終点は異世界でした。

翠玉 結

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観光地をお楽しみください。

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駅を出てその先に見えた景色に、駅前の階段を私は一気に駆け下りた。


見渡す限り花と水で飾られたとても素敵な街に、あちこちに目移りするばかりだ。


知らない花でも、色鮮やかに咲き誇る花々はどこからともなく流れてくる水の水しぶきを浴びながらキラキラと光っていた。


感嘆の声が上がる私に対して、アルスは私の興奮を抑えるかのように肩を叩いてきた。



「どう?気に入った?」


「とっても!こんな素敵な街初めて……!」



笑顔を向けると、アルスはキョトンとした表情を浮かべたかと思うと、頬が薄ら赤く染まった。


首を傾げていると、アルスは片手で口元を覆いながらも行こうと歩くように促してきた。


後を追うようにしながらアルスの背中を見つめる。


なんか私変なことしちゃったかな……でも思い当たる節が見当たらない。


はしゃぎすぎたのだろうか、気をつけて行動しなければと背筋をしゃんと伸ばした。



「……俺は、ただ手助けをすればいいだけ。それだけだーー」



でもブツブツ何か言い始めたアルスに、バレないようにクスリと笑った。



「ふう……さてと。カンナ、探す前に少しだけ観光しよう」


「観光……?私に取っては既に観光のようなものなんですけどね」



異世界に来ている時点で、身の回りのもの全てが新しい。


それで十分に観光と呼べていたが、それに加えて本格的な観光までもしてもいいのだろうか。



「まあそうかもしれないけど、とりあえず俺に案内させて」


「それはもちろん!よろしくお願いします!」


「じゃあ、まずは市場に行こう」



慣れた足取りで歩くアルスに、何故か心強く思えた。


道行く人が私の姿を見つける度に、手を振ったり笑顔を向けてくる。


市場の通りにたどり着けば、溢れかえる人々に私の存在はかき消されていく。


どこの露店も大繁盛していて、お店の人は大忙しだ。


そんな様子を眺めていると、ふと手に温もりを感じた。



「これ以上迷子にならないように、ね」



繋がれた右手を振りほどく理由もなく、むしろ安心感のあるアルスの手に私は力を込めた。


少し恥ずかしい気もしなくもないが、異世界にまで来て方向音痴でアルスに迷惑をかけるのは御免だ。


でも妙に身体が火照るのは、この密集して人が集まっているせいなのだろうか。
 


……その答えを知るのは、誰もいない。



身体の熱を逃がそうと必死になるけれど、アルスに繋がれた右手を見つめる度に熱くなっていくのが分かる。


彼氏も高校生の時以来いないものだから、男の人とこんな手を繋ぐことに不慣れな私はわざと周りに視線を泳がせて意識しないようにすることしかできなかった。


アルスに連れられてたどり着いた先は、大きな噴水が吹き上げる場所だった。


噴水を囲むようにそこにも小さな露店がいくつかあった。



「流石にあそこでの買い物は大変だから。ここならのんびりとして買い物できるよ」


「えっ、あ!はい!」


「カンナ?顔赤いよ?」



そう言って顔を覗き込んで来ようとするアルスに、私は慌ててアルスを引っ張って露店へと歩き出した。


色とりどりの花々を売る店が見えて、そこへと駆け寄った。



「いらっしゃいませ。今日も素敵な花たちが咲き誇っていますよ」



店の店主であろう綺麗なお姉さんがそっと微笑みながら、小さくお辞儀した。


水やりをしていた途中らしく、水に喜ぶ花々が生き生きと咲いていた。



「あら……もしかしてあなた、迷い人さん?」


「あ、はい。そうです」


「珍しいですね。王都で見かけるならまだ分かるのだけれど、住み慣れたこの街で見るのは初めて。どうかゆっくりしていってくださいね」



微笑むお姉さんに思わずうっとりしていると、アルスが私の横に立った。



「どれも素敵な花ですね」


「ありがとうございます。あなたは、迷い人さんの……恋人さん?」


「こっ!?!??!?!」



いきなり出てきたその単語に私は思わず声が漏れた。


意識していなかった右手がまたしても熱くなる。


そんな私とは違って落ち着いているアルスは、はははと否定も肯定もせずに笑った。



「彼女とは観光に来ていて。思い出に一つ花をください」


「あら、そうだったのね。ならーーこの花なんてどうかしら?」



お姉さんが示したのは、光の加減で白にも青にも見える不思議な花だった。


見たこともない花だけれど、何故か懐かしく感じる。


じっとその花を見つめていると、横からアルスの視線を感じアルスを見た。



「……じゃあ、これ一つ貰おうか。あ、スデューテットにしてもらえるかな?」


「もちろん。100ベギールです。少々お待ちくださいね」



そう言いながら何か魔法をかけ始めたお姉さんを見つつ、アルスがお金を出す音にハッとした。


これは、まずいのではないか?


迷い込んできただけの人間に、宿まで提供して汽車にも乗せて、おまけに花を買うなど。


お金を返せるのなら全然いいのだが、残念ながらこちらの世界のお金は持ち合わせていない。



「アルス、その、お金って……」


「ん?大丈夫だよ、気を使わなくても。俺働いてる身だし。こんな体験もできないんだからさ、少しぐらいお金使わせてよ」



ごめんなさい、とその言葉が喉につっかえるがごくりと飲み込んだ。


気を使わせてはいけない、ここは別の言葉がふさわしい。



「その……ありがとうございます」


「うん。俺もそう言ってもらえて嬉しい」



そうこうしてるとお姉さんが先程の花をラッピングして……って、あれ?


先程まで見ていたあの花はいつの間にか姿を変えて、綺麗なネックレスに変身していた。


キョトンとしていると、お姉さんがアルスにそれを手渡しお金を受け取っていた。



「観光、楽しんでくださいね」


「ありがとう。行こうか、カンナ」



またしても手を引かれて歩きだし、慌ててお姉さんに頭を下げた。


魔法というものは本当にすごい。


頭が追いついてこなくて、反応が少し遅れてしまう。


その他にもいくつかの露店を見て周り、噴水の奥にある広場のベンチで休憩することになった。


賑やかな声が少し遠のいたこの場所は、のんびりするのには相応しい。


スっと離れたアルスの左手に、少しほっとしつつも寂しさを感じてしまう。


手渡された露店で飲み物と、サンドイッチみたいなパンを遠慮がちに齧り付いた。


じわりと広がる旨味と、さっぱりした後味が口いっぱいに広がって思わず笑顔が零れた。



「美味しい」


「この街の名物なんだ。気に入ってもらえたならよかったよ」



木陰の下でこんなにのんびりすることなんて、忙しい日々から考えたらできない。


今は思う存分この世界を堪能しよう。


……でも、本当に私はこの世界に何かを落としてしまったのだろうか。


普通に楽しんでいるけれど、本来の目的を忘れてしまいかけていた。



大事なもの、それは一体何を指すんだろう。


財布は大事だから常に持ち歩いていたから無くしていないし、そこそこ大事なものと言ったら……大事なデータが入ったUSB程度だ。


考えれば考える程頭にモヤがかかっていくようで、私は一つため息を漏らした。



「カンナ……?具合でも悪い?」



心配そうなアルスの声に慌てて、首を振ってアルスを見ようとしたけれど、あまりの顔の近さに固まるしかできなかった。



「ア、アルスッ……」


「暗い顔はカンナには似合わない。どうか、君は笑っていて」



首に手を回されヒヤリと冷たいその感覚に、肩が跳ねた。


リン……と透き通るような音が小さく響いた。



距離を離していくアルスに、心臓のドキドキを抑えるのにそっと胸を掴もうとした。


だけどその前に首元から下がるネックレスの存在に気づいて、綺麗に光るさっきのあの花を触った。



「ラグレント。この時期の僅かな時にしか咲かない貴重な花なんだ」


「そうなんですか……すごく、なんか、見てると落ち着きます」



胸元で咲く花をそっと撫でると、しっとりとした感覚が伝わってきた。



「お守り」


「え?」


「帰る時のお守り。迷わないように」


「ふふ。ありがとうございます。大事にします」



そう答えると、そっと右手に温もりを感じた。


どこか苦しそうな、切なさそうな、そんな表情をするアルスに何故か心が締め付けられた。


「アルス……?」


「ちゃんと、帰れるように手助けするから。……安心して……ね」



今までなら顔を向けてくれるのに、今回はどこかとおくを見つめて言った。


どうしたのだろうと考えるよりも先に、アルスがゆっくりと立ち上がった。



「さて、と!探しに行こうか、カンナの落し物」 


「は、はい」


「今更だけど、その敬語使うのなしね!なんか距離感を感じるからさ。年も近そうだし、畏まらなくてかいいよ?」



首を傾け、念を押すかのように言ってくるアルスはいつも通りだ。


ここでまた遠慮していくのもなんかもったいない気がして、私は一つ頷いた。


私もそっと立ちがり、吹き抜けていく風を感じながらアルスに引かれるようにして歩き出す。


次はどこへ行くのだろうと、ワクワクした心が出たその時だった。


 
ーーカラン……と、どこかで掠れた金属音が響いた。





その音に辺りを見渡すけれど、音が出たであろう物体は見当たらない。



「カンナ?」



アルスに呼ばれハッとする。


どうやら話しかけていたのを、全部右から左へ聞き流してしまったようだ。



「ごめん!聞いてなかった!」


「カンナ、もしや満腹で眠くなったな?」


「えっと……あはは!」


「誤魔化しが下手だなあ。よし!眠気覚ましに路面電車でも乗るか!」



キュッと強く握られた手にすごく安心感を覚えて、私も思わず握り返した。


何か感じたのは、気のせいだと言い聞かせて広場を後にした。




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