそれを楽しそうだと魔王様に話して、よければログさんも参加させてほしいと魔王様が頼んだ……という事らしい。
誰から伝わったか、それはまあ、聞かなくても分かる。ここまで案内してもらった時に、今度うまいものでもご馳走しますと申し訳なさそうに言ってきたから。
「でも王妃様。なんでミーに絵を習いたいと思ったのかしら?王妃様ならお抱えの画家に頼んでいくらでも描かせる事ができるでしょう?わざわざ自分で描く必要あるのかしら」
確かにエディさんの言う通りだ。もし自分で描いてみたかったとしても、そのお抱えの画家に習う方が話が早いのではとも思う。
エディさんと私に注目されたログさんは、モジモジと恥ずかしそうにしながら言った。
「あのねわたし……自分の子の姿を自分の手で描き残してみたいって思ったの。それが、絵を習ってみたかった理由。あなたの事が大好きだから、誰かに描かせたんじゃなく自分で描いたのよって、そう言いたくて」
「いいじゃないその気持ち。素敵。……なら、教えないわけにいかないわね」
ログさんの言葉に、私の目頭が熱くなる。もし自分の母親にそんな事を言われたら、私なら嬉しくて仕方ないだろう。
「あと、なんでわざわざここに参加したいと思ったかっていうのはね……うう、恥ずかしいな……ええと……アステさんとね、会える機会がもっとあったらいいなって……そう思ってたからなの……です」
きゃー!言っちゃった!と言って両手で顔を覆うログさん。私はしばらく呆気に取られて、それから、遅れて嬉しいやら恥ずかしいやら申し訳ないやら、一言で言い表せない様々な感情が押し寄せ、顔がかーっと熱くなってしまう。
「え……ええと……あの……えっ……?」
「やだもう恥ずかしい!……わたし、年の近いお友達がいなくて、周りは年上のお兄さんお姉さんばっかで、だからアステさんが思ってる以上にわたし浮かれてるんです……」
そんな風に思われていたなんて、と私は驚いてしまう。私と違って、ログさんにはたくさんお友達がいて、彼女の中では私なんて大勢のうちのひとりくらいの存在感なのだろうと、そう思っていた。
でも、照れている彼女の様子からは、嘘をついているようには全く見えない。
「うふふ……あらま、可愛らしいこと!ちなみに王妃様?ミーとはお友達になりたいって思ってくれないのかしら?」
「ええ!?もうなってるつもりだったのに!?なるなる!ならせて下さい!」
「じゃあミー達、お友達同士ね!これからもよろしくね、王妃様、アステ」
「うん!」
「は、はい!」
こうして、エディさんのレッスンに新たにログさんが加わったのであった。
――
話が盛り上がった後は、本来の目的である絵のレッスンが始まった。ログさんは人物を描けるようになる事、そして私はどうしても絵に残しておきたいとある光景を描く事、といったように、それぞれの目標を立てた。
気づけば1時間があっという間に経っていて、その日のレッスンはおしまいとなった。
魔王様が迎えにくるというログさんを残し、エディさんと私は彼女に見送られ、部屋を後にした。
私達のあとに続いて、自分はいないものと思ってくださいと言って、部屋の片隅で見守っていたスクルも部屋を出てきた。王妃様に何かあってはいけないので、そうせざるを得ないのは当然だろう。
「お疲れ様でした、おふたりとも。随分盛り上がってましたね」
「ごめんなさいねえ、つい話が弾んじゃって。うるさかったわよね?」
「いいえ。王妃様が楽しそうにされていたので、おふたりには感謝しかありません。本当にありがとうございます」
エディさんに対するスクルの態度ら、私が知っているスクルと違って真面目な好青年といった風で、私はなぜだかむずむずとした感覚をおぼえる。親しいひとの、まだ知らない一面を知る、何とも言えない気持ち……私の中にまたひとつ新しい感情が芽生えたようだった。
「そんなのお安い御用よ。王妃様も大事な時期だからあっちこっち歩き回れないんでしょうし、気にしないでちょうだい」
「ありがとうございます。ぜひこれからもよろしくお願いします」
「んふふ、任せて。……あ、もう時間も遅いし、この子はちゃんとミーが送るから、こっちの方も任せてちょうだい!」
そう言うとエディさんは、背後から私の両肩をガシッと掴んでくる。それを見たスクルの表情が一瞬寂しそうで、でもすぐに好青年の微笑みに変わる。
「まだこちらを離れられないので、そうしていただけるとありがたい。……アステの事、どうかよろしくお願いします」
「ええ、こう見えても腕に自信あるから、大船に乗ったつもりでいてちょうだい。……じゃ、帰りましょ?アステ」
「は、はい!じゃあスクル……また」
「ええまた。気をつけて」
そうしてエディさんと私は、魔王城を後にした。
――
建物を出た途端、エディさんはとても大きなため息をつく。私はそれに驚いて、慌てて彼の顔を覗き込んだ。
「ああ……どっと疲れたわ……気さくな方だったとはいえやっぱり王妃様だもの……緊張で疲労困憊だわ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ええ……大丈夫よ……」
私は大丈夫と言いつつ大丈夫そうに見えないエディさんに戸惑う。ログさんとあんなに楽しそうに会話していたエディさんが、まさかそんな風に思っていたとは全く気づかなかった。前から顔を合わせていた私より、よっぽど親しげに会話していたというのに。
「緊張……されてたんですか?」
「してたわよ。態度に出さなかっただけで。あなたも、平気そうにしてたけど、どうなのよ?」
「え……ええと、私はログさん……いえ王妃様とは、そういう立場だと知らないまま親しくさせてもらっていたので……あまり緊張というのはなくて」
「そうなの?あなた……王妃様に慕われてるし、あのイケメン……魔王様の側近ともとても仲良しなんでしょう?すごいわね」
「すごい?」
「ミスオーガンザの娘なんて、一番警戒される存在じゃない」
まさか母の名前が出てくるとは思わなかった。でも、エディさんは私の知る中で一番母に近い存在なのだ。魔王様と母に何かしら因縁があるというのを、私より知っているだろう。私が魔王様のそばにいるひとたちと交流があるなど、不思議に思って当然だ。
「……そう、ですよね。慕ってもらえている事が嬉しくて、考えないようにはしていたけれど……」
もしかしたら魔王様がログさんやスクルに命じて、親しくしたいという風を装って私に近づいて、見張ろうとしていてもおかしくない。そうやって親しい関係になれば、仮に私が何か企んでもすぐに分かるだろうし、もし本当に何か企もうとしても、私に対して牽制になるだろう。
(可能性がないわけではない……いいえ、だめ、そんな風に考えては。私は、そうではないと信じたい……)
「……でも、今日の様子を見る限り、王妃様は純粋に絵を習いたいだけなんでしょうね。あなたに対する態度も本心からに見える。……ただ、魔王様がどう考えているかは分からない。だって、あなたとミーはどっちもミスオーガンザの関係者だもの」
「……エディさんと私が、ふたりきりで何かをしようとしているのが良くなかった……?」
「きっとそうね。関係者同士で集まってるなんて、そりゃあ魔王様としては放置しておけないでしょう」
でも私たちは本当に、ただ絵を教えるためだけに学ぶための関係なのだ。母がパトロンをしていて、絵の経験があって、今は魔王城にいたエディさんが、私が教わるのに最適なひとだったから。
でも、魔王様からは決してそうは見えない。
「そうですよね……いくらそんなつもりがないと思っていても……そんな事は周りには分からない……」
「そ。でもまあ、やましいことはひとつもないんだから堂々とするしかないわ。それに、あなたはミスオーガンザの娘とはいえ、彼女の仕事には全く関わってこなかった。これからもそうなんでしょ?」
「はい……仕事は叔父が全て引き継いで、私は全く……」
「そうよね。ミスオーガンザはあなたを、まるで籠の中の美しい鳥のように育てた。自分だけその手を汚して……」
エディさんの言葉に、私は、何も言えない。母にばかり重荷を背負わせた、そう責められているように聞こえてしまった。その通りだという自覚が自分の中にある。だからこそ、余計に心が抉られるように感じる。
私を見て慌て出すエディさんの様子に、私は自分が眉間に皺を寄せているのに気づいた。
「やだごめんなさい!こんな言い方。あなたを責めてるんじゃないの、本当よ?あのひとは、家族愛みたいな事に関しては不器用な女だったもの……」
「……いいんです。母は私に対して不器用だったけれど、私も同じ……母に……いいえ、全てのひとに対して不器用でした。私がもっと上手く振る舞えていたら、母との関係も少しは違っていたのかも……いいえ、たらればの話をしても……仕方ないのに……」
歩いていた私の足が止まってしまう。そんな私をエディさんは少しだけ追い抜いてから、ゆっくり振り返る。
「アステ」
私の前に立ったエディさんは、私の両手をそっと握る。
「いいじゃない。そんな話したって」
「……え?」
「それでスッキリして、また次の日に前を向いて頑張ればいいのよ。ま、しょっちゅうそんな話ばっかりして、過去ばかりに囚われるのはダメだけど」
「エディさん……」
「それで、過去の後悔の経験を、これから先に後悔しないように活かせばいいじゃない。家族とうまくやってこれなかったのなら、新しい家族ができた時にうまくやればいいのよ……ね?」
「……そう、ですね。新しい……家族……」
私の頭に、フォールスの顔が浮かぶ。いつか彼と結婚をして、家族になるのだ……新しい家族となる……。
そんな私を見て、エディさんはふふっと笑い出した。
「あらアステ、今、誰の事考えたの?もしかして……この指輪の送り主かしら?」
エディさんは私の右手を持ち上げて、薬指の指輪をかざすようにする。
「あ……そ……それは……」
「やだ、照れなくてもいいじゃない!うふふ!早くそうなるといいわね!ほら、こんなとこにいつまでも突っ立ってないでもう行きましょ?ところでアステ、その彼氏との結婚は考えてるの?」
「え……ええと……」
私はエディさんに手を引かれて、再び歩き出す。そこからの帰り道、私はエディさんに根掘り葉掘り色んな事を問い詰められたのだった……。
0
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる