その溺愛は行き場をさまよう

七天八狂

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42.死の苦痛

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「そろそろ素直になれよ……挿れてくださいって」

 せせら笑う昴を、睨みつける。
 
「……言うわけないだろ……」

 睨みつける、それしかできない。
 
「あと欲しいのはそのシーンだけなんだよ」

 既に鎖を解かれていたが、昴の言うように抵抗する力を失っていた。

「うるさい、死ね」
 
 まじで殺してやりたい。
 手で三度抜かれ、後ろにはおもちゃを突っ込まれて、すでにこちらの精神は死んでいる。

「いかされて喘ぎまくった口でそれを言う? なんなら、その映像と挿入したカットを繋ぎ合わせてもいいんだけど」
「レイプは嫌いなんだろ?」
「嫌いだけど、あんなによがり狂っておいて、合意じゃありませんなんて言えなくない?」

 合意なんてした覚えはないし、ここまできたらレイプと言ってもいい。挿入とオーラルセックス以外はやり尽くされているのだから。
 それだけでもぶち殺してやりたいほど頭にきているが、それ以上に腹立たしいのは、この野郎が久世そっくりなところである。
 久世の美しき顔を醜悪に歪めて、久世が言うはずのない卑猥かつ下卑たことを口にする。
 ぶん殴ろうとする手が躊躇するのも、その顔に手を出せないというのが一番の理由だった。もう一つは、想像を遥かに超えた媚薬効果のせいである。

「別にセックスくらい大したことないだろ? 瑞希が調査させた結果を見せてもらったけど相当なヤリチンじゃん。誰とでも寝る淫乱なんだろ」
「……今は違う」
 吐き気に耐えながら答えると、昴は、はっと鼻で笑った。
「人は変わるって?」
「お前も変わったほうがいいんじゃないか? ……あっ、やめっ」

 突然、中のバイブが動き出した。この媚薬は、意識は酩酊しないものの、快楽に対して過敏な反応を見せる。溺れてしまえばいいものを、明瞭な自意識がそれを妨げてしまう。
 自意識は反抗するほどには覚醒できず、ただ快楽を味わい、それに悦び、さらにと渇望してしまうのを、はっきり自覚しているだけである。死にたくなるほどの不快感はそれがゆえだ。
 苦痛と快楽に攻められて耐えの喘ぎを漏らしていたところ、昴の愉快げに笑う声が聞こえてきた。

「俺は変わるよ。てか変わるために行動してるんだ。透が不幸になるのを見届けたら、さぞ清々しい気分になれるだろうなあ」
「はあっ、ん……なんでそんなに透に……」
「あ? なに?」
「な、んで透……んんっ」
「よがり過ぎてよくわからないな」
「し、死ね……ああっ」

 くそ。設定をさらに強めやがった。
 睨みつけると、昴は上気させた頰を満足げな笑みに変えた。
 
「ふん……まあ答えてやろう。妾だった俺の婆さんは、たんまり生活費をもらえていたけど、子息を産んだ自負みたいなもんがあって、金だけじゃ済まなかったらしい。俺を庶子として終わらせたくなかったようで、御曹司やらの通う学校に通わせてくれたわけだ。そこにはロメールの本家や分家の子息令嬢もこぞって通う名門校で……俺がどんな扱いをされたか、これだけで理解してくれると助かるんだが」
「……おまえの……んっ、性格が、歪んだ理由は……それか」
「歪んだのではなく、大志を抱く目的を見つけたと言って欲しいけど。んで、フランスの上流階級では俺の身分はすでに知られている。でももう一つの母国ならどうだ? 俺の血筋は名家で、しかも国のトップの孫だ」
「はあ、あっ……それで、久世家の後を継ぐために、来たって……ことか?」
「結論で言えばそうだ」
「だけど、透の父親が……んっ」
「いや、唐澤は大した障害じゃない。久世の血も引いていないんだから。問題は祖父さんだ……いい加減素直になれよ」

 仰向けで快楽に耐えていたところ、昴は上に乗りかかってきた。
 久世に似たその顔で見つめられると、どうしようもなく渇望してしまう。

「……近づくな」
「まじで男になんて興味なかったんだけど……」

 耳たぶを甘噛みされ、次に首筋を舌が這う。屹立しっぱなしのそこをまたも握られて、身体が震えた。

「せっかく同じ顔にしたんなら、立場を奪うだけでなく、婚約者も奪えば、あいつは絶望するだろうと思った」

 ぬるぬるといじられながら、舌で乳首を転がし始めた。中には最強に振り切れたバイブが大きな音を立てて快楽を煽り高ぶらせてくる。

「まさかゲイだとは思わなかったけどな。ただ、幸運だったのは、ノーマルの俺でもそこまで嫌悪を感じない相手だったことだ」
 醜悪な表情が、久世を思わせる穏やかで優しげな眼差しに変わる。
 言いながら、バイブを抽挿する昴によって、刺激をいや増しにされる。
「はあん、んっ」
「正直言って瑞希よりもそそられる。日本ではかなりのレベルの女だと思ったけど、雅紀はそれ以上にいい……そろそろ限界か?」
 囁くような声も、久世の胸を射るようなそれにそっくり……いや、同じだ。
「んっ」
「雅紀……愛してるよ」
 くらりと来た。
 愛する男に言われて最も嬉しいといえる言葉だ。ここまで散々煽られて、そこには欲しいものが充てがわれて、そんな言葉を愛おしげに囁かれたら、今にも「欲しい」と言いたくなる。
 言いたくなるが、死んでも言いたくない。
 そんなことをしたら、久世に会わせる顔がない。久世の愛を失うだけでなく、彼に想像もできないほどのショックを与えてしまうだろう。どれほどの苦痛を味わわせてしまうのか、考えるだけで死にたくなる。
 そんなショックを彼に与えてしまうくらいなら、死んだほうがマシだ。

「Putain!」

 思いっきり舌を噛んだ瞬間、昴の狼狽した声が聞こえた。
 口の中に鉄の味がして、どろどろとしたものが喉をつたい、激痛に安堵を重ねたとき、口の中に何かが入ってきた。

「Merde! ……ってえ」

 昴の指だったらしい。何なのかわからず、歯を当ててみたところ、皮膚の感触と厚みでそれがわかった。

「離せ……いや、そのまま噛んでろ。くそ、止血できるやつは?」

 うろたえの声戸ともに中で蠢いていたバイブが停止し、同時に取り出される感触があった。
 指ではなく再び自分の舌を噛むべく口内で動かしてみたが、昴の指はしっかりとガードするようにあてがわれていて、動かせない。

「やめろ。舌噛むとその瞬間死ぬわけじゃねえんだぞ。窒息死って想像よりも何倍もむごいんだ」

 むごかろうが、この状況では死に方なんて選べない。
 激痛による躊躇よりも、死を望む感情が勝った。

「ああ、あった」

 ごそごそと袋のすれる音と、昴の安堵した声がした。
 噛みちぎることができたら、舌が喉の方へ収縮して窒息死をするはずだった。そのはずが、激痛に耐えながらの失血死になってしまった。
 舌打ちをしたくても、舌は痛みで動かせない。まあ、いいか。死ぬことには変わりないのだから。
 そう、激痛に支配された頭の隅で安堵していたところ、舌に針の刺さるような痛みがあった。
 あいつは医師免許を持っているんだっけ?
 納得しつつも、余計な真似をしやがってと苛立った。
 どれだけ頭を働かせても、この先に待つ未来は最悪なものしか考えつかなかった。
 昴の望み通り自分が懇願しなくても、薬の効果が切れるまえにレイプされていただろう。その映像と、すでに撮られてしまった映像を編集で繋ぎ合わされたら、悦んで昴を受け入れる映像が完成していたはずだ。
 それを久世が見てしまったら手遅れだ。どんな言い訳もできない。
 おそらく許してはくれるだろうけど、自分のようにトラウマにはなるはずだ。
 だったら、拒否の姿勢を見せるために死を選んだほうがマシだと思った。
 文字通り死ぬほど嫌だったとわかってもらえれば、久世に対する愛を誤解されずに済む。そう思った。
 命や人生なんて惜しくはない。
 久世を失う未来しか残されていないなら、人生に未練などない。
 久世のために死ねるなら、それ以上のものはない……

「何してやがる」

 何やら聞き覚えのある声がして、消えかけていた意識がはっと戻った。

「どうしたんだ?」
 今度は別の男だ。
「……Papa」
「これはまずい。ガーゼや消毒液は?」
「今局麻を入れたところ……NSもある」
 何人かの慌てふためく声や、がさごそと何かをひっくり返す音を聞きながら、再び意識が遠のいていく。
「櫻田、救急車を呼べ」
「なんで私が……」
「あの状態の志信ができるかよ」

 女の声もした。聞き覚えがあるような気がするが、誰かまではわからない。
 貧血なのだろうか。そこまで大量に出血していないはずなのに、おかしいなあ……
 そう考えたところで、生田の意識は途切れた。
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