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第二章 この天賦は誰が為
38.兄と妹
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胸のあたりにどくどくと生暖かな液体の感触が広がっていく。
腕の中のアラムの顔を見ると俺の肌より白くなっている。青いとも言えるほどで、俺もと青ざめながら空中で方向転換をして、フョードルたちからだいぶ離れた地点に着地した。瓦礫だらけで人けはない。
「アラム、しっかりして」
考えるより先にまずはと治癒魔法を発動させた。
しかし俺の技術的はかなり未熟だ。フョードルやクジマが教授してくれていたものの、怠惰に溺れ、勉強からは逃げ回っていた。本人の治癒能力を高める程度のことしかできず、必要患部を集中的に治療することができない。
「どうかな? まだ痛む?」
どうにか血を止めることはできたようだが、アラムはつらそうだ。
「……寝かせてくれ」
忙しなく呼吸をしながら、身体を起こしているのもつらいとばかりに地面に膝をついた。
「わかった」
アラムの頼みを聞くため、風魔法を発動して近くの瓦礫を吹き飛ばした。
毛布のひとつでもあればいいのに、とあたりを見渡して歯噛みをする。すべてを焼き尽くしてしまった。今になって悔やみながら、痛みで顔をしかめるアラムを地面のうえに横たわらせた。
どこかへ移動すべきか。動かすと身体に障るだろうか。
悩んでいた俺の目のまえで、突然アラムの身体が跳ねた。二度三度とびくつかせ、胸や肩、太ももからも血が噴き出した。
「……っっ──」
薄く開けていたはずの目が完全に閉じられてしまった。叫び声をあげたくとも、ショックが強すぎて声すら出てこない。
まさかとうろたえながら、全魔力を治癒魔法に注いだ。しかしアラムはぴくりとも動かない。胸にあてた手から心臓の鼓動が伝わってこない。
「なんで? なにがどうなってるんだ? アラム? 目を開けて。アラム」
身体がみるみる冷えていく。血の吹き出る箇所に手をあて、止まってくれと必死に押さえつけた。
しかし無情にも血の勢いは止まらない。どくどくと泉のように指の隙間から湧き出るそれは、体温よりも温かく感じた。
「アラム、アラム」
アラムの命が血とともに抜け出ていく。冷えていく身体を温めるためにアラムを抱き起こし、力を入れて抱きしめた。
「……っ」
泣いてもどうにもならないが、これ以上どうすればいいのかわからない。治癒魔法は発動しているし、これ以上無理というほど抱き締めている。
これ以上は無理……頭によぎったその考えに、目の前が暗くなった。
なぜ?
誰がこんなことをしたんだ?
アラムは確かに攻撃された。俺にはかすりもしなかった。誰かがアラムを狙って攻撃したに違いない。
誰だ?
誰がアラムを?
かっと血がのぼり、拳を握って地面に叩きつけた。すると大地がぐらりと揺れ、しゃがんでいてもバランスを取るのが難しいほどの振動が襲ってきた。
地面の割れる音と、瓦礫の崩れる大きな音があたり一面にこだまする。煤が砂埃とともに舞い、視界も塞がれた。
「おやめになって!」
がらがらと音を立てる瓦礫の向こうから少女の声がして、はっと身体が震えた。
「ベネフィン卿から離れてください」
アラムの名を口にするとはなにごとだ。怒りの形相で声のするほうへ目を向けると、振動によって崩れた地面の上方に、物凄いスピードで飛んでくる人影を捕らえた。
「母上……」
母だった。母が近づいてくる。穢れたものを見るような目で、俺を非難しようとでもするかのように怒りをあらわにしている。
「治癒しなければ、手遅れになります」
母は身体に独特の光を帯びながら地面に降り立った。
魔術を発動しているらしい。母は人間であるはずなのに。なぜと思うも、それ以上に母の目が恐ろしく、かすか震え始めた身体を鎮められない。
「なぜベネフィン卿を攻撃したのですか?」
母はじりじりとにじり寄ってくる。
「……大切な方なんでしょう?」
アラムの身体がぼうっと光に包まれた。
「やめろ!」
すでにかけている俺の魔術とは違うものだ。かっとした俺は、叫びながら攻撃魔法を放った。
「治癒魔法です」
母は俺の攻撃魔法を軽くいなし、なおも歩みよりながらアラムに魔法をかけてくる。
「やめろ、アラムになにもするな」
「お兄様の術では治りません。わたしにお任せください」
「俺は兄じゃない! 母上の息子だろ?」
「……お兄様、わたしはリザヴェータです。あなたの妹です。お母様はわたしを産んだあとなくなりました」
リザヴェータ? 俺の妹?
そうだ。母はリザヴェータのせいで死に、フョードルは娘を守るために姿を消したのだ。
「おまえを産んだあとじゃない。おまえは死んだ母の腹から取り出された……」
「お兄様、よくお聞きください。母の死は不運が積み重なってしまった結果です。お兄様はお母様の手術をご覧になられて、混乱なさっておられたのです。お兄様が魔法を発動されたのは術後すぐでした。お父様がとっさにわたしたちを防御魔法で守ってくださいましたが……医師が母の上に転倒したせいで、お母様を助けられなかったのです。お母様の傷口が開いておしまいになり、転倒によって意識を失った医師は縫合することができず、また父もわたしたちを助けることに意識が向いていて、母の出血に気づけなかったのです」
なにをべらべらと嘘を並べ立てているのだろう。俺は確かに見ていた。ぴくりとも動かない母の腹から取り出される姿を。母はあのとき完全に命を失っていた。
「お兄様、クジマ様からお兄様が治癒魔法の類を苦手とされていらっしゃることはお伺いしております。わたしは治癒魔法を得意としております。ですから、いまなら間に合います。危険な状況でありますが、ベネフィン卿をお助けすることができます」
「苦手? 俺はクジマやフョードルよりも強い魔力を持っているんだ……俺にできないはずがないだろ」
俺は誰よりも強い魔力がある。ローギンやエウゲニーが舌を巻くほどの魔力が、見渡す限り焼け野原にする力がある。俺にできないことを他の誰かができるはずはない。
「おっしゃるとおり、お兄様は強大ともいえる魔力を持っていらっしゃいます。ですが、治癒魔法は総量よりも技術なのです」
いつの間にここまで近づいていたのか。リザヴェータはすぐ横でしゃがみこんでいて、アラムに手のひらを向け魔術を放っている。俺はかっとしてリザヴェータを突き飛ばした。
「やめろって言ってんだろ!」
なのに、リザヴェータは負けじと立ち上がり、アラムに対してかけている魔法を止めようとしない。
「治癒魔法は攻撃魔法と違うのです」
「やめろ!」
「……どうか落ち着いてください。お父様とクジマ様もいらっしゃいますし、エウゲニー殿下もおられます。技術的に成熟された方々がいらっしゃるのですから、現状でも十分持ち直せます」
「だから俺がやってるって言ってんだろ」
「お兄様は人にはない魔力を持っていらっしゃいますが、とっさに発動なされる攻撃魔法と、集中力を要する治癒魔法は別物なのです」
「とっさにって、攻撃魔法だって集中力を必要とするだろ」
「お兄様は現に混乱のため街を破壊してしまわれたではありませんか。意思がなくても、お兄様は指を弾くだけで人を殺傷してしまえるのです。ベネフィン卿を傷つけたのも、お兄様のご意思ではないでしょう?」
「俺がアラムを? そんなはずがないだろう。俺は常に自分の意思で魔法を発動している」
だから今、アラムを治癒していると言いたかったのだが、リザヴェータはさっと顔を曇らせた。
「……でしたらあの攻撃には、明確な殺意があったとおっしゃられるのですか?」
なにを今さら。それどころじゃないというのにやたら真剣に問われて眉根を寄せた。
「当然だ」
「殺意をもって、攻撃なされたのですね?」
念を押すように問われ、俺はアラムを見た。血の通った人間とは思えないくらいに白くなってしまっている。苦しげに喘がせていた胸も、いまはぴくりとも動いていない。
攻撃は殺意なくできない。
つまり、アラムは誰かに明確な殺意を持たれていたことになる。なぜヒエスラのアルファが、出世街道から落ちた騎士が殺意を向けられる謂れがあるんだ?
「お兄様があのとき攻撃なさったのは、本当にわたしを殺すためだったのですか?」
「……わたし?」
「母が亡くなってしまったあの事故は、わたしを殺すために起こしたことだったのですね?」
「そうだって言ってんだろ」
あのとき、頭に血が上ったせいだった。
『わたしに息子はいないわ。この子、お腹の中にいる娘だけよ』
母の部屋を覗き込んだとき、聞こえてきた言葉にかっとした。
『もう、外に出てきたよ。ほら、いまはもうわたしの腕の中だ』
母を愛おしげに見つめるフョードルの姿が浮かんできた。なにかを腕に抱いている。落としたら大変と言わんばかりにこわごわと、大切なものを包むように抱いている。
『そうね。意識が残っているから不思議な感じだわ。お腹を切られているのに感覚がないなんて』
この記憶はなんだ? いや、記憶じゃない。記憶であるはずがない。
『ああ。魔術を使った手術ならではだね。ヒエスラで行った場合はすぐ対面とはいかなかったかもしれない』
フョードルの腕にあったものが、真っ赤な顔で声をあげた。か細くも力強く、だぶだぶな産着にすっぽりと埋まりながらも存在感を示している。
『名前はなににする?』
母も、フョードルに愛おしげな目を向けている。見慣れた表情だが、視線はフョードルだけに留まらない。腕の中にあるものにも注がれ、母はそっと手を伸ばし、触れ、撫でた。
『……そうだね。リザヴェータなんてどうかな?』
現実に起きたことじゃない。母が妊娠していたことは思い出した。ただ、出産するまえに死んでしまった。
死んでしまったから、腹を割かれて取り出されたのだ。だから、俺は死んだ母もろともお腹の子を……妹を殺した。
『いいわね』
『きみに似ているね。美人が二人になるなあ』
これは記憶じゃない。自傷的につくりあげた幻想であるはずだ。なのに、まるで記憶のように這い出てくる。悪夢であるはずなのに、実際に見た記憶のように感じてしまう。
「お兄様」
必死に幻想を振り払おうとしていた俺は、いきなり現実に引き戻された。ふと目の間のリザヴェータに焦点を合わせると、見たことのない表情をしている。
出会ってからさっきまでの彼女は、フョードルの娘と聞いてなるほどと納得できる柔和な雰囲気を表に出していた。母そっくりなのに、表情はフョードルと似ていて、人の良さそうな、内面の優しさが滲む顔つきだった。
それが今は顔の造作だけでなく表情も母と瓜二つだ。目には落胆と怒りをたたえ、俺をまっすぐに睨みつけている。
「……わたしを殺すために攻撃魔法を発動なされて、母を死に至らしめたのですね」
怒りとともに憎悪までもがそこにあるような眼差しだ。俺は言葉に詰まり、答えの代わりにまさかと必死に首を振った。
「そしてベネフィン卿のことも、殺意を持って攻撃なされたのですね?」
「違う!」
「おそばにいらっしゃったのはお兄様です。暴走なさったせいと考えておりましたが、故意になされたことだったのですね?」
「俺じゃない!」
「ご自身でおっしゃられたではありませんか」
「誰か、他の誰かがやったんだ」
「どなたがベネフィン卿を攻撃なされるのですか? お兄様がお近くにいらっしゃって、遠方から狙うことなど不可能では?」
「違う。俺じゃない」
「だったら誰がしたとおっしゃられるのですか?」
わからない。けど、俺じゃないことは確かだ。
なぜアラムが狙われたのかはわからない。ただ、理由なんて今はどうでもいい。なんにせよアラムは今血を流して倒れている。
誰かの攻撃によって。誰かの……魔法を使える誰か……
「……おまえか?」
リザヴェータだ。俺の言葉にびくと身体を震わせた彼女の目には、怒りと憎悪の代わりに今度は怯えの色が浮かんできた。この反応は、事実を暴かれたからに違いない。
「お気を鎮めなさってください」
腕を掴んだら振りほどかれた。
「おまえがアラムを殺そうとしたんだな?」
後ずさるリザヴェータに近づくと逃げていく。間違いない。
「おやめください」
怯えきった顔で、悲鳴混じりな声を上げた。
リザヴェータであれば動機は明白だ。アラムを狙ったのは、俺に命を狙われたから、そのための復讐だったのだ。
「……俺を直接狙えばいいものを」
アラムは俺とのことに誰も関係がないと言った。二人の間にあるものは外からの影響を受けないと言ってくれた。
それは、互いになにごともなく、誰も介在しない場合のみに限る話だ。
アラムを殺そうとした相手に反撃する場合は、違う。
最初から、再会したときに殺しておくべきだった。最初から存在してはいけなかったのだから。
「お兄様、おやめください。……やめて!」
今度こそ、ちゃんと死ね。
今度こそ、俺が殺してやるよ。
腕の中のアラムの顔を見ると俺の肌より白くなっている。青いとも言えるほどで、俺もと青ざめながら空中で方向転換をして、フョードルたちからだいぶ離れた地点に着地した。瓦礫だらけで人けはない。
「アラム、しっかりして」
考えるより先にまずはと治癒魔法を発動させた。
しかし俺の技術的はかなり未熟だ。フョードルやクジマが教授してくれていたものの、怠惰に溺れ、勉強からは逃げ回っていた。本人の治癒能力を高める程度のことしかできず、必要患部を集中的に治療することができない。
「どうかな? まだ痛む?」
どうにか血を止めることはできたようだが、アラムはつらそうだ。
「……寝かせてくれ」
忙しなく呼吸をしながら、身体を起こしているのもつらいとばかりに地面に膝をついた。
「わかった」
アラムの頼みを聞くため、風魔法を発動して近くの瓦礫を吹き飛ばした。
毛布のひとつでもあればいいのに、とあたりを見渡して歯噛みをする。すべてを焼き尽くしてしまった。今になって悔やみながら、痛みで顔をしかめるアラムを地面のうえに横たわらせた。
どこかへ移動すべきか。動かすと身体に障るだろうか。
悩んでいた俺の目のまえで、突然アラムの身体が跳ねた。二度三度とびくつかせ、胸や肩、太ももからも血が噴き出した。
「……っっ──」
薄く開けていたはずの目が完全に閉じられてしまった。叫び声をあげたくとも、ショックが強すぎて声すら出てこない。
まさかとうろたえながら、全魔力を治癒魔法に注いだ。しかしアラムはぴくりとも動かない。胸にあてた手から心臓の鼓動が伝わってこない。
「なんで? なにがどうなってるんだ? アラム? 目を開けて。アラム」
身体がみるみる冷えていく。血の吹き出る箇所に手をあて、止まってくれと必死に押さえつけた。
しかし無情にも血の勢いは止まらない。どくどくと泉のように指の隙間から湧き出るそれは、体温よりも温かく感じた。
「アラム、アラム」
アラムの命が血とともに抜け出ていく。冷えていく身体を温めるためにアラムを抱き起こし、力を入れて抱きしめた。
「……っ」
泣いてもどうにもならないが、これ以上どうすればいいのかわからない。治癒魔法は発動しているし、これ以上無理というほど抱き締めている。
これ以上は無理……頭によぎったその考えに、目の前が暗くなった。
なぜ?
誰がこんなことをしたんだ?
アラムは確かに攻撃された。俺にはかすりもしなかった。誰かがアラムを狙って攻撃したに違いない。
誰だ?
誰がアラムを?
かっと血がのぼり、拳を握って地面に叩きつけた。すると大地がぐらりと揺れ、しゃがんでいてもバランスを取るのが難しいほどの振動が襲ってきた。
地面の割れる音と、瓦礫の崩れる大きな音があたり一面にこだまする。煤が砂埃とともに舞い、視界も塞がれた。
「おやめになって!」
がらがらと音を立てる瓦礫の向こうから少女の声がして、はっと身体が震えた。
「ベネフィン卿から離れてください」
アラムの名を口にするとはなにごとだ。怒りの形相で声のするほうへ目を向けると、振動によって崩れた地面の上方に、物凄いスピードで飛んでくる人影を捕らえた。
「母上……」
母だった。母が近づいてくる。穢れたものを見るような目で、俺を非難しようとでもするかのように怒りをあらわにしている。
「治癒しなければ、手遅れになります」
母は身体に独特の光を帯びながら地面に降り立った。
魔術を発動しているらしい。母は人間であるはずなのに。なぜと思うも、それ以上に母の目が恐ろしく、かすか震え始めた身体を鎮められない。
「なぜベネフィン卿を攻撃したのですか?」
母はじりじりとにじり寄ってくる。
「……大切な方なんでしょう?」
アラムの身体がぼうっと光に包まれた。
「やめろ!」
すでにかけている俺の魔術とは違うものだ。かっとした俺は、叫びながら攻撃魔法を放った。
「治癒魔法です」
母は俺の攻撃魔法を軽くいなし、なおも歩みよりながらアラムに魔法をかけてくる。
「やめろ、アラムになにもするな」
「お兄様の術では治りません。わたしにお任せください」
「俺は兄じゃない! 母上の息子だろ?」
「……お兄様、わたしはリザヴェータです。あなたの妹です。お母様はわたしを産んだあとなくなりました」
リザヴェータ? 俺の妹?
そうだ。母はリザヴェータのせいで死に、フョードルは娘を守るために姿を消したのだ。
「おまえを産んだあとじゃない。おまえは死んだ母の腹から取り出された……」
「お兄様、よくお聞きください。母の死は不運が積み重なってしまった結果です。お兄様はお母様の手術をご覧になられて、混乱なさっておられたのです。お兄様が魔法を発動されたのは術後すぐでした。お父様がとっさにわたしたちを防御魔法で守ってくださいましたが……医師が母の上に転倒したせいで、お母様を助けられなかったのです。お母様の傷口が開いておしまいになり、転倒によって意識を失った医師は縫合することができず、また父もわたしたちを助けることに意識が向いていて、母の出血に気づけなかったのです」
なにをべらべらと嘘を並べ立てているのだろう。俺は確かに見ていた。ぴくりとも動かない母の腹から取り出される姿を。母はあのとき完全に命を失っていた。
「お兄様、クジマ様からお兄様が治癒魔法の類を苦手とされていらっしゃることはお伺いしております。わたしは治癒魔法を得意としております。ですから、いまなら間に合います。危険な状況でありますが、ベネフィン卿をお助けすることができます」
「苦手? 俺はクジマやフョードルよりも強い魔力を持っているんだ……俺にできないはずがないだろ」
俺は誰よりも強い魔力がある。ローギンやエウゲニーが舌を巻くほどの魔力が、見渡す限り焼け野原にする力がある。俺にできないことを他の誰かができるはずはない。
「おっしゃるとおり、お兄様は強大ともいえる魔力を持っていらっしゃいます。ですが、治癒魔法は総量よりも技術なのです」
いつの間にここまで近づいていたのか。リザヴェータはすぐ横でしゃがみこんでいて、アラムに手のひらを向け魔術を放っている。俺はかっとしてリザヴェータを突き飛ばした。
「やめろって言ってんだろ!」
なのに、リザヴェータは負けじと立ち上がり、アラムに対してかけている魔法を止めようとしない。
「治癒魔法は攻撃魔法と違うのです」
「やめろ!」
「……どうか落ち着いてください。お父様とクジマ様もいらっしゃいますし、エウゲニー殿下もおられます。技術的に成熟された方々がいらっしゃるのですから、現状でも十分持ち直せます」
「だから俺がやってるって言ってんだろ」
「お兄様は人にはない魔力を持っていらっしゃいますが、とっさに発動なされる攻撃魔法と、集中力を要する治癒魔法は別物なのです」
「とっさにって、攻撃魔法だって集中力を必要とするだろ」
「お兄様は現に混乱のため街を破壊してしまわれたではありませんか。意思がなくても、お兄様は指を弾くだけで人を殺傷してしまえるのです。ベネフィン卿を傷つけたのも、お兄様のご意思ではないでしょう?」
「俺がアラムを? そんなはずがないだろう。俺は常に自分の意思で魔法を発動している」
だから今、アラムを治癒していると言いたかったのだが、リザヴェータはさっと顔を曇らせた。
「……でしたらあの攻撃には、明確な殺意があったとおっしゃられるのですか?」
なにを今さら。それどころじゃないというのにやたら真剣に問われて眉根を寄せた。
「当然だ」
「殺意をもって、攻撃なされたのですね?」
念を押すように問われ、俺はアラムを見た。血の通った人間とは思えないくらいに白くなってしまっている。苦しげに喘がせていた胸も、いまはぴくりとも動いていない。
攻撃は殺意なくできない。
つまり、アラムは誰かに明確な殺意を持たれていたことになる。なぜヒエスラのアルファが、出世街道から落ちた騎士が殺意を向けられる謂れがあるんだ?
「お兄様があのとき攻撃なさったのは、本当にわたしを殺すためだったのですか?」
「……わたし?」
「母が亡くなってしまったあの事故は、わたしを殺すために起こしたことだったのですね?」
「そうだって言ってんだろ」
あのとき、頭に血が上ったせいだった。
『わたしに息子はいないわ。この子、お腹の中にいる娘だけよ』
母の部屋を覗き込んだとき、聞こえてきた言葉にかっとした。
『もう、外に出てきたよ。ほら、いまはもうわたしの腕の中だ』
母を愛おしげに見つめるフョードルの姿が浮かんできた。なにかを腕に抱いている。落としたら大変と言わんばかりにこわごわと、大切なものを包むように抱いている。
『そうね。意識が残っているから不思議な感じだわ。お腹を切られているのに感覚がないなんて』
この記憶はなんだ? いや、記憶じゃない。記憶であるはずがない。
『ああ。魔術を使った手術ならではだね。ヒエスラで行った場合はすぐ対面とはいかなかったかもしれない』
フョードルの腕にあったものが、真っ赤な顔で声をあげた。か細くも力強く、だぶだぶな産着にすっぽりと埋まりながらも存在感を示している。
『名前はなににする?』
母も、フョードルに愛おしげな目を向けている。見慣れた表情だが、視線はフョードルだけに留まらない。腕の中にあるものにも注がれ、母はそっと手を伸ばし、触れ、撫でた。
『……そうだね。リザヴェータなんてどうかな?』
現実に起きたことじゃない。母が妊娠していたことは思い出した。ただ、出産するまえに死んでしまった。
死んでしまったから、腹を割かれて取り出されたのだ。だから、俺は死んだ母もろともお腹の子を……妹を殺した。
『いいわね』
『きみに似ているね。美人が二人になるなあ』
これは記憶じゃない。自傷的につくりあげた幻想であるはずだ。なのに、まるで記憶のように這い出てくる。悪夢であるはずなのに、実際に見た記憶のように感じてしまう。
「お兄様」
必死に幻想を振り払おうとしていた俺は、いきなり現実に引き戻された。ふと目の間のリザヴェータに焦点を合わせると、見たことのない表情をしている。
出会ってからさっきまでの彼女は、フョードルの娘と聞いてなるほどと納得できる柔和な雰囲気を表に出していた。母そっくりなのに、表情はフョードルと似ていて、人の良さそうな、内面の優しさが滲む顔つきだった。
それが今は顔の造作だけでなく表情も母と瓜二つだ。目には落胆と怒りをたたえ、俺をまっすぐに睨みつけている。
「……わたしを殺すために攻撃魔法を発動なされて、母を死に至らしめたのですね」
怒りとともに憎悪までもがそこにあるような眼差しだ。俺は言葉に詰まり、答えの代わりにまさかと必死に首を振った。
「そしてベネフィン卿のことも、殺意を持って攻撃なされたのですね?」
「違う!」
「おそばにいらっしゃったのはお兄様です。暴走なさったせいと考えておりましたが、故意になされたことだったのですね?」
「俺じゃない!」
「ご自身でおっしゃられたではありませんか」
「誰か、他の誰かがやったんだ」
「どなたがベネフィン卿を攻撃なされるのですか? お兄様がお近くにいらっしゃって、遠方から狙うことなど不可能では?」
「違う。俺じゃない」
「だったら誰がしたとおっしゃられるのですか?」
わからない。けど、俺じゃないことは確かだ。
なぜアラムが狙われたのかはわからない。ただ、理由なんて今はどうでもいい。なんにせよアラムは今血を流して倒れている。
誰かの攻撃によって。誰かの……魔法を使える誰か……
「……おまえか?」
リザヴェータだ。俺の言葉にびくと身体を震わせた彼女の目には、怒りと憎悪の代わりに今度は怯えの色が浮かんできた。この反応は、事実を暴かれたからに違いない。
「お気を鎮めなさってください」
腕を掴んだら振りほどかれた。
「おまえがアラムを殺そうとしたんだな?」
後ずさるリザヴェータに近づくと逃げていく。間違いない。
「おやめください」
怯えきった顔で、悲鳴混じりな声を上げた。
リザヴェータであれば動機は明白だ。アラムを狙ったのは、俺に命を狙われたから、そのための復讐だったのだ。
「……俺を直接狙えばいいものを」
アラムは俺とのことに誰も関係がないと言った。二人の間にあるものは外からの影響を受けないと言ってくれた。
それは、互いになにごともなく、誰も介在しない場合のみに限る話だ。
アラムを殺そうとした相手に反撃する場合は、違う。
最初から、再会したときに殺しておくべきだった。最初から存在してはいけなかったのだから。
「お兄様、おやめください。……やめて!」
今度こそ、ちゃんと死ね。
今度こそ、俺が殺してやるよ。
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・CP固定・ご都合主義・ハピエン
・他サイト掲載予定あり
【完結】あなたのいない、この異世界で。
Mhiro
BL
「……僕、大人になったよ。だから……もう、───いいよね?」
最愛の人に先立たれて3年。今だ悲しみから立ち直れず、耐えられなくなった結(ゆい)はその生涯を終えようとする。しかし、次に目が覚めたのは、生命を見守る大樹がそびえ立つ異世界だった。
そこで亡き恋人の面影を持つ青年・ルークと出会う。
亡き恋人への想いを抱えながらも、優しく寄り添ってくれるルークに少しずつ惹かれていく結。そんなある日、ある出来事をきっかけに、彼から想いを告げられる。
「忘れる必要なんてない。誰かを想うユイを、俺はまるごと受け止めたい」
ルークの告白を受け入れ、幸せな日々を送る結だったが、それは突然終わりを迎える。
彼が成人を迎えたら一緒に村を出ようと約束を交わし、旅立つ準備を進めていた矢先、結は別の女性と口づけを交わすルークの姿を目撃してしまう。
悲しみの中で立ち止まっていた心が、異世界での出会いをきっかけに再び動き出す、救済の物語。
※センシティブな表現のある回は「*」が付いてますので、閲覧にはご注意ください。
ストーリーはゆっくり展開していきます。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
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