ほしくずのつもるばしょ

瀬戸森羅

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おはなし

こんこんと湧き立つ

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 遥かなる悠久の時を超えて、生命が溢れ出すという泉がある。
 誰が求めようと辿り着けなかったものだった。
 ある時調査隊がひとつの手記を持ってきた。
 それがこの伝説の始まりだった。
 その手記の持ち主は、既に虫の息だったようだ。
 書き殴られた後悔や憤りの文字が頁を追うごとに増していった。
 だがあるページからそれは途端に豹変する。
 今までの乱れようが嘘のように文章が読み取れるようになる。
 そこにはこう書いてある。
ーそれは生命の音だった。
 手記の持ち主が言うには、野獣から受けた傷や感染症に侵され死を待つばかりだったという。
 しかし、音を頼りに辿り着いた泉からは、どんな病や傷にも効く水が湧き出ていたというのだ。
 その噂が流れると万病に苦しむ家族を持つ者がその泉を探そうと血眼になった。
 賢いものならわかる。
 それは幻覚だ。
 死の間際に見た夢だ。
 ただそいつにとってそれは現実だったのだろう。
 恐怖心は消え眠るように死んだろう。
 その証拠にこの手記の持ち主は見つかっていない。
 とっくに死んでいるんだ。

 生命の泉の噂は多くの犠牲者を生んだ。
 家族を助けるために他の家族との時間を捨て生命すらも燃やしてしまう。
 ただの妄言とも知らずに。
 それは悲劇とも言えたかもしれない。
 不治の病に侵された者にとっては、それは希望だったろう。
 だがその希望はあってはならなかったのだ。

 それから数年の後、私はとある密林の調査隊に派遣された。
 そこで不運にも獣のテリトリーに踏み入ってしまい多くの創傷を受けた。
 傷口は化膿し酷く熱を孕んでいる。
 私はやがて死ぬだろう。
 覚悟はしてきた。
 後は目を閉じるだけだ。
 そう思っていたのだが、あらゆる未練が私の意識を乱した。
 …いつしか私は錯乱していたのかもしれない。
 きこえたのだ。
 その音が。
 回復に専念していた私は1歩もこの場所を離れていない。
 にも関わらず、水の沸き立つ音がきこえてくるのだ。
 音のする方へ足を引きずると、それはあった。
 人工の意匠が施された泉だ。
 だがその輝きには神々しさすら感じた。
 必死に水に食らいつくと私の身体からは全ての痛みが消えた。
 助かったのだ。
 ここで休養すれば必ず私は家族のもとへ帰ることが出来る。
 皮肉にも一番信じていなかった私が伝説に救われたのだ。
 私はこの記録を持ち帰り全てを明らかにする。
 しかし少し眠い。
 目が覚めたら街へ向かうとする。

ー密林で見つかった手記より
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