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第二章 この天賦は誰が為
28.謁見のあと
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会いたかったって、アラムが俺に?
驚くあまり呆然と見つめていたら、アラムは赤くなった頬を隠すように顔を背けて、話を続けた。
「実はスヴェトキン殿も来ているんだ。俺たちは明日の朝発つ予定だから、時間をつくってもらえるとありがたいんだが……」
「スヴェトキン?」
なるほど合点がいった。会いたかったと言った真意は、アラムの希望ではなくスヴェトキンに会わせたかったからのようだ。
「……スヴェトキンまで来てくれていたのか……。いいよ。そっちがよければ今からでも行くよ」
スヴェトキンと会えるのは純粋に嬉しい。別れも告げずにリュミトロフへ来てしまったことは、ひどく心残りだった。
「今からでもいいのか?」
「うん。予定はないし、俺も会いたかったから」
じゃあさっそく、とアラムは歩き出し、お茶の用意をするどころか腰を下ろす間もなく二人きりの場を後にすることとなった。
アラムの意志で会いたいというのが事実であったなら……考えても詮無いことなのに、胸がざわついてしまう。しかも、ショックを受けているみたいに抉られたような痛みすらある。
アラムが俺に会いたかったなんて、そんなはずはないのに。
五分と歩かずたどり着き、アラムは部屋をノックしてドアを開けた。
「スヴェトキン殿、ロジオン様がいらっしゃいましたよ」
「……ロジオン様?」
部屋の奥から声がして、少しやつれた様子の懐かしき我が従者がやってきた。小走りな足は弱々しく、目には涙が浮かんでいる。
見た瞬間、どれほどの心労をかけたのかと罪悪感が押し寄せ、駆け寄ってくるスヴェトキンに俺もと駆け寄り、抱き締めた。
「……うう、スヴェトキン。ごめん、ごめんな」
「なにをお謝りになられることがございましょう? ご立派になられたお姿を拝見できて、嬉しい限りであります」
変わらぬ献身さに胸が熱くなり、俺のほうも涙が滲んできた。
「ちゃんとやっていけてるよ。心配かけてごめん」
「いつかはリュミトロフへと覚悟はしておりましたが、お会いできぬままに行ってしまわれて、ロジオン様のご意志であればと願っておりました」
「ごめんな。心配したよな? でも、無理やりとかじゃないんだ。あの日エウゲニーが……兄が来て」
ぐすっと鼻をすすりながら、あの日のことをスヴェトキンに説明した。
部屋でスヴェトキンたちとノアをしていたとき、酒が足りなくなったからとクリノフが出ていこうとしたのを止めて、俺が代わりに出たあとのことだ。
少し一人で酔いをさましたくなり宿を出た。すると宿のまえにエウゲニーがいて、俺が国内にいることを聞きつけて会いに来たのだと声をかけられた。
兄と聞いて驚いたものの、そもそもが存在していたことすら知らなかったため興味が湧き、誘われるがままに動車へと乗り込んだのだ。
スヴェトキンに声をかけなかったのは、引き止められるかもしれず、父のいる城へなど行けないと考えたからだと説明し、そこは本当にわるかったと神妙に謝罪をした。
「とんでもないことであります。ロジオン様のご懸念は真っ当でありますし、わたしの態度にこそ問題がありました。ロジオン様がいつかはと恐れるあまり、リュミトロフに対して過度な敵愾心を持っておりましたから」
「それを言うなら俺もだ。そのときも父上には会うつもりなんてなかったんだ。ただ、エウゲニーだったから、だからなんだ……ごめん」
スヴェトキンは許してくれた。というより、スヴェトキンのほうも俺に謝罪をしたかったようで、互いに互いがわるかったと言って慰め合うこととなった。
ただ、本当のところスヴェトキンはなにも悪くない。
俺は嘘をついた。
本当はエウゲニーだったからなんて関係ない。連れ出してくれるなら、いたのがローギンであろうと、誰でもよかった。
宿を出たのは、酔いをさますためじゃなく、とにかく逃げ出したかったからだ。
もともとは、コンスタンティンを迎えに行く途中だった。いつもなら誰よりも早く部屋へ来るはずが一向に現れず、気になった俺はゲームに誘うつもり半分、もう半分はまさかアラムと一緒じゃないだろうなという疑念があって部屋へ向かっていた。
したらば廊下でかち合い、コンスタンティンからアラムと恋仲であるため一晩過ごすつもりだと打ち明けられた。
寝耳に水の話だ。しかし、頭のどこかで納得している自分もいた。ショックだったが、アラムが俺を頑なに拒否した理由は──殴るほど嫌がったのは、他に男がいたからだったのかと腑に落ちたのだ。
疑念が事実であると知り、部屋へ戻る気になんてなれなかった。だから、夜風に当たろうと宿を出て、後はスヴェトキンに話したとおり、エウゲニーがいたため、連れ出してもらったのだ。
誘われたからでもあり、自ら申し出たことでもあった、それが真実だった。
「ロジー、ここにいる?」
ノックの音がして、エウゲニーの声が聞こえてきた。まさかスヴェトキンのまえでも素顔をさらすのかと驚いたのもつかの間、現れたのは見知らぬ他人だった。
「僕だよ、イリダール」
ずかずかと入ってきたイリダールは、髪が黒く肌は褐色だが、背が王族のように高い。というか喋り口調と声はエウゲニーそのもので、彼の術だとぴんときた。
「……よく俺がここにいるとわかったな」
「エウゲニー殿下に聞いたんだよ。夕食を食べに出かけない? 彼らを接待してあげようよ」
エウゲニーの後ろにはコンスタンティンがいて、にこやかな様子で俺に目礼をしてきた。エウゲニーと何を話していたのだろう。気になるも、スヴェトキンが是非にと顔を輝かせたので、ならばと五人で街へ繰り出すことが決まった。
動車の中でエウゲニーから耳打ちされたことによると、イリダールは公爵家の次男で俺の親友という設定なのだという。
五人のうち四人は正体を知っているというのに滑稽な話だが、従者にまで顔をさらすわけにはいかず、こうでもしないとスヴェトキンだけ部屋に残してくることになってしまうため、俺に対する心配りだったようだ。
「……ありがとう」
「ロジーは僕の大切な弟だからね」
呆れることは多いし、うざったいときもあるけれど、兄は俺を驚くほど可愛がってくれている。
感謝と気恥ずかしさを抱きつつも、エウゲニー行きつけのレストランへ到着し、さっそくと専用の個室へ落ち着いて、リュミトロフの名物と酒をふんだんに振る舞った。
エウゲニーはコンスタンティンとたいそう気があったらしく、出会って数時間とは思えないほど喋りどおしである。俺はスヴェトキンからあれこれと質問攻めに遭い、アラムはどちらの話にも耳を傾けつつ穏やかに楽しんでいて、場の雰囲気は終始良好だった。
「じゃ、僕はコースチャともう一軒行ってくるから、ロジーはベネフィン騎士団長とスヴェトキンを無事に部屋へ送り届けてあげてね」
さて帰るかという段でエウゲニーは街に留まると言い出した。コンスタンティンもそのつもりらしく、にこにことして異存のない様子だ。
「だったら、ベネフィン騎士団長も連れていけばいいだろ。俺はスヴェトキンと帰るけど」
「野暮なこと言うなよ。コースチャと二人で行きたい店があるんだって」
下品にも小指を立てられて、思わず顔をしかめた。おまえもか?とコンスタンティンを見ると、照れもせずにやにやとした笑みを浮かべている。アラムがいるのにいいのかと頭に来て睨みつけたが、当のアラムは平気な様子だ。だったら好きにしろと吐き捨て、動車へとスヴェトキンたちを促した。
「今夜はとても楽しい時間を過ごさせていただました。ロジオン様のお元気な様子を拝顔できただけでなく、成長なさったお話も拝聴できたのですから、思い残すことはございません」
ほろ酔いのスヴェトキンは、帰りの車内でも嬉しげで、俺もつられて笑顔になった。
「今度は俺がヒエスラへ行くよ。アクサナにも謝りたいし」
「無理にとは申しませぬが、来てくださったらたいそう喜ぶことでしょう」
「うん。近いうちに必ず行く。約束するよ」
ヒエスラから逃げ出したのはアラムのそばにいたくなかったからだ。スヴェトキンたちからすれば身勝手な理由だが、アラムとコンスタンティン関係を知って、そばにいることが耐えられなかった。
それが、思わぬことに二人と同じ時間を過ごすことになり、意外にも平気でいられた。スヴェトキンとばかり話していたせいかもしれないし、二人がろくに喋っていなかったからかもしれないが、冷静に切り抜けることができたのだ。
ならばヒエスラへ行くこともできるだろう。自国はもうリュミトロフという意識でも、旅行なら。
考えつつも王城へと到着し、スヴェトキンを部屋まで送ってやった。
「じゃ、また明日、朝食は一緒に取れるよう手配しておくから」
「ありがとうございます。そのようなお気遣いもできるようになられたとは……」
「もういい加減泣くなって」
「……申し訳ございません。ロジオン様もごゆるりとおやすみください」
スヴェトキンが部屋へ入るのを見届けて、ふうと息をついた。
「じゃ、おやすみ」
後ろにいるはずのアラムに振り返らず声をかけた。
レストランでも口数が少なかったアラムは、動車からは一言も喋っていない。
おそらくコンスタンティンが街へと繰り出したことが実は不満で、機嫌を損ねているのだろう。表情は落ち着いていてとてもそんなふうに見えなかったが、あんなのを目の当たりにしたら不快に思うはずだ。いくらフリーセックスの文化があるといえども、恋人同士なのだから。
「もう、寝るのか?」
いきなりアラムから腕を引かれて、顔を合わせてしまった。
どきりとし、着火したみたいに頭が熱くなる。
なんでそんな顔をしてるんだよ……
アラムは晴れやかとも言える顔つきで、俺と目を合わせたとたん微笑んだのだ。
「……ね、寝るだろ。夜だし」
声が上擦ってしまった。
不機嫌であるはずなのに、ほっとしているように見えて動揺してしまった。安堵する要素なんてないし、嬉しげな顔をする必要もないのに。
「俺と少し付き合ってくれないか?」
「えっ? はっ? おまえと? なにに?」
「酒だよ」
「えっ?」
アラムはスヴェトキンの二つ隣の部屋の前で立ち止まり、ドアを開けた。さあどうぞと言わんばかりに開けたまま俺を見つめている。
「出発は明日の朝だ」
「……だから、早めに休んだほうがいいんじゃないのか?」
「違う。だから、今夜しかないんだ」
今夜もなにもない。二度と会うつもりはなかったし、二人きりで酒を飲む必要もなければ、話すこともない。
「ヒエスラの酒がある。久々に味わいたくはないか?」
アラムは言いながら、窺うような顔で俺に近づき、そっと腕を取った。
ヒエスラを捨てたのは、アラムから離れるためだ。
だから、はっきりと断って部屋へ戻るべきだ。
それなのに、足が動かない。
「……一杯だけでいいから」
アラムは微笑んだ。
たったそれだけで、縫い留められていた俺の足は簡単に動き出し、アラムが誘導するままに、部屋の中へと連れて行かれてしまった。
驚くあまり呆然と見つめていたら、アラムは赤くなった頬を隠すように顔を背けて、話を続けた。
「実はスヴェトキン殿も来ているんだ。俺たちは明日の朝発つ予定だから、時間をつくってもらえるとありがたいんだが……」
「スヴェトキン?」
なるほど合点がいった。会いたかったと言った真意は、アラムの希望ではなくスヴェトキンに会わせたかったからのようだ。
「……スヴェトキンまで来てくれていたのか……。いいよ。そっちがよければ今からでも行くよ」
スヴェトキンと会えるのは純粋に嬉しい。別れも告げずにリュミトロフへ来てしまったことは、ひどく心残りだった。
「今からでもいいのか?」
「うん。予定はないし、俺も会いたかったから」
じゃあさっそく、とアラムは歩き出し、お茶の用意をするどころか腰を下ろす間もなく二人きりの場を後にすることとなった。
アラムの意志で会いたいというのが事実であったなら……考えても詮無いことなのに、胸がざわついてしまう。しかも、ショックを受けているみたいに抉られたような痛みすらある。
アラムが俺に会いたかったなんて、そんなはずはないのに。
五分と歩かずたどり着き、アラムは部屋をノックしてドアを開けた。
「スヴェトキン殿、ロジオン様がいらっしゃいましたよ」
「……ロジオン様?」
部屋の奥から声がして、少しやつれた様子の懐かしき我が従者がやってきた。小走りな足は弱々しく、目には涙が浮かんでいる。
見た瞬間、どれほどの心労をかけたのかと罪悪感が押し寄せ、駆け寄ってくるスヴェトキンに俺もと駆け寄り、抱き締めた。
「……うう、スヴェトキン。ごめん、ごめんな」
「なにをお謝りになられることがございましょう? ご立派になられたお姿を拝見できて、嬉しい限りであります」
変わらぬ献身さに胸が熱くなり、俺のほうも涙が滲んできた。
「ちゃんとやっていけてるよ。心配かけてごめん」
「いつかはリュミトロフへと覚悟はしておりましたが、お会いできぬままに行ってしまわれて、ロジオン様のご意志であればと願っておりました」
「ごめんな。心配したよな? でも、無理やりとかじゃないんだ。あの日エウゲニーが……兄が来て」
ぐすっと鼻をすすりながら、あの日のことをスヴェトキンに説明した。
部屋でスヴェトキンたちとノアをしていたとき、酒が足りなくなったからとクリノフが出ていこうとしたのを止めて、俺が代わりに出たあとのことだ。
少し一人で酔いをさましたくなり宿を出た。すると宿のまえにエウゲニーがいて、俺が国内にいることを聞きつけて会いに来たのだと声をかけられた。
兄と聞いて驚いたものの、そもそもが存在していたことすら知らなかったため興味が湧き、誘われるがままに動車へと乗り込んだのだ。
スヴェトキンに声をかけなかったのは、引き止められるかもしれず、父のいる城へなど行けないと考えたからだと説明し、そこは本当にわるかったと神妙に謝罪をした。
「とんでもないことであります。ロジオン様のご懸念は真っ当でありますし、わたしの態度にこそ問題がありました。ロジオン様がいつかはと恐れるあまり、リュミトロフに対して過度な敵愾心を持っておりましたから」
「それを言うなら俺もだ。そのときも父上には会うつもりなんてなかったんだ。ただ、エウゲニーだったから、だからなんだ……ごめん」
スヴェトキンは許してくれた。というより、スヴェトキンのほうも俺に謝罪をしたかったようで、互いに互いがわるかったと言って慰め合うこととなった。
ただ、本当のところスヴェトキンはなにも悪くない。
俺は嘘をついた。
本当はエウゲニーだったからなんて関係ない。連れ出してくれるなら、いたのがローギンであろうと、誰でもよかった。
宿を出たのは、酔いをさますためじゃなく、とにかく逃げ出したかったからだ。
もともとは、コンスタンティンを迎えに行く途中だった。いつもなら誰よりも早く部屋へ来るはずが一向に現れず、気になった俺はゲームに誘うつもり半分、もう半分はまさかアラムと一緒じゃないだろうなという疑念があって部屋へ向かっていた。
したらば廊下でかち合い、コンスタンティンからアラムと恋仲であるため一晩過ごすつもりだと打ち明けられた。
寝耳に水の話だ。しかし、頭のどこかで納得している自分もいた。ショックだったが、アラムが俺を頑なに拒否した理由は──殴るほど嫌がったのは、他に男がいたからだったのかと腑に落ちたのだ。
疑念が事実であると知り、部屋へ戻る気になんてなれなかった。だから、夜風に当たろうと宿を出て、後はスヴェトキンに話したとおり、エウゲニーがいたため、連れ出してもらったのだ。
誘われたからでもあり、自ら申し出たことでもあった、それが真実だった。
「ロジー、ここにいる?」
ノックの音がして、エウゲニーの声が聞こえてきた。まさかスヴェトキンのまえでも素顔をさらすのかと驚いたのもつかの間、現れたのは見知らぬ他人だった。
「僕だよ、イリダール」
ずかずかと入ってきたイリダールは、髪が黒く肌は褐色だが、背が王族のように高い。というか喋り口調と声はエウゲニーそのもので、彼の術だとぴんときた。
「……よく俺がここにいるとわかったな」
「エウゲニー殿下に聞いたんだよ。夕食を食べに出かけない? 彼らを接待してあげようよ」
エウゲニーの後ろにはコンスタンティンがいて、にこやかな様子で俺に目礼をしてきた。エウゲニーと何を話していたのだろう。気になるも、スヴェトキンが是非にと顔を輝かせたので、ならばと五人で街へ繰り出すことが決まった。
動車の中でエウゲニーから耳打ちされたことによると、イリダールは公爵家の次男で俺の親友という設定なのだという。
五人のうち四人は正体を知っているというのに滑稽な話だが、従者にまで顔をさらすわけにはいかず、こうでもしないとスヴェトキンだけ部屋に残してくることになってしまうため、俺に対する心配りだったようだ。
「……ありがとう」
「ロジーは僕の大切な弟だからね」
呆れることは多いし、うざったいときもあるけれど、兄は俺を驚くほど可愛がってくれている。
感謝と気恥ずかしさを抱きつつも、エウゲニー行きつけのレストランへ到着し、さっそくと専用の個室へ落ち着いて、リュミトロフの名物と酒をふんだんに振る舞った。
エウゲニーはコンスタンティンとたいそう気があったらしく、出会って数時間とは思えないほど喋りどおしである。俺はスヴェトキンからあれこれと質問攻めに遭い、アラムはどちらの話にも耳を傾けつつ穏やかに楽しんでいて、場の雰囲気は終始良好だった。
「じゃ、僕はコースチャともう一軒行ってくるから、ロジーはベネフィン騎士団長とスヴェトキンを無事に部屋へ送り届けてあげてね」
さて帰るかという段でエウゲニーは街に留まると言い出した。コンスタンティンもそのつもりらしく、にこにことして異存のない様子だ。
「だったら、ベネフィン騎士団長も連れていけばいいだろ。俺はスヴェトキンと帰るけど」
「野暮なこと言うなよ。コースチャと二人で行きたい店があるんだって」
下品にも小指を立てられて、思わず顔をしかめた。おまえもか?とコンスタンティンを見ると、照れもせずにやにやとした笑みを浮かべている。アラムがいるのにいいのかと頭に来て睨みつけたが、当のアラムは平気な様子だ。だったら好きにしろと吐き捨て、動車へとスヴェトキンたちを促した。
「今夜はとても楽しい時間を過ごさせていただました。ロジオン様のお元気な様子を拝顔できただけでなく、成長なさったお話も拝聴できたのですから、思い残すことはございません」
ほろ酔いのスヴェトキンは、帰りの車内でも嬉しげで、俺もつられて笑顔になった。
「今度は俺がヒエスラへ行くよ。アクサナにも謝りたいし」
「無理にとは申しませぬが、来てくださったらたいそう喜ぶことでしょう」
「うん。近いうちに必ず行く。約束するよ」
ヒエスラから逃げ出したのはアラムのそばにいたくなかったからだ。スヴェトキンたちからすれば身勝手な理由だが、アラムとコンスタンティン関係を知って、そばにいることが耐えられなかった。
それが、思わぬことに二人と同じ時間を過ごすことになり、意外にも平気でいられた。スヴェトキンとばかり話していたせいかもしれないし、二人がろくに喋っていなかったからかもしれないが、冷静に切り抜けることができたのだ。
ならばヒエスラへ行くこともできるだろう。自国はもうリュミトロフという意識でも、旅行なら。
考えつつも王城へと到着し、スヴェトキンを部屋まで送ってやった。
「じゃ、また明日、朝食は一緒に取れるよう手配しておくから」
「ありがとうございます。そのようなお気遣いもできるようになられたとは……」
「もういい加減泣くなって」
「……申し訳ございません。ロジオン様もごゆるりとおやすみください」
スヴェトキンが部屋へ入るのを見届けて、ふうと息をついた。
「じゃ、おやすみ」
後ろにいるはずのアラムに振り返らず声をかけた。
レストランでも口数が少なかったアラムは、動車からは一言も喋っていない。
おそらくコンスタンティンが街へと繰り出したことが実は不満で、機嫌を損ねているのだろう。表情は落ち着いていてとてもそんなふうに見えなかったが、あんなのを目の当たりにしたら不快に思うはずだ。いくらフリーセックスの文化があるといえども、恋人同士なのだから。
「もう、寝るのか?」
いきなりアラムから腕を引かれて、顔を合わせてしまった。
どきりとし、着火したみたいに頭が熱くなる。
なんでそんな顔をしてるんだよ……
アラムは晴れやかとも言える顔つきで、俺と目を合わせたとたん微笑んだのだ。
「……ね、寝るだろ。夜だし」
声が上擦ってしまった。
不機嫌であるはずなのに、ほっとしているように見えて動揺してしまった。安堵する要素なんてないし、嬉しげな顔をする必要もないのに。
「俺と少し付き合ってくれないか?」
「えっ? はっ? おまえと? なにに?」
「酒だよ」
「えっ?」
アラムはスヴェトキンの二つ隣の部屋の前で立ち止まり、ドアを開けた。さあどうぞと言わんばかりに開けたまま俺を見つめている。
「出発は明日の朝だ」
「……だから、早めに休んだほうがいいんじゃないのか?」
「違う。だから、今夜しかないんだ」
今夜もなにもない。二度と会うつもりはなかったし、二人きりで酒を飲む必要もなければ、話すこともない。
「ヒエスラの酒がある。久々に味わいたくはないか?」
アラムは言いながら、窺うような顔で俺に近づき、そっと腕を取った。
ヒエスラを捨てたのは、アラムから離れるためだ。
だから、はっきりと断って部屋へ戻るべきだ。
それなのに、足が動かない。
「……一杯だけでいいから」
アラムは微笑んだ。
たったそれだけで、縫い留められていた俺の足は簡単に動き出し、アラムが誘導するままに、部屋の中へと連れて行かれてしまった。
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