抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第二章 この天賦は誰が為

34.らしくない

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 三週間が経ち、ヒエスラとの国境があるポルサスという街の手前にまでやってきた。明日の朝この宿を出発したら、昼すぎには国境検問所へ到着できる。
 俺はアラムを腕に抱きながら、乱れたシーツのうえで汗ばんだ身体を横たえさせていた。
 王都を出発した翌日から、俺はアラムと同じ部屋に泊まるようになった。みな俺たちの関係を知っているし、部屋を別でとったとしてどの道同じベッドで寝ることになるのだからと、はばかることをやめたのだ。

「じろじろ見るなよ」

 こみ上げてくる愛おしさに任せて見つめていたら、アラムは睨みつけてきた。
 
「ごめん……アラムがかわいくて」
 
 アラムは俺の腕に抱かれるのが好きらしい。
 二人きりになると、するりと腕の中に入ってきて、身体を預けてくる。
 背丈はあまり変わりないし、体格でいえば鍛えているアラムのほうが大きいくらいだが、それでも俺を背もたれや枕にしたがる。
 そんなアラムが可愛くて愛おしい。

「俺のことかわいいなんて言うやつはおまえくらいだ」
「俺だけでいいんだよ。他の誰にもアラムのかわいさを知られたくない」

 口にしつつも、本心からの言葉じゃない。
 アラムが他の誰か、男でも女でも、俺じゃない誰かと愛し合う日が訪れる未来は、止めることができない。

「おまえにしか見せられないって」
「……うん、だといいな」
 
 ゆっくりと髪をなでてやるとアラムは喜びの吐息を漏らし、嬉しそうに微笑む。
 なんて幸福な時間なんだと感激するとともに、言いようのない不安が迫りくる。
 この三週間、毎日のようにアラムを抱いてきた。
 幸福であるはずなのに、じくじくとした不安が腹の奥にあって落ち着かない。
 離れなければならないのだからと感情をセーブし、深くまで愛してはいけないと自らを戒め続けているからだろう。

「……だったら明日の夜に帰るなんて言うなよ」
 
 さみしげな声で言われるも、不満の尖りは感じられない。

「でもヒエスラへは入国するよ」
「フョードル様にお会いするためだろ? 会うだけ会って、その日のうちに帰るなんて」
「うん、だから時間によっては日付をまたぐかもしれないし」
「言葉遊びをしてるんじゃない」

 毎日のように繰り返される、お決まりともなったやり取りだ。
 アラムも不安らしい。わかっているからこそ愛おしさが募り、不安はいや増しになる。
 
「……アラムが帰らなきゃ、そばにいられるよ?」

 こう言えばアラムは困った顔になる。
 これまでは悩ませてはならないと冗談でも口にしなかったが、ここまで来て引き返すことなどできないのだからと軽い気持ちで口にした。

「そうだな。おまえが来ないんなら、俺が留まるのも一つの手かもしれない」

 拒否されるはずが、思ってもみなかった答えが返ってきて俺は狼狽えた。

「何言ってんの? 冗談だよ」
「考えていたんだ。俺ができることといえばそれしかない」
「そんなことないよ。予定を合わせればいくらでも会うことができる」
「おまえはそんな程度で満足できるのか? 俺はこの三週間でますますおまえと離れがたくなった。明日の夜にはおまえの腕のなかにいられないと考えると帰りたくない……おまえのそばにいられるなら、剣を握れなくてもいい……」
「……どうしたんだよ、アラムらしくないよ」
「そうだな。俺らしくない。アルファとしてあるべきじゃないことに慣れすぎて、俺の中で革命でも起きてるのかもしれないな」

 アラムは言いながら自嘲ぎみな笑みを浮かべた。
 ということは、はっきりと決意したわけじゃないようだ。
 やけになっているわけでもない。本音ではヒエスラを捨てる気などなく、頑なな俺に対する当てつけめいた気持ちから、血迷ったことを口にしただけだ。
 本気であったとしてら困る。俺にそこまでする価値などない。アラムの人生をめちゃくちゃにしてまで受け止められる度量なんてないのだから。

「……アラム」

 言いかけた口をアラムに塞がれた。まるで反論を許さないとばかりに両手で頬を挟んで軽くついばまれ、何度かちゅっちゅと吸い付かれる。

「俺がリュミトロフで生きることになっても、おまえの世話になるつもりはない。ただ、生活基盤が整うまでは相談に乗って欲しい。前列が少ないから情報がまるでないんだ」
「……そんな冗談まで言うなんて、本当にどうかしてるよ?」
「どうかするのは当然だ。初めてなんだよ。こんなに強く衝動を感じるのは。おまえにだけなんだ」

 やめてほしい。アラムから強い視線を注がれていることに耐えきれず、俺は目を伏せた。

「俺も初めてだよ。アラムほど好きになった人はいない。でも、ヒエスラの……魔力のない人間がリュミトロフで生きていくのは容易いことじゃない。前列がないのは不可能だからだよ」

 俺の引いた線を、アラムはやすやすと乗り越えてきてしまう。一つ一つ、これ以上はだめだとストップをかけても、アラムは強引に押し入ってくる。

「……おまえの世話になるしかないっていうのか?」
「シャワーを浴びるのにもね。お茶を飲むにも俺がいなきゃ沸かせないよ?」

 アラムのためなら四六時中そばにいて魔法を使うことくらいなんてこともないけど、アラムのプライドが許さないだろう。ヒエスラでも俺が世話をすると言ったとき、アラムは激高したのだから。

「面倒だな。じゃあカツフクに住むか……それも面倒か。いちいち国境を越えなきゃいけないなんて手間がかかる」
 
 アラムは俺との未来を必死に考えてくれている。俺がヒエスラへ帰ると言えば済む話なのに、求めもせず、責めようともしない。アラムのほうから歩み寄ろうとしてくれている。
 殴られて突き放されたときはショックのあまり愕然とした。駄々っ子のように欲しがり、手に入らないと知って悲しかった。愛して欲しくて、アラムを自分のものにしたかったのに、いざ手に入ったいま、なぜか不安が恐怖を携えて近づいてくる。
 思えばヒエスラから逃げ出したとき、心のどこかで安堵していた。アラムが俺を拒否するのは当然のことであり、俺に愛される価値なんてない。だからと、無謀な想いを抱いて逃げ出した自分を自嘲して、奇妙に満たされた気持ちになっていた。

「どうした?」
 
 アラムは震えている俺の顔をあげさせ、心配げに覗き込んできた。正面から見据えられた目には溢れんばかりの愛を感じる。
 手に入れたものを失ったら絶望の淵に沈んでしまう。ならば得られないほうがいい。逃げ出したときの安堵はそこから生じた感情だった。
 そのはずが、アラムはいま俺の腕の中にいて、すべてを捨てる覚悟を持っているという。
 勘弁して欲しい。嘘や冗談でも言わないで欲しい。本心からだとしたら耐えられない。
 アラムの愛を感じるほどに、恐怖が増していく。
 アラムから熱を帯びた目を向けられるたびに、腹の奥から恐怖が這い上がってくる。心にたどり着いたら、壊れてしまいそうなほどの恐怖が。

「……とりあえず今夜はもう、寝よう。明日は忙しくなるし」

 精一杯笑みに見えるよう口の端をあげて、アラムにキスをした。頭を撫でながらアラムを肩に寝かせるよう誘導し、腕を枕にして軽く抱き締めた。
 アラムはなにも言わなかった。呼吸というには深く息を吐いたアラムからは、少しの期待と不満を感じ取ったけれど、俺はそれ以上の言葉をかけることをしなかった。
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