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春雨が王都の石畳を濡らす日、クラリスは一通の招待状を手にしていた。
差出人は、かつて彼女が教えを与えた青年――幻術語り部養成講座の第一期生であり、今では地方の語り場を主宰する若き指導者となった人物だった。
《先生へ
私たちの村に、“語りの小屋”ができました。
小さくて簡素な場所ですが、ここでは誰もが幻を語れます。
もしお時間があれば、一度お越しください。》
招待に応じて馬車で数日。
たどり着いた村は、王都とは違う静けさに包まれていた。
広場の片隅、丸太と石造りの素朴な建物――
それが“語りの小屋”だった。
「クラリス先生! 本当にいらしてくださったんですね!」
嬉しそうに駆け寄ってきた青年の顔には、あの日と同じ真っ直ぐな光が宿っていた。
「こんなに立派な場所を作ったのね。……幻は、ここでも語られているの?」
「ええ。最初は誰も話そうとしませんでした。でも、一人が語ると、次の人が手を挙げて。
いまでは、毎週夜になると、灯りを囲んで語りが始まるんです」
彼が案内してくれた小屋の中は、木の香りと小さな魔術灯に包まれていた。
壁には、訪れた人々の書き記した“幻の言葉”が紙片として飾られている。
《あのとき、私は泣けなかった。でも、いまは泣いてもいいと思えた》
《見た幻を誰にも話せなかった。でも、誰かが聞いてくれた》
「……これが、あなたの蒔いた種なのよ。私の言葉があったからじゃない。あなたが信じたから、芽が出たの」
「先生が、“語っていい”って言ってくれたからです。
それを信じる勇気を、もらったんです」
その言葉に、クラリスは胸の奥に広がる温かさを噛みしめた。
夜、小屋には村の人々が集まり、小さな“語りの会”が始まった。
火の灯る円卓を囲み、ひとりの老婆が静かに語り出す。
「昔ね……戦で息子を亡くしたとき、幻を見たの。
小さな手が、わたしの手を引いて歩いていく夢。
それを、ずっと誰にも話さなかった。
でも、いまなら言える。“あれは、幻じゃなかった。私の心そのものだった”って」
誰かが涙を拭き、誰かがそっと手を重ねる。
そしてその静寂のなか、クラリスは思う。
(幻は、忘れられないもの。語られることで、ようやく“遺る”のだ)
翌朝、クラリスは村を発つ前に、語りの小屋に一筆を遺した。
《ここで語られた幻は、すべて未来への灯火です。
火が絶えぬ限り、この小屋は王国で最も尊い記録庫となるでしょう。》
村を去る馬車の中、彼女はそっと微笑む。
語りは王都だけのものではない。
幻は、あらゆる場所で語られ、そして誰かの人生に静かに根を張っていく。
今日もまたひとつ、言葉が生まれ、幻が物語になった。
それはきっと、国のどこかで芽吹いた、もう一つの春だった。
差出人は、かつて彼女が教えを与えた青年――幻術語り部養成講座の第一期生であり、今では地方の語り場を主宰する若き指導者となった人物だった。
《先生へ
私たちの村に、“語りの小屋”ができました。
小さくて簡素な場所ですが、ここでは誰もが幻を語れます。
もしお時間があれば、一度お越しください。》
招待に応じて馬車で数日。
たどり着いた村は、王都とは違う静けさに包まれていた。
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「ええ。最初は誰も話そうとしませんでした。でも、一人が語ると、次の人が手を挙げて。
いまでは、毎週夜になると、灯りを囲んで語りが始まるんです」
彼が案内してくれた小屋の中は、木の香りと小さな魔術灯に包まれていた。
壁には、訪れた人々の書き記した“幻の言葉”が紙片として飾られている。
《あのとき、私は泣けなかった。でも、いまは泣いてもいいと思えた》
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「……これが、あなたの蒔いた種なのよ。私の言葉があったからじゃない。あなたが信じたから、芽が出たの」
「先生が、“語っていい”って言ってくれたからです。
それを信じる勇気を、もらったんです」
その言葉に、クラリスは胸の奥に広がる温かさを噛みしめた。
夜、小屋には村の人々が集まり、小さな“語りの会”が始まった。
火の灯る円卓を囲み、ひとりの老婆が静かに語り出す。
「昔ね……戦で息子を亡くしたとき、幻を見たの。
小さな手が、わたしの手を引いて歩いていく夢。
それを、ずっと誰にも話さなかった。
でも、いまなら言える。“あれは、幻じゃなかった。私の心そのものだった”って」
誰かが涙を拭き、誰かがそっと手を重ねる。
そしてその静寂のなか、クラリスは思う。
(幻は、忘れられないもの。語られることで、ようやく“遺る”のだ)
翌朝、クラリスは村を発つ前に、語りの小屋に一筆を遺した。
《ここで語られた幻は、すべて未来への灯火です。
火が絶えぬ限り、この小屋は王国で最も尊い記録庫となるでしょう。》
村を去る馬車の中、彼女はそっと微笑む。
語りは王都だけのものではない。
幻は、あらゆる場所で語られ、そして誰かの人生に静かに根を張っていく。
今日もまたひとつ、言葉が生まれ、幻が物語になった。
それはきっと、国のどこかで芽吹いた、もう一つの春だった。
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