社畜オメガは傾国す

七天八狂

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3.油断が決壊す

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 カイルは遼太郎の提案に驚きながらも承諾し、であればと、弟であるトリステのプロフィールや家臣連中の人物相関図、謀反の詳細などを、順に説明してくれた。
 なるほどと頷いた遼太郎は、次に頭をひねる。

「このオーギュストン公爵を落とせば、その下についてる連中も根こそぎ陣営に組み込めるんじゃないか?」
「しかし、幻術をかけられているのだから」
「それがどれほどの効力かだよな。あと範囲も」
「国政に関わる重臣たちはほとんどがトリステの手の内にある」
「……となると、現状はひらだけど能のあるやつを見定めて、出世させるしかないな。魔法だってかけられる人数に限度はあるだろう?」
「ああ……」

 なぜかカイルの反応は力なく、遼太郎はどうしたのだろうと、表情を窺った。すると、カイルは眉根をひそめ、なにやら思い悩んでいるような表情をしていた。

「どうしたんだよ……」
「いや、本気で謀反を起こすつもりなのかと」
「謀反……まあ、確かにそう言ったけど、言ってみれば鎮圧だろ。謀反してきたのは向こうのほうなんだから」
「……ああ」

 またも気のない返事をされたが、今度のカイルは口元に笑みをたたえていた。
 王位戴冠式は三カ月ほど先と、あまり時間はないのだが、仕事もなければ娯楽もないこんな場所では他にやるべきこともないので、遼太郎とカイルは王位奪還の計画を詰めることに集中できた。
 そして当然というべきか、馬があったからか、二カ月もの間、四六時中ともに過ごしていた二人は、最初に向け合っていた責任感と同情心が、徐々に友情めいたものへと変わっていった。

「よし。じゃあ、まずはデモーア男爵の説得だな。顔を合わせるためにも王都へ入らなきゃ始まらない。農奴の衣装を着て、それっぽく見せて……」
「王都へ入る際に門衛がいる」
「いても、身分証明書なんてものはないだろ? みすぼらしく見せるのは得意だ。なんせ毎日しなびてるからな」
「……しかし……上手くいくだろうか」
「交渉は任せておけ。ご機嫌とりも得意っちゃ得意だ」

 遼太郎のその言葉に、カイルはおかしげにふっと笑みをもらした。

「力強い……」
「……ん? なに?」
「いや、トードーが召喚されてよかったと思ってな……あ、トードーにとっては迷惑極まりないことだったと思うが……」
「それは俺じゃなくても、誰でも迷惑な話だ」
「ああ、そうだった。人を物のように言いなりにしようなんて、あいつの幻術と同じだな」
「そうだ。それは反省すべきだ」

 何度となくカイルはこのように反省の弁を口にし、遼太郎に謝罪を繰り返していた。
 確かにカイルのした行為は横暴以外のなにものでもなく、彼に対する第一印象は最悪だった。
 しかし、それ以外の面に関しては文句なし、それどころか、思慮深く、気遣いに溢れ、ここまで優しい人間がいるのかと驚くほど魅力的な人物であり、遼太郎はカイルに対して薄っすらと好意のようなもの、もしかしたら友情という枠を超えてしまうのではと恐れるくらいの想いを、抱き始めていた。

「……トードー」

 なにやら、吐息混じりのカイルの声を聞き、遼太郎はぎょっと肩を震わせた。
 そして目を合わせた瞬間、硬直した。
 遼太郎は会話に夢中で自覚できていなかったらしい。
 なんたることか、気づかぬうちにヒートが起き始めていたのだった。
 遼太郎は慌てて衣服をまさぐるも、今着ている服はやカイルから借りたこの世界の衣装である。スーツは自室として使っている部屋のチェストに入ったままだ。

「あー、ちょっと部屋に戻るわ」

 ヒートの周期は決まっているとはいえ、多忙で時の経過を忘れがちな遼太郎は、抑制剤を常に携帯していた。あの日もスーツの上着にピルケースを入れていたはずであり、それを取りに行こうとした。
 しかし、すぐ横に立つカイルの反応が気になり、ちらっと見やると、じっと遼太郎に潤んだ目を向けていた。
 オメガであれば誰でも、一度ならず向けられたことのある眼差しである。
 この世界にも第二の性という概念があるのかはわからない。あったとすれば王太子の身分であるカイルは、間違いなくアルファであろう。そう考えずとも、熱っぽく見つめるその目は、アルファであると察せられるものだった。
 
「トードー、なぜかわからないんだが……」

 熱っぽく潤み、息づかいも荒い。それはカイルだけでなく、遼太郎のほうも同じであった。
 危険な兆候である。
 遼太郎はなんとか自制するべく、カイルから視線を外した。
 
「あー、うん。えっと、俺が戻ってくればその妙な気分は収まるはずだから」
「……妙な気分?」

 ドアノブに触れようとした、その手をカイルによって掴まれた。

「これは、妙な気分ではない……」

 見てはいけないと思ったのに、遼太郎は抗いきれずに目を向けてしまった。
 彼がアルファかもしれないと気づいて見るその肢体は、ヒートを鎮めんとする自制をぐらつかせるほど、欲情をそそるものだった。

「……んっ」

 こればかりは仕方がない。目があった瞬間に、互いに互いを求めていることに気づいてしまった。
 気づいて、抑えることができようか。手遅れとは、こういうときを表す言葉だ。
 カイルに腕を引かれるまでもなく、遼太郎から彼の腕に飛び込み、そして唇を合わせた。
 唇だけではなく、互いに身体をきつく抱き、その手を這わせ、肌の間にある布を邪魔とばかりに引きちぎり……は、しなかったが、ボタンは吹き飛ばすほどの勢いで脱がせ、ベッドへなんて行くほどの余裕もなく、殺風景なそのダイニングの床のうえに重なりあった。

 何ヶ月、いや何年ぶりだろう。
 久々に味わう快楽は、遼太郎の身体だけでなく頭をも熱くさせ、冷静な思考を奪っていった。
 そして、はあと息を漏らし、うっとりと息を継ぎながら、カイルは動き始めた。
 
「召喚は間違いではなかった……」
 
 遼太郎を組み敷くカイルは、快楽を与え続けながら、振り絞るように言った。
 
「傾国も必至だ……溺れてしまう」

 傾国するほど溺れさせることのできる者。
 それは、カイルが召喚するに求めた相手の条件だ。
 遼太郎は条件を聞き、そんなのは不可能だと、実のところは思っていなかった。
 なぜなら自分であればそれが可能であると、自覚していたからだった。
 三十を過ぎた社畜のサラリーマン。特技もなく人の気を引くような目立つものはいっさい持っていない。しかし、その冴えなさとは裏腹に、尋常ではないほど濃厚なフェロモンを持ち、ひとたび身体を重ねれば溺れずにはいられないほどの快楽をもたらせる能力をもった、極上のオメガであった。

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