さらば、愛しき夫よ

七天八狂

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第二章 絵麻

23.夕食会

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 絵麻は午後の散歩を済ませてシャワーを浴び、着替えをしているところだった。
 夕方から両家の親と会社の重役たちが訪れるため、気張らない程度にフォーマルな衣服を選ばなければならない。

 隔月毎に持ち回りで開く恒例の夕食会があり、今夜は絵麻たちが招く番だった。
 二週間前に一方的に見たものの、清澄と対面するのは一ヶ月ぶりだ。夫婦としての関係の薄さは今に始まったことではないが、こんなに間が空いたのは久しぶりのことだった。

 清澄はまだしも、清香に会うと思うと気が重い。恒例の夕食会も、うわべだけの会話など楽しくもなく、面倒で憂鬱だった。
 
 気を紛らわせるために、スマホを開いて愚痴を呟いた。
 すると、リプライではないがメールがきた。
 
 サカ☆カササギ[義両親に会うのって面倒だよね。気を使って疲れるし、あれこれ言われて面白くないし。うちには義妹がいるけど、先週なんて義母と一緒にダブルで攻撃されて最低だったよ]

 思わず頬が緩む。義家族に悩んでいるのは自分だけじゃないと励まされた気分だ。

 EMA522[うちは義姉だよー。気を使うし面倒だよね。せっかくのご馳走を食べても消化が悪くなる]

 サカ☆カササギとは毎日数通程度、メールのやり取りが続いている。ほとんどが他愛もない内容だが、人生相談などよりも、そういった日常会話の方が親しみが湧く。ますます彼女に好感を覚え、親しみを感じ、メールを送り合うことが日々の楽しみになっていた。

 しばらくやり取りをして、時間になったので階下へ降りようと部屋を出た。
 向かうと、階段を降りた先の玄関ホールに清澄の姿があり、降りてくる音が聞こえたのか、清澄はこちらを見上げ、一月ひとつきぶりに目が合った。

「やあ絵麻、今日も美しいね」

 思ってもいないくせに、白々しいセリフだ。

「ご機嫌はいかが? お仕事がお忙しいようで何よりですけれども、お身体の方は大事になさって」

 こちらも心にもないことを口にしているのだからお互い様か。

「ああ、ありがとう。心遣い嬉しいよ。清香も絵麻みたいに優しくしてくれるといいんだけど」

 なぜここで姉の名を出すのだろうか。
 階段を降りきろうとすると、清澄はこちらに向けて手を出したため、絵麻はそれに応じた。
 会ったのは一ヶ月ぶりだが触れたのは二ヶ月ぶりか。いや、もっとかもしれない。覚えていなかった。

「……そろそろ寒い季節だね」
「そうですね。コートが必要ですわ」
「新調すればいい」
「まだ着れますから」

 食事会などでしか顔を合わせないような知人とは、会話の口火を切るために天気の話をすることが多いが、夫婦なのにこれである。

「あ、清香」
 玄関のドアが開き、清香が現れた。清澄は忠犬が御主人様を見つけたとばかりに彼女を出迎えた。
 こんなところで所在なく立ちすくんでいたのは、このためだったらしい。
「お招きありがとうございます」
「寒かった? 早く暖かいところへ」

 清澄は、清香こそが妻であるかのように恭しく背中に手を添え、広間のほうへ案内していった。

 清香は絵麻に挨拶の言葉もなく、通り過ぎるときに目も合わせなかった。清澄がすぐさま駆け寄ったせいで、絵麻のほうも声をかけるタイミングを取れなかったのだが、清香も気にしていないようだった。
 まるで道端の小石か空き缶だ。こんな扱いをされるのは毎度のことなので絵麻も気にしていない。清香以外ならば耐え難いが、彼女とは口も利きたくなければ目も合わせたくないので、むしろホッとする。


 15分後に全員が無事に席につき、夕食会は和やかに始まった。
 絵麻は義両親に挟まれた席で、清澄と並んだ清香とは正反対の位置になり、会話をする必要はなさそうだった。
 話題はほとんどが仕事の話で、父と義父、清澄と清香ばかりが話していた。たまに重役や義母が口を挟むくらい。母は絵麻と同様に、相槌を打つ程度だった。

 食事が済むとコーヒーや紅茶がそれぞれの希望に従って配られた。

 義父が機を見計らったように咳払いをして皆の注目を引き、立ち上がった。

「今日は皆に報告したいことがある。おめでたいことなんだ」
 そこで一旦言葉を切り、周りを見渡してたっぷりと間を取った。 
「清香が、結婚することになった」
 
「お~、それはめでたい!」重役の一人が口火を切り、「清香さん、おめでとう」「あら、いつの間にお相手を見つけられたの?」と皆が祝いの言葉を口々に述べ、場はお祝いムードになった。
 
 拍手と祝いの言葉を制して、義父は続ける。
「縁談の話は色々いただいていたんだが、みなさまご存知の通り頑固な娘だから、これまで話は進まなかった。どうしたものかと思い悩んでいたところ、なんと自分で相手を見つけてきた。親から見れば物足りない相手だが、娘は彼以外に考えられんらしい」
 そう言って義父は大声で笑った。

「さすが清香さんですな」
「今どき、そのくらいがいい!」
「しっかりされていなさるから、自分で決めた相手が一番ですよ!」
 重役連中のおべっかだ。代表取締役の2人の子供は政略結婚であることは周知のことなのに、表向きは恋愛結婚ということになっているからか、遠慮はないらしい。

「皆様、ありがとうございます」
 清香は立ち上がって周りを見渡した。
「スケジュールの関係で食事の後になってしまいましたが、お相手の方をお招きさせていただいきました。お呼びして」

 清香の声で、ダイニングのドアが開かれた。すでにドアの前で待機していたのか、そこには緊張した面持ちで顔を引きつらせた若者が立っていた。

「初めまして。真部まなべと申します」
 ガチガチな様子で言い終えて、深々と一礼した。

 清香は静かに立ち上がり、健一のもとへ行き、横に並んで背中に手を添えた。
「真部健一けんいちさんです。弊社の総務部で働いていらっしゃいます」
「あ、はい。4月に入社して、総務部で働かせていただいております」

 上等なスーツを着てはいるが、まだ学生のような幼い顔立ちにそれは不釣り合いで、服に着られているような印象を受ける。

「籍は先に、明日にでも入れようと考えております。式は、再来月に簡単なものを挙げようと思いますわ」
「よ、よろしくお願いいたします」
 健一は強張らせた肢体を棒にして、再び深々とお辞儀した。

 清香が促して健一も席につき、お祝いのためにシャンパンを開けようということになり、新たにグラスが配られた。
 15分ほどの歓談の後、お開きとなり、絵麻は清澄とともに玄関へ見送りに出た。

「改めて、おめでとうございます。またいらしてくださいね」
 両親や重役たちを見送ったあと、絵麻は建一に笑みを向けて言った。
「お邪魔しました」
 しかし健一は見ていなかった。誰とも目を合わせていないのではと思うほど、来たときと変わらず、未だに目を泳がせている。
 横にいた清香はそれをさも嬉しげに、いやおかしげに見て、クスクスとしていた。
「では、ごきげんよう」
 そう言って、二人は去っていった。

 レオがドアを閉め、二人が乗り込んだ車も見えなくなった。

「まあ、適齢期だからね」
 ドアが閉められたとき、清澄は言った。
「驚きましたわ」
 絵麻の反応に、清澄は「まあね」とだけ答えて、階段を上がっていった。

 幼い頃から仲が良く、大人になってもべったりで、仕事の間もパートナーのように側から離れない姉弟。
 知らなかったはずはないからこそ、この反応なのだろう。

 しかし、妻以上に気にかけている姉が嫁ぐのだ。実際に婚約者と並んだ姿を見れば、少なからぬ動揺があるのではないかと思った。
 思ったが、そんな様子は微塵も感じ取れなかった。
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