清廉な騎士のはずが魔王の俺に激重感情を向けてくる意味がわからない

七天八狂

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43.二度と耳にするはずのなかった名前

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 ミヒャエルの指が俺の頬をなで、目尻へと上がっていく。まるで、流れた涙をすくっているかのように。

「先輩、わたしのことを覚えていらっしゃいますか?」

 目を逸らしているのに、覗き込んでくる。
 見るな。見ないで欲しい。
 ミヒャエルの指がとめどなく流れる涙を拭いてくれている。
 その優しげな手つきのせいだ。そのせいで、涙が止まらない。

「俺はおまえの先輩じゃない。敵だ。それに、名はフランツ・カーフセルだ」
「ええ。ですが、『聖女の剣』の開発主任補佐をされていらした周防史人ふみと先輩でもあります」

 俺ですら忘れていた。自分の名前──周防史人。それが、ミヒャエルの口から出てくるとは思わなかった。

「なんで、そんなこと……」
「……フランツは、処刑されるまで自身の血の効力を知るはずがないのです。あなたは看守に血の匂いを嗅ぎつかれたなどとおっしゃいましたが、あなたが怪我をされたり、看守に襲われるなど、普通にストーリーが進めばあり得ないことです。それに、エバーアフタークエストをこなしていらっしゃった。わたしと同様に前世の記憶を持った方であることは、すぐに気がつきました」
「だったら俺に聞けば……いや、何言ってるのかわからない」
「もうお隠しになる必要はありません。最初のころはまだ、先輩であることにまでは気づきませんでした。ですが、エバーアフタークエストに熟知されていらっしゃったこと、フランツから滲み出ていらっしゃるあなたのお優しい心や性格は、隠そうにも隠せません。そんなあなたを苦しませてしまうなんて、大変申し訳ないことを致しました」
「苦しませるって……」
「ええ、あなたにわざと素っ気なくして、愛を試すような行動を取ったことです。卑怯だとの自覚はありましたが、周防先輩でしたら、そのことでわたしへの愛を自覚してくださると考えておりました」
「おまえはフランツが好きなんだろ?」
「ええ」
「フランツにやたら執着して……俺は、フランツはおまえの好みを煮詰めた人形だったんじゃないのかよ」

 ミヒャエルの口からまた、ふふっと笑みが漏れた。

「それを気になされていらっしゃったのですか。本当に真面目な方ですね」

 答えになっていない反応を聞いて、ミヒャエルのほうへ視線を戻すと、うっとりとした目とかち合った。
 これまでに見た、どの眼差しよりも熱っぽく潤んでいる。

「申し訳ありませんでした。事実はあなたのお姿を反映させたからですが、あのような言い方をしてしまったのは、本当に周防先輩でいらっしゃったのかを確かめたかったからです。誰もがわたしを空気のように扱う中、先輩だけはわたしを人間として扱ってくださり、フランツへの想いも汲んでくださっていた。あれで気づいてくださる方は先輩しかいらっしゃいません」
「おまえ、あの執着めいたやつ全部、あれは全部、わざとだったのか?」
「すべてではありません。お恥ずかしながらその素養はあります。それを過度に演出いたしました。あなたを愛していることには変わりませんし、独占したいという想いに偽りもありません」

 どこまでが演技なんだろう。いや、素が出ていたのかもしれない。あれは本気だったような気がする。
 
「もう二度と不安にさせるようなことは致しません。人形とおっしゃるなら、わたしがあなたの人形になります。抱いてほしいときがありましたら、いつでも、どこへでも駆けつけます。世界征服をなされるのなら、どのようなことも致しますし、必要とあらばナウマンもレーナルトもそばに置いて構いません。アグネスが不快であるなら斬り殺して差し上げます。ただ、わたしのおそばから離れない、ということだけはお守りいただきたい。あなたをご不快にさせる要素はすべて排除したいからです」
「バカ言ってんじゃねえよ。人を傷つけるようなことはするな。魔族だって、なるべくなら人間を殺したくないんだ」
「ええ。存じております。お優しいあなたのつくったゲームなのですから」

 そんな目で見るな。
 俺に会うたびに欲望をたぎらせて、愛をぶつけんばかりに襲いかかる、あのミヒャエルは、佐倉はどこに行ったんだ。
 愛おしげに、嬉しげに、まるで庇護するかのように見つめるその目は……その目も、ずっと向けられていたような気がする。いや、たった今、そんな気がしてきた。
 向けられていたのに、欲望の結晶だからというあの言葉が頭にあって、その目に宿る想いを感じ取ろうとしていなかった。
 そんなふうに考えてみようとしていなかった。そのことに、今気がついた。

「……それは、どういった意味で流されていらっしゃるのですか?」
「……なんのことだ?」
「さっきから、何を悲しんでいらっしゃるのですか? まだ怒っていらっしゃる?」
「怒ってるかって? 決まってるだろ……最初から言えよ。俺が、フランツの中に前世の記憶があるって、それを知ってるってことを、なんで言わなかったんだよ」
「それは、あなたの愛が欲しかったからです」

 ミヒャエルは、佐倉は、俺のすべてを愛していると言う。前世の俺、周防史人のことが好きで、そのためにフランツをつくったのだと宣っている。
 欲望の結晶は、周防おれを愛していたがゆえに生み出した、俺の代わりだったなんて、そんなの、重すぎるどころじゃない。怖気が走るほどの愛だ。

「……そんなの理由にならない」
「ええ。申し訳ありません。他には何も、あなたに隠していることはありません。嘘もつきませんし、演技もいたしません。わたしのまま、あなたをまっすぐに愛します」

 恐怖に身をすくめるべきだ。
 俺のためなら聖女を殺すなどと、およそ騎士とは思えないことを口にする男なんて、イカれてる。すぐにでも逃げたほうがいい。

「ですから、二度とあなたに暗いお顔をさせないよう……涙も、流させたくはないのですが」
「おまえのせいだ。おまえのせいで止まらないんだ」
「……申し訳ありません」

 謝ってこられたってキモいことには変わりない。心配げに覗き込み、いまだに涙を優しく拭ってこられても、心底うざいだけだ。
 俺が過労死したからって、後を追って自殺するような、そんな男からの愛なんて、恐怖以外のなにものでもない。
 死ぬなんて、死ぬほど俺を愛しているなんて……
 
「バカ野郎。死んでんじゃねえよ。俺がいなくったって、おまえには才能があったし、あの上司くそを超えて、最年少で制作責任者にもなれたし、俺はおまえのつくったゲームをプレイしてみたかったし……それに、おまえと飲みに行ってみたかったし、これまでどんなゲームしてきたのかとか、好きなジャンルとか、パソコンのスペックとか相談したかったし……じゃなくて、生きているうちに話しかけてこいよ!」
「ええ。申し訳ありません。同じ後悔はもう二度と」
「バカ野郎。後悔とかそういうんじゃ……もういっぺん死ね」
「それは……あなたをお守りできなくなりますので」

 本気で狼狽えている。バカじゃねえの? 俺を追って死ぬくらいだから、俺が死ねって言えば実行するっていうのか?
 
「本気なわけねえだろバカ。死ぬな。俺が死ぬまで生きてろよ。そして俺が死ぬときはおまえが看取れ。俺が過労死とかしないように助けろ。おまえが、ずっと、俺の、そばで……」
 
 くそくそくそ。
 死にそうなのは俺だ。嬉しくて、嬉しさのあまり死んでしまいそうだ。
 気狂いじみた愛を向けられて、歓喜に震えている。
 泣き崩れるほど嬉しい。
 俺もイカれているに違いない。
 そんなバカみたいな執着に喜んでいるなんて、佐倉よりもバカだ。

「仰せのままに」

 俺を抱きしめろ。抱きしめて息が止まりそうなほどのキスをして、意識が飛ぶほど俺を抱け。足腰が立たなくなるくらいに愛をぶつけてこい。
 おまえならできるんだろ。
 おまえにしかできないんだ。
 俺を満たすことは、他の誰にもできない。
 俺よりも俺を知っているおまえだけが、身体も、そして心も満たすことができるんだ。
 俺のために死ぬな。
 寿命を全うするまで、俺のそばで生きやがれ。
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