【本編完結】混血才女と春売る女

じぇいそんむらた

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本編

閑話 兄と弟

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 師匠と旅を続ける自分の元にある日、弟からの手紙が届いた。

 よく届いたなと驚いたが、師匠が息子を通じて予定を伝えていたのが、どうやら自分の弟にも伝わっていたらしい。
 まさか師匠の息子さんと、自分の弟が友人だったとは知らず、縁というものの不思議さになぜだか胸が弾んだ。

 ――

 弟とは、いつからか思い出せないくらい昔から没交渉だった。父は自分にばかり目をかけていたから、自分から彼に話しかけても、彼の心を逆撫でするだけだと遠慮をしてしまい、どうしても声をかけられなかったのだ。

 弟は母譲りの美しい容姿を持ち、賢さもなかなかのもので、何もかも平均かそれ以下の自分とは大違いだった。でも自分は決して、弟の事を嫌ったりしていなかった。
 父の関心は、何もかも優れているであろう弟ではなく、全て自分に向けられていた。父を絶対とする我が家で、父からの評価は絶対だった。寂しそうに、悔しそうに、それでも父からの愛情を欲する弟の顔が、いつまでも自分を責めるように頭にこびりついて離れない。
 自分はそれを素直に喜べるほどの図々しさもない男なのだ。心の中は、ただただ弟への申し訳なさでいっぱいだった。

 父が亡くなってからも、ほぼ切れてしまっていた繋がりがすぐに結び直されるわけもなく、まともに会話をしたのは、三年だけ自分の代わりに父の跡を継いでほしいと頼んだ時だけだ。
 断られるのも覚悟の上だったが、弟は自分の頼みを聞いてくれた。弟の方が実力的にも領主に相応しいと思っていたから、いっその事完全にお前が継いでしまった方がいいと思うと言った自分に、弟は首を横に振った。

「僕は、父へ思い知らせてやる事しか頭にないんだ。そんな奴が領主を続けても、領民を不幸にするだけだよ」

 そう、影を感じるように寂しげな顔で言う弟に、俺の心は痛んだ。もしあの家がまともであれば、きっと弟は、素直で明るく才能に溢れた青年になっていたはず。そんな弟をこんな風にしてしまったのは、父と、そして自分なのだ……と。

「フォールス……本当にすまない。三年以内に必ず戻ってくる。そうしたら後は、お前の好きなように生きてくれ」

 自分の言葉に、弟は弱々しく笑うだけだった。その表情は、安堵と寂しさが入り混じったように見えた。

 ――

 そんな弟からの手紙。そこには、予想もしなかった事が書かれていた。

 『ミスオーガンザの娘であるアステと結婚を考えている。早く結婚して彼女を安心させてやりたいが、混血の彼女を領主の妻として迎えても、その立場が彼女を傷つけてしまう事は多々あるだろう。もし可能なら、早めに家へ戻ってきてもらえないだろうか。領主ではなく、ただの男として、彼女の夫になりたい』

 驚きのあまり、どこか勘違いして読んでしまったのではと何度も読み返すが、勘違いではなかった。

(アステと……混血の彼女と……結婚したいというのか……)

 彼女の事はよくおぼえている。幼い頃、よく母親に連れられて屋敷に来ていた。だが、会話をした事は一度もなく、こちらが一方的に見ていただけだ。
 妖艶な魅力のある母親と違い、天真爛漫で、まるで男の子のように庭を駆け回っていた。父は忌々しそうに見ていたが、自分は決してそう思えなかった。
 だがフォールスは、父になんとか好かれたくて、人間を忌み嫌う父の顔色を窺い、彼女に対してそれはそれは酷い言葉をかけていた。

 母親のミスオーガンザも、それを知りながら、アステを庇ったり慰めることもしなかった。
 街中で見かける庶民の親は、子に対して愛情深く接しているというのに、地位や金のある親とは非情なものなのだと、そしていつか自分もそういう親になるのかと、恐ろしさに震えた。

 自分は、彼女のためにも、そして弟のためにも、何度も止めてやりたいと思った。だが、それよりも、自分が父にどう思われるかと保身を考えてしまい、結局何もしてやれなかった。

(そのふたりが……結婚?)

 一体、自分が家を離れていた間に何があったというのだろう。自分の中に、好奇心の塊が大きく育っていく。この気持ちは、師匠の本を読んだ時とどこか似ている。

(……もしかして弟は、あの時の事を思い出したのだろうか)

 遠い昔の記憶が蘇る。弟が、父に強く罵倒され、無理やり忘れ去ったであろうあの日の事を。

 そして、あの忌々しい家で見た、弟の、心からの笑顔。父が消してしまった弟の輝き。

(……今度は、自分が弟の願いを叶えてやる番だな)

 そしてもし許されるなら、兄弟として過ごせなかった日々を、今からでもやり直したい。

 そう思いながら俺は、弟からの手紙を大事に懐にしまい、師匠の元へと駆け出した。
 
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