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王宮記録庫――そこは、国の成立から現在に至るまでのあらゆる契約と制度、条文、儀式の記録が保管された、いわば“国家の記憶”が眠る場所だった。
第二王子ユリウスの手引きにより、クラリスはその地下最深部――“封印記録室”への入室を許された。
同行を許されたのは、王家文官長と補佐役、それに一人の幻術師。
クラリスはその小部屋の重い鉄扉を前に、ふと息を飲んだ。
(ここに、王家と神殿の“起点”がある)
「開門、許可す――」
呪文詠唱とともに扉が静かに開き、中には、時を止めたような空間が広がっていた。
整然と並ぶ古文書、巻物、石板――
その一つ一つが魔術的封印を受けており、乱雑に開けば精神に反響が返る仕様になっている。
「こちらです。“最初の聖女制度締結記録”」
案内された棚から差し出された一冊の文書。
クラリスは封印の魔方陣に指先を触れ、幻属性の魔力でゆっくりと記憶を読み解いた。
――そこに記されていたのは、思いも寄らぬ言葉だった。
《王家の継続的統治のため、精神安定の象徴として“祈祷者”を置く。
祈祷者は定期的に“心の供物”を奉納し、王に接触することで政の均衡を保つ》
《その存在を民に対しては“神の代弁者”と称し、“聖女”と命名する》
「……始まりは、“神”ですらなかったのね」
幻の映像が彼女の脳裏に浮かび上がる。
第一代聖女とされる少女が、沈黙したまま玉座の横に立ち、定期的に王の耳元に囁く。
それは神託ではない。王の“精神均衡”を支える“感応者”としての仕事だった。
「つまり、聖女は“王のための幻”だったのです。国のためでも、民のためでもない」
クラリスの呟きに、ユリウスが目を伏せる。
「父王の治世でも、幾度か祈祷者交代がありました。“精神を病んだ”という理由で消えた者も多く……それを、“聖女の代替わり”として正当化していた」
「だから、セレスティアは“演じていた”。神に選ばれたと“言わされた”。すべては――制度の欺瞞を守るために」
重苦しい沈黙が、室内に落ちる。
クラリスは記録の末尾に書かれた一節に、目を止めた。
《“祈りは虚構なれど、民は癒される”
ゆえにこの制度、継続の価値あり》
「……違うわ。祈りが癒すのではない。“癒されたいと願う心”こそが祈りなのよ」
そう言って、クラリスはその記録を静かに閉じた。
「記録は破棄しません。残すべきです。虚構が続いたことも、それを信じたことも。すべてを知った上で、それでも新しい祈りを生むべきだと示すために」
ユリウスは頷いた。
「……あなたがいたから、ここまで来られた」
クラリスは一つだけ笑って答えた。
「私は、ただ“幻を読み解いただけ”。でも――その幻の中にも、真実はあったと信じたいの」
王宮の記憶が今、風にさらされるように明るみに出た。
そしてクラリスは、それを糧に――さらに先の未来へと、歩を進めていく。
第二王子ユリウスの手引きにより、クラリスはその地下最深部――“封印記録室”への入室を許された。
同行を許されたのは、王家文官長と補佐役、それに一人の幻術師。
クラリスはその小部屋の重い鉄扉を前に、ふと息を飲んだ。
(ここに、王家と神殿の“起点”がある)
「開門、許可す――」
呪文詠唱とともに扉が静かに開き、中には、時を止めたような空間が広がっていた。
整然と並ぶ古文書、巻物、石板――
その一つ一つが魔術的封印を受けており、乱雑に開けば精神に反響が返る仕様になっている。
「こちらです。“最初の聖女制度締結記録”」
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――そこに記されていたのは、思いも寄らぬ言葉だった。
《王家の継続的統治のため、精神安定の象徴として“祈祷者”を置く。
祈祷者は定期的に“心の供物”を奉納し、王に接触することで政の均衡を保つ》
《その存在を民に対しては“神の代弁者”と称し、“聖女”と命名する》
「……始まりは、“神”ですらなかったのね」
幻の映像が彼女の脳裏に浮かび上がる。
第一代聖女とされる少女が、沈黙したまま玉座の横に立ち、定期的に王の耳元に囁く。
それは神託ではない。王の“精神均衡”を支える“感応者”としての仕事だった。
「つまり、聖女は“王のための幻”だったのです。国のためでも、民のためでもない」
クラリスの呟きに、ユリウスが目を伏せる。
「父王の治世でも、幾度か祈祷者交代がありました。“精神を病んだ”という理由で消えた者も多く……それを、“聖女の代替わり”として正当化していた」
「だから、セレスティアは“演じていた”。神に選ばれたと“言わされた”。すべては――制度の欺瞞を守るために」
重苦しい沈黙が、室内に落ちる。
クラリスは記録の末尾に書かれた一節に、目を止めた。
《“祈りは虚構なれど、民は癒される”
ゆえにこの制度、継続の価値あり》
「……違うわ。祈りが癒すのではない。“癒されたいと願う心”こそが祈りなのよ」
そう言って、クラリスはその記録を静かに閉じた。
「記録は破棄しません。残すべきです。虚構が続いたことも、それを信じたことも。すべてを知った上で、それでも新しい祈りを生むべきだと示すために」
ユリウスは頷いた。
「……あなたがいたから、ここまで来られた」
クラリスは一つだけ笑って答えた。
「私は、ただ“幻を読み解いただけ”。でも――その幻の中にも、真実はあったと信じたいの」
王宮の記憶が今、風にさらされるように明るみに出た。
そしてクラリスは、それを糧に――さらに先の未来へと、歩を進めていく。
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