その溺愛は伝わりづらい

七天八狂

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14.ラ……ウンドワン

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 ビジネスホテルのある中心街にやって来たものの、なにやら近くの大学で年次学会なる集まりが開催されたらしく、全国から集まってきた教員たちにより周辺のホテルは押さえられてしまっているようで、どこに行っても部屋の空きはないと言われてしまった。
 それならばとコンビニの駐車場に腰を据えてあちこちに電話をかけた結果、素泊まり5000円なるホテルに空室があったのだが、その教員たちが避けていることを考えると、いくら数時間とはいえ御曹司を泊めるのに適しているとは言えないだろう。

「ここにするしかなさそうだな」
 しかし当の久世本人は、気にならないらしい。
「そんなことないよ。他に、ラ……」
 
 ──ラブホテルがある。
 などと言いかけて、慌てて止めた。
 昨今のラブホテルはへたなビジネスホテルよりも広くて綺麗で、スイートでなくともジャグジーバスなんかもあるのだけれど、一度拒否されただけでなく婚約者のいる身で提案するなんて、そんなつもりじゃないと言っても訝しまれてしまう。

「……ラウンドワンにでも行く?」
「ラウンドワン?」
「知らない? ボーリングとか室内スポーツができるところ。土曜だから朝までやってるし、時間を潰すのにいいと思う。カラオケやクレーンゲームもあって……」

 誤魔化すために適当に提案してみたものの、当然のことながら久世は知らない様子で、説明してもいまいち想像できないようだった。

「映画見たりもできるし」

 マッサージチェアに座って漫画を読めるコーナーがあったはずだと思い出し、漫喫のイメージが浮かんでそんなことを口走る。
 すると、その言葉で興味を惹かれたらしく、久世は顔を輝かせた。
 しかし早速連れて行ってみると、なんともはや映像鑑賞ブースのようなものはどこにも見当たらない。

「ごめん、勘違いしてたっぽい」
 
 謝りながら彼の表情を伺うと、さぞかし不服そうに顔を曇らせてしまっただろうと思いきや、予想外にも嬉しげな笑みを浮かべていた。
 
「別に構わない。想像していたよりも面白そうだ」
 
 気遣いではなく本音っぽい。
 御曹司がラウンドワンなんて、またも信じがたい光景だが、本人はむしろだからこそという感じでウキウキとしている。
 なにやらきょろきょろと見渡して、スカッシュのような壁打ちテニスに目を留めたらしい彼は、おずおずとしたいつもの調子で一緒にどうかと誘ってきた。
 快諾して付き合ったところ、次はあれもやると言って順に周り始めて、三時間ほど過ぎた頃にはほぼすべてを制覇するにまで至っていた。

「そういや俊介が言ってたね」
「なんのことだ?」

 ペットボトルに口をつけたあと久世が聞き返してきた。かなり身体を動かしたはずが、まったく疲れた様子がない。
 喫茶スペースは混んでいたので、カラオケブースを使わせてもらうことにして、購入したドリンクを持ち込んで休憩することにしたのである。
 
「いや、あんなに映画のことばかり話すからオタ……インドア派っぽいのに」
「やらされるから仕方なくだ。俺よりも雅紀のほうこそ」
「僕はこういうの好きだから」
「そうか。……こども連れにもよさそうなところだしな」
「あー、確かに。土日は子連れで埋まるし、夕方は中高生の天下だしね」
「じゃあ今度雅紀は日中に来るようになるのか」

 婚約したことを聞いたのなら、そこも当然聞いているはずだから、驚きはしない。
 しかし、祝うために来たと言いながら、未だろくに祝いの言葉も口にせず、ようやく話題にあげたと思ったら悲壮なほどの顔で言う。
 そんなちぐはぐな反応を見せるために来たわけではないだろうに。

「それにしても、わざわざ来るなんて大げさ過ぎないか? 嬉しかったけど、連絡もなく、しかも僕がみどりのマンションにいることを知っているっぽかったのにホテルを予約せずに来るなんて」
「ああ、ちょっと考えなしだったな。俊介に聞いて、それで連絡が取れなくなったのかと気づいたら、いつの間にやら青森空港にいたみたいで」
「は?」

 久世の返答におかしくなり、吹き出してしまう。

「意識がないままに来たのかよ」
「まさか……」
「そもそも来るとしたら連絡してからだろ、普通」
「何度も電話をかけたのに出なかったのは雅紀だろ」

 その通りだが、今回ばかりは電話に出たじゃないか。みどりと勘違いしただけで、久世だと気づいていたら出なかったと思うけど。

「わるかった。なんていうか、自分から言うには気恥ずかしくて」
「それはわからなくもないが……とにかくおめでとう。こどもも生まれるなんて、本当にめでたい」

 まったくめでたくない顔で言われても困ってしまう。

「ありがとう。自分でもびっくりだよ」
「俺も驚いた……彼女がいるとは思わなかったから」
「え、そこから意外?」
「いや……意外っていうか……」

 久世は言いかけて、口ごもってしまった。
 なぜなのかを考えて、そういえば彼女なんていないと言ったことを思い出し、同時に気まずい別れをしたことと、新幹線代を返していなかったことも思い出した。

「遅くなってごめん。今さらだけどありがとう」
 
 生田は言いながら財布を取り出して、生身のままで悪いと思いつつ久世に金を返した。
 
「あー、それか。そんなのいいのに」
 
 久世は手を出そうとしなかったので、手を掴んで無理やり乗せる。
 
「よくないよ。忘れててごめん。それどころじゃなくて、ってのは言い訳だけど。つーかあのまま連絡取れなくなってたら借り逃げみたいだったな。まじでごめん。そりゃ鬼電してくるよな」

 こればかりは猛省に値する。金を借りること自体忌避しているのに、返すのを忘れて連絡を絶っていたなんて自分らしくない。
 
「それが理由だったわけじゃない」
「いや、他にあるかよ? まじでごめん。来てくれてよかったかも。もう東京へは行けなかっただろうから」
「あ……そうか。雅紀はその……青森に?」
「いや、まだ決めたわけじゃない。結婚すればみどりが実家に頼る必要はなくなるから、僕のほうに連れてくることもできるし、どうしようかなって」
「そうか」
「うん。ただ、お互いの実家があるここもいいかもしれないし、迷ってるところ」

 言うと、久世はすぐには答えずしばし間を空けた。
 
「……どちらにせよ、雅紀が東京に来なくても、その……俺が行くから」

 そして、なにやららためらいがちに答えた言葉を聞いて、まさかと思って久世を見た。
 すると、彼はこちらを見ていたらしく、あの上目に射抜かれてしまった。
 たまらなく好きなあの目に。
 普段は怖じけてもじもじとしているのに、息を呑むほど美しいその目からは不思議と強い意志が宿って見える。
 気弱なほどの態度の奥には、確固たる何かがあるのだと思わされる。
 その目を見ると、彼に触れたくなってしまう。
 抱きしめて、キスをして、他の誰の手にも触れさせたくなくなってしまう。

 そんなことは絶対にしてはいけない。
 二度としようとしてはいけない。
 拒否されたからだけでなく、結婚する未来が決定づけられてもいるからだ。

 みどりのことは好きだ。だから結婚することに対して嫌々ではないし、幸せにしてあげたいと本気で思っている。
 ただ、久世に対して芽生え始めているこの感情を抱えたまま、みどりを真摯に愛せるかわからず、多少の不安は感じている。
 彼に対して抱いている想いは、みどりに対する好意とは比較にならない。
 彼といる時間は他のどんな時間よりも楽しくて、彼を見ていると喜びが沸き立ってくる。
 妻子のある身で友人にそんな想いを抱えていてはいけないだろう。
 だから、彼とは距離を置かなければならない。

「そこまで僕に友情を感じてくれているのか。透といると楽しいから嬉しいよ。でも、さすがにこれからは夜を明かすような真似はできないよな」

 生田が言い終えて微笑を見せると、形の良い唇が何かを言おうとしてわずがに動いた。しかし、声は出てくることなく再び閉じられてしまう。
 そう。彼の中には何かはっきりとしたものがあるはずなのに、それを表に出そうとはしない。
 出すほどの親しみを感じていないからか、口にしたくないだけなのかはわからないけど。

「近くに住んでいればまだしも、さすがに遠すぎる。せっかく親しくなれたのに残念だ」

 久世に対して遠回しに距離を取ることを示しつつ自らに釘を刺す。
 本当に気の合う友なら、何年会えてなかろうが久しぶりに会ったとき、つい先日会ったばかりのように気安く接し合うと聞くけれど、久世とはできないと思う。
 というか、そんな中途半端な関係を続けられないだろう。おそらく自分が耐えられない。

「もともと結婚の予定はあったんじゃないのか」
「なにが?」
「その、結婚するはずの彼女に逃げられたから追いかけたって」
「それ俊介に聞いたの?」

 聞くと、久世は「ああ」と目を逸らして答えた。
 どう曲解して受け取ったのだろうか。いや、事実か。ニュアンスに違和感があるだけで。
 
「まあ、本当のことだけどね。ただ、一月前までは結婚するかどうかまでは未確定だったから……」

 今度久世は返答もせずに黙り込んでしまう。
 なにやら気まずくて、生田もそれ以上続けることができず、壁越しに聞こえる外側の賑やかしい音楽と喧騒だけが響く。
 するとそのとき、沈黙を破るかのように生田のスマホが振動した。
 取り出して目にした画面には『川谷みどり』の文字。
 一瞬迷ったものの、ブースの中でのほうが音楽やざわめきやらを遮断できると考えて、その場で受話ボタンを押した。

 電話口のみどりは寝起きらしく、ぼんやりとした声ながらも不安げに「どこにいるの?」と聞いてきた。
 寝ているから気にしないでと言いつつも、ふと目覚めて生田がまだ帰宅していないことに気づき、不安になって電話をかけてきたらしい。
 謝りつつも実はと言って、久世が県外から来ていることと、ホテルを取れなかったせいでラウンドワンにいることを伝えて、すぐに帰るからと言うと「だったら久世さんも連れてきなよ」と彼女は言う。
 確かに深夜二時を回っているこんな時間に彼を放っておくことはできないし、妊婦の頼みを無下にすることなど問題外なのだから、その厚意はありがたい。
 みどりに礼を伝えて通話を切り、久世に説明した。

「……いや、空港で時間をつぶすことにする」

 予想通り、久世は遠慮の姿勢を見せる。

「うん、気が引けるのもわかるけど、みどりは朝から仕事で早くに出ていくし、行っても寝てるわけだからそんなに気まずくなることはないよ。田舎なもんで部屋は広いし、一室使ってもいいって言ってくれたから」
「だとしても、なんというか……」
「とりあえず僕は帰らなきゃならないし、透も行くところないんだからぶちぶち言うな」

 そして強引にも久世を言い含めて車に乗せた。
 無理やりになってしまったが、仕方がない。
 あてもなくいきなり現れたその突飛な行動の結果なのだから。
 そう考えながらも、久世と別れずに済むこととなり、内心は喜びに満ちていた生田であった。
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