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第二章 この天賦は誰が為
32.ヒエスラへ帰らない理由
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動車を走らせて半日、昼食は王城の料理人につくらせた弁当で済ませるだけで足を速め、夕方まえにはモロトフへ到着することができた。
リュミトロフではヒエスラと違って、護衛をつけるという概念がない。要人や王族も然りであり、旅だろうが移動をするときには護衛をつけずに単独行動をするのが普通だ。それは、リュミトロフには国民すべてが国家に仕えるべきという無茶苦茶な法があるせいだった。そのため、警備隊や騎士なんて職務は存在しない。
最初に聞いたときは、じゃあならず者に出会ったらどうするのかと驚いたものだが、国民はそのばかげた法を遵守していることを知ってさらに驚かされた。罪を働く者がいると、被害者の顔見知りでもないのに近くにいた国民が当然のように捕らえて、被害者を護るのだ。俺はそれを何度も目の当たりにして信じざるを得なかった。
そういった背景と、王族であってもセルフケアをすべきという文化により、今回の国境行きに護衛や従者は帯同していない。
急遽決めた旅程で宿は飛び込みだったが、エウゲニーが国内で絶大な人気を誇っていることもあってか、到着したモロトフではどこの宿でも引く手あまたというレベルで、心配する必要はまったくなかった。
スヴェトキンの手前イリダールとして振る舞っていたエウゲニーだが、ここまでされては隠しきれないとして正体を明かすことにしたらしく、夕食の席でははしゃぎどおしだった。
対して俺は、時を増すごとに気が滅入るばかりで、話を振られても相槌を打つのが精一杯だった。
道中、エウゲニーはアラムとなにを話していたのか気になりつつも、会話が億劫でたまらず、アラムから心配されることも疎ましく感じてしまう始末だった。
これじゃあ空気を悪くしてしまう。俺は食事もそこそこに部屋へ下がることに決め、席を立った。
「道中でなにかあったのか?」
アラムが後を追ってきてくれたらしい。ドアを閉めるまえに声をかけられ、部屋に招き入れた。
「別に、なんでもないよ」
「なんでもなくないだろ」
振り返ったことで足元がふらついてしまい、アラムが支えてくれた。
「ごめん。……ありがとう」
「どうしたんだ?」
「大丈夫。ちょっと、くらっとしただけ」
アラムは俺を支えながらソファへと連れて行ってくれて、深々としたそこへ倒れるように腰を下ろした。
「なにか飲む?」
「あー……お茶がいいかも」
「じゃあ、頼んでくる」
なんだろう。部屋を出ていくアラムの背を見ながら、ため息が漏れてしまう。
アラムと二人になれて嬉しいし、心配をかけさせていることが申し訳ない。三週間はそばにいれるけど、その後はいつ会えるかわからないのだから、一日だって貴重な時間だ。そのために同行したわけで、気分を滅入らせている場合じゃないのに、元気が出ない。
少ししてアラムが戻ってきた。手にはトレーを持っており、湯気のたったカップとポットが置かれている。宿の従業員に頼まず、食堂から自分で運んできてくれたようだ。
「……ありがとう」
カップを受け取ると、独特の香りが漂い、少し気分が落ち着いてきた。
「リュミトロフのお茶は苦みが強いけど、慣れるとクセになりそうだな」
アラムは言いながら俺の隣へ腰を下ろしてきた。三人は悠に座れるほどの大きさなのに寄り添うようにくっつかれて、頬に熱が集まる。
エウゲニーに言われた恋人という言葉が頭によぎり、アラムとはそういう関係になるのかと改めて実感してしまう。
「最初はこんなまずいもん飲めるかって思ったけど、今じゃ毎日飲まないと落ち着かないくらいになった」
「すっかりリュミトロフ国の王子だな」
「だね。まだ二年だけど、正直なところヒエスラで皇族だったときより、実感がある」
「リュミトロフの王族ってことにか?」
「うん。街へ出るとロジオン王子って声をかけられるからかもしれないけど」
「……おまえは自らの意志でリュミトロフに留まっているんだよな?」
「うん。王都へ来たのも俺の意志だよ」
「来て、留まることに決めたのは、ローギン国王とエウゲニー殿下がいらっしゃったからか?」
「……そうだね。兄がいるなんて知らなかったけど、二人とも会ってすぐに好きになったよ」
「会ってすぐに家族だってわかったのか? 前はローギン国王が自分の父親であるわけがない、あり得ないって言っていたけど」
「ああ、うん。アラムと二人で来たときのことでしょ? オリガ……そのとき会った彼女にはあのあと手土産を持って謝罪に行ってね、いまでは友達だよ」
「友達?」
「うん。オリガが王都へ来たら街を案内してあげてるんだ。これまでに三回くらい来たかな? 静かな子で、結構気が合うんだ」
初めてリュミトロフへ来たとき、最初に会った魔族からローギンと見間違われたことがあった。今となっては懐かしさに頬が緩む話だ。
当時はアラムの言うように、どれほど似ていようともローギンが父親だなんて見当違いもいいところだとしか考えていなかった。エウゲニーが俺の兄だと自己紹介してきたときも信じられなかったし、実際にローギンと顔を合わせても、まだ疑っていた。
信じるようになったのは、ローギンが母のことを話してくれたからだ。
母のことは、血筋の者以外にはほとんど知られていない。穢されるまでは、皇女として表舞台には出ていなかったし、俺を身ごもったあとは、ますます人目を避け、いっさい外へ出ずに過ごしていた。
ローギンは、母の容姿から性格までよく知っていた。実際に会ったことがなければ知らないようなことまでもだ。
なぜ母と関係を持ったのかは話さなかったし、俺も聞かなかったけど、俺が宿ったあとも、何度となく会いに通ったとは聞いた。しかし母からは憎悪を向けられるだけで、フョードルの手によって阻まれ会うことは一度もかなわなかったらしい。
実際に俺はローギンと一度も会わなかったし、母やフョードルから話を聞いたこともなかったから、嘘かもしれない。けれど、俺はローギンを信じた。面と向かって顔を合わせたことで、彼を信用することにしたのだ。
「リュミトロフでは引きこもっていることなんてできないんだ。ゲームとかないし、暇をつぶすためには一人じゃ難しいってのもあるんだけど、欲しいものがあったら自分で買いに出なきゃいけないから、外に出る機会が多いんだ。それでさ、街へ出ると知らない人に声をかけられるんだ。俺がローギンに似てるから、みんな俺が王子だってすぐにわかるみたいで、話しかけてくれたり、必要以上の親切を向けてくれるんだよ。びっくりしたのは、肌の色が違うのに、それでも王子だと信じて疑わないところだ。国王が人間と子を成してもなんとも思わないらしい。ヒエスラじゃ考えられなくない? しかもさ、リュミトロフでは半魔は差別の対象じゃないんだ。むしろ尊敬されるっていうか、半魔は親よりも魔力が強くなるからみたいなんだけど、だから王子であることより、強さへの憧れみたいなもので畏敬の念を向けられるんだ」
話しながらなぜヒエスラへ行くことに気が進まないのか、なんとなく合点がいき始めた。
父と兄から離れたくないこともあるし、母を思い出すせいもある。それだけじゃない理由もたくさんあったということに気づかされた。
「まあ、その点を突くとヒエスラをユートピアと言っていいのか難しいよな。人間は同種の者と群れたがる性質があるけど、半魔どころかアルファだのオメガだのとも差別してキリがないほどだ」
アラムは特権階級のアルファだ。だから男に抱かれたいという自分の欲望を隠していた。
そのなにが悪いのかはよくわからないけど、騎士としての地位すら剥奪されるのを恐れていたのは覚えている。そのとき、たかがそんなことでという態度を取ったことでアラムの怒りを買ってしまった。
つまりは、俺が半魔であることを厭っているのと同じくらい、アラムにとっては大きな問題なのと思う。
なのにアラムはその問題をすべて投げうち、何もかも捨てることになってもいい覚悟でリュミトロフにまで来てくれた。
俺と、たかが数分会うだけのために。
「俺にそんな価値がある?」
「なんだ? いきなり」
「俺は自分の意志でリュミトロフへ去った。アラムはわかってたんだろ? ヒエスラから逃げたっていうか、アラムから逃げ出したってこと」
「……ああ」
「逃げ出しても確かにアラムのことは忘れられなかったし、再会できたのは嬉しかった。でも、それでも俺はヒエスラへは帰らない。そのことも聞く前からアラムはわかっていたんだろ?」
「……惚れた男の考えくらいわかる。おまえはわかりやすいしな」
「そんなにわかりやすい?」
「顔に出るし……態度でもわかる。司令室で再会したときも、動揺がもろに出ていたしな」
アラムは思い出したのかおかしげに笑い、俺もふと口元を緩ませた。
確かに記憶を探ると、あのときの俺は滑稽な態度でアラムのまえから逃げ出そうとしていた。思い出すと呆れるほどバカ丸出しだ。
おかしく笑うのも、誰もがバレバレだと言うのも無理はない。
などと考えつつ、今の俺ならあんな反応はできないなあと冷静に苦笑する自分がいる。まるで別の人間の話をしているような感覚になっている。
成長したからなのか、なにやら不思議な気分だ。
「もう、あんな変なことはしないよ。少しは大人になったんだから」
「確かに、謁見の間でのおまえは昔のままみたいだったのに、そのあとからやけに落ち着いたよな。エウゲニー殿下がいたからか?」
「……わかんない。どうだろう? アラムのまえでかっこつけたくなったからかな?」
ふざけた調子で笑みを向けると、アラムはなぜか顔を強張らせた。
「……なに? どうしたの?」
「おまえがヒエスラへ帰りたくないのは、マルガリータ様のことを思い出すせいなのか?」
いきなり母の名を出されて面食らう。
事実だが、アラムの口から聞くとは思わなかった。
「なん……あ、エウゲニーと話してたのは母の話?」
「エウゲニー殿下はおまえを心から心配しているらしい。俺のことは認めてくれたけど、ヒエスラへは行かせたくないと言って、理由を話してくれたんだ」
「……だったら、いいじゃん。確認する必要なくない?」
「ああ。でも、ケルン様から聞いていた話と違っていたから」
「フョードル? 話ってなに? アラムは会ったことがないだろ?」
「いや、先月キーンズに来られて──」
「フョードルが?」
驚くあまり、俺は声を荒らげながら立ち上がった。アラムは少し驚いたように仰け反ったが、俺の困惑をわかってくれたようで、神妙な顔で頷き返してくれた。
「そうだ。クジマ様とカツフクにいらっしゃる」
「カツフク……嘘だろ」
フョードルがカツフクにいる。いま向かっている国境のヒエスラ側の街に、クジマとともにいるなんて、信じられない。
フョードル・ケルンは、ヒエスラ最高の魔術師として、現在クジマの座る宮廷魔導師という立場で長年国に仕えていた半魔である。俺の師であり、父親代わりとも言える男だった。
しかし十二年前、母の死のきっかけとなった爆発事故の犯人として名乗り出たあと、姿を消してしまった。
行方知れずとなって以来、噂の一つも耳にしたことがなかったというのに、なぜいま現れたのだろう。
「……なにを聞いたんだよ」
声が震えてしまう。俺の知らない話を……母のことや事件についてをフョードルは多く知っている。
身体さえも震え始めた俺を、アラムは心配げな顔で見つめながら立ち上がり、そっと俺の肩を抱いてソファへと座るよう促してきた。
「どちらの話からしようか?」
エウゲニーから聞いた話か、フョードルからのかをアラムは問いかけてきた。
「フョードルのことを話してくれ」
答えるまでもない。俺はアラムを促し、緊張で震える手を温めるためにカップを手に持った。
リュミトロフではヒエスラと違って、護衛をつけるという概念がない。要人や王族も然りであり、旅だろうが移動をするときには護衛をつけずに単独行動をするのが普通だ。それは、リュミトロフには国民すべてが国家に仕えるべきという無茶苦茶な法があるせいだった。そのため、警備隊や騎士なんて職務は存在しない。
最初に聞いたときは、じゃあならず者に出会ったらどうするのかと驚いたものだが、国民はそのばかげた法を遵守していることを知ってさらに驚かされた。罪を働く者がいると、被害者の顔見知りでもないのに近くにいた国民が当然のように捕らえて、被害者を護るのだ。俺はそれを何度も目の当たりにして信じざるを得なかった。
そういった背景と、王族であってもセルフケアをすべきという文化により、今回の国境行きに護衛や従者は帯同していない。
急遽決めた旅程で宿は飛び込みだったが、エウゲニーが国内で絶大な人気を誇っていることもあってか、到着したモロトフではどこの宿でも引く手あまたというレベルで、心配する必要はまったくなかった。
スヴェトキンの手前イリダールとして振る舞っていたエウゲニーだが、ここまでされては隠しきれないとして正体を明かすことにしたらしく、夕食の席でははしゃぎどおしだった。
対して俺は、時を増すごとに気が滅入るばかりで、話を振られても相槌を打つのが精一杯だった。
道中、エウゲニーはアラムとなにを話していたのか気になりつつも、会話が億劫でたまらず、アラムから心配されることも疎ましく感じてしまう始末だった。
これじゃあ空気を悪くしてしまう。俺は食事もそこそこに部屋へ下がることに決め、席を立った。
「道中でなにかあったのか?」
アラムが後を追ってきてくれたらしい。ドアを閉めるまえに声をかけられ、部屋に招き入れた。
「別に、なんでもないよ」
「なんでもなくないだろ」
振り返ったことで足元がふらついてしまい、アラムが支えてくれた。
「ごめん。……ありがとう」
「どうしたんだ?」
「大丈夫。ちょっと、くらっとしただけ」
アラムは俺を支えながらソファへと連れて行ってくれて、深々としたそこへ倒れるように腰を下ろした。
「なにか飲む?」
「あー……お茶がいいかも」
「じゃあ、頼んでくる」
なんだろう。部屋を出ていくアラムの背を見ながら、ため息が漏れてしまう。
アラムと二人になれて嬉しいし、心配をかけさせていることが申し訳ない。三週間はそばにいれるけど、その後はいつ会えるかわからないのだから、一日だって貴重な時間だ。そのために同行したわけで、気分を滅入らせている場合じゃないのに、元気が出ない。
少ししてアラムが戻ってきた。手にはトレーを持っており、湯気のたったカップとポットが置かれている。宿の従業員に頼まず、食堂から自分で運んできてくれたようだ。
「……ありがとう」
カップを受け取ると、独特の香りが漂い、少し気分が落ち着いてきた。
「リュミトロフのお茶は苦みが強いけど、慣れるとクセになりそうだな」
アラムは言いながら俺の隣へ腰を下ろしてきた。三人は悠に座れるほどの大きさなのに寄り添うようにくっつかれて、頬に熱が集まる。
エウゲニーに言われた恋人という言葉が頭によぎり、アラムとはそういう関係になるのかと改めて実感してしまう。
「最初はこんなまずいもん飲めるかって思ったけど、今じゃ毎日飲まないと落ち着かないくらいになった」
「すっかりリュミトロフ国の王子だな」
「だね。まだ二年だけど、正直なところヒエスラで皇族だったときより、実感がある」
「リュミトロフの王族ってことにか?」
「うん。街へ出るとロジオン王子って声をかけられるからかもしれないけど」
「……おまえは自らの意志でリュミトロフに留まっているんだよな?」
「うん。王都へ来たのも俺の意志だよ」
「来て、留まることに決めたのは、ローギン国王とエウゲニー殿下がいらっしゃったからか?」
「……そうだね。兄がいるなんて知らなかったけど、二人とも会ってすぐに好きになったよ」
「会ってすぐに家族だってわかったのか? 前はローギン国王が自分の父親であるわけがない、あり得ないって言っていたけど」
「ああ、うん。アラムと二人で来たときのことでしょ? オリガ……そのとき会った彼女にはあのあと手土産を持って謝罪に行ってね、いまでは友達だよ」
「友達?」
「うん。オリガが王都へ来たら街を案内してあげてるんだ。これまでに三回くらい来たかな? 静かな子で、結構気が合うんだ」
初めてリュミトロフへ来たとき、最初に会った魔族からローギンと見間違われたことがあった。今となっては懐かしさに頬が緩む話だ。
当時はアラムの言うように、どれほど似ていようともローギンが父親だなんて見当違いもいいところだとしか考えていなかった。エウゲニーが俺の兄だと自己紹介してきたときも信じられなかったし、実際にローギンと顔を合わせても、まだ疑っていた。
信じるようになったのは、ローギンが母のことを話してくれたからだ。
母のことは、血筋の者以外にはほとんど知られていない。穢されるまでは、皇女として表舞台には出ていなかったし、俺を身ごもったあとは、ますます人目を避け、いっさい外へ出ずに過ごしていた。
ローギンは、母の容姿から性格までよく知っていた。実際に会ったことがなければ知らないようなことまでもだ。
なぜ母と関係を持ったのかは話さなかったし、俺も聞かなかったけど、俺が宿ったあとも、何度となく会いに通ったとは聞いた。しかし母からは憎悪を向けられるだけで、フョードルの手によって阻まれ会うことは一度もかなわなかったらしい。
実際に俺はローギンと一度も会わなかったし、母やフョードルから話を聞いたこともなかったから、嘘かもしれない。けれど、俺はローギンを信じた。面と向かって顔を合わせたことで、彼を信用することにしたのだ。
「リュミトロフでは引きこもっていることなんてできないんだ。ゲームとかないし、暇をつぶすためには一人じゃ難しいってのもあるんだけど、欲しいものがあったら自分で買いに出なきゃいけないから、外に出る機会が多いんだ。それでさ、街へ出ると知らない人に声をかけられるんだ。俺がローギンに似てるから、みんな俺が王子だってすぐにわかるみたいで、話しかけてくれたり、必要以上の親切を向けてくれるんだよ。びっくりしたのは、肌の色が違うのに、それでも王子だと信じて疑わないところだ。国王が人間と子を成してもなんとも思わないらしい。ヒエスラじゃ考えられなくない? しかもさ、リュミトロフでは半魔は差別の対象じゃないんだ。むしろ尊敬されるっていうか、半魔は親よりも魔力が強くなるからみたいなんだけど、だから王子であることより、強さへの憧れみたいなもので畏敬の念を向けられるんだ」
話しながらなぜヒエスラへ行くことに気が進まないのか、なんとなく合点がいき始めた。
父と兄から離れたくないこともあるし、母を思い出すせいもある。それだけじゃない理由もたくさんあったということに気づかされた。
「まあ、その点を突くとヒエスラをユートピアと言っていいのか難しいよな。人間は同種の者と群れたがる性質があるけど、半魔どころかアルファだのオメガだのとも差別してキリがないほどだ」
アラムは特権階級のアルファだ。だから男に抱かれたいという自分の欲望を隠していた。
そのなにが悪いのかはよくわからないけど、騎士としての地位すら剥奪されるのを恐れていたのは覚えている。そのとき、たかがそんなことでという態度を取ったことでアラムの怒りを買ってしまった。
つまりは、俺が半魔であることを厭っているのと同じくらい、アラムにとっては大きな問題なのと思う。
なのにアラムはその問題をすべて投げうち、何もかも捨てることになってもいい覚悟でリュミトロフにまで来てくれた。
俺と、たかが数分会うだけのために。
「俺にそんな価値がある?」
「なんだ? いきなり」
「俺は自分の意志でリュミトロフへ去った。アラムはわかってたんだろ? ヒエスラから逃げたっていうか、アラムから逃げ出したってこと」
「……ああ」
「逃げ出しても確かにアラムのことは忘れられなかったし、再会できたのは嬉しかった。でも、それでも俺はヒエスラへは帰らない。そのことも聞く前からアラムはわかっていたんだろ?」
「……惚れた男の考えくらいわかる。おまえはわかりやすいしな」
「そんなにわかりやすい?」
「顔に出るし……態度でもわかる。司令室で再会したときも、動揺がもろに出ていたしな」
アラムは思い出したのかおかしげに笑い、俺もふと口元を緩ませた。
確かに記憶を探ると、あのときの俺は滑稽な態度でアラムのまえから逃げ出そうとしていた。思い出すと呆れるほどバカ丸出しだ。
おかしく笑うのも、誰もがバレバレだと言うのも無理はない。
などと考えつつ、今の俺ならあんな反応はできないなあと冷静に苦笑する自分がいる。まるで別の人間の話をしているような感覚になっている。
成長したからなのか、なにやら不思議な気分だ。
「もう、あんな変なことはしないよ。少しは大人になったんだから」
「確かに、謁見の間でのおまえは昔のままみたいだったのに、そのあとからやけに落ち着いたよな。エウゲニー殿下がいたからか?」
「……わかんない。どうだろう? アラムのまえでかっこつけたくなったからかな?」
ふざけた調子で笑みを向けると、アラムはなぜか顔を強張らせた。
「……なに? どうしたの?」
「おまえがヒエスラへ帰りたくないのは、マルガリータ様のことを思い出すせいなのか?」
いきなり母の名を出されて面食らう。
事実だが、アラムの口から聞くとは思わなかった。
「なん……あ、エウゲニーと話してたのは母の話?」
「エウゲニー殿下はおまえを心から心配しているらしい。俺のことは認めてくれたけど、ヒエスラへは行かせたくないと言って、理由を話してくれたんだ」
「……だったら、いいじゃん。確認する必要なくない?」
「ああ。でも、ケルン様から聞いていた話と違っていたから」
「フョードル? 話ってなに? アラムは会ったことがないだろ?」
「いや、先月キーンズに来られて──」
「フョードルが?」
驚くあまり、俺は声を荒らげながら立ち上がった。アラムは少し驚いたように仰け反ったが、俺の困惑をわかってくれたようで、神妙な顔で頷き返してくれた。
「そうだ。クジマ様とカツフクにいらっしゃる」
「カツフク……嘘だろ」
フョードルがカツフクにいる。いま向かっている国境のヒエスラ側の街に、クジマとともにいるなんて、信じられない。
フョードル・ケルンは、ヒエスラ最高の魔術師として、現在クジマの座る宮廷魔導師という立場で長年国に仕えていた半魔である。俺の師であり、父親代わりとも言える男だった。
しかし十二年前、母の死のきっかけとなった爆発事故の犯人として名乗り出たあと、姿を消してしまった。
行方知れずとなって以来、噂の一つも耳にしたことがなかったというのに、なぜいま現れたのだろう。
「……なにを聞いたんだよ」
声が震えてしまう。俺の知らない話を……母のことや事件についてをフョードルは多く知っている。
身体さえも震え始めた俺を、アラムは心配げな顔で見つめながら立ち上がり、そっと俺の肩を抱いてソファへと座るよう促してきた。
「どちらの話からしようか?」
エウゲニーから聞いた話か、フョードルからのかをアラムは問いかけてきた。
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