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結婚記念日 前編
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結婚してから2年。子育ては周りに助けてもらえてそこまで負担ではないものの、レミスの忙しさもあって、なかなかふたりっきりでゆっくりする事はなかった。
それでもわたしは不満はなくて、夜に家族だけで過ごす穏やかな時間や、すやすや眠る娘の顔を眺めながら眠りにつく、そんな日々が幸せでたまらなかった。
でも、わたしは知らなかった。レミスがその涼しげな顔の下に、激情を隠していた事を。
――
結婚記念日というのは、わたし以上に周りが気を遣っているのか、その前後の日だけはレミスの仕事が完全になくなる。
1年目はまだ娘が小さいのもあって、家の中でささやかにお祝いしたくらい。でも2年目の今回は、夫婦ふたりだけで少し遠くまで1泊する事になった。
「旅行なんて久しぶり……嬉しいより、どきどきする……」
「そうだな」
「でも……ほんとに城に残してきてよかったのかな……」
出発してからずっと、娘のことばかり頭に浮かんでしまう。そんなわたしを、レミスは笑う。
「まさかログが、ここまで子煩悩になるとは思わなかった」
「わたしだって信じられないよ……愛しくて、守ってあげたくて、今まで生きてきて感じたことのない気持ちが急に山盛りになって……」
空っぽの腕の中が落ち着かない。わたしの腕の中は、いつも娘がいたのに、それがないのが寂しくて仕方ない。
「生まれた瞬間から、こんなに母親に愛されて。あの子は本当に幸せ者だな」
「なにその言い方、まるで父親は愛してないみたい」
「愛しているとも。だが、母の愛にはどうやっても敵わない」
「……ごめんなさい。わたし、ちょっと意地悪な事言った気がする。レミスだって、あの子を誰よりもたくさん愛してくれてるって、わたし、分かってるからね……」
「それなら良かった」
抱き寄せられて、触れるようなキスをされる。それが嬉しくて、わたしからもキスを返した。そして、甘えるようにレミスの腕の中にもぐりこんだ。
「ん……こういうの久しぶり……ちょっと緊張する」
娘を産んでからずっと、こうしてレミスに甘えることがなかったから、どうやって甘えればいいか、どうもぎこちなくなってる自分に気づく。
でもレミスは、そんなわたしに何も言わないまま、ぎゅっと抱きしめてくれる。
(……どうして?どうしてレミスはわたしを、こんなに甘やかしてくれるの?)
胸の奥が、ちくりと痛む。わたしは、それを誤魔化すように、目を閉じた。
――
旅行と言っても、湖のそばにある別荘でのんびり過ごすだけ。レミスはただでさえ目立つので、そうせざるを得ない。
「急に何もしない時間って、落ち着かないね……」
「そうだな」
湖のほとりのベンチに座って、ふたりでぼんやり湖を眺めるだけの時間。わたしの言葉に肯定しつつ、レミスはわたしと違って落ち着かない様子なんて微塵も見えない。
わたしは、遠慮がちに、隣にいるレミスを見上げる。目が合って、優しく微笑むレミス。
「どうした?ログ」
「……あのね、レミス。ずっと……ごめんね」
「謝るような悪い事をしたのかい?」
「分かってるくせに……あの子を産んでからずっと……してないでしょ……わたしが……避けてばっかりで……だから」
涙目になるわたしに、苦笑するレミス。
「もしかしてずっと、悪いと思っていたのかい?」
「……うん。きっとレミスはしたいんだろうなって……分かってるのに……応えてあげられなくて……レミスのこと嫌いじゃないのに……」
流れる涙を、レミスの指が拭ってくれる。
「産む時の辛さとか……頭に浮かんで……それも怖くて……だから……」
嗚咽で苦しくて、ちゃんと話せない。
「レミスのために……してあげたいのに……ごめんなさい……」
レミスの腕がわたしをぎゅっと包む。
「泣かないでおくれ、ログ」
「ごめんなさい……嫌いに……ならないで」
「嫌いになどならないよ。子を産んで、母親として、体も心も一生懸命だったんだろう。誰がそれを責められるものか」
頭や背中をなでて慰めてくれるレミスの優しさに、余計涙があふれ出てしまう。
「でも……男のひとは……我慢するのつらいんじゃないの……?」
「辛くないと言えば嘘になるが、そんなもの、どうとでもなる」
「……ほんと?」
「ああ」
その言葉に、少しほっとする。でも、それに甘えたままなのは嫌だった。わたしは、決意を新たにして言った。
「……今日、ね……ふたりきりになるから……頑張らないとって……そう思ってたの」
「ログ」
「怖くても我慢しようって……そう思ってた。でもね……キスも……こうやってぎゅっとされるのも……全然嫌じゃなかった……だから……」
レミスと視線が絡み合う。いいのか、そう問う瞳に、わたしは頷く。
「もし途中で怖くなったら、正直に言うんだよ」
「……うん」
うなじを支えるように手のひらが触れる。レミスの顔が近づいて、深くキスをされる。少しの恐怖も、すぐ後に湧き上がった感情にかき消された。
「怖く、ないか?」
「ううん……もっと…………して」
それでもわたしは不満はなくて、夜に家族だけで過ごす穏やかな時間や、すやすや眠る娘の顔を眺めながら眠りにつく、そんな日々が幸せでたまらなかった。
でも、わたしは知らなかった。レミスがその涼しげな顔の下に、激情を隠していた事を。
――
結婚記念日というのは、わたし以上に周りが気を遣っているのか、その前後の日だけはレミスの仕事が完全になくなる。
1年目はまだ娘が小さいのもあって、家の中でささやかにお祝いしたくらい。でも2年目の今回は、夫婦ふたりだけで少し遠くまで1泊する事になった。
「旅行なんて久しぶり……嬉しいより、どきどきする……」
「そうだな」
「でも……ほんとに城に残してきてよかったのかな……」
出発してからずっと、娘のことばかり頭に浮かんでしまう。そんなわたしを、レミスは笑う。
「まさかログが、ここまで子煩悩になるとは思わなかった」
「わたしだって信じられないよ……愛しくて、守ってあげたくて、今まで生きてきて感じたことのない気持ちが急に山盛りになって……」
空っぽの腕の中が落ち着かない。わたしの腕の中は、いつも娘がいたのに、それがないのが寂しくて仕方ない。
「生まれた瞬間から、こんなに母親に愛されて。あの子は本当に幸せ者だな」
「なにその言い方、まるで父親は愛してないみたい」
「愛しているとも。だが、母の愛にはどうやっても敵わない」
「……ごめんなさい。わたし、ちょっと意地悪な事言った気がする。レミスだって、あの子を誰よりもたくさん愛してくれてるって、わたし、分かってるからね……」
「それなら良かった」
抱き寄せられて、触れるようなキスをされる。それが嬉しくて、わたしからもキスを返した。そして、甘えるようにレミスの腕の中にもぐりこんだ。
「ん……こういうの久しぶり……ちょっと緊張する」
娘を産んでからずっと、こうしてレミスに甘えることがなかったから、どうやって甘えればいいか、どうもぎこちなくなってる自分に気づく。
でもレミスは、そんなわたしに何も言わないまま、ぎゅっと抱きしめてくれる。
(……どうして?どうしてレミスはわたしを、こんなに甘やかしてくれるの?)
胸の奥が、ちくりと痛む。わたしは、それを誤魔化すように、目を閉じた。
――
旅行と言っても、湖のそばにある別荘でのんびり過ごすだけ。レミスはただでさえ目立つので、そうせざるを得ない。
「急に何もしない時間って、落ち着かないね……」
「そうだな」
湖のほとりのベンチに座って、ふたりでぼんやり湖を眺めるだけの時間。わたしの言葉に肯定しつつ、レミスはわたしと違って落ち着かない様子なんて微塵も見えない。
わたしは、遠慮がちに、隣にいるレミスを見上げる。目が合って、優しく微笑むレミス。
「どうした?ログ」
「……あのね、レミス。ずっと……ごめんね」
「謝るような悪い事をしたのかい?」
「分かってるくせに……あの子を産んでからずっと……してないでしょ……わたしが……避けてばっかりで……だから」
涙目になるわたしに、苦笑するレミス。
「もしかしてずっと、悪いと思っていたのかい?」
「……うん。きっとレミスはしたいんだろうなって……分かってるのに……応えてあげられなくて……レミスのこと嫌いじゃないのに……」
流れる涙を、レミスの指が拭ってくれる。
「産む時の辛さとか……頭に浮かんで……それも怖くて……だから……」
嗚咽で苦しくて、ちゃんと話せない。
「レミスのために……してあげたいのに……ごめんなさい……」
レミスの腕がわたしをぎゅっと包む。
「泣かないでおくれ、ログ」
「ごめんなさい……嫌いに……ならないで」
「嫌いになどならないよ。子を産んで、母親として、体も心も一生懸命だったんだろう。誰がそれを責められるものか」
頭や背中をなでて慰めてくれるレミスの優しさに、余計涙があふれ出てしまう。
「でも……男のひとは……我慢するのつらいんじゃないの……?」
「辛くないと言えば嘘になるが、そんなもの、どうとでもなる」
「……ほんと?」
「ああ」
その言葉に、少しほっとする。でも、それに甘えたままなのは嫌だった。わたしは、決意を新たにして言った。
「……今日、ね……ふたりきりになるから……頑張らないとって……そう思ってたの」
「ログ」
「怖くても我慢しようって……そう思ってた。でもね……キスも……こうやってぎゅっとされるのも……全然嫌じゃなかった……だから……」
レミスと視線が絡み合う。いいのか、そう問う瞳に、わたしは頷く。
「もし途中で怖くなったら、正直に言うんだよ」
「……うん」
うなじを支えるように手のひらが触れる。レミスの顔が近づいて、深くキスをされる。少しの恐怖も、すぐ後に湧き上がった感情にかき消された。
「怖く、ないか?」
「ううん……もっと…………して」
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