清廉な騎士のはずが魔王の俺に激重感情を向けてくる意味がわからない

七天八狂

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33.演技は終わらない

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 なんとも運がない。佐倉だなんて、上司の次にこいつでなければ、と願っていたまさにそいつだった。
 ぞっとしてたまらなくなり、考えもせずに透過術をかけて、飛翔の術で部屋の窓から逃げ出した。

「フランツ!」

 ミヒャエルと佐倉のハイブリッドの叫び声が聞こえる。
 愛を返した途端に逃げ出すなんて、疑念を抱かせる不自然な行動だ。悪手に違いない。それはわかっているが、逃げずにいられなかった。
 フランツの中に不純物前世の人格なんてものがあると知られたらどんなことになるか。怒り狂うどころか、殺される気がする。いや、殺されるほうがマシという目に遭うかもしれない。

 真面目で黙々と仕事をこなす佐倉は、入社三年目にしてチーフリーダーに抜擢されるほど優秀な部下だった。しかし、根暗で人見知りなうえに協調性もゼロで、いわゆる不思議ちゃんだったこともあり、三年も朝から晩まで同じ社内にいたというのに、まじまじと顔を見たことがないばかりか、ろくに喋ったこともなかった。
 しかし、そんな無口な佐倉が、唯一興奮気味にまくしたてていたことがある。『聖女の剣』の魔王フランツのことだ。
 フランツのことだけは、珍しく声高に意見し、修正案を出されても、理由をつけて退けるくらい熱が入っていた。性格はあれでも基本的に真面目な佐倉は、どんな面倒な作業に対しても文句一つ言わずに、会社に寝泊まりする勢いでこなしてくれていた。そのため、そこまで言うならと俺が融通を利かせてやるようにし、フランツ以下魔族たちの設定だけは佐倉の好きにさせてやっていた。

 ゲームの世界が現実となっている現状は、考えるまでもなくプログラムの中ではない。設定されたキャラクターが生身の人間として生きており、思考や行動も生きてる人間のそれである。
 おそらく設定は性質というだけでしかないのだろう。
 だから、いくら生みの親とはいえ、アグネスや攻略対象者たちの行動を先読みしきれないし、設定から逸脱した部分に翻弄されている。
 
 かくいう俺自身も、同様だ。フランツ・カーフセルとしての現世の人格が主である。前世の記憶を取り戻した今も、それは変わらない。
 佐倉も、前世のあの根暗で人嫌いな性質は薄く、ミヒャエルとしての生真面目で清廉な性質が主に出ているから、俺と同じであるはずだ。
 しかし、俺に対するあの異様な執着は佐倉の人格がもろに出ている。味方に刃を向けるくらいのヤバさなのだから、一目瞭然だ。
 熱心だとは思っていたが、仕事として作り出したのではなく、あんな執着めいた意図があったとはキモいどころではない。
 フランツおれは、あいつの欲望の結晶として生み出されていたらしい。
 そんなこと、できることなら知りたくなかった。

「おい、今どこだ?」
『あっ、フランツ様。ご無事ですか?』
「おまえに心配されたくねえな。逃げやがって」
『それは……仕方ありませんよ。逃げる隙があれば誰でも逃げます。本能的行動なんですから』

 誰でもじゃねえよ。上司として情けない。

「……それで、今どこにいる?」
『ユーア教会です』
「バッカじゃねえの? おまえだけ戻ったら不自然だろ」
『そこはちゃんと考えていますよ。ユーア教会の近くの隠れ家におります』
「あ? そこも割れてる場所だ。脳みそないのか?」
『……それじゃあ、どこに隠れろって言うんすか?』
「そうだな……俺も合流するから、フグルーアの近くならどこでもいい。エルンストも連れて行くから、片付けておけ」
『承知いたしました』

 不貞腐れた声を聞いてさらに頭にきて、挨拶もせずに伝達魔法をぶった切ってやった。
 しかし、苛立っている場合ではないため、すぐに頭を切り替える。
 エルンストを救い出さねばならない。

「エルンスト! 今どこだ? 教会か?」
『……ええ、お伴の神官たちはすでに発ちました。ですからわたしのほうも、明日にはフグルーアへの帰路につかねばなりません』

 俺への返答にしては不自然だ。伝達魔法は、直接相手の意識に呼びかけることができるが、向こうの反応は口に出してもらわなければならない。
 夜半に近づいている時刻だというのに、まだ誰かと一緒にいるらしい。
 
「バルテンといるのか?」
『……いえ。騎士団長様もわたしのことはお気になさらず、騎士団たちと合流されたほうがよろしいと存じます』
「ミヒャエルが……そこにいるのか?」
『ええ。……いえ、魔王なんて顔を合わせたこともありません』

 考えうる限り最悪な相手だった。しかも詰め寄られているっぽい。どうしたものか。

「そこを出て俺と合流しよう。教会の近くで待機しているから、おまえごと飛翔して逃げる」
『いえ。まさかのことでございます。なぜそのようなことを? わたしは魔法など使うことはできかねます』

 もしや、俺と会話していることに気づかれた? まさかと思いたいところだが、ミヒャエル、というか佐倉に伝達魔法の知識はあるはずだから、可能性はある。

「……わるかった。今助けに行く。もう少し粘っていてくれ」

 エルンストの息を呑む声を耳に、すぐさま魔法を解除した。
 逃げ出してすぐにミヒャエルと顔を合わせるのは面倒極まりないが、覚悟を決めてルクルー教会へと向かった。
 裏手に降り立ち、トイファーへと変化してから入り口のほうに回り込み、ドアを開けた。
 するとそこには、まるで待ち構えていたかのようにミヒャエルが立っていたのだった。まじかよ……早業すぎる。

「……騎士団長」
「お待ちしておりました」

 ミヒャエルは怒り狂っているわけでもなく、いつもと変わらない。凛々しくも清廉な騎士団長としての面差しに、俺の前にだけ見せる微笑を浮かべている。

「あの……」
「口下手で、恥ずかしがり屋であることは承知しております。ですが、何も言わずに去られては少し傷つきました」
「ナウマン神官長はどちらにいらっしゃるのですか?」
「……あいつらをおそばに置く理由があるのですか?」

 エルンストの名前を出した途端にいきなり豹変しやがった。いつもの独占欲ダダ漏れの殺意だ。
 なぜ清廉なはずのミヒャエルがこうもブチギレるのか、これまで不思議でならなかったそれに、ようやく合点がいった。佐倉の性質があったからだ。

「俺は……わたしは神官です。ナウマン神官長のお世話をするのは奉仕の一つであります」
「そのようなことは、これからはわたしがお力になりますから無用なことです」
「神官は、どこかの教会に所属する必要があります」
「でしたら神官以外の者に化けられてはいかがでしょう。あなたの目的であるわたしの愛はすでに手に入れたのですから、これからはわたしと王城で暮らせばよいのです」
 
 甘い誘いに聞こえるが、中にあの佐倉がいることがわかった今や、監禁されるのではと怖気が走る。

「ミヒャエル、おまえからそこまで愛されていて嬉しい、が、ナウマンは恩人と言っていいやつなんだ」
「……恩人、ですか」
「そうだ。脱獄した俺を匿ってくれた。このまま見捨てたくはないし、できることなら力になってやりたい」
「神祇官にならせておあげになったり、国の不正を暴かせたりされたのはそれが理由なのですか? たかが人間一人に対する恩義が?」
「……それもあるが、他に目的もある」
「目的とは……世界征服、ですか?」
「……そうだ」

 やはりフランツおれらしくするなら、世界征服という目的があることは隠さないほうがいい。
 俺より俺を知っている佐倉ミヒャエルも想定していたとおり、脱獄して真っ先に考えるは復権以外にないのだから。
 さっきは、ミヒャエルへの気持ちが主であるため、敢えてスルーしたのだと言いくるめることにする。
 そして、エバーアフターモードの知識は知らない設定で、偶然ノーフへ行き、その窮状を知って他にも似た村があるかもしれないと思いついたことにして、打ち明けるかのごとく説明を続けた。
 ミヒャエルは俺の正体に気づいているのと同様に、マヌエルがヨハネスであることも当然わかっている。ヨハネスに調べさせ、エルンストを出世させつつ内側から瓦解させようとしたことも、事実であるわけだが、アイデアとしての違和もないはずだ。
 
「そういったことでしたら、これからはわたしがお力になりますから、なんでもお申し付けください」
「ミヒャエルがそう言ってくれるならありがたい……誰よりも、心強い」

 神官の振りをする必要がなくなったと言っても、今度はフランツに成り切らなければならない。
 俺は俺でも、前世の記憶がないフランツで、しかも、ミヒャエルを愛しているフランツとなると、以前のままというわけにもいかないし、かくもややこしい。

「でしたら、ナウマンやレーナルトは必要ありません」
「それは困る。あいつらじゃなきゃできないこともあるから」
「わたしだけでは不服とおっしゃられるのですか?」

 思っていた以上に面倒くせえ。この嫉妬と独占欲の強さ……あの執着が背景にあると知って納得ができたとしても、うざいことには変わりない。
 
「いや、ミヒャエルを危険に晒すわけにはいかないからだ。騎士団長としての立場もあるだろ? だから」
「わたしを気遣ってくださってるのですか?」
「……こんなところで抱きつくな」
「わたしたちの関係を見咎められても構いません」
「それが困るって言ってんだろ!」
「ですから、ダグラスはやめて他の……アルベルトとかはいかがですか? 鍛冶屋の息子ですとか」
「神官は便利なんだ。……俺はおまえ以外に……興味ないっていうのに、部下に近づくことすら許さないつもりかよ」
「できればそうしたいところですが……今のお言葉はいいですね……それなら、ふふ」

 ふふ、という嬉しげな笑い声が、最後にぐふっと変わった。恥ずかしさのあまり逸らしていた目を戻すと、端正な美貌をにたにたとした笑みに崩していた。キモい、っていうか怖い。

「……なるべく、会いに、行くから……」
「ええ、一緒に暮らしたいところですが、時が来るまで我慢いたします」
「時が来るまでっていつだよ」
「ダグラスである必要がなくなった時です」

 つまり、世界征服という目的を叶えたあとに待っているのは、こいつからの束縛ってことかよ。
 絶望って、こういうときに使う言葉なのかもしれない。
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