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王都の夏は、短くも眩しい。
日差しに照らされた石畳が熱を帯び、木陰では涼を求める人々が静かに語らい合う。
そんなある日、クラリスは王都北区の郊外に新たに設けられた「記憶の庭園」を訪れていた。
そこはかつて、聖女祈祷施設の一部だった建物の跡地。
神殿から民へ譲渡され、今では“語られなかった声”を記録し、誰でも閲覧できるよう公開された場所だった。
「記憶を埋めるのではなく、共に植える」
それが、この庭園の理念だった。
入口には小さな石碑が建っている。
《幻を見た者たちへ。あなたたちの記憶は、嘘ではなかった》
クラリスは、風に揺れる草花の中に一輪だけ咲く“幻の花”を見つけ、思わず微笑んだ。
「……あなた、ずっとここに咲いていたのね」
「この場所に根付いた初めての“幻”かもしれませんね」
声をかけてきたのは、ユリウスだった。
第二王子はすっかり見慣れた軽装姿で、王宮の威光を纏うことなく自然にその場に馴染んでいた。
「今日も政務を抜け出してきたの?」
「正式な視察です。……半分は、ね」
クラリスはふっと笑った。
ふたりは並んで園内を歩く。
そこには市民が記した短冊が木々に吊るされ、手紙のように読まれるようになっている。
《母に言えなかった“ありがとう”を、ここに》
《私が見た夢は、今でも確かに覚えている》
《忘れたくない幻がある。それが、私の始まりだった》
「ここは、“嘘を肯定する場所”じゃない。“語られなかった本音を、否定しない場所”なのよね」
クラリスの言葉に、ユリウスは頷いた。
「君が言っていた、“語るべきことが語られる世界”が、こうして形になった。……僕たちは、幻を壊したんじゃない。幻の中に“居場所”を作ったんだ」
やがて、ふたりは庭園の中央にある小さな東屋に腰を下ろす。
蝉の声が、遠くで響いている。
「クラリス。これからは、君が“新しい記録”を刻んでいく番だ。僕たちの国の、“誰にも断ち切られない物語”を」
クラリスはしばし黙ってから、小さく口を開いた。
「それは、ひとりでは書けないものよ。……だから、あなたにも手伝ってもらうわ。共に記し、共に伝える人として」
「もちろん。君の幻に、僕の言葉を添えるとしよう」
夏の風がふたりの間を抜け、幻の花がそっと揺れた。
かつては語ることさえ禁じられていた“幻”が、今や王国の“真実の記憶”として、根を張り始めていた。
そしてクラリスは知っていた。
幻とは、誰かが信じてくれた時、それが初めて“現実”になるということを。
日差しに照らされた石畳が熱を帯び、木陰では涼を求める人々が静かに語らい合う。
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