色街の鬼

文字の大きさ
3 / 6
色街の鬼 

弍 名無しの鬼

しおりを挟む
「ごめんくださいませ。」


数日経った頃、あの女がまた店に現れた。

あの時の可愛らしい禿を伴って。



「おぉ。あんたも気が早いな。まだ何も出来上がってねえってのに。」


「いいえ、今日はこの子が。どうしてもここへ来たいと言うので。」


女の隣で、禿がお日様のように微笑む。

あの日よねさんと過ごした時間が、余程楽しかったのだろう。


「なるほどな。構わねえよ。おおい。」


俺が手を鳴らすと、草履をぱたぱたといわせながらよねさんが小走りで現れる。

まるで、自分の孫娘が帰って来たような気持ちなのだろう。


「よねさん、こっちにも茶と茶菓子を頼むよ。その子は、あんたに任せる。」



よねさんは嬉しそうに娘の手を握り、店の奥へと引っ込んで行った。


「すみません。商いのお邪魔をしてしまって。」


「別に構わねえよ。どうせこの時期には滅多に客なんざ来ねえからな。あの娘、よねさんの亡くなった孫娘に似てるみたいでな。あの人の気晴らしになるなら、丁度良いさ。」


俺が笑うと、女もにこりと微笑んだ。



暖かい日が差し込む朝の縁側に、茶を挟んで並んで座る。

女房をもらうとこんな気分になるのか、なんて柄でも無い事を考えてしまう。



俺がふと女の方に顔を向けると、女は不思議そうな顔をして見つめ返し、にこりと微笑む。


こんな無垢な顔をする女が、遊女だなんて信じられねえ。



やはり、女は鬼か魔物だ。




「そういや、名を聞いていなかったな。あんた、名は?」


「ふふ。きちんと台帳に『鬼』と書いたでしょう。」




名を書かなかったのは、この女なりの『悪戯』のつもりなのだろう。

名を聞かなくても、こんな美しい女などそうそう居るものではない。





「ふざけるなよ。そんな恐ろしい名前の娘が居るかよ。」

俺は、返し方が分からずぽりぽりと頭を掻いた。




茶を取ろうと前屈みになった女の髪の上で、見事な金の花簪が揺れる。


「それ、見せてもらえるかい?」


「これですか?」


女が艶のある黒髪からするりと簪を引き抜き、俺の手のひらに乗せる。

一瞬触れた指先の感触が、何とも言えず温かかった。



「勿体ねえな。飾りが壊れてやがる。」


「あぁ…それは、以前一度人手に渡ってしまった事があるんです。その時壊れたのかもしれないんですが、何度直してもらっても気に入らなくて。両親の、形見なんです。」



しまった…


またやった…



「そうかい。悪い事聞いちまったな。」


「いいえ。昔の話ですから。」


「綺麗な女になって、親父さんもお袋さんも喜んでるさ。」


「…え?」


「あ、あぁ、すまねぇ。気にしないでくれ。」


「ふふ。」


「なんだよ。」


「いえ、そんな風に真っ直ぐに私の目を見て『綺麗だ』なんて言う男の人を、初めて見たものですから。」


「お、おいおい!からかうなよ!」


「ふふふ。」



耳から火が出そうだった。

鈴が鳴るような笑い声で、俺の心は溶けてしまいそうだった。




楽しい時間ほど、流れるのは早い。


そろそろ帰らねばと女が腰を上げ、俺はよねさんを呼び出す。


今度は砂糖菓子で口の周りが光っている娘の手を引いて、よねさんが現れた。


「よねさん。今度は紅でも引いてやったのかい。」



あの日のように女達は笑い、二人は帰って行った。





「若旦那。また、来てくれますかね?」


「さぁな。あの二人は、色街の人間だ。俺達とは住む世界が違う。あまり心を移さない事だ。別れが辛くなっちまう。」



俺に言われて、よねさんの顔が曇る。




俺は、よねさんに言っているふりをして、自分に言い聞かせていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

焔と華 ―信長と帰蝶の恋―

歴史・時代
うつけと呼ばれた男――織田信長。 政略の華とされた女――帰蝶(濃姫)。 冷えた政略結婚から始まったふたりの関係は、やがて本物の愛へと変わっていく。 戦乱の世を駆け抜けた「焔」と「華」の、儚くも燃え上がる恋の物語。 ※全編チャットGPTにて生成しています 加筆修正しています

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~

めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。  源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。  長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。  そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。  明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。 〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...