その溺愛は伝わりづらい

七天八狂

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24.ずしりときた鍵

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「なんかお腹空いたな」

 ソファのほうから、仰向けに寝転んでいた八乙女の切なげな声が聞こえてきた。

加賀美かがみは?」
「まだ何時間もこないよ。こんな時間に起きたことなんてないからね。檜山はヘリを返しに行かせたし……はあ」

 西園寺からの問いかけにため息をついた八乙女を見て、礼をするならいい機会かもしれないと思いつく。

「食材があるようでしたら、僕が作りましょうか」
「えっ? 雅紀くんが?」
「手前味噌ですが、得意なほうです」
「本当? いいよいいよ。なんでも好きに使って」

 嬉しげな声で起き上がった様子を見るに、わるい思いつきではなさそうだ。
 ならばと気合を入れてキッチンへ向かうと、おずおずと久世もついてきた。

「やあ、今度こそ久しぶり」
「ああ、あの……行くと言っておきながら、その、わるかった」

 不安げな様子はいつものことだが、それでもその度合いは普段以上な気がする。
 西園寺が言っていたように、駆けつけなければならない用件のせいで泣く泣くだったのだろうか。
 だとしたら少しは気が楽になるのだが。
 
「いいよ。結果的に返せたんだし」
「わるかった……まさか東京へ来てくれるとは思わなかった」
「うん。八乙女さんからの誘いに甘えてしまって」
「それは……どうして……」
「えっ?」
「いや、なぜ八乙女さんといたんだ?」
「なぜって、透が頼んだんじゃないの?」
「俺が? 何を頼むんだ?」

 嘘だろ? じゃあ八乙女が勝手に来たというのか?
 まさかと驚くも、彼の様子を見るに事実っぽい。

「……いや、なんでもない。でも、どうして来られなくなったんだ?」
「わるかった。あのあと、俺と西園寺のところに両方の父から呼び出しを受けてしまって、急いで戻ってきたんだ。その……行くと言いながら行けなくなったなんて、そんなことを連絡できなくて……申し訳ない」

 なにやら今度は泣きそうなほどの様子を見せている。
 そんなに申し訳なく思っているのなら、なおのこと先に連絡をしてくれたらよかったのに。
 とは思うも、無理やりにだが会い来たのは正解だったらしい。
 あのまま誤解していたら、それこそ友情はかき消えてしまっていたかもしれない。
 
「わるいと思ってるなら手伝ってくれよ。サラダくらいならできるだろ?」

 そうとわかれば、こちらは気にしていないことを示すべきだ。
 こんなしょぼくれた様子を見せられては、責めることなんてできないし、なによりせっかく会えたのに気まずいままではいたくない。
 だったら冗談交じりにでもこき使って、彼の強張りを解いてやろう。
 
「ジャケットを脱いで、袖まくりして。掃除するときみたいに」

 ああ、とうろたえつつもジャケットを脱ぎ始めた彼を横目に、生田はほっとして、さっそく取り掛かるべく朝食の献立を考え始めた。
 レタスときゅうりがあったから、トマトも添えてサラダにしよう。ロールパンもあるようだからそれを主食にして、主菜はベーコンエッグがいいだろうか。それとスープをつくるとしたら、ソーセージがあったからポトフがいいかもしれない。
 よし決まりということで、じゃがいもの皮剥きを始めたところ、ミニトマトのヘタを取っていた彼が問いかけてきた。

「雅紀はどうして、いや、八乙女さんはなんの用事で雅紀のところに行ったんだ?」
「真意はわからないけど、ぼくのことを大層お気に召してくれているようだから、会いに来たのかな?」
「……それは、どういうことだ?」
「どうもこうも会うたびに口説かれてるからさ」

 苦笑しながら彼を見やると、驚くほど青くした顔が目に入った。
 
「……だとしても、雅紀はその……ノンケだろ?」
「ノンケ? それってどういう──」
「わお、すごいじゃん」

 いきなり八乙女が現れた。
 牛乳を取りに来たらしく、冷蔵庫からボトルを取り出しながら、感心した様子で調理途中の鍋を覗き込んでいる。

「すみません。もう少しかかります」
「いいよいいよ。めちゃくちゃいい匂いする」
 
 目を輝かせた八乙女は、それ以降キッチンに居座ってしまい、完成するまで興味津々にも眺めてくれていたため、久世とはそれ以上の会話を続けられなかった。
 
 その後無事に完成した料理をダイニングテーブルに並べて、奇妙な顔ぶれで食事を囲むことになった。
 空腹らしかった八乙女は、がっつくかと思いきや、さすが御曹司というべき品の良い所作で食べ始めた。
 絶賛の言葉を聞くに、多少なりとも礼にはなったようだった。
 久世も八乙女に負けないくらいに褒めちぎってくれたのだが、西園寺を前に大げさなほどの態度をされると、気が引けるうえに気恥ずかしい。
 ただ西園寺のほうは、終始仏頂面で黙々と手を進めるだけで、気にしてはいない様子だった。
 しかし、皿を空けると途端に立ち上がり、彼のほうへじろりと睨むような目を向けた。
 
「そろそろ行くぞ」
「もうそんな時間?」

 答えたのは八乙女だ。久世はコーヒーカップを持ち上げた手を震わせ、口をつけることなく静止させている。
 
「遅いくらいだ」

 八乙女に答えた西園寺は、はあとため息をつき「先に乗ってるぞ」と言い残して去っていった。

「あれはかなり苛ついているよ」

 八乙女の声でようやく彼はカップをテーブルに置き、のろのろと立ち上がった。
 ぐずぐずとした様子で、まるで名残惜しいかのように足取り重くドアへと向かっていく。
 その様子を見ていた生田は、考えなしに彼のあとを追った。

「その用件って、どれくらい時間がかかるんだ?」

 声をかけると、玄関で靴を履こうとしていた彼が振り返った。
 
「面倒なことになっているようだから、午後いっぱいかかると思う」
「え、じゃあ夕方までってこと?」
「……そうだ」
「じゃあ、それが終わったら……」

 それが終わったら、また会えないか?
 そう聞こうとした。

「……ごめん、なんでもない」

 聞いても断られるだけなのに。
 いくら以前ほどの距離にまで戻ったように感じても、彼には西園寺がいる。
 それに明日は仕事だ。たかが数時間を過ごすために待っているなんて、恋人のいる友人に向ける態度としては重過ぎる。

「……終わったら、雅紀のところに行ってもいい?」

 しかし驚いたことに、まさかの反応が返ってきた。

「えっ?」
「遅くなるかもしれないが、少しでも……その」

 まじかよ。しかも彼はほんのり頬を染めている。
 嬉しくて泣きそうなうえに、あまりの美しさに抱きしめたくなってしまう。
 
「……だったら待ってる」

 いくらでも待つ。彼から誘われるなんて、そのためなら夜が明けようが構わないし、どれほど待ちくたびれようとも酒に逃げない。
 
「いや、雅紀は明日仕事だろ?」
「仕事なんて休んでもいい。待ってるよ」
「……じゃあ、これで家に入って待っていてくれ」

 さらに顔を真っ赤にした彼が、なにやら鍵を差し出してきた。
 キーホルダーもなければリングすらついていない、素のままのものだ。

「これって……」
「俺の家の鍵」

 うそだろ。聞いた瞬間にずしりときた。

「わ、わかった」
「……じゃあ、またあとで」

 美しい微笑を向けてくれたあと、今度の彼は足取り軽やかに玄関を出ていった。
 来た甲斐があったなんてもんじゃない。
 夢じゃないだろうか。
 西園寺と二人で出かけていく彼を見送ったというのに、天にも昇るほどの気持ちだ。

「わざわざ他に相手がいる男を選ばなくてもいいのに」

 声を聞いて、はたと気づく。
 そうだ。ここは八乙女の家である。
 振り向くと、その家主はにやにやとした笑みをこちらに向けていた。
 
「……八乙女さんは、僕のどこがいいんですか?」
「うーん、最初はノンケを落とすのが好きだったからなんだけど、今はそれだけじゃないよ。そのかわいらしい顔立ちもいいし、感情的なところ、ヤリチンっぽいのに初心なところ……」
「なんですかそれ」
 脱力してしまう。
「それに、根がお人好しのところもだね」

 久世に頼まれたわけでもないのに、わざわざやってきたことで、八乙女に引っかき回された気がしなくもないが、だとしても、彼のおかげで久世に対する気持ちに気づくことができたのだし、会えたうえに約束まですることができた。
 妙な好意を持たれている点に関しては複雑だが、感謝はするべきだろう。
 彼の気持ちに答える日は来なくても、友人としてつきあう分には悪くないかもしれない。
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