【本編完結】混血才女と春売る女

じぇいそんむらた

文字の大きさ
30 / 54
本編

第23話 欠けていた記憶

しおりを挟む
 馬車に揺られながら私は、これまであったことを叔父に話していた。

 新薬の承認がギリギリ間に合って、男の子の命を救う事ができた事。仕事が最近までとても忙しく、疲れて部屋に寝に帰るだけの毎日だった事。絵を教えてもらい、描く事が思っていた以上に楽しい事。
 でも、それらの出来事には、あまり良くない話もあるって、それだけは話に出さず、自分の心の中にしまっておいた。

「叔父様といると、ついたくさん話してしまうわ……」
「そうなのかい?」
「ええ。叔父様はきっと、話を引き出す天才なのね。だって、私、お友達にもこんなに話した事ないのよ?本当にすごいわ」
「はは!アステに褒められるなんて、こんなに嬉しい事はないよ」

 目尻を下げて嬉しそうに笑う叔父に、私も自然と笑顔になる。

「ところでアステ。君にひとつ、お願いがあるんだ」
「なあに?」
「フォールス君が、今日の事を話しに来た時にね、こう言っていたんだ。自分の母には、結婚の許可をもらうつもりはないって」

 てっきり私は、今日、彼のお母様にも挨拶をするのだと思っていた。だから、叔父の言葉に驚きしかない。

「……フォールスがそんな事を?」
「ああ。詳しくは聞かなかったが、彼は母親に思うところがあるようで、ここ何年もずっと没交渉なのだと言っていた。……アステは彼から、母親について聞いた事はあるのかい?」
「……いいえ、一度もないわ」

 叔父はやっぱりか、と困ったような顔をして呟くと、話を続けた。

「私は、それがどうしても気になって、彼の母親がどういう女性か調べてみたんだ。だけどね、彼の母親を知る誰に聞いても、良妻賢母という言葉がピッタリの女性だと口を揃えて言うんだ。フォールス君のことも、自分にもったいないくらい良くできた息子だと自慢していたそうだよ。……結局、なぜフォールス君があそこまで母親を避けるのか、分からないままでね」
「そう……なの」

 話を聞く限り、フォールスが嫌うようなひとには私も思えない。

「むしろ、父親の方が、フォールス君に対して態度が酷かったという話ばかり聞かされたよ。兄の方にばかり目をかけていて、フォールス君は父親に気に入られようと必死で努力していたそうだ」
「それは私もフォールスから聞いたわ。……ねえ叔父様、もしフォールスのお母様が良妻賢母と言われるような方なら、夫の意向に逆らうような事などとてもできないわよね」
「うーん、家族だけの時に何かあったのだろうか……いやはや、ここで私たちが話し合っても、答えは出なさそうだ」

 首を傾げる叔父につられて、私も首を傾げ、それからハッと最初の話を思い出した。

「ねえ叔父様、私へのお願い事って、今の話に関係ある事なのよね?」
「ああ、そうだよ。……僕はね、彼の家族にも、君を大切に思ってもらいたいと思っている。それなのに、母親に挨拶もしないまま結婚を進めたら、その溝は一生埋まらないような気がしてならないんだ。だから一度、この事について、フォールス君ときちんと話し合ってみてくれないか?」
「叔父様……」

 戸惑う私の手を取り、叔父は私を心配そうに覗き込んで言う。

「もし話し合って、フォールス君の気持ちを尊重すると決めたなら、それでもいいんだ。何よりも、君たちふたりで決める事が大切なんだから」
「……分かったわ、叔父様。私、フォールスと話し合ってみる」

 私の答えに、叔父はほっとしたように笑顔になる。

「ありがとう、アステ。でも……もしそれで彼がごちゃごちゃ言ってくるような器の小さい男なら、思い切って捨ててしまえばいいからね。私の可愛い姪にふさわしい男なら、私がいくらでも探してきてやる」

 温厚な叔父は、なぜか急にこんな一面を見せる事がある。私はそんな事になっては困ると、叔父の手を強く握りしめて言った。

「もう!叔父様ったら……!そんな事になんかなりませんから!」

 そんな事をしているうちに、馬車の速度が落ち、止まる。窓の外には、立派な門が見える。
 門が開かれ、馬車は門の中へと進んでいく。
 
 私は、窓から見える景色に、母と馬車に乗り、ここへ来た日の事を思い出す。

 フォールスとの再会に怯えるあまり、気を失ってしまった事。優しく接してくれたフォールスに驚いた事。彼が入れてくれた紅茶のいい香り。

(その時の私が聞いたら絶対に信じないわよ……まさかフォールスと私が、結婚するなんて……)

 窓から、あの時と同じ景色が見えても、私の心は暗く沈む事なく、不思議なくらいに穏やかなままだった。

 その時、頭の中に声が小さく響いた。

 もう、大丈夫ね。守ってあげなくても。

(え……?)

 その瞬間、私の記憶が蘇る。何度か夢に見たのと同じ光景。でも、ひとつだけ違う。ぼやけてよく見えていなかった男の子の顔が、今ははっきり思い出せる。

 綺麗な庭の片隅で、私を見てとても嬉しそうに笑う、美しい顔の男の子。

(……そう、だったのね)

 馬車が止まる。叔父が先に降り、私に手を差し伸べる。

「着いたよアステ。ほら、王子様が待っているよ」

 私は、叔父に手を引かれ、馬車を降りる。地面にそっと足がつく。顔を上げたその先には、私を見て優しく微笑む彼の姿があった。

 立ち尽くす私。

 そんな私の背中を、叔父はそっと優しく押す。

「待ってたよ、アステ」

 そう言って彼は、私の手を引き、私の体は彼の胸に抱かれる。彼の手が、私の頭を優しく撫でる。

 その瞬間、私の目から涙がとめどなく溢れ、私は俯いて、彼に縋り付くように体を寄せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】恋につける薬は、なし

ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。 着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

冷酷な王の過剰な純愛

魚谷
恋愛
ハイメイン王国の若き王、ジクムントを想いつつも、 離れた場所で生活をしている貴族の令嬢・マリア。 マリアはかつてジクムントの王子時代に仕えていたのだった。 そこへ王都から使者がやってくる。 使者はマリアに、再びジクムントの傍に仕えて欲しいと告げる。 王であるジクムントの心を癒やすことができるのはマリアしかいないのだと。 マリアは周囲からの薦めもあって、王都へ旅立つ。 ・エブリスタでも掲載中です ・18禁シーンについては「※」をつけます ・作家になろう、エブリスタで連載しております

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

処理中です...