ゲームの犯人に転生したらサイコパス化した王子に溺愛された

七天八狂

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7.黒幕の挑発

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 イリスは護衛騎士五人に囲まれて馬車に乗りこんだ。舞踏会はアルムグレーン侯爵邸にて開かられるらしい。三十分程度王都の街路を走ったのちに到着し、降りた途端にイリスは歓待を受けた。綺麗に着飾った紳士淑女たちはこぞって集まり、われもと挨拶の列ができている。王子に媚を売るのは当然とはいえ、嬉しげな表情を見るに、本心から喜んでいるように感じられる。紳士たちはイリスが鷹揚に返答するだけでも我が意を得たりとばかりに手を叩き、令嬢たちは微笑を向けられて頬を染めている。軽く相手をするたけで人々を喜ばせ魅了してしまうとは、イリスの人気は本物のようだ。

「失礼、今宵は踊りに来たものですから」
「やや、でしたらどうぞ広間のほうへ」

 イリスはあちこちから誘いをかけられながらも、歩みを止めずに広間へと進んでいく。きょろきょろと誰かを探している様子で、なにか目的を持っていることがわかる。
 
「ラーシャルード嬢、一曲いかがですか?」

 広間へと入ったイリスは、一人の麗しき令嬢のまえで立ち止まった。恭しくも手を差し出した瞬間、あたりにいた紳士淑女たちが息を呑み、俺はなにごとかとあたりを見渡した。

「喜んで」

 言葉どおり嬉しげに頬を染めた令嬢はイリスの手をとり、揃って広間の中央へと進んでいく。
 なにがおかしいのだろう。ざわつき始めた場に耳を済ませると、なぜラーシャルード嬢を?とのささやき声があちこちから聞こえてくる。イリスが彼女をダンスに誘ったのは初めてのことなのだろうか。だとしてなにがおかしいのかはわからないが、眺めていると音楽が鳴り始め、ざわざわと中央に集まった何組ものカップルたちとともに、イリスたちも輪に紛れていった。

「さすがイリス殿下……」
「お美しい」

 ダンスが始まり、紛れていたはずのイリスが見えてきた。他とは動きの洗練度が違うイリスは、一人だけスポットライトに当たっているかのごとく輝いている。美貌もしかりだが、とかくダンスが華麗だった。ざわついていたはずの場も、感嘆のため息へと変わっている。
 イリスは一曲終えると礼をして、お次はとすぐに別の令嬢を誘い、再びダンスを始めた。疲れなどなにもないといった様子で華麗に舞うイリスは、うっとりとさせる笑みで場の視線すべてをさらっている。
 かくいう俺もイリスから目を離せず、惹きつけられていた。男にときめいたことなど一度もなかったというのに、イリスは性別を超えた魅力があるらしい。

「イリス様と一度でも踊れたら一生の思い出になるわ」
「可能性はあるわよ。ラーシャルード嬢でも踊れたんですもの」
 
 踊れたどころか俺は昨晩何度も抱かれたんだ。
 まわりから起きるイリスへの賛美を耳にしていると、優越感がもたげてくる。
 男を好きになったことなんて一度もないし、自慰で妄想する相手は異性だった。そのはずが、昨夜の快楽を思い出して身体を熱くしてしまっている。尻に入れられることがあんなに気持ちいいだなんて知らなかった。セックスどころかキスも初めてだったからだろうけど、同性とはいえ誰もが羨む相手としたという事実はわるい気分ではない。
 イリスがまた抱いてくれるというのなら、躊躇はしない気がする。
 恥ずかしくも現金な妄想に耽っていたところ、一時間ほどしたときに、ざわ、と場が少しどよめいた。

「またラーシャルード嬢をお誘いになられていらっしゃるぞ」

 誰かがささやいたのを機に、あちこちで同じ驚きの声が上がり始めた。見ると、イリスが一番最初に誘った令嬢とまたダンスを始めている。
 よくわからないが、イリスが二度も同じ令嬢と踊るのは稀なことらしい。
 音楽が終わり、イリスは令嬢と少し歓談したのちに一人でテラスのほうへと向かい出した。従者としての仕事もあるが、俺は別の意図からも後を追った。
 なんとなくだが、イリスは令嬢の気を惹いたのではなく、これもまたスリルのための根回しなのではないかという気がしたのだ。
 向かうと、イリスと入れ替わるような形で紳士淑女たちが広間のほうへとぞろぞろ足を進めていく。すれ違う背後では歓談の声が増し、食器の触れ合う音も聞こえてくる。
 ダンスではなく食事の時間になったのかもしれないと考えながらテラスを覗き込むと、ひと気はなく、イリスともう一人の陰しかなかった。

「……アウレリウス」

 テラスへと続くドアを開けて聞こえてきた声に、俺は足を止めた。
 ベンチに腰を下ろしたイリスの前に、騎士の制服を着ていた背の高い男がいる。
 アウレリウスとは、次期騎士団長と言われている生真面目な性格のイケメンで、攻略対象者の一人だ。

「殿下はラーシャルード嬢に粉をかけるおつもりですか?」
「……粉をかけるなど、俗な言い回しをするものだ。彼女はまだ誰からも求婚されていないと思うが?」

 せせら笑っているかのようなイリスの声を聞いて驚いた。いやな予感はあたりだったかもしれない。

「正式にはまだでありますが……」
「わが国の神官が婚姻できるのは、神官長になってからだろう? バルテルスは優秀なようだがまだ何年か先の話だ……それとも、神官をやめるつもりなのか?」
「なにを……次の会議ではバルテルスをタフネン神殿の神官長に推すとのお話では?」
「なんだその話は。誰がそんなことを」
「殿下がおっしゃっていらっしゃったと……」
「俺が?」
「バルテルスはほぼ確定した話だと……まさか……」

 鼻で笑うイリスに対して、アウレリウスは戸惑っている様子だ。

「まさかとはなんだ」
「……大神官長も殿下はそのおつもりだとおっしゃられておりましたが」
「可能性はあると言ったかもしれないが、任命はまだしていない。まさかというなら俺のほうだ。まさかバルテルスは、決定されてもいないのに早々と婚約者探しをしていたのか?」

 バルテルスは美貌の神官で、彼もまた攻略対象者だ。カトリーナと捜査を続けて恋に落ち、エンディングあたりで神官長となって結婚する展開がある。
 いまはまだ事件そのものが起きていないため、カトリーナと出会っていないようだが、彼女以前に想いを寄せていた相手がいたらしい。
 神官にしては女性に優しいというか、扱いになれているキャラだったが、設定として恋多き男だったようだ。アウレリウスの言うとおりバルテルスが神官長となるのは時間の問題であるとゲームでも描かれていた。
 
「探していたわけではありません。ただ、二人は惹かれ合っていて……」
「惹かれ合っていて? ラーシャルード嬢は俺に抱かれたくてたまらないといった顔をしていたが?」

 嘲るように返したイリスを、アウレリウスは睨みつけた。いくら王子といえど令嬢を侮辱するのはやりすぎと言える。やはり、ユングストレーム邸でのときと同じだ。 自らを暗殺させるため、敵として恨まれるように敢えて煽っているように見える。

「……確かに、神官長の妻の座か王妃かと言えば、比べるべくもないことだと存じますが……」
「王妃? 男爵家の令嬢がなれるとでも?」
「でしたら……」
「平民と違って貴族の面倒なところは、一度夫に手をつけてもらわねばならないというところだな……」

 暗に夜の相手だけというイリスを、アウレリウスは殺意の滲むほど睨みつけ、拳をぐっと握った。剣を引き抜くのをなんとか堪えている様子だ。
 自分のことでもないのにキレるとは、さすがに情が厚い。プライドがゆえに舐められて看過できないという含みもあるようだが、なんにせよ、このままでは血を見ることになりかねない。

「遅くなって申し訳ございません。ただいま参りました」

 いま来たばかりと言った様子で、俺は二人に近づいた。

「……呼んでない。いきなり、なんだ?」

 イリスから睨みを向けられ、ちょっとビビる。こんな不機嫌そうな顔を見たのは初めてだ。
 
「暗殺犯は近衛兵に引き渡しました。ご安心ください」

 出任せを口にすると、アウレリウスは顔をはっとさせ、イリスはさらに表情を険しくした。

「暗殺犯とは、いつ……まさか」
「使用人のふりをして広間の隅から殿下を狙っている者がいたのです」
「なんということだ。報告は受けてないぞ」
「ええ。イリス様のご配慮により、舞踏会に水を差さないようにと」
「そんなわけには……」

 おろおろするアウレリウスに、イリスは苛立った様子で広間へ戻るよう告げた。確認してくればいい。なにも起きていないはずだと投げやりに言って、立ち上がった。テラスから庭園へと向かい出したイリスに、アウレリウスは護衛騎士をお連れしますと答えて駆けていった。
 暗殺犯に狙われながら一人で庭へ出るなど危険極まりない。焦るアウレリウスは哀れだが、二人を引き離すためという目的は達せられた。狙われているなどという嘘を言ったのは、アウレリウスに対する牽制にもなると思ったからだ。
 
「お待ち下さい」

 嘘をついたことで処分されるかもしれない。しかし、憎悪を煽るような真似を見過ごせなかった。

「イリス様」
 
 呼びかけても足を止めないイリスを駆け足で追いかけて、肩を掴んだ。

「っ……」

 瞬間、頬に物凄い衝撃を受け、地面のうえに尻もちをついた。わけがわからず見上げると、無表情のイリスが見下ろしている。俺のほうへとかがみ込み、胸ぐらを掴まれて持ち上げられた。じんじんと痛む頬は、イリスに殴られたかららしい。

「死にたいんなら、殺してやるよ」

 温度のない声で言われ、背筋に冷たいものが走った。
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