38 / 47
第3章:広がる世界と、七歳の肖像
制御への苦闘と、沈黙の三ヶ月
しおりを挟む
七歳の誕生日に目覚めた「魅了」の波動は、エレーナの生活を一変させた。
かつては笑い声が絶えなかった公爵邸のテラスも、今は静まり返っている。エレーナが少しでも感情を昂らせれば、無意識に黄金の魔力が漏れ出し、周囲の者たちを恍惚とした熱狂に叩き落としてしまうからだ。
「……また、やってしまいましたの」
エレーナは、自分の足元で跪き、うっとりと自分を見上げる若手のメイドを見て、悲しげに瞳を伏せた。エレーナにとっては大好きなメイドだが、今の彼女の瞳にはエレーナへの「純粋な親愛」ではなく、魔力によって強制された「狂信的な愛」しか映っていない。
これが、エレーナが最初にぶつかった「孤独」という壁だった。
事態を重く見た皇太后リサーナは、週に三回、帝国最高位の宮廷魔導師を伴って公爵邸を訪れるようになった。
特訓の場は、窓一つない石造りの地下瞑想室。
「いい?エレーナ。あなたの魔力は、あなたの心そのもの。心が揺れれば、魔力は器から溢れます。まずは自分の感情を、冷たい氷の底へ沈めるイメージを持ちなさい」
リサーナの厳しい声が響く。魔導師がエレーナの魔力を計測する水晶を置くが、エレーナが集中しようとすればするほど、水晶は禍々しい黄金色に輝き、パリンと音を立てて砕け散った。
「くっ……。おばあさま、わたくし、どうすればいいの……? 抑えようとすると、逆にもっと溢れてくるの!」
エレーナの瞳から涙がこぼれそうになる。しかし、その「悲しみ」に反応して、さらに強力な魅了の波動が部屋を満たしてしまう。同席していた宮廷魔導師でさえ、一瞬意識を飛ばしそうになり、慌てて精神防壁を張り直す有様だった。
特訓は難航した。
エレーナにとって、感情を押し殺すことは「自分を消すこと」と同じだったからだ。パパに会いたい、マギーと笑いたい。その当然の願いさえ、今の彼女には暴走の引き金になる毒でしかなかった。
特訓の後の、一時間のお茶会。
リサーナは決してエレーナを叱ることはしなかった。ただ静かに、優雅な手つきで茶を淹れる。
「エレーナ、無理に押し込める必要はありません。ただ、魔力に『行き先』を与えてあげるのです。あなたの光を、外に放つのではなく、体の中に巡らせる『道』をイメージしてごらんなさい」
エレーナはおばあ様の言葉を聞きながら、その手の動きをじっと見つめた。
ここでエレーナの才能――「視界共有」が、意図せずして発動する。
(おばあ様の魔力が、指先からティーカップへ、そして体の中へと……。あ、なんて静かな流れなのかしら……)
エレーナは、リサーナの体内を流れる魔力の「リズム」を視覚的に捉えた。それは、嵐のような自分の魔力とは対照的な、凪いだ海のような穏やかさだった。
特訓開始から二ヶ月が過ぎた頃。
その日は、エレーナにとって最も辛い日になるはずだった。
訓練中に、エレーナの目の前で大切にしていた花瓶が割れるという、魔導師による「動揺のテスト」が行われたのだ。
「あっ……」
反射的に心が揺れる。黄金の魔力が爆発的に膨れ上がろうとしたその瞬間。
エレーナは昨日見た、おばあ様の魔力のリズムを思い出した。
(外に出しちゃだめ。おばあ様のように……静かに、自分の中へ……!)
エレーナの瞳が黄金に輝く。しかし、光は外へは飛ばなかった。
彼女は溢れ出そうとした膨大なエネルギーを、自分自身の魔力回路の中へと強引に引き戻し、リサーナと同じ「凪」のリズムで循環させ始めたのだ。
瞑想室を包んでいた重苦しい熱気が、スッと消える。
魔導師の持つ計測水晶は、砕けることなく、ただ淡く、透き通るような黄金の光を湛えていた。
「……成功ですわ。リサーナ様、お嬢様が魔力を完全に『内封』されました!」
魔導師の声に、リサーナは深く頷き、エレーナを抱きしめた。
「よくやりましたね、エレーナ。これであなたは、自分の力に飲み込まれることはありません。……」
ようやく、魔力を一定時間完璧に抑え込めるようになったエレーナ。
その知らせを扉の外で今か今かと待っていたヴィンセントは、歓喜の声を上げた。
「エレーナ! お前ならやれると信じていたぞ!」
ヴィンセントが駆け寄り、娘を高く抱き上げる。エレーナが笑っても、もうパパがうっとりして動けなくなることはない。
「パパ、わたし、やったのね!頑張ったでしょ! 」
「ああ、もちろんだとも! ものすごく頑張ったぞ」
こうして、ようやく「自分を保つ」術を手に入れたエレーナだった。
かつては笑い声が絶えなかった公爵邸のテラスも、今は静まり返っている。エレーナが少しでも感情を昂らせれば、無意識に黄金の魔力が漏れ出し、周囲の者たちを恍惚とした熱狂に叩き落としてしまうからだ。
「……また、やってしまいましたの」
エレーナは、自分の足元で跪き、うっとりと自分を見上げる若手のメイドを見て、悲しげに瞳を伏せた。エレーナにとっては大好きなメイドだが、今の彼女の瞳にはエレーナへの「純粋な親愛」ではなく、魔力によって強制された「狂信的な愛」しか映っていない。
これが、エレーナが最初にぶつかった「孤独」という壁だった。
事態を重く見た皇太后リサーナは、週に三回、帝国最高位の宮廷魔導師を伴って公爵邸を訪れるようになった。
特訓の場は、窓一つない石造りの地下瞑想室。
「いい?エレーナ。あなたの魔力は、あなたの心そのもの。心が揺れれば、魔力は器から溢れます。まずは自分の感情を、冷たい氷の底へ沈めるイメージを持ちなさい」
リサーナの厳しい声が響く。魔導師がエレーナの魔力を計測する水晶を置くが、エレーナが集中しようとすればするほど、水晶は禍々しい黄金色に輝き、パリンと音を立てて砕け散った。
「くっ……。おばあさま、わたくし、どうすればいいの……? 抑えようとすると、逆にもっと溢れてくるの!」
エレーナの瞳から涙がこぼれそうになる。しかし、その「悲しみ」に反応して、さらに強力な魅了の波動が部屋を満たしてしまう。同席していた宮廷魔導師でさえ、一瞬意識を飛ばしそうになり、慌てて精神防壁を張り直す有様だった。
特訓は難航した。
エレーナにとって、感情を押し殺すことは「自分を消すこと」と同じだったからだ。パパに会いたい、マギーと笑いたい。その当然の願いさえ、今の彼女には暴走の引き金になる毒でしかなかった。
特訓の後の、一時間のお茶会。
リサーナは決してエレーナを叱ることはしなかった。ただ静かに、優雅な手つきで茶を淹れる。
「エレーナ、無理に押し込める必要はありません。ただ、魔力に『行き先』を与えてあげるのです。あなたの光を、外に放つのではなく、体の中に巡らせる『道』をイメージしてごらんなさい」
エレーナはおばあ様の言葉を聞きながら、その手の動きをじっと見つめた。
ここでエレーナの才能――「視界共有」が、意図せずして発動する。
(おばあ様の魔力が、指先からティーカップへ、そして体の中へと……。あ、なんて静かな流れなのかしら……)
エレーナは、リサーナの体内を流れる魔力の「リズム」を視覚的に捉えた。それは、嵐のような自分の魔力とは対照的な、凪いだ海のような穏やかさだった。
特訓開始から二ヶ月が過ぎた頃。
その日は、エレーナにとって最も辛い日になるはずだった。
訓練中に、エレーナの目の前で大切にしていた花瓶が割れるという、魔導師による「動揺のテスト」が行われたのだ。
「あっ……」
反射的に心が揺れる。黄金の魔力が爆発的に膨れ上がろうとしたその瞬間。
エレーナは昨日見た、おばあ様の魔力のリズムを思い出した。
(外に出しちゃだめ。おばあ様のように……静かに、自分の中へ……!)
エレーナの瞳が黄金に輝く。しかし、光は外へは飛ばなかった。
彼女は溢れ出そうとした膨大なエネルギーを、自分自身の魔力回路の中へと強引に引き戻し、リサーナと同じ「凪」のリズムで循環させ始めたのだ。
瞑想室を包んでいた重苦しい熱気が、スッと消える。
魔導師の持つ計測水晶は、砕けることなく、ただ淡く、透き通るような黄金の光を湛えていた。
「……成功ですわ。リサーナ様、お嬢様が魔力を完全に『内封』されました!」
魔導師の声に、リサーナは深く頷き、エレーナを抱きしめた。
「よくやりましたね、エレーナ。これであなたは、自分の力に飲み込まれることはありません。……」
ようやく、魔力を一定時間完璧に抑え込めるようになったエレーナ。
その知らせを扉の外で今か今かと待っていたヴィンセントは、歓喜の声を上げた。
「エレーナ! お前ならやれると信じていたぞ!」
ヴィンセントが駆け寄り、娘を高く抱き上げる。エレーナが笑っても、もうパパがうっとりして動けなくなることはない。
「パパ、わたし、やったのね!頑張ったでしょ! 」
「ああ、もちろんだとも! ものすごく頑張ったぞ」
こうして、ようやく「自分を保つ」術を手に入れたエレーナだった。
10
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】ある二人の皇女
つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。
姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。
成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。
最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。
何故か?
それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。
皇后には息子が一人いた。
ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。
不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。
我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。
他のサイトにも公開中。
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!
よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。
“いつまでも一緒”の鎖、貴方にお返しいたします
柊
ファンタジー
男爵令嬢エリナ・ブランシュは、幼馴染であるマルグリット・シャンテリィの引き立て役だった。
マルグリットに婚約が決まり開放されると思ったのも束の間、彼女は婚約者であるティオ・ソルベに、家へ迎え入れてくれないかというお願いをする。
それをティオに承諾されたエリナは、冷酷な手段をとることを決意し……。
※複数のサイトに投稿しております。
私の、虐げられていた親友の幸せな結婚
オレンジ方解石
ファンタジー
女学院に通う、女学生のイリス。
彼女は、親友のシュゼットがいつも妹に持ち物や見せ場を奪われることに怒りつつも、何もできずに悔しい思いをしていた。
だがある日、シュゼットは名門公爵令息に見初められ、婚約する。
「もう、シュゼットが妹や両親に利用されることはない」
安堵したイリスだが、親友の言葉に違和感が残り…………。
私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました
山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。
※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。
コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。
ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。
トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。
クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。
シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。
ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。
シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。
〈あらすじ〉
コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。
ジレジレ、すれ違いラブストーリー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる