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04,戦闘
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――ガキィィィンッ!
甲高い金属音が響いた。
グレイが手にしている純白の双剣と、サハクィエルが――どこからともなく手に持った、光すら通さない純黒の剣が交わった衝撃で、この場にいる全員の衣服が靡いた。
ゴクリとカラは息を呑んだ。二人が剣を手に取り振るった姿が全く見えなかったからだ。ハイレベルすぎる。
それを皮切りに、刃の応酬が止まず激しさを増すばかりになった。
超人視点から見ると、元々剣術も長けているグレイはともかく、六枚の翼や尻尾などを露わにしている、人外の姿であるサハクィエルの身のこなしはそれを無視したように軽やかで、ダンスでも踊っているかのように美しい。
「錬金術か! 瞬時に剣を錬成するとは、言うだけのことはあるな!」
「それはどうも。一応、お前もお前で中々なものだ」
バチンと火花が散り、刃がまた交わる。
「余裕か? 言っただろ、減らず口が出るのも今のうちだと!」
応酬の最中、グレイの手に魔力が凝縮する。その手をそのままサハクィエルに向けて突き出した。
「この竜に飲まれて消えるがいい――紅蓮の爆竜炎!」
そう唱えると、左手から人一人飲み込むほどの大きな炎が噴き出したと思えば、それはたちまち竜の姿に変化してサハクィエルに突っ込んだ。
「ダメですグレイ‼︎」
カラが咄嗟に叫ぶ。
しかし静止が間に合わず、凄まじい爆音と同時に、サハクィエルの姿は炎に包まれた。熱気によって舞台が一部溶ける。
至近距離からの上級魔法の攻撃。並の人間なら確実に大怪我を負うほどの魔力が込められている。
普通の魔族でもまともに喰らえば、まず間違いなく致命傷だ。
そう、普通の魔族なら。
「口で言う割には弱いな。全く、損をした気分だ」
炎に包まれたはずのサハクィエルが呟くように言った直後。
六枚の黒翼が羽ばたくように動き、炎を掻き消す。
「え、う、嘘⁉︎」
その姿に、カラは驚きの声を上げた。誰がどう見てもそう思うに違いないだろう。
舞台が一部溶けるほどの魔法をまともに受けて、人間なら本当に灰すら残らないはず。人間より頑丈である魔族でも、致命傷を負うほどのダメージだ。
なのにサハクィエルの身体には火傷が一つもなく、それどころか衣服も無傷の状態だ。普通に、あり得ない。
それとは対照的に、グレイは何の反応もなかった。というより、先程の笑みを深めていた。
「やはり“アレ”の言う通り、貴様ではこの程度の力では埒が開かないようだな」
まるで予想通りと言わんばかりに。
「“アレ”とは、誰のことだ?」
グレイが口にした“アレ”について、サハクィエルが反応して問う。
……当然、それを簡単に答えることはないだろうと思いつつ、だ。
「答える必要はないだろ? 貴様はこれから死ぬのだからな」
「グレイッ‼︎ これ以上、貴方が規定違反を犯すのならテストを中止し、すぐさまギルマスに報告します‼︎」
そのグレイの発言に、カラは強く言葉を発した。
査定者はこんな状況になっても反応なし。グレイに買収されたのはもう明白だった。
「好きにすればいい。“この力”を披露すれば、ギルマスなど何も言えやしないわ」
しかし、グレイは聞く耳を持たなかった。明らかな殺意と敵意で、サハクィエルを見据える。
その言葉に、カラは不穏な空気を感じ取った。
(“この力”? グレイは何をやろうとしているの?)
瞬間。
闘技場、いや下手をすればこの国全土を震わせるような、膨大で強大な魔力がグレイから湧き上がる。
あまりの膨大さと圧力に舞台のヒビがさらに増し、ところどころが割れる。
それにカラは震え冷や汗を流して、サハクィエルはまるで見せ物を見ているような目で、グレイを見ていた。
その様子を見て、グレイは勝ち誇ったように笑う。
「知るがいい、この俺の本当の力をな! ――完全顕現‼︎」
そう宣言するように叫んだ刹那。
グレイから目を突き刺すほどの閃光が溢れ、闘技場を照らした。
同時に轟音が響き、まるで地震のように地が揺れる。
あまりの状況に、カラ以外の人間が情けない声を上げて尻餅をついたりしていた。
「ぐっ……ぅ……」
凄まじい魔力と閃光にカラは立ち眩み、膝をついてしまう。
が、その前にサハクィエルが抱きかかえた。
「サ、サハ……」
「しー。私はともかく、お前ではこの魔力に耐えられん。少し舞台から離れて傍観していれば良い」
耳打ちで手短に伝えて、サハクィエルはカラを舞台のギリギリのところまで移動させた。
瞬間移動並みに動いて元の場所に戻ると、そこにはある存在がいた。
「俺より他人の心配か? そんな余裕は無いはずだろうに、ご苦労なことだ」
閃光が落ち着き消えた頃、その姿が露わになった。
歪な形をした黒い翼が二対、骨のような形をした白い尻尾が三本。その頭部には赤黒い角が二本生えている。
そしてその顔には禍々しい紋様が刻まれ、強烈な魔力が宿っていた。
もはやそれはグレイであって、グレイではない……であろう。
ニヤリと、その悪魔は再び笑みを浮かべる。
「始めようか……嬲り殺しをなぁ」
黒く染まった双剣の切先をサハクィエルに向けた。その剣から、黒い魔力が煙のように立ち上っている。
この異常な光景を遠くから見ていたカラは絶句した。どう考えても、人並みの行いでは得られない力だからだ。
だが、ふとして、ピンッと脳裏に電気が走り一つの確信を得た。
(アイツ……まさか、彼らを使って……)
彼ら、とは行方不明になっているギルドメンバーたちだ。
皆、グレイに虐められている者たちばかりでよく相談に来ていたのだが、証拠がほとんどなかったので本格的に捜査に入る前に行方不明になっていた。
それは、つまり。
(生贄を用いた“悪魔召喚”をしたの⁉︎)
“悪魔召喚”。
悪魔を崇める狂信者たちが作った、悪魔という魔族を呼び出すための黒魔法。
これをグレイがギルドメンバーたちを言葉巧みに集め実行して、悪魔の力を賜ったのだろう。目の前のそれが物語らせている。
禁忌と言われる魔法を駆使した理由は、グレイの性格から見れば単純明快。明らかに名誉欲しさ……つまり、最強称号である『勇者』になりたいがためだ。彼が一度それを皆の前で豪語していたのでひどく覚えていた。
「そんなものの為に……ッ!」と、カラがグレイに怒りを彷彿とさせている中、当のグレイは目の前にいるサハクィエルに言った。
「貴様が悪いのだ。俺の獲物を庇うような真似をしやがって……一目見た時から気に食わなかったのだ。それに丁度いい実験体でもあるからなぁ……俺を怒らせたことを後悔し、泣き喚きながら地獄に堕ちろ」
想像を絶するほどの魔力を持った翼を広げ、剣に纏う黒い魔力が燃える炎のように激しさを増す。
反逆者は排除する。
それは『国』を動かし続けるためには必須のことで、見せしめに処刑することによって服従することが一番の幸せだと思い込ませる。
支配に特化した者のやり方であり、グレイにとっては至極真っ当な行動だろう。
そうして相手は顔を青褪め、ガクガク震えて涙を流し――
「何が『嬲り殺し』だ、馬鹿馬鹿しい。そんなに見せびらかしたいのなら勝手にしていろ。何の脅しにもなりはしない……そもそも、そんな可愛いもので怯むなど考えている時点で、お前は私が求める『至高の華』として最低だ。それを摘み取るに値せん」
――ていない。
先程までの笑みが嘘のように消えてまるで失望しような表情で、サハクィエルはグレイを見てそう言った。
彼の中では、本当に涙を流し泣き喚きながら謝罪する、とでも思っていたのだろう。言葉の意味を理解できずに、グレイは唖然としていた。
しかし、そんなことを気にせずに、サハクィエルは静かに続ける。
「来るが良い。借り物の力でやれると言うのならやってみろよ」
なんかラスボスみたいなこと言っている……、カラはそんな事を思ったが、口には出さなかった。
途端、グレイの濁った赤い目に殺意が籠る。
歪な翼が、強大な魔力を誇示するように広がり切り、双剣に宿る魔力が今までにないほどに溢れ出る。
「愚かな魔族が‼︎ 死んで永劫俺に詫び続けろぉおおおお‼︎」
凄まじい速さで、黒い双剣がサハクィエルを切り裂かんとばかりに迫る。
迫る二人の姿が一瞬だけ見え――『何か』がグレイの横を通過して、闘技場の壁に深々く突き刺さった。その衝撃で、グレイは後方に吹き飛ぶ。
それは黒く輝く結晶のような槍だった。それも一本だけではない、三本だ。三本の巨大な槍が、ドリルのように乱回転して飛んできたのだ。
しかもただ飛ばしただけではない。グレイが手にしていた双剣と、片翼、全ての尻尾を確実に狙ってもろとも貫き、再起不能にしていた。
だが、サハクィエル本人はその場から全く動いていなかった。ただ、フッと嘲笑うような表情を浮かべているだけ。
(あの一瞬のうちに、全部砕いたっていうの……? しかも、命を取らずに……)
恐る恐る舞台の中央に戻ってきたカラは、グレイとは違う意味で絶句した。
必要最低限の槍を形成し的確に狙い放つ全てを、あの差し迫る一瞬の間にやったとでも言うのだろうか。とても並の魔族ができる芸当ではない。
一方のグレイは、何が起こったのか理解ができない故に混乱していた。
ただ破壊された剣と、崩れて消えていく翼と尻尾を見つめ、焼けるような痛みの中で原因を探ることしか出来ないでいる。
「な、なに、が……」
「言ったであろう? 借り物の力でやってみろと。その結果がこうして出ただけよ」
サハクィエルのその言葉にようやく理解が追い付いたのか、グレイは悲鳴に近い声で叫んだ。
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な‼︎ そんなはずがあるか⁉︎ 俺はっ、俺はあの創世神話の、【七十二柱の魔神】の一格を呼び出し、そいつから最強の力を貰ったのだぞ⁉︎ 貴様のような魔力が一切無い無能魔族に負けるはずがない‼︎」
それに対して、サハクィエルは静かに、冷たく返す。
「そうか……お前が、他者の力を賜わなければろくに魔族とも戦うことが出来ん“無能”だと言うことはよーく分かったよ♪」
と。いやらしい笑みを浮かべて。
『無能』と言う言葉に反応して、グレイは怒りの目をサハクィエルに向けた。
「む、のう、だと……⁉︎ 戯言を吐かせ‼︎ 後その笑顔止めろ気持ちが悪い‼︎」
そこまで言ってふと、彼の顔から苛立ちといかりが消える。
次の瞬間、残虐な笑みがその顔に満ちた。
「そう笑っているのも今のうちだぞ無能めが」
「酷く既知感を感じるな……なんだ?」
サハクィエルがそう問うと、グレイは笑って言った。
「くっははははは‼︎ 貴様と一緒にいたあの女がどうなってもいいのか?」
「は?」
「驚いただろう? 何もしていないとでも思ったのか? 今頃、魔神に落ちた頃合いだろうなぁ?」
「グレイ‼︎ 貴方って言う人は……‼︎」
傍観していたカラが憤怒する。
しかし、グレイはそれを気にもせずに言い放つ。
「さあ、今まで俺のしたことを謝罪して、この国から立ち去ると言うのならアイツを解放してやろう。どうする? ん?」
「……」
無言で、サハクィエルはグレイを見る。
「え……あの、サハクィエル?」
カラが彼に声をかけるが、何の反応もなかった。
そこには唖然とか、絶望した……と言う表情はなく、ただ涼しげにグレイを見ていた。
そう、ただ見る。
見る。
見る。
見る、だけ。
いつまで経っても返答はなく、見続けているだけだ。
その様子にグレイは地面に倒れたままで、残虐な笑みはそのまま凍り付いて、引くつき始めていた。
「おい聞いているのか? アイラの身が危ないのだぞ⁇ ……魔神に殺されているのかもしれないのだぞ⁉︎ お前の女が違う者に落とされているのかもしれないのだぞ⁉︎ それに何の反応もないのか⁇ 心配とかそう言うの無いのか⁉︎」
この状況は予期していなかったのか、グレイは焦り始める。今更ながら、一般的に至極真っ当な事を口にしている始末だ。
それを聞いて、サハクィエルは淡々と言った。
「アイラが勝手に引っ張られて連れてかれただけで、付き合っているわけではないわ。脳みそお花畑かお前? それに、聖女として最高最強の存在である彼女が、お前の『使い魔』ごときに落ちることもなければ死ぬわけがなかろう」
その言葉に、グレイは再び唖然した。
「え、は……え? あんなに仲良さそうに腕を回して……」
「余計な事を口走りそうだったから締め上げただけだ」
どう見えていたんだ、アホかお前は。とでも言いたげな目でグレイを見下していた。
グレイが何か言おうとした、その直後。
「えーと。これは一体どういう状況ですか? 受付嬢さん」
「え?」
話の中心人物であるアイラが、いつの間にか舞台に上がっていた。
どうしてここに来たのかはさておき、手に持っていた杖で、ボロボロになった白い悪魔を引きずりながら、先程の疑問を口にしていた。
おそらくそれが、アイラを襲ったという『魔神』なのだろう。
……見るも無惨な姿になっているのだが。
「ほれみろ。お前が呼んだ『使い魔』とやらはボロボロではないか」
サハクィエルがそう言ってアイラに向けて指差しする。
グレイはその指の先を見て、元々白かった顔がさらに青くなって、正しく顔面蒼白になって――声ならぬ絶叫を上げた。
そこから、どこから見ていたのか怒り心頭のギルマスが出てきて、グレイに裁きの鉄槌が下ったり。
アイラに対してもサハクィエルに対しても謝罪をして、グレイと白い悪魔を引きずる様に連れて王宮へと向かったりするのは、その直後だった。
※※※
5月18日、加筆しました。
甲高い金属音が響いた。
グレイが手にしている純白の双剣と、サハクィエルが――どこからともなく手に持った、光すら通さない純黒の剣が交わった衝撃で、この場にいる全員の衣服が靡いた。
ゴクリとカラは息を呑んだ。二人が剣を手に取り振るった姿が全く見えなかったからだ。ハイレベルすぎる。
それを皮切りに、刃の応酬が止まず激しさを増すばかりになった。
超人視点から見ると、元々剣術も長けているグレイはともかく、六枚の翼や尻尾などを露わにしている、人外の姿であるサハクィエルの身のこなしはそれを無視したように軽やかで、ダンスでも踊っているかのように美しい。
「錬金術か! 瞬時に剣を錬成するとは、言うだけのことはあるな!」
「それはどうも。一応、お前もお前で中々なものだ」
バチンと火花が散り、刃がまた交わる。
「余裕か? 言っただろ、減らず口が出るのも今のうちだと!」
応酬の最中、グレイの手に魔力が凝縮する。その手をそのままサハクィエルに向けて突き出した。
「この竜に飲まれて消えるがいい――紅蓮の爆竜炎!」
そう唱えると、左手から人一人飲み込むほどの大きな炎が噴き出したと思えば、それはたちまち竜の姿に変化してサハクィエルに突っ込んだ。
「ダメですグレイ‼︎」
カラが咄嗟に叫ぶ。
しかし静止が間に合わず、凄まじい爆音と同時に、サハクィエルの姿は炎に包まれた。熱気によって舞台が一部溶ける。
至近距離からの上級魔法の攻撃。並の人間なら確実に大怪我を負うほどの魔力が込められている。
普通の魔族でもまともに喰らえば、まず間違いなく致命傷だ。
そう、普通の魔族なら。
「口で言う割には弱いな。全く、損をした気分だ」
炎に包まれたはずのサハクィエルが呟くように言った直後。
六枚の黒翼が羽ばたくように動き、炎を掻き消す。
「え、う、嘘⁉︎」
その姿に、カラは驚きの声を上げた。誰がどう見てもそう思うに違いないだろう。
舞台が一部溶けるほどの魔法をまともに受けて、人間なら本当に灰すら残らないはず。人間より頑丈である魔族でも、致命傷を負うほどのダメージだ。
なのにサハクィエルの身体には火傷が一つもなく、それどころか衣服も無傷の状態だ。普通に、あり得ない。
それとは対照的に、グレイは何の反応もなかった。というより、先程の笑みを深めていた。
「やはり“アレ”の言う通り、貴様ではこの程度の力では埒が開かないようだな」
まるで予想通りと言わんばかりに。
「“アレ”とは、誰のことだ?」
グレイが口にした“アレ”について、サハクィエルが反応して問う。
……当然、それを簡単に答えることはないだろうと思いつつ、だ。
「答える必要はないだろ? 貴様はこれから死ぬのだからな」
「グレイッ‼︎ これ以上、貴方が規定違反を犯すのならテストを中止し、すぐさまギルマスに報告します‼︎」
そのグレイの発言に、カラは強く言葉を発した。
査定者はこんな状況になっても反応なし。グレイに買収されたのはもう明白だった。
「好きにすればいい。“この力”を披露すれば、ギルマスなど何も言えやしないわ」
しかし、グレイは聞く耳を持たなかった。明らかな殺意と敵意で、サハクィエルを見据える。
その言葉に、カラは不穏な空気を感じ取った。
(“この力”? グレイは何をやろうとしているの?)
瞬間。
闘技場、いや下手をすればこの国全土を震わせるような、膨大で強大な魔力がグレイから湧き上がる。
あまりの膨大さと圧力に舞台のヒビがさらに増し、ところどころが割れる。
それにカラは震え冷や汗を流して、サハクィエルはまるで見せ物を見ているような目で、グレイを見ていた。
その様子を見て、グレイは勝ち誇ったように笑う。
「知るがいい、この俺の本当の力をな! ――完全顕現‼︎」
そう宣言するように叫んだ刹那。
グレイから目を突き刺すほどの閃光が溢れ、闘技場を照らした。
同時に轟音が響き、まるで地震のように地が揺れる。
あまりの状況に、カラ以外の人間が情けない声を上げて尻餅をついたりしていた。
「ぐっ……ぅ……」
凄まじい魔力と閃光にカラは立ち眩み、膝をついてしまう。
が、その前にサハクィエルが抱きかかえた。
「サ、サハ……」
「しー。私はともかく、お前ではこの魔力に耐えられん。少し舞台から離れて傍観していれば良い」
耳打ちで手短に伝えて、サハクィエルはカラを舞台のギリギリのところまで移動させた。
瞬間移動並みに動いて元の場所に戻ると、そこにはある存在がいた。
「俺より他人の心配か? そんな余裕は無いはずだろうに、ご苦労なことだ」
閃光が落ち着き消えた頃、その姿が露わになった。
歪な形をした黒い翼が二対、骨のような形をした白い尻尾が三本。その頭部には赤黒い角が二本生えている。
そしてその顔には禍々しい紋様が刻まれ、強烈な魔力が宿っていた。
もはやそれはグレイであって、グレイではない……であろう。
ニヤリと、その悪魔は再び笑みを浮かべる。
「始めようか……嬲り殺しをなぁ」
黒く染まった双剣の切先をサハクィエルに向けた。その剣から、黒い魔力が煙のように立ち上っている。
この異常な光景を遠くから見ていたカラは絶句した。どう考えても、人並みの行いでは得られない力だからだ。
だが、ふとして、ピンッと脳裏に電気が走り一つの確信を得た。
(アイツ……まさか、彼らを使って……)
彼ら、とは行方不明になっているギルドメンバーたちだ。
皆、グレイに虐められている者たちばかりでよく相談に来ていたのだが、証拠がほとんどなかったので本格的に捜査に入る前に行方不明になっていた。
それは、つまり。
(生贄を用いた“悪魔召喚”をしたの⁉︎)
“悪魔召喚”。
悪魔を崇める狂信者たちが作った、悪魔という魔族を呼び出すための黒魔法。
これをグレイがギルドメンバーたちを言葉巧みに集め実行して、悪魔の力を賜ったのだろう。目の前のそれが物語らせている。
禁忌と言われる魔法を駆使した理由は、グレイの性格から見れば単純明快。明らかに名誉欲しさ……つまり、最強称号である『勇者』になりたいがためだ。彼が一度それを皆の前で豪語していたのでひどく覚えていた。
「そんなものの為に……ッ!」と、カラがグレイに怒りを彷彿とさせている中、当のグレイは目の前にいるサハクィエルに言った。
「貴様が悪いのだ。俺の獲物を庇うような真似をしやがって……一目見た時から気に食わなかったのだ。それに丁度いい実験体でもあるからなぁ……俺を怒らせたことを後悔し、泣き喚きながら地獄に堕ちろ」
想像を絶するほどの魔力を持った翼を広げ、剣に纏う黒い魔力が燃える炎のように激しさを増す。
反逆者は排除する。
それは『国』を動かし続けるためには必須のことで、見せしめに処刑することによって服従することが一番の幸せだと思い込ませる。
支配に特化した者のやり方であり、グレイにとっては至極真っ当な行動だろう。
そうして相手は顔を青褪め、ガクガク震えて涙を流し――
「何が『嬲り殺し』だ、馬鹿馬鹿しい。そんなに見せびらかしたいのなら勝手にしていろ。何の脅しにもなりはしない……そもそも、そんな可愛いもので怯むなど考えている時点で、お前は私が求める『至高の華』として最低だ。それを摘み取るに値せん」
――ていない。
先程までの笑みが嘘のように消えてまるで失望しような表情で、サハクィエルはグレイを見てそう言った。
彼の中では、本当に涙を流し泣き喚きながら謝罪する、とでも思っていたのだろう。言葉の意味を理解できずに、グレイは唖然としていた。
しかし、そんなことを気にせずに、サハクィエルは静かに続ける。
「来るが良い。借り物の力でやれると言うのならやってみろよ」
なんかラスボスみたいなこと言っている……、カラはそんな事を思ったが、口には出さなかった。
途端、グレイの濁った赤い目に殺意が籠る。
歪な翼が、強大な魔力を誇示するように広がり切り、双剣に宿る魔力が今までにないほどに溢れ出る。
「愚かな魔族が‼︎ 死んで永劫俺に詫び続けろぉおおおお‼︎」
凄まじい速さで、黒い双剣がサハクィエルを切り裂かんとばかりに迫る。
迫る二人の姿が一瞬だけ見え――『何か』がグレイの横を通過して、闘技場の壁に深々く突き刺さった。その衝撃で、グレイは後方に吹き飛ぶ。
それは黒く輝く結晶のような槍だった。それも一本だけではない、三本だ。三本の巨大な槍が、ドリルのように乱回転して飛んできたのだ。
しかもただ飛ばしただけではない。グレイが手にしていた双剣と、片翼、全ての尻尾を確実に狙ってもろとも貫き、再起不能にしていた。
だが、サハクィエル本人はその場から全く動いていなかった。ただ、フッと嘲笑うような表情を浮かべているだけ。
(あの一瞬のうちに、全部砕いたっていうの……? しかも、命を取らずに……)
恐る恐る舞台の中央に戻ってきたカラは、グレイとは違う意味で絶句した。
必要最低限の槍を形成し的確に狙い放つ全てを、あの差し迫る一瞬の間にやったとでも言うのだろうか。とても並の魔族ができる芸当ではない。
一方のグレイは、何が起こったのか理解ができない故に混乱していた。
ただ破壊された剣と、崩れて消えていく翼と尻尾を見つめ、焼けるような痛みの中で原因を探ることしか出来ないでいる。
「な、なに、が……」
「言ったであろう? 借り物の力でやってみろと。その結果がこうして出ただけよ」
サハクィエルのその言葉にようやく理解が追い付いたのか、グレイは悲鳴に近い声で叫んだ。
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な‼︎ そんなはずがあるか⁉︎ 俺はっ、俺はあの創世神話の、【七十二柱の魔神】の一格を呼び出し、そいつから最強の力を貰ったのだぞ⁉︎ 貴様のような魔力が一切無い無能魔族に負けるはずがない‼︎」
それに対して、サハクィエルは静かに、冷たく返す。
「そうか……お前が、他者の力を賜わなければろくに魔族とも戦うことが出来ん“無能”だと言うことはよーく分かったよ♪」
と。いやらしい笑みを浮かべて。
『無能』と言う言葉に反応して、グレイは怒りの目をサハクィエルに向けた。
「む、のう、だと……⁉︎ 戯言を吐かせ‼︎ 後その笑顔止めろ気持ちが悪い‼︎」
そこまで言ってふと、彼の顔から苛立ちといかりが消える。
次の瞬間、残虐な笑みがその顔に満ちた。
「そう笑っているのも今のうちだぞ無能めが」
「酷く既知感を感じるな……なんだ?」
サハクィエルがそう問うと、グレイは笑って言った。
「くっははははは‼︎ 貴様と一緒にいたあの女がどうなってもいいのか?」
「は?」
「驚いただろう? 何もしていないとでも思ったのか? 今頃、魔神に落ちた頃合いだろうなぁ?」
「グレイ‼︎ 貴方って言う人は……‼︎」
傍観していたカラが憤怒する。
しかし、グレイはそれを気にもせずに言い放つ。
「さあ、今まで俺のしたことを謝罪して、この国から立ち去ると言うのならアイツを解放してやろう。どうする? ん?」
「……」
無言で、サハクィエルはグレイを見る。
「え……あの、サハクィエル?」
カラが彼に声をかけるが、何の反応もなかった。
そこには唖然とか、絶望した……と言う表情はなく、ただ涼しげにグレイを見ていた。
そう、ただ見る。
見る。
見る。
見る、だけ。
いつまで経っても返答はなく、見続けているだけだ。
その様子にグレイは地面に倒れたままで、残虐な笑みはそのまま凍り付いて、引くつき始めていた。
「おい聞いているのか? アイラの身が危ないのだぞ⁇ ……魔神に殺されているのかもしれないのだぞ⁉︎ お前の女が違う者に落とされているのかもしれないのだぞ⁉︎ それに何の反応もないのか⁇ 心配とかそう言うの無いのか⁉︎」
この状況は予期していなかったのか、グレイは焦り始める。今更ながら、一般的に至極真っ当な事を口にしている始末だ。
それを聞いて、サハクィエルは淡々と言った。
「アイラが勝手に引っ張られて連れてかれただけで、付き合っているわけではないわ。脳みそお花畑かお前? それに、聖女として最高最強の存在である彼女が、お前の『使い魔』ごときに落ちることもなければ死ぬわけがなかろう」
その言葉に、グレイは再び唖然した。
「え、は……え? あんなに仲良さそうに腕を回して……」
「余計な事を口走りそうだったから締め上げただけだ」
どう見えていたんだ、アホかお前は。とでも言いたげな目でグレイを見下していた。
グレイが何か言おうとした、その直後。
「えーと。これは一体どういう状況ですか? 受付嬢さん」
「え?」
話の中心人物であるアイラが、いつの間にか舞台に上がっていた。
どうしてここに来たのかはさておき、手に持っていた杖で、ボロボロになった白い悪魔を引きずりながら、先程の疑問を口にしていた。
おそらくそれが、アイラを襲ったという『魔神』なのだろう。
……見るも無惨な姿になっているのだが。
「ほれみろ。お前が呼んだ『使い魔』とやらはボロボロではないか」
サハクィエルがそう言ってアイラに向けて指差しする。
グレイはその指の先を見て、元々白かった顔がさらに青くなって、正しく顔面蒼白になって――声ならぬ絶叫を上げた。
そこから、どこから見ていたのか怒り心頭のギルマスが出てきて、グレイに裁きの鉄槌が下ったり。
アイラに対してもサハクィエルに対しても謝罪をして、グレイと白い悪魔を引きずる様に連れて王宮へと向かったりするのは、その直後だった。
※※※
5月18日、加筆しました。
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数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
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「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
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