17 / 54
本編
閑話 兄と弟
しおりを挟む
師匠と旅を続ける自分の元にある日、弟からの手紙が届いた。
よく届いたなと驚いたが、師匠が息子を通じて予定を伝えていたのが、どうやら自分の弟にも伝わっていたらしい。
まさか師匠の息子さんと、自分の弟が友人だったとは知らず、縁というものの不思議さになぜだか胸が弾んだ。
――
弟とは、いつからか思い出せないくらい昔から没交渉だった。父は自分にばかり目をかけていたから、自分から彼に話しかけても、彼の心を逆撫でするだけだと遠慮をしてしまい、どうしても声をかけられなかったのだ。
弟は母譲りの美しい容姿を持ち、賢さもなかなかのもので、何もかも平均かそれ以下の自分とは大違いだった。でも自分は決して、弟の事を嫌ったりしていなかった。
父の関心は、何もかも優れているであろう弟ではなく、全て自分に向けられていた。父を絶対とする我が家で、父からの評価は絶対だった。寂しそうに、悔しそうに、それでも父からの愛情を欲する弟の顔が、いつまでも自分を責めるように頭にこびりついて離れない。
自分はそれを素直に喜べるほどの図々しさもない男なのだ。心の中は、ただただ弟への申し訳なさでいっぱいだった。
父が亡くなってからも、ほぼ切れてしまっていた繋がりがすぐに結び直されるわけもなく、まともに会話をしたのは、三年だけ自分の代わりに父の跡を継いでほしいと頼んだ時だけだ。
断られるのも覚悟の上だったが、弟は自分の頼みを聞いてくれた。弟の方が実力的にも領主に相応しいと思っていたから、いっその事完全にお前が継いでしまった方がいいと思うと言った自分に、弟は首を横に振った。
「僕は、父へ思い知らせてやる事しか頭にないんだ。そんな奴が領主を続けても、領民を不幸にするだけだよ」
そう、影を感じるように寂しげな顔で言う弟に、俺の心は痛んだ。もしあの家がまともであれば、きっと弟は、素直で明るく才能に溢れた青年になっていたはず。そんな弟をこんな風にしてしまったのは、父と、そして自分なのだ……と。
「フォールス……本当にすまない。三年以内に必ず戻ってくる。そうしたら後は、お前の好きなように生きてくれ」
自分の言葉に、弟は弱々しく笑うだけだった。その表情は、安堵と寂しさが入り混じったように見えた。
――
そんな弟からの手紙。そこには、予想もしなかった事が書かれていた。
『ミスオーガンザの娘であるアステと結婚を考えている。早く結婚して彼女を安心させてやりたいが、混血の彼女を領主の妻として迎えても、その立場が彼女を傷つけてしまう事は多々あるだろう。もし可能なら、早めに家へ戻ってきてもらえないだろうか。領主ではなく、ただの男として、彼女の夫になりたい』
驚きのあまり、どこか勘違いして読んでしまったのではと何度も読み返すが、勘違いではなかった。
(アステと……混血の彼女と……結婚したいというのか……)
彼女の事はよくおぼえている。幼い頃、よく母親に連れられて屋敷に来ていた。だが、会話をした事は一度もなく、こちらが一方的に見ていただけだ。
妖艶な魅力のある母親と違い、天真爛漫で、まるで男の子のように庭を駆け回っていた。父は忌々しそうに見ていたが、自分は決してそう思えなかった。
だがフォールスは、父になんとか好かれたくて、人間を忌み嫌う父の顔色を窺い、彼女に対してそれはそれは酷い言葉をかけていた。
母親のミスオーガンザも、それを知りながら、アステを庇ったり慰めることもしなかった。
街中で見かける庶民の親は、子に対して愛情深く接しているというのに、地位や金のある親とは非情なものなのだと、そしていつか自分もそういう親になるのかと、恐ろしさに震えた。
自分は、彼女のためにも、そして弟のためにも、何度も止めてやりたいと思った。だが、それよりも、自分が父にどう思われるかと保身を考えてしまい、結局何もしてやれなかった。
(そのふたりが……結婚?)
一体、自分が家を離れていた間に何があったというのだろう。自分の中に、好奇心の塊が大きく育っていく。この気持ちは、師匠の本を読んだ時とどこか似ている。
(……もしかして弟は、あの時の事を思い出したのだろうか)
遠い昔の記憶が蘇る。弟が、父に強く罵倒され、無理やり忘れ去ったであろうあの日の事を。
そして、あの忌々しい家で見た、弟の、心からの笑顔。父が消してしまった弟の輝き。
(……今度は、自分が弟の願いを叶えてやる番だな)
そしてもし許されるなら、兄弟として過ごせなかった日々を、今からでもやり直したい。
そう思いながら俺は、弟からの手紙を大事に懐にしまい、師匠の元へと駆け出した。
よく届いたなと驚いたが、師匠が息子を通じて予定を伝えていたのが、どうやら自分の弟にも伝わっていたらしい。
まさか師匠の息子さんと、自分の弟が友人だったとは知らず、縁というものの不思議さになぜだか胸が弾んだ。
――
弟とは、いつからか思い出せないくらい昔から没交渉だった。父は自分にばかり目をかけていたから、自分から彼に話しかけても、彼の心を逆撫でするだけだと遠慮をしてしまい、どうしても声をかけられなかったのだ。
弟は母譲りの美しい容姿を持ち、賢さもなかなかのもので、何もかも平均かそれ以下の自分とは大違いだった。でも自分は決して、弟の事を嫌ったりしていなかった。
父の関心は、何もかも優れているであろう弟ではなく、全て自分に向けられていた。父を絶対とする我が家で、父からの評価は絶対だった。寂しそうに、悔しそうに、それでも父からの愛情を欲する弟の顔が、いつまでも自分を責めるように頭にこびりついて離れない。
自分はそれを素直に喜べるほどの図々しさもない男なのだ。心の中は、ただただ弟への申し訳なさでいっぱいだった。
父が亡くなってからも、ほぼ切れてしまっていた繋がりがすぐに結び直されるわけもなく、まともに会話をしたのは、三年だけ自分の代わりに父の跡を継いでほしいと頼んだ時だけだ。
断られるのも覚悟の上だったが、弟は自分の頼みを聞いてくれた。弟の方が実力的にも領主に相応しいと思っていたから、いっその事完全にお前が継いでしまった方がいいと思うと言った自分に、弟は首を横に振った。
「僕は、父へ思い知らせてやる事しか頭にないんだ。そんな奴が領主を続けても、領民を不幸にするだけだよ」
そう、影を感じるように寂しげな顔で言う弟に、俺の心は痛んだ。もしあの家がまともであれば、きっと弟は、素直で明るく才能に溢れた青年になっていたはず。そんな弟をこんな風にしてしまったのは、父と、そして自分なのだ……と。
「フォールス……本当にすまない。三年以内に必ず戻ってくる。そうしたら後は、お前の好きなように生きてくれ」
自分の言葉に、弟は弱々しく笑うだけだった。その表情は、安堵と寂しさが入り混じったように見えた。
――
そんな弟からの手紙。そこには、予想もしなかった事が書かれていた。
『ミスオーガンザの娘であるアステと結婚を考えている。早く結婚して彼女を安心させてやりたいが、混血の彼女を領主の妻として迎えても、その立場が彼女を傷つけてしまう事は多々あるだろう。もし可能なら、早めに家へ戻ってきてもらえないだろうか。領主ではなく、ただの男として、彼女の夫になりたい』
驚きのあまり、どこか勘違いして読んでしまったのではと何度も読み返すが、勘違いではなかった。
(アステと……混血の彼女と……結婚したいというのか……)
彼女の事はよくおぼえている。幼い頃、よく母親に連れられて屋敷に来ていた。だが、会話をした事は一度もなく、こちらが一方的に見ていただけだ。
妖艶な魅力のある母親と違い、天真爛漫で、まるで男の子のように庭を駆け回っていた。父は忌々しそうに見ていたが、自分は決してそう思えなかった。
だがフォールスは、父になんとか好かれたくて、人間を忌み嫌う父の顔色を窺い、彼女に対してそれはそれは酷い言葉をかけていた。
母親のミスオーガンザも、それを知りながら、アステを庇ったり慰めることもしなかった。
街中で見かける庶民の親は、子に対して愛情深く接しているというのに、地位や金のある親とは非情なものなのだと、そしていつか自分もそういう親になるのかと、恐ろしさに震えた。
自分は、彼女のためにも、そして弟のためにも、何度も止めてやりたいと思った。だが、それよりも、自分が父にどう思われるかと保身を考えてしまい、結局何もしてやれなかった。
(そのふたりが……結婚?)
一体、自分が家を離れていた間に何があったというのだろう。自分の中に、好奇心の塊が大きく育っていく。この気持ちは、師匠の本を読んだ時とどこか似ている。
(……もしかして弟は、あの時の事を思い出したのだろうか)
遠い昔の記憶が蘇る。弟が、父に強く罵倒され、無理やり忘れ去ったであろうあの日の事を。
そして、あの忌々しい家で見た、弟の、心からの笑顔。父が消してしまった弟の輝き。
(……今度は、自分が弟の願いを叶えてやる番だな)
そしてもし許されるなら、兄弟として過ごせなかった日々を、今からでもやり直したい。
そう思いながら俺は、弟からの手紙を大事に懐にしまい、師匠の元へと駆け出した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
四人の令嬢と公爵と
オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」
ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。
人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが……
「おはよう。よく眠れたかな」
「お前すごく可愛いな!!」
「花がよく似合うね」
「どうか今日も共に過ごしてほしい」
彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。
一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。
※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください
聖女は秘密の皇帝に抱かれる
アルケミスト
恋愛
神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。
『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。
行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、
痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。
戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。
快楽に溺れてはだめ。
そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。
果たして次期皇帝は誰なのか?
ツェリルは無事聖女になることはできるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる