その溺愛は伝わりづらい

七天八狂

文字の大きさ
12 / 30

12.昼夜は別の世界

しおりを挟む
「雅紀、起きろ」

 夢か現か、生田の耳に久世の声が聞こえてきた。
 目を開けて飛び込んできたのは見覚えのない部屋。
 そして、見るも美しい彼。
 なぜ久世がいるのだろうとぼんやり考えて、ここが彼の部屋であることを思い出し、なぜ自分がいるのかの理由にまで至ったと同時に飛び起きた。

「何時?」
「始発に間に合う時間だ」

 その言葉で安堵して、再びベッドへ倒れ込む。

「いや、でももう起きてくれ」

 くそ。眠くて死にそうだ。
 無理やり身体を起こした生田は、肌触りのよいシーツとふかふかのベッドに後ろ髪を引かれながらも、なんとかベッドから下りてリビングへと向かった。

「着替えはそれでもいいかな? 朝食は用意したんだけど、ギリギリまで寝ていたほうがいいと思って使い捨ての容器に入れてある」

 久世は言いながら生田のバッグの横にある紙袋を指し示す。

「ありがとう。至れり尽くせりだな」
「それよりも水を飲め」

 今度は水の入ったグラスを手渡される。
 
「まじで甲斐甲斐しい」
 
 受け取りつつ欠伸をしながら腰を下ろすと、久世は居住まいを正しておずおずと口を開いた。

「雅紀、昨日のあれは……」

 急いで水を飲み干して、立ち上がる。

「洗面借りるよ」

 生田は逃げるように、いやまさに逃げるために足早にバスルームへと向かった。
 シャワーを浴びている時間などないが、洗面台の蛇口がシャワーヘッドになっているのを見て、頭だけでもと考えた。
 
 ややぬるめに設定した湯を浴びて、少しずつ動揺を鎮めながら、昨夜のことを思い出す。

 ばかなほど身体が熱くなり、高ぶりを抑えることができず、久世にキスを──しようとしたことを。
 そう。あのとき押し倒してやらんばかりの勢いで彼の腕を引き、首元に手を回したはずだった。
 しかし、彼は触れる寸前に後退り、生田の腕からするりと抜けて、顔を真っ赤にしたあと寝室から逃げ出ていったのである。

 つまり、あっさりと拒否されてしまったのだ。
 それを蒸し返そうとするなんて、意外にも久世は残酷な面を持ちあわせていたらしい。
 少しばかり彼らしくない気もすることから、同性同士がゆえに思いも寄らず、驚いてしまったからだとは考えられるかもしれない。
 だとしてそんなものは、もしそうであったならばと願う一縷の希望に過ぎない。

 あしらわれた経験は初めてのことではない。
 ただ、その相手のことはすでに顔どころか名前すらも覚えていない。そもそも生田のほうにもその気がなく、お約束に乗ろうとしてかわされただけの、二度と会う機会がないような相手だった。
 同じように、新幹線の距離に住む久世とも道でばったりなんてことはないから、連絡を取らなければ会う機会はないだろう。
 気まずく思うなら、新幹線代の返却も電子マネーで送金してしまえば済む。

 しかし、できることなら彼との友情は続けたい。
 二度と会わずに済むなんて考えたくない。
 なにかしら上手い言い訳でもして、なかったことにできないものか。
 考えた挙げ句、とりあえず気まずさを残さないために友人として自然に振る舞おうと決めた。
 
 はずだったのだが、決意も虚しく、東京駅へと向かう車内では互いにほとんど口を利かなかった。
 久世の目の下には隈があり、何度かこくりとし、ハッとするような動きを見せていたことから、車の振動で寝落ちてしまいそうになっていたのだと思う。
 生田のほうも言い訳など一つも思いつかなかったばかりか、無関係の話題を持ち出す勇気も出ず仕舞いだった。

 駅前のロータリーに到着し、降りようとしたところ久世から封筒を差し出される。

「現金で申し訳ない。チケットを買う時間はなくて」
「それくらい自分でするよ。こどもじゃないんだから」
「……本当に悪かった」
「なにが……ああ、えっと、こちらこそ申し訳ない。ありがとう」

 危うく勘違いした返答を口走るところだった。
 久世の謝罪はキスを拒否したことではなく、最終を逃させてしまったことだ。
 動揺を悟られないように生田は笑みを見せ、同じく微笑をたたえた久世に別れを告げて車を降りた。




 それから一ヶ月が経った。
 三週連続で週末を過ごした久世とは、一切の連絡を取っていない。
 彼からのLINEや着信はあった。
 しかし、生田はどちらも無視を決め込んだのだった。
 
 なぜなら、律やみどりからではなく、驚くべくことにみどりの両親から連絡をもらったからである。
 孫の父親が逃げおおせると思うな、などと脅迫されたわけではないものの、それに近いことを遠回しになじられ、電話を受けた翌日に青森へと飛ばざるを得なかった。
 文字通り飛行機で、みどりや生田の実家がある県へと。
 
 みどりの両親に土下座をしつつ聞いたことによると、彼女はシングルマザーになるつもりで、東京での仕事を辞めて出戻ったのだと言う。
 出戻りと言っても、部屋を借りて一人で育てあげるつもりで、産前産後の世話や多少の手伝いを頼みたいというのが理由だったらしい。
 なぜ最初から未婚の母になる選択をしたのか、父親はどうしたのかと聞き質しても頑として答えなかったそうだが、高校時代の交友関係を調べて律のことを知り、彼女に詰め寄ったところ、「あいつじゃなくて雅紀よ」という返答を聞いてそれならばと電話をかけたのだそうだ。

 ということで、謝罪を済ませたあと、みどりにプロポーズをして、彼女のマンションに転がり込んだ。
 とりあえずは有給のある限りではあるものの、同棲、いや新婚とも言える生活を始めている。
 律には電話をかけても繋がらず、LINEも既読にならないため、彼がどういうつもりなのかはわからない。
 彼女に律とのことを聞くと、一方的に別れを告げて以来電話とメールを拒否しているとしか答えてくれなかった。

 みどりがここに落ち着くと言うのなら、青森で仕事を見つけてマンションは引き払うしかない。
 ぐずぐずとしていても、お腹の子の成長は止められないのだから。
 しかし生田はこの吉報を、未だ自分の親には伝えられていなかった。
 音信不通の律が現れて、仲直りをするのではないかとの期待が振り払えず、糠喜びをさせられないとの思いからだ。


 そんな小狡い気持ちを抱えながらも婚約者との生活を始めていたところに、久世から連絡が来て何を話せというのだろう。
 ただでさえ反応が怖いというのに、こんな事態になったことを話して軽蔑されたらと考えると恐ろしく、かといって嘘をつくような真似もしたくない。
 
 どちらにせよ結婚してしまえば、妻子のある身で飲み明かすことなどできなくなるだろうし、青森と東京で友情を育むこともできそうにない。
 会うたびに離れがたくなるのなら、この機会にすっぱりと連絡を絶ったほうがいい。

 そう考えて、彼からの連絡を無視し続けていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

過保護な義兄ふたりのお嫁さん

ユーリ
BL
念願だった三人での暮らしをスタートさせた板垣三兄弟。双子の義兄×義弟の歳の差ラブの日常は甘いのです。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

お人好しは無愛想ポメガを拾う

蔵持ひろ
BL
弟である夏樹の営むトリミングサロンを手伝う斎藤雪隆は、体格が人より大きい以外は平凡なサラリーマンだった。 ある日、黒毛のポメラニアンを拾って自宅に迎え入れた雪隆。そのポメラニアンはなんとポメガバース(疲労が限界に達すると人型からポメラニアンになってしまう)だったのだ。 拾われた彼は少しふてくされて、人間に戻った後もたびたび雪隆のもとを訪れる。不遜で遠慮の無いようにみえる態度に振り回される雪隆。 だけど、その生活も心地よく感じ始めて…… (無愛想なポメガ×体格大きめリーマンのお話です)

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...