抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第二章 この天賦は誰が為

30.ひとときでしかない幸福

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 ヒエスラに生まれた者にとって、身体を重ねることは大層なことじゃない。セックスとはつまり子孫を残すための本能的行為だが、ユートピアでは快楽のためのものでしかなく、子どもができたとしても預けれることができるので、親としての責任なんてものも必要ない。
 さまざまな人と快楽を共有するのはスポーツなんかと同じで、誰もが当たり前のようにする。
 俺も例に漏れず、思春期の頃、クジマから女を世話されたことは幾度となくあるし、一人でバーへ行くようになって声をかけられたことも多少あった。
 けれど、俺にとってのセックスは大層なものだった。
 友人すらまともにつくれないというのに、深く誰かと繋がるなんて途方もなく恐ろしいことだとしか思えなかった。
 それでも性欲はあったから、溢れそうなほどにあるそれを、抑えるしかなく生きてきたのだ。
 
 だから、初めて求めてくれたアラムは特別だった。
 金を積まれたわけでもなく、皇族が相手であることも知らずに俺を選んでくれたのだ。
 俺しかいない、俺がいいと言ってくれて、自分から積極的に求めてくれた。

「あー、シャワー浴びたい」

 ベッドへと移動したあともう一度して、アラムは限界だと言って大の字になった。
 オメガでもないアルファが男に抱かれるのはさぞ大変に違いない。俺はまだしもアラムの負担はかなりのものだろう。
 なのにまだ足りないと言って三度も求めてきたのだから、よほど満たされていなかったことが窺える。

「動ける?」
「動けない。連れて行ってくれ」
「俺が?」
「他に誰がいるんだよ。シャワーを使うには従者を呼ばなきゃならないんだろ?」
「あ、うん。ヒエスラの風呂は魔法でお湯をつくって使うんだ」
「だから、いちいち呼ぶより、おまえも一緒に入れば話が早いだろ?」
「一緒にって、俺とアラムが?」

 アラムはそうだよとばかりに俺の首に腕を回し、抱きついてきた。恥ずかしくも身を委ねてくれたことが嬉しく、風魔法を使ってアラムを抱き上げ、両腕でバランスを取りながら浴室へと連れて行った。
 魔力を加減するのは苦手なのだが、アラムを支えるためならばと神経を研ぎ澄まし、天井にぶつける羽目にはならず移動することができた。今度は火魔法と水魔法を使ってバスタブに湯を張り、シャワー用の管の先にある瓶にも湯を溜めた。

「脱がせて」

 アラムは俺に抱きつくだけで、他にはなにもする気がないらしい。どきどきと緊張の手つきで浴槽の縁にアラムを下ろしたあと服を脱がせた。

「あー、適温」

 じゃぶんと湯船に浸かったアラムは嬉しげだ。
 俺もと服を脱いだのだが、二人で入るには狭い。アラムの邪魔にならないためにはどこへ行くべきか。さっさとシャワーを浴びて出たほうがいいかもしれない。

「おまえの場所はここ」

 おろおろしていた俺の手を掴み、アラムは自分の後ろへ来るよう引っ張った。え、と驚く俺を他所に笑みを浮かべたアラムに誘導され、アラムを後ろから抱きかかえる位置に座らされた。

「洗って」

 振り向いたアラムに軽くキスをされ、驚いて上げた手に石鹸を握らされた。湯船の近くに置かれてあったのをいつの間にか持っていたらしい。

「俺が洗うの?」
「ああ。俺は動きたくない」

 アラムは俺のほうへしなだれかかってきて、目を閉じた。
 お湯で温まったせいか、頬がほんのり赤く染まっている。
 かわいい。俺の腕の中ですべてを任せてきっているアラムは愛おしさを通り越して神々しいほどだ。
 おぼつかない手つきで泡を立ててアラムの身体を洗っていく。
 義務としての仕事を振られることはあれど、頼られるなんて経験はろくにない。だからちゃんとやらなければと緊張と不安を抑えて、引き締まった身体に手を滑らせた。アラムの肌は触り心地がよく、洗われているのはこっちの心かと思うくらい指が歓喜に震える。

「ん……もっと強くしろよ」
「強く?」
「そんな力じゃ気持ちよくなるだろ。もうやる元気はないんだから」
「あ、ごめん」

 いつの間にやら愛撫のような動きになっていたらしい。とはいっても強くこするなんてできない。絹のような肌を傷つけたらと思うと恐ろしい。
 それでもと上半身を洗い終え、足のほうへと手を伸ばす。アラムの足を折って丁寧に洗っていると、アラムは吐息を漏らしながら身をよじった。

「ん……だから、もうやる元気はないって」

 色っぽく言われると、ますます反応してしまう。好きな男に身を委ねられ、肌に触れているのだから高ぶってしまうのは仕方がない。
 
「ごめん……」
「謝ってばっかだな。前と違って全然攻めてこなかったし。リュミトロフに来て人格変わったみたいだな」

 アラムは俺の手を掴んで持ち上げ、しげしげと眺めてきた。

「わかんないけど、こっちの王族はヒエスラと違ってある程度自分でやらなきゃいけないから」

 指を絡めるようにしてきたので、応えるように俺もアラムの指を撫でた。さすがに騎士だから皮膚は厚いが、骨格はほっそりとして長い。

「だから自立心が芽生えて甘え小僧から脱却した?」
「顔を合わせたときは、変わらないなってガキ扱いしてなかった?」
「最初はな。でも、二人になったら別人みたいだ。大人っぽくなった気がする」
「……大人っぽくなったのは、ならざるを得なかったからっていうか」
「じゃあ、こっちに来たのはおまえにとってはよかったのかな」

 よかったというか、変わるしかなかったわけだけど、アラムにとっては以前の俺とどちらがいいのだろうか。
 口ごもっているとアラムは俺の指にキスをして、甘く噛んできた。指先に舌が触れぞわぞわとして、下半身へさらに血が集まっていく。

「でも、俺のことはまだ好きでいてくれたんだろ?」

 アラムはいきなり振り返って、じっと俺を見つめてきた。
 美しく、愛おしいアラム。忘れようとしても忘れられず、離れてもアラムのことばかりを考えていた。
 
「…………うん」
「二年も経てば冷めてるかもしれないって不安だったけど、顔を見てすぐにわかった。それで、ほっとした」

 アラムは俺の顔を引き寄せて、軽くキスをしてきた。

「俺の場合は、おまえが消えたことでようやくだ。いなくなってから気づくとか馬鹿すぎるけど……。護衛対象を見失った場合、捜索期間は二週間と定められている。その後は上の判断を仰いで編成の組み直しになるわけだが、俺は規定も命令も全部無視してリュミトロフに留まっていたんだ」
「二週間? ……二ヶ月いたって言ってなかったけ?」
「そうだ。コンスタンティンや合流したクジマ様にも呆れられたよ。戻ったら懲戒処分になったしな」
「懲戒処分? アラムが?」
「最初は自覚がなかったから、騎士として任務を果たせなかったプライドだと思ってた。でも、違った。プライドなんて、騎士のどころかアルファとしてのも全部吹き飛んでいた。……それで、俺もおまえじゃなきゃだめだって気づかされたんだ」

 アラムは目を伏せ、赤くなった頬を隠すように俺のほうへ近づいて再びキスをしてきた。
 甘く吸われ、唇を舐められる。
 俺はアラムの言葉を反芻しながら、つまりどういうことなのかを考えて、ふと浮かんだことに驚愕した。

「待って。つまり、アラムも俺のこと好きなの?」
「なに驚いてんだよ……そう言ってんだろ」

 聞いただろうか? 記憶を手繰り寄せるも、見つけられない。

「じろじろ見るな。……じゃなかったら、二年もかけて会いにこないだろ」

 ぼそぼそと言われて、愛おしさが限界にまで振り切れた。たまらなくなり、アラムの唇に吸い付いた。深くアラムの口内へと舌を入れ、応えてくれたアラムに絡めながら、止めていた手でアラムの存在を確かめるように身体を撫で回す。

「アラム……好き、アラム……」

 足の付根へと伸ばした手にアラムの性器があたり、俺のと同様に硬くなっていたことに気がついた。

「……いい加減に……んっ、あっ」

 嬉しくなりぬるぬると擦り上げると、アラムは甘い声を上げ始めた。反対の手をアラムの尻のほうへと動かし、何度も貫いたそこへも指を這わせる。

「んっ、だから、だめだって……」

 奥に指を入れると、俺の出した精液がどろりと流れてきた。愛する男を抱いた証拠のようなものに触れ、ぞくぞくと背徳感にも似た喜びが襲ってくる。
 
「かわいい、アラム……好き」
「ばか、やめろって……んっ、あっ」

 前と後ろを同時に攻めると、アラムは息を荒らげながらもたれかかってきた。愛おしくてたまらない。首筋にキスをしながら、アラムの声をもっと引き出そうと激しく攻め立てた。

「入れないから、気持ちよくなって」
「ばか言うな。入れて欲しくなってくるだろ」
「だったら入れるよ。アラムの好きなようにしたい」
「だから……明日の朝になったら、俺は帰らなきゃならないんだって」

 抗議には聞こえないような甘ったるい声で言われた文句に、俺の高ぶった血は一気に引いてしまった。
 そうだ。この幸福な時間はひとときでしかない。
 思い出したことで身体が動かなくなり、急激に熱が冷めていく。

「……ロジオン?」

 肩にもたれかかっていたアラムが不満げに俺を見上げてきた。目が合った瞬間に、アラムの顔がはっとしたように強張った。

「おまえも一緒に来ればいいだろ。スヴェトキン殿にも言ってたじゃないか。だったら、俺らが帰るついでに行けばいい」

 スヴェトキンと話していたときに、そんな気にはなった。
 ヒエスラに帰れば、アラムがいて、スヴェトキンやアクサナもいる。ゲームもできるし便利な世界で、世話をしてくれる人もいる。
 けど、行きたくない。
 リュミトロフになんてそもそも来るつもりはなかったのに、来てしまっては今度ヒエスラへ帰る気がまったくなくなってしまった。

「ごめん……俺は帰れない」
「なんでだよ」
「父と兄が……」
「行かせてくれないのか?」

 エウゲニーは断固として止めるだろうけど、ローギンは送り出してくれる気がする。しかしそれは必ず戻ってくるという前提でだ。
 家族が望んでいないことはしたくない。

「……俺が、行きたくないんだ」
「なん……いや、連れさらわれたわけじゃないことはわかってる。二年帰ってこなかったのはおまえの意志であることも。だから、こっちでまた暮らせとまでは言わない。せめて数ヶ月……いや、数週間だけでも、旅行くらいの軽い気持ちで一緒に行かないか?」

 旅行なら。それも考えた。だけど──
 
「……ごめん」

 答えると、アラムは信じられないといった顔で眉根をしかめた。

「おまえがヒエスラへ来るより、俺がリュミトロフへ来るほうが難しいことなんだぞ」

 会うためには、俺がヒエスラへ行ったほうが話が早い。アラムが来るには面倒な申請をして許可を得なければならない。それはわかる。
 わかるけど、いつかのことじゃなく、明日になったらと現実的に考えたら、とてもじゃないがヒエスラへは行けないと気がついた。
 
「……でも、俺を連れ帰るつもりじゃないって、アラムも言ってたじゃないか」
「そうだけど……だったら、次に会えるのはいつになるんだよ……」

 悲しげに瞳を揺らしたアラムを見ていられず、俺は顔を背けた。
 家族を悲しませない代わりに、愛する男を悲しませてしまう。わかっているけど、ヒエスラへは帰りたくない。
 帰ったら、思い出してしまう。ヒエスラで俺は憎まれているということを。
 半魔として差別されているからだけじゃない。皇族としても俺は、親族から憎悪されているのだ。
 リュミトロフへやってきてのはアラムを忘れようとしたからだ。だから今日までヒエスラでの日々は考えずにいられた。
 しかし、会えたことでアラムへの慕情とともにヒエスラでの苦しい胸のうちを思い出してしまった。 
 この地では誰も差別しないし、憎悪の目も向けてこない。ヒエスラでは当たり前のように享受していた立場がどれほど苦しいものだったのか、比較することで輪郭が帯びたように、身に迫ってきた。

 ヒエスラでの俺は、生まれ落ちたときから、憎悪の対象だった。 
 母は未婚のまま穢され、未来を奪われた。その恨みや絶望を、穢した当人であるローギンではなく結果である俺にぶつけてきた。そして死ぬまで、俺を憎悪し続けていた。
 だから、ヒエスラにいると、どこにいても思い出してしまうのだ。
 穢れたものを見る母の眼差し、怒り、憎しみを。
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