清廉な騎士のはずが魔王の俺に激重感情を向けてくる意味がわからない

七天八狂

文字の大きさ
24 / 44

24.抱擁と接吻

しおりを挟む
 特に何があるわけでもないのでルクルー教会の見回りは滞りなく終わった。あとは目的の進捗を待つだけだ。
 エルンストは残って接待を受けることになり、イジドーアもエレオノーラと地下へ行って以来戻ってこない。
 そのため、俺は教会を出てキセガセ村を散歩することにした。
 ただ、大罪人がいるかもしれない村を神官一人でぶらつくわけにはいかない。騎士を一人お供につけて、である。

「五日ぶりですよ?」
「……ええ、ですがこんなところでは」
「誰もおりませんから」
「ちょっ、ミヒャエル……んっ……」

 エルンストめ。抱きしめて愛を囁いてみたのに、治まるどころか火がついたじゃないか。
 教会から百メートルと離れていない森の中で、心もとないほどのサイズの木を背にしてミヒャエルからキスをされている。

「……はあ、わたしがどれほど耐えていたかを、あなたがわかってくださっていたら」

 まるで俺が無理解であるかのような口を利いてやがるが、おまえの望みなど呆れるほど承知している。それと、こんなところでキス以上のことをしようとするのとは話が別なんだよ。無理解なのはどっちだ。

「こうやってお会いできたのですから」 
「いいえ……あなたのここに入れなければ治まりません」

 真っ昼間の野外で卑猥なことを言うな。
 しかし、ツッコミを入れている暇もなければ、話し合う隙もない。
 直に触らなければ落ち着かないとばかりに服はまくり上げられ、キスをされながらあちこちを愛撫されている。
 会うたびにやられているせいもあるが、身体が勝手に熱くなってしまって拒否しきれない。

「ん、んんっ」
 
 盛りのついた獣のごとくだ。口内を犯さんばかりに舌が這い、乳首をくりくりとやられては俺のも勝手に反応してしまう。

「はあ、ダグラス……」

 しかし、こんなところで続けさせるわけにはいかない。
 それに、いい加減セフレのごとく求められるのはうんざりしているのだから。

「……あなたが必要とされていらっしゃるのは、わたしの身体だけなんですか?」

 なんとかミヒャエルから離れて、問いかけてみた。
 すると、今にも下履きの中に入れようとしていたミヒャエルの手はぴたりと止まり、俺の首元をついばんでいた唇も静かになった。

「わたしは違います。わたしは、あなたのおそばにいれるだけで幸福なのです」
「……それは……わたしも……」
「口づけだけでも、いえ抱きしめてくださるだけでも十分です。人目につくところでそれ以上のことをして、もし誰かに見咎められたら……騎士団長様と神官が姦淫などしていることを気づかれて、離れ離れにならなければならなくなったら……」

 声を震わせて切なげに訴えかけてみると、ミヒャエルはまさぐっていた手をおろし、唇をわななかせた。
 そんなミヒャエルに対して、追い打ちとばかりに潤んだ目を向けてみる。瞬きをしなければ乾燥してじわっと出てきてくれたので人間の生理とは便利なものだ。

「考えるだけで恐ろしいことです。わたしは、あなたがいなければ、あなたの笑みがなければ生きていけません」

 いまだ震えているミヒャエルに向かって、にこにこと機嫌よくしていろよとも遠回しに訴えてみた。
 歯が浮くとはこのことだとばかりの台詞を、真剣そのものな表情で言えた俺は名優と言っていいだろう。
 ミヒャエルはわななきっぱなしだった唇をぎゅっと引き締め、熱烈にも抱きしめてきた。

「あなたからそんな言葉をいただけるなんて……五十年の人生で最高ともいえる瞬間です」
「そんな……えっ?」

 今なんつった? 五十年とか言わなかった? こいつの年齢は二十五のはずだ。見た目的にも……じゃなくて俺が設定したんだから間違いない。
 などと驚き戸惑っていたところ、ミヒャエルから矢が降り注ぐかのようなキスが降ってきた。

「愛しております。好き……大好き……ダグラス」

 ちゅうちゅうと隙間なくキスをされて、考えている余裕がない。
  
「それは、わたしもこの上ない幸せです。……それで、愛してくださるとおっしゃるのなら、関係を悟られないようにしていただきたいのです」
「ええ、承知いたしました」

 呆気なくも承諾してもらえた。名演技が効いたのだろうか。と、胸を撫で下ろしたのもつかの間、キスをされながらダルマティカはくしゃくしゃになり、いつの間にやら下履きは降ろされ、例のローションに似た何かをいつ指につけたのか、ぬるぬるとした指が入ってきている。
 承知しましたどころじゃない。そもそもが俺の話を聞いていなかったのではと疑いたくなる。

「ミヒャエル……」
「ええ、今は人目につきませんから……すぐに済みますから」

 こいつ、本当に俺のことを愛しているのか?
 誰かに恋心すら抱いたことのない俺が愛なんぞ知る由もないことだが、恋愛ゲームをつくってきた経験から考えるに、互いを思いやって気遣うとか、自分以上に大切にするとか、愛ってそういった感情を指すものだと思っていた。
 もしそれが正しければ、いや愛を向けられているのは俺なんだから、俺の価値観で受け取っていいはずだ。
 そうなると、こいつの想いは愛ではないと思う。やらなきゃ満足できない想いを愛だなんて呼んでいいはずがない。

「やめてください」

 いつもの俺ならぐずぐずにされて受け入れてしまうところだが、今日は怒りのほうが勝っている。
 セフレだなんて御免だ。利用するつもりなのに矛盾しているが、こいつに身体しか求められていないと思うと苛ついてどうしようもない。気持ちがないのにやられるなんて不快極まりなく、怒りを抑えられないのである。

「……いかがされたのですか?」

 ミヒャエルも驚いたようで、俺の服にまさぐり入れていた手をぴたりと止めた。
 
「わたしはおやめくださるように申し上げました。それを承知してくださったのに、まるで反対のことをされていらっしゃいます」
「……ええ、ですが」
「他人に見咎められて引き離されてしまうのであれば、先にわたしから離れさせていただきます」

 俺は憤懣やる方ない演技をしながら、硬直しているミヒャエルから離れた。

「フラン……ダグラス」
「わたしの望みを聞いてくださらないのは不誠実に思えます。でしたら、わたしも同様の態度を取らせていただきます」

 俺はそう言い捨てて、反応を待たずに村長宅があるほうへと踵を返した。
 演技と言いながらも、本気で苛ついていたから真に迫っていただろう。
 ミヒャエルは慌てた様子で駆け寄ってきて、俺の半歩ほど後ろについて歩き始めた。

「申し訳ありません」
「……人に見られますので、別の道をお選びいただけますか?」
「お許しください。あなたのおっしゃるとおりです。わたしは自分勝手でした。あなたに触れたくてたまらず、ここであれば誰にも見つかるまいと」
「不確かな状況は歓迎できません」
「ええ、おっしゃるとおりです。見た者を殺したら言い訳が面倒ですし、黙らせるのも手間になります」

 殺すだの黙らせるだの、見られたとしても相手はおそらく非武装の村人だ。何言ってんだ、こいつ?

「……あの、申し訳ありません……」
 
 思わず訝しげに振り向いてしまったからか、ミヒャエルは目が合った途端に、びくと肩を震わせた。

「あなたのおっしゃるように致しますから、もう少しおそばにいさせてください」

 ミヒャエルは懇願の声で俺の腕をつかんだ。
 しかし、あの筋力にしては弱々しいほどの力で、振り払わずとも抜けてしまった。その瞬間「あっ」と泣きそうな声がして、斜め後ろから聞こえてきていた足音が途端に聞こえなくなった。
 立ち止まり振り向くと、十メートルほど後方でうなだれているミヒャエルが見えた。
 しょぼくれている、という形容そのものの様子だ。
 反省しているのだろうか。心から悪いと思っているのだろうか。だとすると、本当に俺を愛しているのだろうか。
 ミヒャエルの様子を遠目に見ながらあれこれと考えて、しばしそのまま迷っていた。
 しかし、考えても仕方がないと気づき、確認するくらいなら話しかけてやってもいいかもしれないと心が揺れ始め、ミヒャエルのそばへ戻ることに決めた。

「……お話する程度であれば、時間の許すかぎりおそばにおります」

 目の前にまで来てそう言うと、ミヒャエルは顔を上げ、ぱっと華やがせた。
 そしてミヒャエルは、「あなたのおっしゃるようにします」と何度も謝罪してくれたばかりか、宣言どおりいっさい手を出して来ようとせず、見直してしまうほど誠実な態度を向けてくれた。
 まさかのことで驚いたが、いつの間にやら怒りが収まった俺は、ミヒャエルと森の木陰で談笑するなどをして、驚くほど楽しい時間を過ごしたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。 この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。 ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。

処理中です...