抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第二章 この天賦は誰が為

29.最後の一線

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 客室は広々とした賓客用の豪奢な部屋で、大きなベッドの他にソファや椅子などが悠々と置かれている。一人分の荷物しか見当たらない。
 アラムはソファへと俺を誘導し、バッグからワインボトルを取り出した。

「……二十年ものだが、シュリ地方のものだ」

 栓を抜き、グラスに注いで俺に手渡してきた。
 三週間の道程をわざわざ持ってきてくれたというのだろうか。
 俺のために?
 まさかと驚きつつ受け取って一口飲むと、この二年味わっていなかった懐かしき香りが口いっぱいに拡がった。

「……美味い」
「ようやく高級さが理解できるようになったか」
「ああ。……ありがとう」

 高級か安酒かなんて俺の舌じゃわからないけど、気持ちが嬉しい。懐かしさも伴い、涙が浮かんできた。

「買ったのはコンスタンティンだ。酒を持っていこうって話になったとき、じゃあ極上なやつにしようってあいつが用意してくれたんだ」
「コンスタンティンが?」
「……ああ。おまえに詫びたかったらしい」

 アラムは言いながら俺の隣に腰を下ろした。
 迎え側の椅子に座るものと考えていた俺はどきりと緊張し、落とさないようグラスを両手で抱えた。

「詫びって?」

 コンスタンティンとは顔を合わせたし、口も効いたが、アラムが不在の謝罪をされた以外は形式張った会話しかしていない。
 
「俺との関係についてだ。俺とコンスタンティンは上司と部下であり、友人という以外の関係はない」

 アラムは説明しながら俺の手からグラスを取って、テーブルのうえに置いた。

「俺もおまえに謝罪をしたい。おまえは俺が殴った理由を半魔だからと誤解したみたいだが、あれは俺のくだらないプライドのせいだった」

 じっと見つめていたアラムが、俺に触れるほどぴったりと寄り添ってきた。混乱の頭にくわえて動揺に胸が揺れ、頭がまるで回らない。

「この二年で嫌というほど気づかされたんだ。……おまえじゃなきゃだめだってことに」

 アラムは言うと、片手で俺の頬に触れ、くいとアラムのほうへ向かせられた。
 至近距離で目が合って、かーっと身体が熱くなる。
 面倒な思いまでしてリュミトロフに来てくれた理由は、連れ戻せとの命令じゃなく、俺に会いたかったからだと言ってくれた。
 まさかと驚きながらも、その後の様子を見ていて、本当かもしれないとの期待がじわじわ高まっていた。
 コンスタンティンと話す様子を見ても、とても恋人同士には見えなかった。俺を嫌悪しているようにも見えず、どちらかと言えば会えて嬉しいといったふうに見えていた。まるで、焦がれていた相手にようやく再会できたかのように。

「突き飛ばすなよ?」

 ヒエスラの至宝が目の前で笑みを浮かべて、近づいてきた。
 そっと唇に触れ、離れていく。
 
「おまえが去ったこと、戻って来ない理由、それは俺だったんだろ? 確かめようと思って二年もかけて来たんだ……俺のことがまだ好きなのかを」

 アラムの笑みが俺の身体の自由を奪い、言葉が心臓を掴んでくる。

「俺もおまえじゃなきゃだめなんだ」

 ソファに押し倒され、アラムはうえにのしかかってきた。シャツのボタンをはずされて、ばくばくと見た目にも動揺をあらわにしている胸元に吸い付かれた。

「おまえと会うまえは誰でもよかった……なのに、キスですらおまえ以外とはできなくなった」

 だからと言わんばかりにキスをされ、今度は深く味わうよう舌を絡めてきた。

「ん……アラム……」

 アラムはキスをしながら俺のベルトを外し下半身をまさぐってきた。

「今夜こそ俺にやらせろ」

 取り出された性器に息がかかり、熱い粘膜に包まれて腰がひけた。

「あっ……アラム、やめ……はあっ」

 身をよじっても吸い付かれ、上へと逃げると深くくわえられる。見下ろすと、快楽を感じる波に合わせて薄茶色の髪が動いている姿が見え、耐え難いほどの興奮が全身を貫いた。
 初めて会ったときのことを思い出す。
 美貌の多いアルファの中でも極上ともいえるレベルの男が、抱いてくれと涙ながらに頭を下げ、今のようにしゃぶりついてきた。
 皇族でありながら穢された結果である俺は、自分ほど惨めな半端者はいないと人を避けていた。
 場末のバーに入り浸っていたのは、世俗から弾かれてしまったような者らしか来ないからだった。そんな世界の端のような場所へ現れたアラムは、俺ですら憐憫の念を抱くほど悲壮だった。だから卑屈ながらにも、こんな俺でいいのならと承諾したのだ。

「だめ、離れて……あっ」
 
 あっという間に達してしまい、アラムを引き離すまえに放出してしまった。一気に血の気が引いて、慌てて起き上がった。

「ごめん、吐き出して」

 ティッシュを取りに行かねばと立ち上がろうとすると、アラムから手を掴まれた。

「どこにも行くな」

 振り向いて見えたアラムの口の端から、白いものが滴り落ちた。
 まさか飲み込んだのだろうか? アラムが? 俺のを?
 信じられない思いで見ていると、アラムも下だけ脱いで、俺の上に乗りかかってきた。
 精を放って萎えていた性器を掴まれ、上下に擦られる。アラムから情欲に滲んだ顔を向けられ、期待にすぐさま芯を取り戻していく。

「俺を満たしてくれるのは、おまえしかいないんだよ」

 一時的に冷めた熱は、いや増しになってぶり返した。アラムが腰を下ろしていく。準備をしていたのか、俺の先走りなのか、性器の先端にぬるりとした感触があり、身体が震えた。口よりも熱く狭い中へと沈み、頭の先まで痺れるような感覚に襲われた。
 この世界で、初めて俺を求めてくれた、そのアラムと再び繋がれたことに歓喜と不安がない混ぜに襲いくる。

「はあっ……あっ」

 アラムは俺のうえで苦痛を覚えたように唇を噛み、自分のいいように腰を揺さぶってきた。擦れて起きる刺激以上に、アラムの姿に興奮する。
 翻弄されながらも、応えたくなってきた俺は、身体を起こしてアラムを抱きかかえた。

「んっ、ロジオン……」

 抱き締め、突き上げるとアラムは身をよじり、甘い声をあげた。中がきゅっと締まって俺も息が漏れる。見つめ合い、どちらともなくキスをした。快楽を感じる以上に、アラムを全身で感じていることに酔いそうだ。
 このまま快楽に身を委ねたい。願いながらも、抑えようにない不安が涙を滲ませる。
 初めてのとき宿のシャワーを出たあと、姿が消えていたのは当然と考えて肩を落とした。再会してよそよそしくされたときもやはりと心を沈ませた。
 なのに、アラムは俺の心を突き放してくれなかった。期待させるようなことを言い、自らキスをしてきたり、混乱するほどかき乱してくる。

「あっ、んっ……激しくするなっ……あっ」

 快感の命じるままに揺さぶっていると、アラムは紅潮した顔で俺の首にすがりついてきた。
 甘い声に頭を揺すられ、アラムを愉しませたいとの欲望がもたげて抗えない。

「はあっ、あっ、ロジオン……んっ」

 アラムはびくびくと身体を震わせ、がくんと肩にもたれかかってきた。中が強く収縮し、俺も達してしまいそうになる。

「アラムっ……」

 このままでは中に出してしまう。襲い来る快楽に耐えながらアラムを持ち上げようとするも、しっかり抱きついていて動かせない。

「だめだって、アラム……」
「抜くな。そのまま」

 息を荒らげながらアラムは腰を揺すぶって、俺の快楽を引き上げていく。無理だ。抑えられない。
 
「なん……あっ、うっ」

 アラムの中に出してしまった。

「ごめんアラム、すぐシャワーに」

 口にも出してしまったというのに、なんてことをしてしまったのだ。

「これで滑りがよくなっただろ?」

 焦る俺に妖艶な笑みを向けたアラムは、俺を抱き寄せたまま再び動きだした。精を吐き出したことによる徒労感に新たな刺激が襲い、目の中がちかちかとする。目まいに任せて倒れたくても、アラムへの愛おしさと喜びに、身体は熱く反応してしまった。

「……だめだって。もう、やめよう」
「なんでだよ……俺のこと好きでいてくれたんだろ?」
 
 だからだ。アラムに出会って初めて愛を知り、他に愛は知らない。
 だから、抱きたくない。
 二度と得られないとわかっていては、心から喜べないからだ。失う前提での愛は、求めたくない。だからと、諦めていたのに、このままでは溺れてしまう。
 溺れたら、俺は壊れてしまうだろう。
 ここまで深く愛してしまったアラムから何度も突き放されたら、いつか耐えられなくなる。
 いつか、じゃない。
 二年も離れて、それでもわざわざ俺を求めて来てくれたアラムが、また俺を拒否したら、今度こそ立ち直れなくなる。
 粉々に砕けて、どうなってしまうかわからない。
 その最後の一線を、アラムは乗り越えてきてしまった。
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