ゲームの犯人に転生したらサイコパス化した王子に溺愛された

七天八狂

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3.記憶の検証

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 驚くことに、俺は別の人生を生きていたことを思い出した。おそらく前世というやつだろう。もしかしたら、異世界転生というやつなんじゃないだろうか。前世で流行していた覚えがある。死んだあとゲームや漫画の世界に生まれ変わるという話だ。まだはっきりと確認したわけではないが、考えるほどこの世界は『名探偵カトリーナのエウレリア国殺人事件』にそっくりだし、自分の身にも起こったのかもしれない。
 今ごろになって思い出したのは、クリステルがバカだったからだ。毎日機械的に従者の仕事をこなす以外なにもしておらず、学校なんてものも通っていない無知な少年だったから、考えるという行為自体をしてこなかった。自身の死という危機に直面し、追い詰められたことでようやく考えるということをしたのだろう。自分のことでありながら、クリステルは自分ではないような感じがする。あんなギリギリの寸前まで思考を放棄していたとは、自分のことながらに、すくいようのないアホだとすら感じて呆れる。
 前世での俺はクリステルと違って学校で知識を学んでいたし、仕事もしていた。

「お兄ちゃん、わたしの代わりに攻略してー!」

 なんていう煩わしくも可愛い妹がいたわけではない。今のはラノベを読み漁った経験から妄想したことであって、現実は一人っ子だった。一人で、孤独……だったわけでもなく、友人もそこそこいたが、推理オタクだった。漫画やアニメ、映画や小説と色々読み漁ったが、その中でも推理ゲームは自身の推理力も試せるとあって好きだった。
 古今東西の推理ゲームをする中で、乙女ゲームをベースとした『名探偵カトリーナのエウレリア国殺人事件』もクリアしていた。推理ゲームとしてはクソゲーの部類に入るが、乙女ゲームとしてはそこそこ売れていたように思う。
 死ぬのは第一王子ただ一人で、利害を考えれば第二王子の関係者が疑わしい。しかし、その中で犯行可能となると限られる。とすればと、ルートを辿っていくと、推理自体はさほど難しくない。基本は乙女ゲームだからだろう。
 第二王子のエデュアルドを筆頭に、騎士や神官、公爵なんかと会話をしたり、捜査活動をしながらボディタッチやあわやの展開などを経て、いちゃいちゃしてステイタスをあげていく。
 徐々に真相へと迫られ戦々恐々とする俺をよそに、だ。

「……おまえはいくつになったんだ?」

 イリスがワイングラスを弄びながら問いかけてきた。夜番の従者が届けてくれたものだ。俺を見て驚くかと思いきや、少し目を見開いただけだった。イリスがメイドや使用人に手を出すのは茶飯事なので、とうとうおまえもか、という程度の驚きだったのだろう。

「わたしは、十八になりました」

 イリスはあのあともう一度俺を犯し、ベッドでも三ラウンド目をこなした。初体験で男に掘られる経験をした俺は、腰は重いし身体はだるいしで疲れ切り、イリスとともにベッドで寝転んでいる。従者の立場としてはあるまじきことだが、イリスは出ていくよう命じるどころかピロートーク的なことをしてきたので、腕の間におとなしくおさまっていた。

「十八か……十五くらいに見えたが……なぜ今日までおまえの魅力に気づかなかったのだろう」
 
 イリスは戦利品を確かめるかのように俺の肌をなぞっている。
 十数年毎日顔を合わせていたのに、まったく見ていなかったらしい。隙をつけるくらい存在感がゼロだったのだから当然か。

「キースネン伯爵夫人やブリットよりよほどよかった。締め付けがいいのは初物だからだろうけど、男だったからかな……」

 言いながら目元や頬にキスをされ、くすぐったい気持ちになる。
 王子という立場でありながら、妻や恋人ではない相手に対して愛でてまでやるとは驚く。優しいというか、相手が使用人でも気遣うところはさすがだ。歴代で最も人気が高いと謳われる王子は人間の格が違うらしい。

「それにしても本当にかわいいな……」
 
 やたらにかわいいと言われて、男なのにと不服な感情がちらと出そうになる。しかし、考えてみれば、俺は平民出身の割に整った顔立ちをしている。
 濃い茶の髪に翡翠色の目を持ち、小柄ながらに肌は白く、従者の制服を着た俺は、身寄りのない孤児なんかには到底見えない。
 おそらく犯人だからだろう。攻略対象者ほどでなくとも、貴族令息である他の従者と並んでも目立つくらいに整っているのは、悪役といえど主要人物だからだ。

「……肌も白くてすべすべして……ああ、そうか。この白い肌と無垢さからクリステルと名付けたんだ……あまり呼んだ覚えはなかったが、思い出した」

 あまり、ではない。まったく、だった。
 記憶も定かではないくらいに幼い頃、一人きりで路地裏をさまよっていた俺を、イリスが拾って従者にしてくれた。当時まだ王子だった現国王と貧困街を視察していたらしい。しかし、その場でわずかに会話をした限りで、従者につけて以降は口など効いたことはなかった。
 普通、王子の従者は名のある貴族の子息がつく。下っ端にも下級貴族の子息や、裕福な平民の子息で固められる。
 孤児の俺を拾ってくれたのは、利害のない有用性が理由だったのだろうか。善悪の判別がつかないような頃から身近に置いておけば、余計な思想を植え付けられることもない。
 あれこれ理由は考えられるが、真実は単にゲームの設定だからというだけの理由で、深い意図はない気もする。

「んっ……」

 イリスはうっとりとした目で俺を堪能したあと、次は味とばかりに唇に吸い付いてきた。歯列を舐められ、キスが深くなっていく。舌を絡められると息が乱れ、身体が熱くなってくる。

「はあっ、はあっ」

 男同士でセックスしたなんていまだに信じられないが、相手がイリスだったからか、それほど嫌悪感はなかった。それどころか誰もが羨む相手に抱かれたという優越感なるものすら感じ、痛みもなく気持ちいいばかりだった。

「はあっ……かわいいな。もう一度やろうか」

 下半身を押し付けられると、期待で腰の奥が疼いてしまう。イリスが上手いこともあるが、数時間前まで未体験だったくせに淫乱にも程がある。快楽に溺れてしまいそうで怖い。
 
「イリス様、あの……」

 ただ、気持ちいいとばかりは言っていられない。暗殺未遂のことはどうするつもりなのだろう。毒針を発見してからのイリスは俺を愛おしむばかりで、まるで咎め立てようとしないことが気にかかっている。

「おまえに拒否権なんてないよ。従者なんだし、俺を殺そうとしたんだから」

 鋭い声で言われて、俺は固まった。寸前まで甘ったるいほどだった空気が急に張り詰め、イリスの表情はまるで温度を感じられない冷徹ともいえるものに変わっている。

「おまえが勝手にやったことじゃないことはわかってるよ。俺が死んで利を得るのはエデュアルド、他には……利というか喜ぶのはアウレリウス、あと思いつくのはバルテルスくらいかな? 風俗を乱していると言って顔を見るたび怒りを向けてくるから……いや、あとユングストレームも狂喜乱舞しそうだ。領地拡大しようとするのを阻んでいる俺を恨んでいるし」

 攻略対象者の名を次々にあげていくイリスに、俺はおののいた。
 カトリーナが捜査を進めていく過程で、容疑者として名が挙がっていくのは彼らだ。なぜならイリスの言うように、動機という点で可能性があるのは彼らしかいないからだ。
 ゲームが開始されると、聞き取りするという目的で出会い、調査をしながら想いを募らせていくストーリーとなっている。

「ただ、俺が死んだあとに被る不利益は、利益と比較するまでもない。想定できないほどアホなのが黒幕だろう……」

 イリスの推測は正しい。乙女ゲームなので主人公が幸福になればハッピーエンドとなるわけだが、クリステルの得ている少ない情報から考えても、イリスの死による損失は計り知れない。いくらイリスに含むものがあるといっても、攻略対象者たちが犯人ではないのはそれが理由だ。
 犯人は、というか俺をそそのかした黒幕は、ウルヤナだった。

「ちくっとするだけで、痛みはないよ。眠るように死ぬから、怖くもなんともない」

 ウルヤナは第二王子であるエデュアルドの従者だ。男爵家の子息だが年が一つ違うだけで、たれ目のせいか普段からにこにこと笑っているような顔が親しみやすかった。
 毎日イリスの世話をしながら、いないもののように扱われていた俺は、唯一声をかけてくれていたウルヤナに懐いていた。
 
「でも死ぬんでしょ? 死ぬとどうなるの?」
「イリス様が死ねば、エデュアルド様が王位継承第一位になる。それだけだよ。エデュアルド様が国王になれば、世の中はもっとよくなるんだ」
「もっとよくなるって?」
「国民は幸せになって、誰もが満ち足りるってこと。つまり、今よりもっと素晴らしい世になるってことだよ……イリス様さえ死ねばね」
「イリス様さえ死ねば……」
 
 今は前世の記憶があるから善悪の判別がつく。しかし、クリステルは孤児で拾われてイリスの従者となったため、従者としての仕事しか教えてもらっていなかった。学ぶ機会などあるはずもなく、疑問を抱けるだけの知識が養われなかったのだ。
 
「こんな話、クリステルにしかできない……」
「なんで?」
「僕の友達はクリステルだけだからさ。きみ以外誰も信用できないんだ。きみは優しくて、素直で、僕の言うことをなんでも聞いてくれるだろ?」
 
 従者としての仕事以外の時間はほとんどウルヤナと過ごしていた。ほとんどといっても、夕食や寝る前くらいのわずかな時間だが、孤児で平民の俺に気安く声をかけてくれるのはウルヤナしかいなかった。
 善悪の判別がつかないというのは、どちらにも傾くことができるということだ。イリスや国王は善のほうを期待していたのだろう。クリステルも、ウルヤナのささやきさえなければ、ただ従順にイリスに仕えていただけだったはずだ。
 従者の立場では国民の話など耳に入らない。貴族なんて無論のことで、使用人たちの雑談程度なら入るが、王城で働きながら誰の耳に聞こえるかわからない話をする者はいない。
 つまり、愚鈍なクリステルの耳には、ウルヤナの言葉を否定する材料はなにも入らなかったのだ。
 殺人という行為の恐ろしさも、人が死ぬとどうなるかということもわかっていなかった。
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