50 / 50
50
しおりを挟む
春の終わり、王都に柔らかな雨が降った日。
クラリスは、記録館の最上階にある小部屋でひとり机に向かっていた。
手元にあるのは、一冊の古びた日記帳。
そこには、かつてクラリスが王都を離れ、実家に“引きこもった”日々の中で書き綴った、誰にも見せなかった想いがあった。
《私は悪役令嬢だと、言われた。
でもそれは、私が語らなかったから。
誰にも何も言わなかったから。
だから、誰かが私をそう決めた。》
あの日から始まった長い旅。
幻を見て、語って、記録して、渡して、継いで――
気づけば、語られる幻は王国中に息づき、語る者はあらゆる地に広がっていた。
けれどクラリスにとって、本当の“旅の終わり”は、ここだった。
彼女は静かに日記を閉じ、その表紙に新たな題を記す。
《わたし自身の記録》
書き終えた瞬間、扉がノックされた。
「失礼します。記憶保存庁より、新たな幻の報告が」
使者が差し出したのは、小さな紙片と音声水晶。
差出人は名もなき旅の詩人で、こう記されていた。
《幼い頃、誰にも語れなかった夢があります。
誰にも信じてもらえなかった景色。
でも、ラウエンシュタイン嬢の幻を読んで、
“語っていい”と、初めて思えました。》
クラリスは、水晶に耳を当てた。
流れてきたのは、震えるような小さな声。
けれど、確かに“真実を語る声”だった。
彼女はしばらく目を閉じ、そっと返答の紙をしたためる。
《あなたの幻は、確かに届きました。
だから、今度はあなたが誰かの幻を受け取ってください。
語りは続きます。
それを信じられる世界になったのですから。》
その夜、クラリスは幻術で映し出した記憶の庭に立っていた。
母と笑いあったあの日の幻。
初めて断罪された王宮の階段。
レオンと語った星空。
ユリウスと並んで見た“祈りなき祈りの間”。
すべての記憶が、もう幻ではなかった。
「私は……語ることが怖かった。
でもいまは、語られた言葉の中に、私自身を見つけられる」
風が吹き、光が花を揺らす。
最後に彼女は、記録帳の裏表紙にこう書いた。
《これは終わりではなく、“語りの始まり”の物語である。
幻は消えない。
それを語る人がいる限り――》
朝が来る。
王都の空は晴れ渡り、記録館の塔には一番目の陽が差し込んだ。
クラリス・フォン・ラウエンシュタイン。
かつて“悪役令嬢”と呼ばれたその少女は――
今、王国のすべての“語り部”たちのはじまりとして、
静かに、そして確かに微笑んでいた。
クラリスは、記録館の最上階にある小部屋でひとり机に向かっていた。
手元にあるのは、一冊の古びた日記帳。
そこには、かつてクラリスが王都を離れ、実家に“引きこもった”日々の中で書き綴った、誰にも見せなかった想いがあった。
《私は悪役令嬢だと、言われた。
でもそれは、私が語らなかったから。
誰にも何も言わなかったから。
だから、誰かが私をそう決めた。》
あの日から始まった長い旅。
幻を見て、語って、記録して、渡して、継いで――
気づけば、語られる幻は王国中に息づき、語る者はあらゆる地に広がっていた。
けれどクラリスにとって、本当の“旅の終わり”は、ここだった。
彼女は静かに日記を閉じ、その表紙に新たな題を記す。
《わたし自身の記録》
書き終えた瞬間、扉がノックされた。
「失礼します。記憶保存庁より、新たな幻の報告が」
使者が差し出したのは、小さな紙片と音声水晶。
差出人は名もなき旅の詩人で、こう記されていた。
《幼い頃、誰にも語れなかった夢があります。
誰にも信じてもらえなかった景色。
でも、ラウエンシュタイン嬢の幻を読んで、
“語っていい”と、初めて思えました。》
クラリスは、水晶に耳を当てた。
流れてきたのは、震えるような小さな声。
けれど、確かに“真実を語る声”だった。
彼女はしばらく目を閉じ、そっと返答の紙をしたためる。
《あなたの幻は、確かに届きました。
だから、今度はあなたが誰かの幻を受け取ってください。
語りは続きます。
それを信じられる世界になったのですから。》
その夜、クラリスは幻術で映し出した記憶の庭に立っていた。
母と笑いあったあの日の幻。
初めて断罪された王宮の階段。
レオンと語った星空。
ユリウスと並んで見た“祈りなき祈りの間”。
すべての記憶が、もう幻ではなかった。
「私は……語ることが怖かった。
でもいまは、語られた言葉の中に、私自身を見つけられる」
風が吹き、光が花を揺らす。
最後に彼女は、記録帳の裏表紙にこう書いた。
《これは終わりではなく、“語りの始まり”の物語である。
幻は消えない。
それを語る人がいる限り――》
朝が来る。
王都の空は晴れ渡り、記録館の塔には一番目の陽が差し込んだ。
クラリス・フォン・ラウエンシュタイン。
かつて“悪役令嬢”と呼ばれたその少女は――
今、王国のすべての“語り部”たちのはじまりとして、
静かに、そして確かに微笑んでいた。
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました
ゆっこ
恋愛
――あの日、私は確かに笑われた。
「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」
王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。
その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。
――婚約破棄。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!
志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」
皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。
そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?
『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
婚約破棄?はい、どうぞお好きに!悪役令嬢は忙しいんです
ほーみ
恋愛
王国アスティリア最大の劇場──もとい、王立学園の大講堂にて。
本日上演されるのは、わたくしリリアーナ・ヴァレンティアを断罪する、王太子殿下主催の茶番劇である。
壇上には、舞台の主役を気取った王太子アレクシス。その隣には、純白のドレスをひらつかせた侯爵令嬢エリーナ。
そして観客席には、好奇心で目を輝かせる学生たち。ざわめき、ひそひそ声、侮蔑の視線。
ふふ……完璧な舞台準備ね。
「リリアーナ・ヴァレンティア! そなたの悪行はすでに暴かれた!」
王太子の声が響く。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜
みおな
恋愛
公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。
当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。
どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる