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第一章 憂鬱なる辞令
9.不毛にも悔いの残るあの日の夢
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ヒエスラ最高の魔術師──半魔であるクジマが断言するのだから、アルファの騎士でしかない俺が疑念を挟む余地はない。
どうやらロジオンは、唯一無二の存在であるだけでなく、二カ国間の君主に相当する者の血が流れているらしい。
まさかのことだが、つまり俺はこの地上で最も特異な男に念願を叶えてもらったことになる。何重にも驚く話だ。
驚きすぎて、いまだに信じられない。この男が、地上で最も強く類い稀な存在であるなんて、どこを見たら気づけるのか。
──誰も気づくはずがない。
「ロジオン様、お目覚めください」
何度目だろう。スヴェトキンが何度揺り起こしても、ロジオンはヨダレを垂らして眠り込んでいる。鼻提灯でも出そうなあどけない顔で、むにゃむにゃと寝言を漏らしている。
この男が、何百平方キロメートルという範囲を一瞬にして焼け焦げにし、何千という人を簡単に塵とさせられる魔力を持っているなど、誰が信じられようか。
「荷物を下ろしてエアカーを呼んできてくれ」
起きるまで待っていられない。
呆れ果てた俺は、困惑しているコンスタンティンたちに命じて、宿へ向かう準備を進めることにした。
了承した部下たちはテキパキと航空機から荷物を運び出し、エアカーに乗せ始めた。
「スヴェトキン殿、代わります」
部下たちさえいなければ多少の無理ができる。その目論見もあって彼らを追い出し、あげく姿が見えなくなるまで待っていた。
「ですが、ベネフィン卿……」
「がつんとやらないと起きませんよ」
困惑するスヴェトキンの前に出てロジオンの耳元に近づいた。
起こすには大声で耳元で叫ぶ。
よし、と息を吸い込んだとき、しかし突然ロジオンの手が伸びてきて、吐き出す息を飲み込んでしまった。
なにを?と困惑する間に引き寄せられ、ロジオンの腕の中に抱きしめられた。
「……いい匂い」
耳のあたりに押し付けた鼻で、ロジオンはくんくんと匂いをかいでいる。
何をやってるんだ? こいつは。
意表を突かれた動揺によって、身体がかーっと熱くなる。
「……俺、まだいけるから」
聞き覚えのある言葉を聞いて、まさかあの日の夢を見てるんじゃないだろうな?と、身体の熱が増した。
「もう一回しよ?」
ささやかれ、耳朶に息がかかって身体がぞくりと反応してしまう。ロジオンは耳から頬に移動させた唇で俺の頬にキスをして、背中に回した手を撫でるように動かし始めた。
いやいや、待て待て。勘弁してくれ。
「寝惚けていないで、お目覚めください」
俺は無理やりにもロジオンの腕から逃れて、がつんとげんこつを食らわせた。
「……ってえ」
言葉どころか体罰ものだ。忘れようってことで合意したはずなのに、なんの夢を見ているんだ?
まったく、と憤慨しながらロジオンを見ると、ようやく起きてくれたらしく、目に涙を溜めた顔で頭をさすりながら半身を起こしていた。
「えっ?」
眺めていた顔が搭乗口に向いた状態で驚愕に固まった。
何をと俺も振り返り、見えた光景に同じく硬直した。
「ようやく起きられましたか」
搭乗口にはキーンズにいるはずのクジマがいる。なぜ? なにかあったのだろうか。
「急遽、わたしもハンナへ行く用事ができまして、エアカーで先にこちらへ参っておりました」
悠々と入ってきたクジマの後ろには、ぞろぞろと何人もの護衛騎士が帯同している。見覚えのない彼らは皇族つきの、いわゆる近衛騎士団だ。
「……なんでクジマも?」
「メンテンナンスのためです。魔法を使うと簡単に事が進むので陛下により命じられまして」
「まじかよ……」
「あ、ですがリュミトロフでの野暮用もありますので、旅程にお邪魔するわけではございません。残念でしたか?」
にっこりと笑うクジマに対して、ロジオンは口の端をひきつらせた。
陛下の命令と言うが急すぎるし、打ち合わせのときにもそんな話はしていなかった。
まさかのことに驚いたが、もしかしたらクジマは元より予定していたのかもしれない。いくらなんでも国家的な危機に俺たちだけでは荷が重すぎる。ロジオンが強いといってもクジマの見立てでしかないうえに、皇族なのだから戦闘訓練を受けているようにも思えない。圧倒的な強さがあったとしても、多勢に無勢ということもある。
「それではカツフク市街へ参りましょう」
「市街? 宿に行くんじゃないの?」
「まだ夕食前ですよ?」
「……うん……でも、お腹が空いて……」
「寝過ごすほどお酒を飲むからですよ」
クジマは呆れた反応を返しつつも、では先に食事をしましょうと言って、待機させていたエアカーへロジオンを誘導した。
それではとコンスタンティンを呼びつけようとしたところ、クジマは近衛騎士だけで十分だから、騎士たちには半日の休暇を与えるといいと言ってくれて、ならばと羽根を伸ばさせてやることにした。
クジマは三台のエアカーを引き連れてきたらしく、それぞれに近衛騎士を分乗させ、俺とロジオン、スヴェトキンも乗り込み、市街へ向けて出発した。
「食事をするにしても宿でいいじゃん」
順調に走行を始めても、ロジオンはまだぶつくさと文句を言っている。
「ハンナ行きの目的はご旅行でありましょう? リュミトロフで観光なんてできないのですから、ヒエスラ国内で少しは旅行らしいことをなさってください」
えー、というロジオンを他所に、俺はクジマを観察していた。
クジマが搭乗口に入ってきたタイミングがいつだったのか、もし見られていたらと思うと気が気でなかった。
もし見られていたとしても、普通は寝ぼけただけと取る。あんな程度で俺とロジオンが関係を持っていたことに気づかれるはずはない。
不安に思う必要なんてそもそもがなく、またクジマを見た限り咎める気配は感じられなかった。
ただ、俺はちらとでも疑念を持たれたくなかった。
性癖を知られたくない。それも理由だが、俺とロジオンなら逆と取られるだろうし、皇族と騎士というあってはならない関係も、実のところ絶対にあり得ないことでもない。男同士であるということも、婚姻関係や番うことにならない場合でなら、そこまで大きな問題にはならない。
そのはずが、それでも悟られるのが嫌だった。続けられる関係じゃなかったこと、遊び半分で関係したことを揶揄のネタにされたくなかったという理由もあるが、そういったすべても些細なことだった。
ただ、あの不毛にも悔いの残る一夜を、自分のものだけにしていたかった。
どうやらロジオンは、唯一無二の存在であるだけでなく、二カ国間の君主に相当する者の血が流れているらしい。
まさかのことだが、つまり俺はこの地上で最も特異な男に念願を叶えてもらったことになる。何重にも驚く話だ。
驚きすぎて、いまだに信じられない。この男が、地上で最も強く類い稀な存在であるなんて、どこを見たら気づけるのか。
──誰も気づくはずがない。
「ロジオン様、お目覚めください」
何度目だろう。スヴェトキンが何度揺り起こしても、ロジオンはヨダレを垂らして眠り込んでいる。鼻提灯でも出そうなあどけない顔で、むにゃむにゃと寝言を漏らしている。
この男が、何百平方キロメートルという範囲を一瞬にして焼け焦げにし、何千という人を簡単に塵とさせられる魔力を持っているなど、誰が信じられようか。
「荷物を下ろしてエアカーを呼んできてくれ」
起きるまで待っていられない。
呆れ果てた俺は、困惑しているコンスタンティンたちに命じて、宿へ向かう準備を進めることにした。
了承した部下たちはテキパキと航空機から荷物を運び出し、エアカーに乗せ始めた。
「スヴェトキン殿、代わります」
部下たちさえいなければ多少の無理ができる。その目論見もあって彼らを追い出し、あげく姿が見えなくなるまで待っていた。
「ですが、ベネフィン卿……」
「がつんとやらないと起きませんよ」
困惑するスヴェトキンの前に出てロジオンの耳元に近づいた。
起こすには大声で耳元で叫ぶ。
よし、と息を吸い込んだとき、しかし突然ロジオンの手が伸びてきて、吐き出す息を飲み込んでしまった。
なにを?と困惑する間に引き寄せられ、ロジオンの腕の中に抱きしめられた。
「……いい匂い」
耳のあたりに押し付けた鼻で、ロジオンはくんくんと匂いをかいでいる。
何をやってるんだ? こいつは。
意表を突かれた動揺によって、身体がかーっと熱くなる。
「……俺、まだいけるから」
聞き覚えのある言葉を聞いて、まさかあの日の夢を見てるんじゃないだろうな?と、身体の熱が増した。
「もう一回しよ?」
ささやかれ、耳朶に息がかかって身体がぞくりと反応してしまう。ロジオンは耳から頬に移動させた唇で俺の頬にキスをして、背中に回した手を撫でるように動かし始めた。
いやいや、待て待て。勘弁してくれ。
「寝惚けていないで、お目覚めください」
俺は無理やりにもロジオンの腕から逃れて、がつんとげんこつを食らわせた。
「……ってえ」
言葉どころか体罰ものだ。忘れようってことで合意したはずなのに、なんの夢を見ているんだ?
まったく、と憤慨しながらロジオンを見ると、ようやく起きてくれたらしく、目に涙を溜めた顔で頭をさすりながら半身を起こしていた。
「えっ?」
眺めていた顔が搭乗口に向いた状態で驚愕に固まった。
何をと俺も振り返り、見えた光景に同じく硬直した。
「ようやく起きられましたか」
搭乗口にはキーンズにいるはずのクジマがいる。なぜ? なにかあったのだろうか。
「急遽、わたしもハンナへ行く用事ができまして、エアカーで先にこちらへ参っておりました」
悠々と入ってきたクジマの後ろには、ぞろぞろと何人もの護衛騎士が帯同している。見覚えのない彼らは皇族つきの、いわゆる近衛騎士団だ。
「……なんでクジマも?」
「メンテンナンスのためです。魔法を使うと簡単に事が進むので陛下により命じられまして」
「まじかよ……」
「あ、ですがリュミトロフでの野暮用もありますので、旅程にお邪魔するわけではございません。残念でしたか?」
にっこりと笑うクジマに対して、ロジオンは口の端をひきつらせた。
陛下の命令と言うが急すぎるし、打ち合わせのときにもそんな話はしていなかった。
まさかのことに驚いたが、もしかしたらクジマは元より予定していたのかもしれない。いくらなんでも国家的な危機に俺たちだけでは荷が重すぎる。ロジオンが強いといってもクジマの見立てでしかないうえに、皇族なのだから戦闘訓練を受けているようにも思えない。圧倒的な強さがあったとしても、多勢に無勢ということもある。
「それではカツフク市街へ参りましょう」
「市街? 宿に行くんじゃないの?」
「まだ夕食前ですよ?」
「……うん……でも、お腹が空いて……」
「寝過ごすほどお酒を飲むからですよ」
クジマは呆れた反応を返しつつも、では先に食事をしましょうと言って、待機させていたエアカーへロジオンを誘導した。
それではとコンスタンティンを呼びつけようとしたところ、クジマは近衛騎士だけで十分だから、騎士たちには半日の休暇を与えるといいと言ってくれて、ならばと羽根を伸ばさせてやることにした。
クジマは三台のエアカーを引き連れてきたらしく、それぞれに近衛騎士を分乗させ、俺とロジオン、スヴェトキンも乗り込み、市街へ向けて出発した。
「食事をするにしても宿でいいじゃん」
順調に走行を始めても、ロジオンはまだぶつくさと文句を言っている。
「ハンナ行きの目的はご旅行でありましょう? リュミトロフで観光なんてできないのですから、ヒエスラ国内で少しは旅行らしいことをなさってください」
えー、というロジオンを他所に、俺はクジマを観察していた。
クジマが搭乗口に入ってきたタイミングがいつだったのか、もし見られていたらと思うと気が気でなかった。
もし見られていたとしても、普通は寝ぼけただけと取る。あんな程度で俺とロジオンが関係を持っていたことに気づかれるはずはない。
不安に思う必要なんてそもそもがなく、またクジマを見た限り咎める気配は感じられなかった。
ただ、俺はちらとでも疑念を持たれたくなかった。
性癖を知られたくない。それも理由だが、俺とロジオンなら逆と取られるだろうし、皇族と騎士というあってはならない関係も、実のところ絶対にあり得ないことでもない。男同士であるということも、婚姻関係や番うことにならない場合でなら、そこまで大きな問題にはならない。
そのはずが、それでも悟られるのが嫌だった。続けられる関係じゃなかったこと、遊び半分で関係したことを揶揄のネタにされたくなかったという理由もあるが、そういったすべても些細なことだった。
ただ、あの不毛にも悔いの残る一夜を、自分のものだけにしていたかった。
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