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第4章至宝の覚醒――銀髪の少女が、宿命を塗り替えるまで
第1話 動きだす宿命と、復讐の誓い
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ロゼレイド公爵邸の中庭は、冬の冷気を残しつつも、春の柔らかな日差しが土を温め始めていた。
パニックから一夜明け、ヴィンセントが王宮へ向かった日の朝。エレーナは自ら、普段よりも少し動きやすいドレスを選び、騎士バッシュが待つ庭へと降り立った。
だが、数日間続けた歩行訓練で、ある深刻な問題に直面する。
「……あ、っ」
ふわりと広がったドレスの裾が、庭の小枝に引っかかる。バランスを崩したエレーナを、バッシュが慌てて支えた。
「おっと! 大丈夫かよ、お嬢様。やっぱりドレスってのは、歩くのには不向きだなぁ」
「ごめんなさい……。重たくて、足元が見えなくて……」
申し訳なさそうに俯くエレーナ。その様子をテラスから眺めていたリサーナが、隣に立つヴィンセントへ冷徹に言い放った。
「ヴィンセント。あの子に『足枷』を履かせて訓練させるつもり? 社交界デビューまではまだ時間があるわ。今のあの子に必要なのは、優雅なフリルではなく、自分の足を自在に動かせる自由よ」
ヴィンセントは即座に、有能な執事クラウスを呼びつけた。
「クラウス。帝都で最も腕の良い仕立て屋を今すぐ呼べ。エレーナ専用の、特注の『ズボン』を作らせる。最高級の柔らかな革と絹を使い、あの子の瞳に映える紺と白を基調にしろ」
数日後、届けられたのは貴族の令嬢が一生に一度も目にすることのない、機能美に溢れた特注の訓練着だった。
「……これ、私が履いてもいいのですか?」
「エレーナ。これは、お前が自分の力で歩くための『鎧』だ。一番楽な姿で、一歩ずつ進めばいい」
初めてズボンに足を通したエレーナは、その軽さに驚き、瞳を輝かせた。ドレスの重みから解放された足は、驚くほど自由に動く。
「見てください、バッシュさん! 足が、とっても軽いです!」
「よし、お嬢! その格好なら、今日は庭を一周いけるな!」
無理はさせない。けれど、昨日の自分よりは一歩だけ遠くへ。
中庭を、小鳥のように軽やかに跳ねる銀髪の少女。その姿を見届け、ヴィンセントは一抹の安堵を胸にしまい、静かに身を翻した。彼には、この安らぎを守るための「大人たちの戦い」が待っていた。
王宮――。その最奥に位置する極秘の会談場『真実の間』に、皇帝、ヴィンセント、そしてリサーナの三人が集まっていた。そこへ、帝国の母、王妃エルシアが入室する。
「陛下、ヴィンセント。一体何事ですの? 議題も聞かされずにこのような場へ招かれるなんて」
エルシアは優雅に微笑み、席に着いた。皇帝がヴィンセントに目配せをする。ヴィンセントは、氷のように冷徹な声で本題を切り出した。
「王妃様。……現在の、ヴァルグレイ侯爵夫人について。貴女が社交界の深層で掴んでいる、彼女の真実を教えていただきたい」
その瞬間。
エルシアの手から扇が滑り落ち、硬い石床に乾いた音を立てて転がった。王妃の顔から血の気が引き、瞳には一瞬にして凄まじい憎悪の火が灯った。
「……あの女。あの女の名を、今、この場で出したのね」
エルシアは机を叩いて立ち上がった。その声は呪詛のように低く震えている。事情を知らぬ皇帝たちが呆気にとられる中、彼女は叫んだ。
「あいつは……あの毒婦は! 私の、私のかけがえのない幼馴染……ルチアを殺したのよ!!」
「殺した……? 報告書では事故死だったはずだが」
皇帝の問いに、エルシアは激しい怒りを叩きつけた。
「事故? ええ、表向きはそうですわ! 私たち3人ともアカデミーで同じ学年だった……。だからこそ知っているのよ! ルチアは雨音だけで震える怖がりだった。嵐の日に馬車を出すはずがない! ……あいつは、ルチアが死んで伯爵が悲しみに暮れた半年間、死臭を待つ獣のように息を潜め、聖女の面をして家に入り込んだ。そして二年前、私に『娘も死んだ』と冷たい手紙を寄越したのよ!」
エルシアは溢れる涙も拭わず、ヴィンセントを射抜いた。
「二年前……貴方があの子(エレーナ)を拾った時期と、一致しすぎているとは思わなくて!? もしかしたらその子がルチアの娘かもしれない。……けれど、そんな希望を抱くより先に、私はルチアを殺したあいつが、親友のすべてを奪い尽くしたあの女が、どうしても、どうしても許せないのよ……!!」
部屋には王妃の荒い呼吸だけが響いた。リサーナは満足げに頷く。
「決まりですね。社交界という戦場、このエルシアほど鋭い牙を持つ指揮官はいませんわ」
少しして、エルシアは呼吸を整え、切実な瞳をヴィンセントに向けた。
「……ヴィンセント。そのエレーナという子に……私にも会わせて。もしルチアの娘なら、伝えたいことがあるの」
ヴィンセントが頷こうとした、その時。
「――待て。待つのだ、王妃!」
それまで沈黙していた皇帝が、我慢の限界といった様子で声を上げた。
「……私だって、まだ会わせてもらっていないのだぞ! ヴィンセントが国中の菓子を買い占めるほど溺愛している娘だ。伯父である私を差し置いて、お前が先に会うなど納得がいかん! 頼むヴィンセント、一度でいいから私にも会わせろ!」
「陛下、今はそのような私情を挟む場では……」
「私情ではない! 皇帝の加護を示すのはヴァルグレイへの圧力にもなるだろう!」
必死に食い下がる皇帝と、それを冷然と受け流すヴィンセント。
「……ふふ。陛下、まずは私のような女性が会い、安心させて差し上げるのが筋ですわ」
毒気を抜かれたエルシアも、わずかに微笑んだ。
大人たちの「エレーナ守護同盟」は、復讐の炎と、どこか奇妙な身内意識を持って、ここに結成された。
パニックから一夜明け、ヴィンセントが王宮へ向かった日の朝。エレーナは自ら、普段よりも少し動きやすいドレスを選び、騎士バッシュが待つ庭へと降り立った。
だが、数日間続けた歩行訓練で、ある深刻な問題に直面する。
「……あ、っ」
ふわりと広がったドレスの裾が、庭の小枝に引っかかる。バランスを崩したエレーナを、バッシュが慌てて支えた。
「おっと! 大丈夫かよ、お嬢様。やっぱりドレスってのは、歩くのには不向きだなぁ」
「ごめんなさい……。重たくて、足元が見えなくて……」
申し訳なさそうに俯くエレーナ。その様子をテラスから眺めていたリサーナが、隣に立つヴィンセントへ冷徹に言い放った。
「ヴィンセント。あの子に『足枷』を履かせて訓練させるつもり? 社交界デビューまではまだ時間があるわ。今のあの子に必要なのは、優雅なフリルではなく、自分の足を自在に動かせる自由よ」
ヴィンセントは即座に、有能な執事クラウスを呼びつけた。
「クラウス。帝都で最も腕の良い仕立て屋を今すぐ呼べ。エレーナ専用の、特注の『ズボン』を作らせる。最高級の柔らかな革と絹を使い、あの子の瞳に映える紺と白を基調にしろ」
数日後、届けられたのは貴族の令嬢が一生に一度も目にすることのない、機能美に溢れた特注の訓練着だった。
「……これ、私が履いてもいいのですか?」
「エレーナ。これは、お前が自分の力で歩くための『鎧』だ。一番楽な姿で、一歩ずつ進めばいい」
初めてズボンに足を通したエレーナは、その軽さに驚き、瞳を輝かせた。ドレスの重みから解放された足は、驚くほど自由に動く。
「見てください、バッシュさん! 足が、とっても軽いです!」
「よし、お嬢! その格好なら、今日は庭を一周いけるな!」
無理はさせない。けれど、昨日の自分よりは一歩だけ遠くへ。
中庭を、小鳥のように軽やかに跳ねる銀髪の少女。その姿を見届け、ヴィンセントは一抹の安堵を胸にしまい、静かに身を翻した。彼には、この安らぎを守るための「大人たちの戦い」が待っていた。
王宮――。その最奥に位置する極秘の会談場『真実の間』に、皇帝、ヴィンセント、そしてリサーナの三人が集まっていた。そこへ、帝国の母、王妃エルシアが入室する。
「陛下、ヴィンセント。一体何事ですの? 議題も聞かされずにこのような場へ招かれるなんて」
エルシアは優雅に微笑み、席に着いた。皇帝がヴィンセントに目配せをする。ヴィンセントは、氷のように冷徹な声で本題を切り出した。
「王妃様。……現在の、ヴァルグレイ侯爵夫人について。貴女が社交界の深層で掴んでいる、彼女の真実を教えていただきたい」
その瞬間。
エルシアの手から扇が滑り落ち、硬い石床に乾いた音を立てて転がった。王妃の顔から血の気が引き、瞳には一瞬にして凄まじい憎悪の火が灯った。
「……あの女。あの女の名を、今、この場で出したのね」
エルシアは机を叩いて立ち上がった。その声は呪詛のように低く震えている。事情を知らぬ皇帝たちが呆気にとられる中、彼女は叫んだ。
「あいつは……あの毒婦は! 私の、私のかけがえのない幼馴染……ルチアを殺したのよ!!」
「殺した……? 報告書では事故死だったはずだが」
皇帝の問いに、エルシアは激しい怒りを叩きつけた。
「事故? ええ、表向きはそうですわ! 私たち3人ともアカデミーで同じ学年だった……。だからこそ知っているのよ! ルチアは雨音だけで震える怖がりだった。嵐の日に馬車を出すはずがない! ……あいつは、ルチアが死んで伯爵が悲しみに暮れた半年間、死臭を待つ獣のように息を潜め、聖女の面をして家に入り込んだ。そして二年前、私に『娘も死んだ』と冷たい手紙を寄越したのよ!」
エルシアは溢れる涙も拭わず、ヴィンセントを射抜いた。
「二年前……貴方があの子(エレーナ)を拾った時期と、一致しすぎているとは思わなくて!? もしかしたらその子がルチアの娘かもしれない。……けれど、そんな希望を抱くより先に、私はルチアを殺したあいつが、親友のすべてを奪い尽くしたあの女が、どうしても、どうしても許せないのよ……!!」
部屋には王妃の荒い呼吸だけが響いた。リサーナは満足げに頷く。
「決まりですね。社交界という戦場、このエルシアほど鋭い牙を持つ指揮官はいませんわ」
少しして、エルシアは呼吸を整え、切実な瞳をヴィンセントに向けた。
「……ヴィンセント。そのエレーナという子に……私にも会わせて。もしルチアの娘なら、伝えたいことがあるの」
ヴィンセントが頷こうとした、その時。
「――待て。待つのだ、王妃!」
それまで沈黙していた皇帝が、我慢の限界といった様子で声を上げた。
「……私だって、まだ会わせてもらっていないのだぞ! ヴィンセントが国中の菓子を買い占めるほど溺愛している娘だ。伯父である私を差し置いて、お前が先に会うなど納得がいかん! 頼むヴィンセント、一度でいいから私にも会わせろ!」
「陛下、今はそのような私情を挟む場では……」
「私情ではない! 皇帝の加護を示すのはヴァルグレイへの圧力にもなるだろう!」
必死に食い下がる皇帝と、それを冷然と受け流すヴィンセント。
「……ふふ。陛下、まずは私のような女性が会い、安心させて差し上げるのが筋ですわ」
毒気を抜かれたエルシアも、わずかに微笑んだ。
大人たちの「エレーナ守護同盟」は、復讐の炎と、どこか奇妙な身内意識を持って、ここに結成された。
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楽しく呼んでもらえるような話書いていきたいと思うのでまた更新されたらみてください(*^^*)