抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第二章 この天賦は誰が為

31.アラムの覚悟

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 アラムが俺を好きだと言ってくれた。いや、言ったと表現しては語弊がある。恥ずかしいのかプライドなのか遠回しだったけれど、気持ちはとにかく伝わった。
 俺はといえば一目惚れと言っていい。出会った夜にすぐ惹かれ、再会したあとは日増しに想いを募らせていた。アラムのそばにいて、愛し合えたらと願っていた。
 だから、信じられないほど嬉しいことだった。なのに、いまの俺は心からその幸福を喜べなかった。
 リュミトロフにいた頃だったら、おそらく胸いっぱいに喜んではしゃぎ通していただろう。自分でも引くくらい躍り上がっていたはずだ。
 ただ、いまはそんなふうに冷静に苦笑するくらい、俺はこの二年で大きく変わってしまっていた。アラムの言うように別人とは言えないまでも、喜びの分だけ悲しみもある複雑な心境だった。

「ロジーが行くんなら、当然僕も行くよ」

 翌朝、朝食の席でエウゲニーにしばらく旅へ出る話をした。
 ヒエスラではない。国境までだ。
 アラムから、帰らないのならせめて三週間の旅程だけでもと請われ、俺のほうもまだ離れがたかったこともあり、だったらと送ることに決めたのだ。

「おまえもって、なんで?」
「なんでもなにもないよ。かわいい弟になにかあったらどうするの?」
「男だし成人してるんだぞ?」
「だからなに? じゃあ、言い方を変えるよ。……そのままヒエスラへ行っちゃったら嫌だからついていく」

 これでどう?とばかりに笑みを向けられ、説得する気力が萎えた。エウゲニーらしいと言える反論をされては仕方がない。俺は不承不承ながらにも了承し、朝食を終えたあと用意してもらった王室用の動車に乗り込んだ。つもりが、エウゲニーから腕を引かれて、ひらりと先に乗り込まれてしまった。

「あ、ロジーはコースチャとスヴェトキンと乗って。僕は弟の恋人と膝を突き合わせたいから」
「は? 勝手になに決めてんだ! それに恋人ってなんのことだよ」
「コースチャから全部聞いたよ。てことで、モロトフで会おう」

 鼻先でドアを閉められ、さっそくと出発していった。
 アラムたちヒエスラ一向は、三人だけで来ていたらしく、道中はリュミトロフの運転手を雇っての旅路だった。
 なぜ動いたのかと驚くも、ヒエスラの動車のほうへ行くと、雇われた運転手が見当たらなかった。

「イリダールが、向こうの動車に連れて行ったようです」

 コンスタンティンから説明され、向かい側の席に腰を下ろしながらエウゲニーの乗った動車を睨みつけた。
 
「あの野郎……つーかコースチャおまえ、あいつに何を話した?」
「何と申されましても……あ、角を曲がられたようですが」
「ああ、もう! 勝手に出発しやがって」

 慌てて俺も魔法を発動し、動車を駆動させた。
 コンスタンティンは昨夜エウゲニーと飲み歩き、女性を誘わずに二人で延々と話し込んでいたらしい。何を話していたのかと訊くと、コンスタンティンの知る限りの俺の話や、今回の謁見に関する探りを入れられたようだ。

「表向きはチューブの故障の件でありますが、実のところはアラムがロジオン様にお会いしたいとの目的でしたので……」
「それで恋人だって? 飛躍のしすぎじゃないか?」
「いえ。……アラムの気持ちは誰もが知っておりますし、ロジオン様も拝見してすぐに」

 んなばかなとスヴェトキンのほうに目をやると、にこにこと嬉しげな笑みを浮かべていた。

「ロジオン様の幸福はわたくしめの幸福でもあります」

 アラムも俺を見てすぐにわかったと言っていた。
 俺の気持ちはそんなにだだ漏れだったのだろうか。
 頭を抱えたくなる気持ちを抑えつつ、アラムのほうもという点については首をひねざるを得ない。
 ヒエスラにいた頃のアラムは、俺との関係に気づかれないよう慎重だった。どころか、俺がリュミトロフへ逃げ込んだ発端がそれだ。殴ってまで拒否したのは、バレバレな態度を取る俺を牽制するためだったというのだから。

「ロジオン様……実を申し上げますと、アラムはいま俺の率いる第三師団のいち兵隊でしかありません」
「へ? 騎士団長じゃないの?」
「このたびリュミトロフへ赴くため、一時的に与えられた称号に過ぎません。帰国したのちには失効されます」
「一時的って……懲戒処分になったって聞いたけど、もしかしてそれと関係があるの?」
「はい。二年前の昇格は取り消しとなりました。ベックストレーム騎士団長が退任せず座を務め、アラムは第二師団の隊長のままとなっておりましたが、一年ほどまえにあった人事異動で、アラムは降格となったのです」
「その人事で、おまえのほうは第三師団の隊長になったってこと?」
「はい。入れ替わる形ですね」

 アラムの降格は、未来永劫出世は望めないというレベルの人事であるらしい。任務失敗だけならまだしも、定められた期間で帰国しなかったという命令違反にくわえ、二ヶ月分の職務放棄の咎もあってのことだという。
 アラムはなんてこともないといった様子で説明していたが、とんでもないことじゃないか。
 しかもさらに驚かされたことに、今回のリュミトロフ行きは命令によるものではなく、アラムが提言したがゆえの任務だったという。

「よくわかんないけど、それって名誉を挽回するためってこと? 俺を連れ戻せばアラムは復位できるからとか?」
「いえ、結果如何はアラムの処分に無関係です。むしろ、目的を達せなかった場合は騎士の地位すら失う可能性があります」
「……どういうことだよ」
「元の師団長という立場ならまだしも、一般の騎士へと降格したアラムは提言できる地位にありません。その立場でのことでありますから……」
「だけど、命令じゃないっていうのに、リュミトロフへ来たじゃないか」
「はい。元より能力と統率力は騎士団長となれるだけの器でしたから、降格となった発端である失態を挽回するためであればと上は提言を受け入れ、許可を出したのです。……異例のことではありましたが、クジマ様の口添えもあってかないました」

 アラムがそれほどの覚悟を持ってリュミトロフに来てくれたとは思わなかった。感激するどころか心配になる。
 目的は当然俺の帰国であろうと察して、俺は戻らないと一蹴した。それはアラムのほうも、端から期待した様子はなかった。
 プライドの塊のようだった男が、たかが半日俺と会うためにすべてを捨てて来たなんて、信じられない。
 驚くあまり言葉に詰まっていると、コンスタンティンは俺の動揺を読み取ったように頷き、再び口を開いた。

「……ですから、クジマ様含めアラムの目的がわかったのです……つまりすべてわたしのせいです。ロジオン様がリュミトロフへ去られてしまったのも、アラムが降格してしまったこともすべて。わたしがあのときへたな嘘をつかなければ、こんなことにはならなかった……謝罪などをして済むレベルの話ではありませんが……申し訳ございません」

 コンスタンティンは言って、涙の滲んだ顔で深々と頭を下げてきた。
 謝られても困る。
 コンスタンティンの嘘がなんの影響も与えなかったとは言わないが、事実きっかけに過ぎない。話を聞く前からアラムとの仲はこじれていた。
 あのときコンスタンティンに会ったから宿の外へ出たけれど、エウゲニーは計ったわけでもなく来ていたのだ。どの道俺は同行していたに違いない。おそらくだが、今となってはあのときの自分の気持ちになって考えてみることはできないし、してもなんの意味もない。

「おまえの……コースチャのせいじゃない……つーか、いつまでかたっ苦しい態度を取ってんだ? ロージャと呼ぶよう言っただろ?」
 
 気まずい空気を断ち切るよう、不満を誇張させた態度で言うと、コンスタンティンは困惑ぎみの顔をあげた。

「ロジオン様……」
「自分のせいとか思ってるから、そんな態度を取ってんの? 俺はおまえと友達になったつもりだったけど?」
「それは──」
「過去を変えようったって変えられるものじゃない。俺とおまえが過ごした時間もそうだし、俺とアラムのこともそうだ。人の気持ちを動かせないのと同じだろ。人の決意をとやかく言うべきじゃない」

 コンスタンティンに向けて言いながら、俺は自分にも言い聞かせた。
 俺という人間がもっと理性的だったら、アラムが早い時点で俺への気持ちを自覚していたら。何度も頭をよぎったが、悔いなどしてもなんの意味もない。
 アラムの覚悟に関して俺にできることがないのと同じように、できたであろうこともなかったのだから。
 いつかの日に、アラムがすべてを失うのなら俺が支えると言ったことがある。
 皇族という立場からの傲慢さゆえの発言だが、アラムとの仲がこじれたのはそれがきっかけだった。だから、騎士でさえなくなるとの覚悟を持っていても、俺はどうしてやることもできない。
 アラムがリュミトロフへ来ることはないし、俺がヒエスラへ帰る日も来ない。
 なぜと説得されたくはないし、アラムの決意を曲げることも不可能だ。互いに別の道を生きていくしかない。
 それが、どうすることもできない、変えようのない俺とアラムの現実だった。
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