終点は異世界でした。

翠玉 結

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異世界への切符

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ガタンと少し大きく揺れたその振動に、私の虚ろになっていた意識が覚醒した。


はっと思って窓の外を見て、降りる駅を過ぎていないかを確認しようとした。


なのに目に飛び込んできた景色に、私は何度か目を瞬かせた。



「え……?」



確か友達との飲み会がお開きになって、ほろ酔いな状態ながらも終電に駆け込んで、そのまま心地よい揺れにウトウトして……今に至る、はずだ。


乗り過ごしたとしても本来なら見知った駅のホームが見えるはずなのに、ヨーロッパにでもありそうなアンティーク調なホームが広がっていた。


勢い良く立って、同じ車両に乗っている人を確認したが人っ子一人いない。


ガチャリと奥の貫通扉が開き、現れた車掌さんにここはどこかと尋ねようとして口を開いたが言葉は着いてこなかった。



「お客様?終点ですよ。お降り下さい」



その言葉に対しても、私はポカンと口を開けたまま反応ができなかった。


ガラス玉のような緑色の瞳は、心から綺麗だと思った。


でも巻き角といい、もさりとした白い毛の生えた獣耳は羊のようでーー人間とは違う。


これは……夢?


そこまで飲んだつもりはなかったけれど、だいぶ飲みすぎちゃった??


こんなファンタジーチックな出来事が起きることなんて、非現実的すぎる。



「お客様……?どこか具合でも悪いのですか?」



ずっと黙ったまま固まってる私の顔を、不安そうに見つめながら近づいてくる羊さんに私は慌てて荷物を持って電車から飛び降りた。


ふわりと漂う不思議な空気に、ドクンと一つ心臓が跳ねた。


辺りを見渡しても広がるのは見知らぬ世界。


キョロキョロと首を動かして様子を伺っていると、またしても足音が一つ響いてくる。


少し怖くなって改札口であろう場所に足を動かした。


しかし降りる場所が全く違えば、持っているICカードなど使えるわけもない。






ーーしかも日本かどうかも分からないこの場所で。







どうしようかと迷っていると、改札口横の窓口がゆっくりと開いた。


そこから顔を見せた駅員さんの顔に、またしても身構える。


一件はたから見たら、愛想の良さそうな青年だ。


だがよく見れば頬から首に向かって続く蔦模様の紺色の刺青に、サファイアの様な綺麗な瞳と少し尖った耳を見ればこの人も私と同じ人間ではないことを示していた。


帽子を被っているから気がつかなかったが、帽子から覗くように出ている髪の色も銀髪だ。


なんて声をかけていいのか分からず、目を泳がせては考えるふりをする。


一体私はどこに迷い込んでしまったのだろう。


こんなキャストさんのような人がいるような駅など、聞いたことも見たこともない。



「どうかした?もしかして、乗り過ごして終点のここまで来ちゃった、とか?」



私の顔見てそう言う駅員さんの言葉に、力強く頷いた。


終点はまさかの見知らぬ土地で、こんな、こんなファンタジーチックな場所だと誰が想像できるだろうか。


ちょっと待っててね、と言って駅員さんは窓口を閉めて立ち上がった。


すると扉の開く音が聞こえてきたかと思えば、先程の駅員さんが私の前までスっとやって来た。



「切符を拝見しま……って、あれ?」



制服のポケットから切符に穴を開けるための改札挾を取り出したものの、私の顔を見て拍子抜けた顔をした。



「す、すみません、私切符じゃなくて、その、ICカードなんですけど……」



固まった駅員さんの顔を見て、恐る恐る申し出ると改札挾を閉まって辺りを見渡したかと思えば手招きされる。


一歩駅員さんの元へと近づくように踏み込むと、いきなり顔を近づけてきた。


すると、駅員さんの頬に刻まれた刺青がにゅるりと意思を持つかのように動いた。


声も出ずに驚いていると、駅員さんは一つ小さく笑った。


何がどうなっているのか全く状況が掴めていない中で、駅員さんは元の位置へと戻るかのように姿勢を正した。



「驚いた。こんな田舎にトリプラーが来るなんて。君この世界の人じゃないよね。どこから来たの?」



やはりここは日本でもなく、別世界ということらしい。


こんな短時間で状況を掴んだ駅員さんに、あっぱれと心から言いたい気持ちが溢れてきそうになるが今は帰る手段を見つける方が先だ。


キュッと胸元を握りしめながら、駅員さんを真っ直ぐに見つめて答えた。



「日本です。帰る方法を教えてください」



焦る気持ちを抑えながらも、ハッキリとそう告げると駅員さんは顎に手を添えた。


少しの間考え事をするかのように上を見つめていたが、一つ息をついたかと思えば優しい笑顔を向けてきた。



「立ち話もあれだし、中入ろっか。行く宛もないんだよね?」



その質問に頷くと、先程の扉の方へと歩き始める駅員さんに戸惑いながらも後を追った。


窓口の中へと足を踏み入れると、中はスッキリした空間でハーブのような優しい香りがそっと漂ってきた。


駅員さんは奥から一つ椅子を持ってきて私の前に置くと、座ってと声をかけて飲み物の準備をし始めた。


言われた通りに椅子に腰掛けて、部屋の中をぐるりと見渡した。


現代の日本とは違って、パソコンやら電子掲示板は一切ない。


束ねられた書類は全てインクで書いてある。


言葉は通じているのに、何故か文字は読めなかった。


そうこう観察してるうちに、駅員さんが湯気を漂わせた紅茶を持ってきてくれた。



「そちらの世界の味の好みに合うか分からないけど、一応こちらじゃ王道の紅茶をどうぞ」


「ありがとうございます」



カップを受け取って香りを嗅ぐと、アールグレイに似たような香りが鼻をくすぐった。


そっと一口飲んでみれば、優しい味が口いっぱいに広がっていく。


優しい味と香りに心が安らいでいくのが分かる。


私の向かいに座った駅員さんも一口飲んでほっと一息ついた。



「お口に合った?」


「はい、とても美味しいです」


「良かった。茶菓子はないけど許してね」



笑う駅員さんに首を振って、もう一口喉へ流し込んだ。


すると視線を感じてふと前を見れば、駅員さんがじっと私を見つめていた。



「ニホン、かあ……初めて聞く名前。トリプラーの中でも珍しい黒い瞳だし、今までで一番遠い所から来た人だったりしね」


「あの、トリプラーって一体……」



私からしてみたら初めての体験だが、今までの驚き方といい、反応といいきっとこちらの世界では頻繁に起こることなのかもしれない。


私自身もこんな不思議なことになっているというのに、そこまで取り乱すこともないのはこの駅員さんの落ち着いた態度のお陰なのだろうか。


首を傾げた私に笑顔を向けてくる駅員さんは、どこか楽しそうに話し始める。



「トリプラー、それは迷い人、異世界から来た客人、って所かな。でも大体迷い込む場所って言えば、王都とかでっかい都市なんだけど。こんな田舎に来る人なんてまずいないよ」



どうやらこっちの世界でも私は方向音痴のようだ。


友達と集合する時も、大体一人迷子になって迎えに来てもらうハメになることも多いし、地図を見ながら歩いても着いた先はお目当ての場所じゃないことが大半だ。


それがこっちの世界に来ても起こってしまうのだから、相当の方向音痴と言ってもいいのかもしれない。



「でもここに来たってことは、ここで何かを落としたって事になるんだよね。王都だと援助も手厚いせど広いから探しにくいってのもあるけど、ここらだと田舎だから探しやすいかもね」


「落した……?」


「そう。こっちの世界に来たってことは、元の住む世界から、こっちの世界にーー取り戻さなきゃいけない何か大切な物を落としたんだ」



大切な物……そう言われて思い返してみるけれど、ここ最近何か失くしたり壊れたりしたことなんてなかったはず。

考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。


だけど駅員さんはそっと私の肩に触れて、大丈夫と呟いた。


日本に帰れるか否か分からないこの状況を、大丈夫と言っていいものなのか分からないけれど、私よりも駅員さんの方が色々と知っているからきっと大丈夫なんだろう。



「ここで出会ったのも何かの運命だ。手助けするよ、君の落し物探し」


「私、帰れるんですよね……?」


「君が帰りたいと願えばね。落し物が見つかっても、そこで帰りたいと思わなければ道は開かない」



帰りたくないなんて願う人がいるのだろうか。


もしかしたらこんな能天気に生活してる奴が来るのが珍しくて、本当はもっと何かに苦しむ人達が自分探しの旅に迷い込むんじゃあ……なんて考えるけれど、ここで考えた所で答えは出てこない。


私は一つ小さく頷くと、駅員さんに頭を下げた。



「どうかよろしくお願いします」


「俺もこうやってトリプラーに直接関わったことないから足引っ張るかもだけど、ちゃんと帰れるように手助けする。よろしく。俺、アルス。アルス=バザート」


差し出された右手を見て、私も笑顔を向けて手を取った。


美澄 栞菜みすみ かんなです。迷惑かけないように、頑張ります」


握りしめた駅員さんーーアルスの手は笑顔と共に暖かかった。








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