抱かれたいアルファの憂鬱なる辞令

七天八狂

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第三章 ユートピアの片隅で

48.目的

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 ただ、俺にとってはなんの関係もない。ヒエスラとリュミトロフがどうなろうと興味はないし、エズラ全土を巻き込んだ大戦が勃発したとしても、どうでもいいとしか思えなかった。
 世間の空気にまったく同調できず、俺は一人淡々と過ごしていた。騎士宿舎から荷物を引き上げてホテルに連泊し、スーツケースに収まるだけの持ち物を残して処分するなどして、きれいさっぱりと身軽になった。細々とした手続きも無事に終え準備が整うと、出発するべくホテルをチェックアウトした。

「俺に挨拶なく出ていくつもりか?」

 ホテルを出てエアカーでも捕まえようとしたところ、声をかけられた。騎士団専用の堅牢なタイプのエアカーが場違いにも停まっており、覗かせて見えた顔は、ここ最近見ていなかった昔馴染みだった。

「挨拶はしただろ?」

 近寄るとドアが開き、コンスタンティンが顎をしゃくって俺に乗るよう促してきた。

「端末のメッセージ一つだけで済まそうなんて、薄情なやつだな」

 不機嫌をあらわにしたコンスタンティンの横へと乗り込んだら、とたんにエアカーは動き出した。

「どこへ行くんだ?」
「……おまえはどこへ行くつもりだったんだ?」
「おまえは、って……俺の目的地へ向かってくれるのか?」

 聞くと頷かれ、呆れるあまり脱力してシートに背中を預けた。
 
「……いつから師団長の仕事はそんな暇になったんだ?」
 
 コンスタンティンは反乱鎮圧の功績により、いまや第一騎士団の師団長となっていた。俺がその地位にいたときはのんびりしている暇などなかったというのに、えらい違いだとして驚かざるを得ない。

「暇なわけないだろ。やることは山のようにある。おまえが急にキーンズを出ていくって言うから、無理やり抜け出してきたんだ」

 だからってわざわざ見送りに来る必要もないのに、相変わらず義理堅い男だ。
 コンスタンティンはその栄誉の裏に誰の血が流れたのかを気にしてか、あの日以来俺の前に顔を出そうとしなかった。そのため俺も無理に声をかけず、多忙であろう遠慮も含めて、あえてメッセージ一つで済ませるつもりだった。

「だったら騎士団本部へ向かえ。俺はこの先なんの予定もない身だし、特に決まった目的もないからな」
「目的がないんなら……キーンズにいればいいじゃないか」
「いてもやることがないから出ていくんだって」
「……本当は、ロージャを探しに行くんじゃないだろうな?」

 コンスタンティンの洞察力は相変わらずのようだ。ちらと顔を窺うと俺を睨むかのように見据えていて、思わず口元を緩ませてしまった。

「安心しろ。俺は信心深いたちじゃない」
「つまりあの世があるとは考えていないってことか? じゃあどこを探しに行くって言うんだ? ……あいつは」
「あいつを探しに行くなんて言ってない。目的はないって言ってるだろ。単にエズラを見て回るのも悪くないと思っただけだ」
「……エズラを見て回るって……いったいいつ戻って来るつもりなんだ?」
「さあ。一周するのにどれくらいかかるんだろうな?」

 ユートピアのここでは最低限の生活は保障されている。どこへ行くにも無料でエアカーを利用できるし、宿や食事に困ることはない。ただ、観光地といったもののない世界でもあるため、旅行という概念はなく、エズラを横断するのは実地へ赴かなければならない所用のある者くらいだ。
 俺のように放浪して回ろうなどという酔狂な人間は珍しい、というかゼロと言っていいだろう。

「一年もすればリュミトロフにもネットワークが敷かれる予定だ。端末は常に接続しておけよ」
 
 そんな気の触れたような発言をしても、コンスタンティンはそれ以上の追及はしてこなかった。お節介で勘のいい親友は、呆れながらもよくよく俺のことを理解してくれている。
 死を選ばないとの答えに嘘がないことを信用してくれ、酔狂な真似をするくらいしか、気持ちのやりようがないことをわかってくれたのだ。
 地位を失い、騎士として生きる道も絶たれた。そのうえで、アルファの矜持を自ら捨て去るほど惚れた男を失ったのだから、旅の目的どころか生きる目的すらもない状態だ。
 俺の内心を推し量り、心配したあげくに確認のため顔を見に来てまでくれた。ほろりとくるほどありがたい。

「ちくいちその日にあったことをメッセージで送るから、まとめて見聞録にでもしてくれ。もしかしたら旅行ブームが起きるかもしれないぞ」
「バカ言え。誰がそんなものを読むんだ」
 
 騎士団本部に着くまでの間、コンスタンティンと他愛もない話をして過ごし、適宜連絡を入れるからと約束をして別れた。
 俺はエアカーでキーンズの端にまで行ったあと宿に泊まり、それからはのんびりと国中を回った。
 一年ほど経った頃、国内には見切りをつけ、リュミトロフへと向かうことにした。
 コンスタンティンが話していたように、国交は以前より活発になっているようで、入国審査は随分簡素なものへと変わっていた。噂どおり機器類の持ち込みは自由だし、端末も接続が切れることはなく、エズラは着実に変化していることをまざまざと思い知らされた。
 なにより驚いたのが、無料の宿が点在していることだった。ヒエスラの政策に感化されたのか、宿では食事をするだけでも無料で、数に限りはあるものの、野営をせずとも国を回ることが可能となっていた。
 こうしてありがたくも半年ほどリュミトロフを放浪したあげく、俺は実感を伴ってあることを悟った。

 ──これじゃ、埒が明かない。

 誰も旅行などしないわけだ。あてもなく闇雲に旅をしてもまったく楽しくない。行けども大した変化を感じられないばかりか、見て楽しめるものなどなにもないのだから。
 悟った俺は、出発して二年が経ったのちにようやく踵を返すことに決め、キーンズへと舞い戻ったのだった。

「お久しぶりですね。リュミトロフへ向かわれたとお伺いしておりましたが……いかがされたのですか?」

 到着した足で、俺はリザヴェータの元を訪ね、そして頭を下げた。

「急な訪問に関わらず、謁見させていただきまして、感謝申し上げます」
「おやめください。いったい、どうなされたのですか?」
「僭越ながら、リザヴェータ様が以前、なにかあればとおっしゃってくださったことを覚えておりまして……」
「ええ。わたしにできることがあればどのようなことでもお力になると申し上げました……なにかお困りごとでもございましたか?」
「はい。リザヴェータ様にお力添えいただきたいことがあります」

 リザヴェータは面食らった顔をしていたものの、二つ返事で快諾してくれた。
 彼女に頼るのは忍びなく、どうしてもという場合の最終手段と考えていた。しかし、思えば運命や偶然なんてものがこの世にあるはずはない。求めるものを手に入れるためには、行動する以外に道はないのだ。
 あのときと同じように。持て余した性癖を解消するため、わざわざ変装までして裏通りへ行ったときと同様だ。
 だからと頭を下げ、リザヴェータに深く礼を言って別れを告げたあと、俺は再びリュミトロフを目指してキーンズを後にした。
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