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本編
第23話 欠けていた記憶
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馬車に揺られながら私は、これまであったことを叔父に話していた。
新薬の承認がギリギリ間に合って、男の子の命を救う事ができた事。仕事が最近までとても忙しく、疲れて部屋に寝に帰るだけの毎日だった事。絵を教えてもらい、描く事が思っていた以上に楽しい事。
でも、それらの出来事には、あまり良くない話もあるって、それだけは話に出さず、自分の心の中にしまっておいた。
「叔父様といると、ついたくさん話してしまうわ……」
「そうなのかい?」
「ええ。叔父様はきっと、話を引き出す天才なのね。だって、私、お友達にもこんなに話した事ないのよ?本当にすごいわ」
「はは!アステに褒められるなんて、こんなに嬉しい事はないよ」
目尻を下げて嬉しそうに笑う叔父に、私も自然と笑顔になる。
「ところでアステ。君にひとつ、お願いがあるんだ」
「なあに?」
「フォールス君が、今日の事を話しに来た時にね、こう言っていたんだ。自分の母には、結婚の許可をもらうつもりはないって」
てっきり私は、今日、彼のお母様にも挨拶をするのだと思っていた。だから、叔父の言葉に驚きしかない。
「……フォールスがそんな事を?」
「ああ。詳しくは聞かなかったが、彼は母親に思うところがあるようで、ここ何年もずっと没交渉なのだと言っていた。……アステは彼から、母親について聞いた事はあるのかい?」
「……いいえ、一度もないわ」
叔父はやっぱりか、と困ったような顔をして呟くと、話を続けた。
「私は、それがどうしても気になって、彼の母親がどういう女性か調べてみたんだ。だけどね、彼の母親を知る誰に聞いても、良妻賢母という言葉がピッタリの女性だと口を揃えて言うんだ。フォールス君のことも、自分にもったいないくらい良くできた息子だと自慢していたそうだよ。……結局、なぜフォールス君があそこまで母親を避けるのか、分からないままでね」
「そう……なの」
話を聞く限り、フォールスが嫌うようなひとには私も思えない。
「むしろ、父親の方が、フォールス君に対して態度が酷かったという話ばかり聞かされたよ。兄の方にばかり目をかけていて、フォールス君は父親に気に入られようと必死で努力していたそうだ」
「それは私もフォールスから聞いたわ。……ねえ叔父様、もしフォールスのお母様が良妻賢母と言われるような方なら、夫の意向に逆らうような事などとてもできないわよね」
「うーん、家族だけの時に何かあったのだろうか……いやはや、ここで私たちが話し合っても、答えは出なさそうだ」
首を傾げる叔父につられて、私も首を傾げ、それからハッと最初の話を思い出した。
「ねえ叔父様、私へのお願い事って、今の話に関係ある事なのよね?」
「ああ、そうだよ。……僕はね、彼の家族にも、君を大切に思ってもらいたいと思っている。それなのに、母親に挨拶もしないまま結婚を進めたら、その溝は一生埋まらないような気がしてならないんだ。だから一度、この事について、フォールス君ときちんと話し合ってみてくれないか?」
「叔父様……」
戸惑う私の手を取り、叔父は私を心配そうに覗き込んで言う。
「もし話し合って、フォールス君の気持ちを尊重すると決めたなら、それでもいいんだ。何よりも、君たちふたりで決める事が大切なんだから」
「……分かったわ、叔父様。私、フォールスと話し合ってみる」
私の答えに、叔父はほっとしたように笑顔になる。
「ありがとう、アステ。でも……もしそれで彼がごちゃごちゃ言ってくるような器の小さい男なら、思い切って捨ててしまえばいいからね。私の可愛い姪にふさわしい男なら、私がいくらでも探してきてやる」
温厚な叔父は、なぜか急にこんな一面を見せる事がある。私はそんな事になっては困ると、叔父の手を強く握りしめて言った。
「もう!叔父様ったら……!そんな事になんかなりませんから!」
そんな事をしているうちに、馬車の速度が落ち、止まる。窓の外には、立派な門が見える。
門が開かれ、馬車は門の中へと進んでいく。
私は、窓から見える景色に、母と馬車に乗り、ここへ来た日の事を思い出す。
フォールスとの再会に怯えるあまり、気を失ってしまった事。優しく接してくれたフォールスに驚いた事。彼が入れてくれた紅茶のいい香り。
(その時の私が聞いたら絶対に信じないわよ……まさかフォールスと私が、結婚するなんて……)
窓から、あの時と同じ景色が見えても、私の心は暗く沈む事なく、不思議なくらいに穏やかなままだった。
その時、頭の中に声が小さく響いた。
もう、大丈夫ね。守ってあげなくても。
(え……?)
その瞬間、私の記憶が蘇る。何度か夢に見たのと同じ光景。でも、ひとつだけ違う。ぼやけてよく見えていなかった男の子の顔が、今ははっきり思い出せる。
綺麗な庭の片隅で、私を見てとても嬉しそうに笑う、美しい顔の男の子。
(……そう、だったのね)
馬車が止まる。叔父が先に降り、私に手を差し伸べる。
「着いたよアステ。ほら、王子様が待っているよ」
私は、叔父に手を引かれ、馬車を降りる。地面にそっと足がつく。顔を上げたその先には、私を見て優しく微笑む彼の姿があった。
立ち尽くす私。
そんな私の背中を、叔父はそっと優しく押す。
「待ってたよ、アステ」
そう言って彼は、私の手を引き、私の体は彼の胸に抱かれる。彼の手が、私の頭を優しく撫でる。
その瞬間、私の目から涙がとめどなく溢れ、私は俯いて、彼に縋り付くように体を寄せた。
新薬の承認がギリギリ間に合って、男の子の命を救う事ができた事。仕事が最近までとても忙しく、疲れて部屋に寝に帰るだけの毎日だった事。絵を教えてもらい、描く事が思っていた以上に楽しい事。
でも、それらの出来事には、あまり良くない話もあるって、それだけは話に出さず、自分の心の中にしまっておいた。
「叔父様といると、ついたくさん話してしまうわ……」
「そうなのかい?」
「ええ。叔父様はきっと、話を引き出す天才なのね。だって、私、お友達にもこんなに話した事ないのよ?本当にすごいわ」
「はは!アステに褒められるなんて、こんなに嬉しい事はないよ」
目尻を下げて嬉しそうに笑う叔父に、私も自然と笑顔になる。
「ところでアステ。君にひとつ、お願いがあるんだ」
「なあに?」
「フォールス君が、今日の事を話しに来た時にね、こう言っていたんだ。自分の母には、結婚の許可をもらうつもりはないって」
てっきり私は、今日、彼のお母様にも挨拶をするのだと思っていた。だから、叔父の言葉に驚きしかない。
「……フォールスがそんな事を?」
「ああ。詳しくは聞かなかったが、彼は母親に思うところがあるようで、ここ何年もずっと没交渉なのだと言っていた。……アステは彼から、母親について聞いた事はあるのかい?」
「……いいえ、一度もないわ」
叔父はやっぱりか、と困ったような顔をして呟くと、話を続けた。
「私は、それがどうしても気になって、彼の母親がどういう女性か調べてみたんだ。だけどね、彼の母親を知る誰に聞いても、良妻賢母という言葉がピッタリの女性だと口を揃えて言うんだ。フォールス君のことも、自分にもったいないくらい良くできた息子だと自慢していたそうだよ。……結局、なぜフォールス君があそこまで母親を避けるのか、分からないままでね」
「そう……なの」
話を聞く限り、フォールスが嫌うようなひとには私も思えない。
「むしろ、父親の方が、フォールス君に対して態度が酷かったという話ばかり聞かされたよ。兄の方にばかり目をかけていて、フォールス君は父親に気に入られようと必死で努力していたそうだ」
「それは私もフォールスから聞いたわ。……ねえ叔父様、もしフォールスのお母様が良妻賢母と言われるような方なら、夫の意向に逆らうような事などとてもできないわよね」
「うーん、家族だけの時に何かあったのだろうか……いやはや、ここで私たちが話し合っても、答えは出なさそうだ」
首を傾げる叔父につられて、私も首を傾げ、それからハッと最初の話を思い出した。
「ねえ叔父様、私へのお願い事って、今の話に関係ある事なのよね?」
「ああ、そうだよ。……僕はね、彼の家族にも、君を大切に思ってもらいたいと思っている。それなのに、母親に挨拶もしないまま結婚を進めたら、その溝は一生埋まらないような気がしてならないんだ。だから一度、この事について、フォールス君ときちんと話し合ってみてくれないか?」
「叔父様……」
戸惑う私の手を取り、叔父は私を心配そうに覗き込んで言う。
「もし話し合って、フォールス君の気持ちを尊重すると決めたなら、それでもいいんだ。何よりも、君たちふたりで決める事が大切なんだから」
「……分かったわ、叔父様。私、フォールスと話し合ってみる」
私の答えに、叔父はほっとしたように笑顔になる。
「ありがとう、アステ。でも……もしそれで彼がごちゃごちゃ言ってくるような器の小さい男なら、思い切って捨ててしまえばいいからね。私の可愛い姪にふさわしい男なら、私がいくらでも探してきてやる」
温厚な叔父は、なぜか急にこんな一面を見せる事がある。私はそんな事になっては困ると、叔父の手を強く握りしめて言った。
「もう!叔父様ったら……!そんな事になんかなりませんから!」
そんな事をしているうちに、馬車の速度が落ち、止まる。窓の外には、立派な門が見える。
門が開かれ、馬車は門の中へと進んでいく。
私は、窓から見える景色に、母と馬車に乗り、ここへ来た日の事を思い出す。
フォールスとの再会に怯えるあまり、気を失ってしまった事。優しく接してくれたフォールスに驚いた事。彼が入れてくれた紅茶のいい香り。
(その時の私が聞いたら絶対に信じないわよ……まさかフォールスと私が、結婚するなんて……)
窓から、あの時と同じ景色が見えても、私の心は暗く沈む事なく、不思議なくらいに穏やかなままだった。
その時、頭の中に声が小さく響いた。
もう、大丈夫ね。守ってあげなくても。
(え……?)
その瞬間、私の記憶が蘇る。何度か夢に見たのと同じ光景。でも、ひとつだけ違う。ぼやけてよく見えていなかった男の子の顔が、今ははっきり思い出せる。
綺麗な庭の片隅で、私を見てとても嬉しそうに笑う、美しい顔の男の子。
(……そう、だったのね)
馬車が止まる。叔父が先に降り、私に手を差し伸べる。
「着いたよアステ。ほら、王子様が待っているよ」
私は、叔父に手を引かれ、馬車を降りる。地面にそっと足がつく。顔を上げたその先には、私を見て優しく微笑む彼の姿があった。
立ち尽くす私。
そんな私の背中を、叔父はそっと優しく押す。
「待ってたよ、アステ」
そう言って彼は、私の手を引き、私の体は彼の胸に抱かれる。彼の手が、私の頭を優しく撫でる。
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