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5 癒えない乾き

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 それからというもの、私は飢えのような感覚がわきあがるたび男に触れた。感情のまま男の手首を掴み、引き寄せ、唇を重ね、抱きしめた。男はそれをいつも、感情のない瞳のまま受け入れる。
 こんなに欲しているのに、満たされるのはほんの一瞬。それどころか、重ねるたび私の乾きはどんどん強くなっていく。
 何が足りないのかなど分かっている。私は、人の絶望を喰らい糧にする魔女。私が望んでやまない男の絶望は、いつのまにか諦めのような感情で固く覆われ、隙間からわずかに漏れ出るだけになっていた。

 つまらない。いっそ殺してやりたい。でももっと欲しい。諦めという厚く固い殻を壊し、心を踏みにじって、拒絶させて、何もかもを根こそぎ奪ってやりたい。こんな男に固執するより、新しい絶望を手に入れればいいだけなのに。でも私は、理性で行動するのを拒んだ。だって私は今、この男の絶望が欲しい。

 その時。私の中に、ひとつの可能性がきらめいた。私は、男の体をより強く抱きしめ、男の心と記憶に潜り込む。手に入れたいものを、男の混沌の中を泳ぎ、探し続ける。

(……見つけた)

 私は、喜びに舌なめずりする。そして、男の耳元で囁いた。男の心の奥底に大切にしまわれた、強く香る、甘い響きを。

 その瞬間、私の腕の中に、炎が宿り、感情が嵐のように迸る。男の手は私の肩を掴み、押しのけるように体が離される。その表情は、絶望と歓喜の混沌。

 私は、心からの笑顔で再び口にする。男の、記憶と、欲望のままに。

「お兄ちゃん、大好き」

 男の何かが壊れる音が、聞こえたような気がした。
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