その溺愛は伝わりづらい

七天八狂

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23.王の厚意

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 車で行くと意気込んだものの、生田は酩酊状態だった。
 
「とりあえずタクシー呼んで。運転するなんて冗談はもういいよ」
「帰るんですか?」
「うん。だけど雅紀くんも一緒だよ」

 始発を待つしかないと気落ちしていたところにありがたいお誘いだが、タクシーで東京へ向かうなんていったいいくらかかるというのか。
 戦々恐々として乗り込んで到着した先は、驚いたことに空港だった。
 だとして当然ながら閉まっているはずである。
 そのはずが、八乙女は気にする様子もなく、使用人らしき男性の恭しい出迎えを横目に、ずかずかと入っていく。
 向かった先はヘリポートで、目にしたのはいつぞや見たばかりの八乙女自家用のヘリだった。

「沖縄からこれで来たんですか?」
「まさか。これは帰路用に呼び出しておいたもの」

 さすが王様と自らを称するだけあり、御曹司と聞いてイメージする斜め上をいく。

「セスナもあるんだけど、今そっちは妹が使っているみたいだから。快適とは言えないけど、車よりは早いだろ?」

 新幹線すら朝まで走らないのだから、これ以上早く着ける手段なんてない。
 感心しているうちにあっという間に東京へ到着し、空港のヘリポートに降りたあとはリムジンに乗り換えて、八乙女の住むマンションへと向かい始めた。
 驚いている暇もないほどだ。いや、覚悟もままならないほど、と言えるかもしれない。
 
「ぼくのこと、ただの色情狂だと思われていたら心外だからね」

 皮のシートにもたれた八乙女は、シャンパングラスを片手に、昇り始めた朝日を浴びている。

「そんなふうに思ってはいません」

 思っていたが、ここまでしてくれた彼に本音は言えまい。

「ぼくが雅紀くんのことを気に入ったのは本当だよ。前戯もなく事を始めようとするくらいね。ただ、濡らすべきを怠ってはならないことに気がついたんだ。快楽を求めて痛みを味わうなんて童貞のやることだとね」

 いちいち卑猥な例えを持ち出しながら喋り続ける八乙女はさておき、生田は相槌を打ちつつも緊張していた。
 東京へ来たからには、彼に連絡しなければならない。
 来てくれると言いながら八乙女に代わりを頼んだ彼に。
 そんな真似をされたわけだから、拒否されるのは覚悟のうえだったが、いざ到着したとなると、途端に怖気づいてしまっていたのである。
 
 
 リムジンは、低層ながらも一見して億はいきそうなたたずまいのマンション前に停車した。
 コンシェルジュなる男性から丁寧に頭を下げられ、エレベーターへと向かう八乙女についていく。
 4階で降りた先は驚くことにドアが一つしかなく、なんともはやワンフロアが一室であるらしい。
 鍵を解錠しようともせず、いきなりドアを開けた八乙女に続いて玄関を入ると、たたきに見覚えのある靴があった。

「八乙女さん、もしかして……」
「ん? 透のために来たんだろ?」
「呼び出したんですか?」

 聞くと、八乙女は目を細めて微笑、いや悪魔的な笑みを浮かべた。
 
「ここまでしたんだから、お礼にキスくらいしてくれない?」

 またそれか。確かにここまでの恩に対しては礼をしたいが、だからと言って身体ではしたくない。

「とても感謝しています。ですが、取引でもないのに、あとから見返りを求めるというのは詐欺と同じです」

 ありがたかろうが、いい加減諦めて欲しい。
 その想いで軽口を効くと、彼は失礼に苛立つどころかむしろ嬉しいとでも言う笑みを見せ、なぜか礼をもらったと言わんばかりに舌なめずりをした。

「ああ、本当にたまらないな。ぞくぞくするよ」

 何がいいのかさっぱりわからないが、なにやら身体以外も気に入ってくれているらしい。
 複雑に感じつつも八乙女に続いて廊下の先のドアを通ると、テニスコートほどはあろうかというリビングに出た。

「ああ、起きてた?」

 八乙女は声をかけながらソファに近寄り、どさっと寝転んだ。
 
「ったく、なんの用事があって呼び出したんだ」

 やはりというか、当然ながら西園寺もいる。
 しかし、今や嫉妬などしているどころではない。
 リビングに入ってすぐ目にした彼は神々しいほど美しく、いや大きな窓からたっぷりの朝日が注いでいるからかもしれないが、しかし生田はうっとりと見惚れて立ちすくんでいた。
 しかも彼は目が合った瞬間に花が咲いたかのように顔をほころばせ、ダヴィンチでも描ききれないであろうほどに美貌を輝かせたのである。
 見惚れるどころか、なんだか泣きそう。

「……久しぶり」
「久しぶりでもないだろ? いったい何の用だ」

 久世に声をかけたのに、西園寺が答えてくれる。

「透に、DVDを返しに来たんです」
「おいおい、嘘だろ? そんな理由でこんな朝っぱらから呼び出されたのか?」
「いえ、それだけではありません」

 じっとこちらを見据えていた西園寺は、耳に障るほど大きくため息をついた。
 
「生田くん、君が姫に懐いているのはわかったが、こっちは忙しいんだ」

 その言葉で彼のほうを見ると、しょんぼりというか、はらはらとした顔でこちらを見ている。
 不機嫌になった彼氏の様子を伺っているかのように。
 
「……申し訳ありません」

 会いたいなどと、出過ぎたことをしてしまったらしい。
 
「こっちは親父からの呼び出されていて寝る間もないんだ。旅行を取りやめなければならないほど重要な用件でな。騎士は姫を諦めて、王の専属としておとなしく志信に仕えていろ」

 言いながら一人がけのソファに座り込んだ西園寺は、煙草を取り出して火をつけた。
 完全に邪魔者扱いだ。
 だとしても、それは西園寺にとってだけであって、彼は歓迎してくれていると思う。嬉しげに笑みを返してくれたのだから。
 そう。彼のあの表情は、八乙女に代わりを頼んだとは思えないほど、以前と変わらぬ友情を感じさせるものだった。
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