罠に嵌められた悪役令嬢は流刑先の辺境で聖女と讃えられる

まるぽろ

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 川沿いを上流に向かい、目印がついた岩があるところで森の中に入る。荷馬車がやっと通れるほどの道なき道を進み、再び川へと戻る。ルゥが言うには、わざわざ迂回する理由は滝や段差があって荷馬車が通れないからだろうとのこと。
 
 数回ほど迂回を繰り返したところで野営をし、翌朝も上流を目指す。薄暗い森の中をゆっくり進んでいるとき、私は小さな違和感を覚えた。

「気付いたか?」

「なんとなくだけど、この先から森の雰囲気が違う気がする」

 正解だったのだろう、ルゥは満足そうに頷いている。でも、なにが違うのかはよく分からない。植生が変わっているわけでもないのに、ただ漠然と違うことだけが分かる。

「件の村は魔の森の中にあるようだ。もうすぐ領域に入るぞ。手綱をしっかり握っておけ」

 私は頷き、手綱を持つ手に力を込める。ゆっくり進んでいると、突然それは来た。本能が危険を知らせているのか、全身に鳥肌が立つ。ほぼ同時に、ベッセルが前脚を上げて立ち上がろうとした。私は手綱を引いて体を前に寄せ、太腿に力を込めてバランスを取る。

「ベッセル、大丈夫。落ち着いて」

 心臓が早鐘を打つように拍動しているが、私はできるだけゆっくりした口調でベッセルに声をかけた。すぐに落ち着きを取り戻したベッセルは、私に謝っているかのようにこちらを見てブルルと嘶く。

「私は大丈夫よ、ありがとう」

 首筋を優しく撫でる。パニックにはならなかったものの、ベッセルも私と同じように緊張しているのがわかる。

「お嬢もなかなかやるにゃ」

「もう少し詳しく伝えてくれてもいいんじゃない?」

「これは体験してみるのが一番なのにゃ。一つだけ言うなら、ベッセルが立ち上がろうとしたのはお嬢がビビったからにゃ」

 飄々としているパステルにジト目を向けたが、彼女には全く効果がなかった。それどころか、指摘されたことにぐうの音も出ない。ルシーナもオルフェも全く騒がなかったんだもの。

「振り落とされなかっただけマシだ。パステルが初めて森に入ったときは、尻尾をまたぐらに挟んでいたからな。それよりもお嬢、ここからは魔物と出くわす可能性がある。気を引き締めて進もう」

「にゃー!! そんな昔のこと今更蒸し返すんじゃないにゃ!」

 二人のじゃれあいに肩の力が抜け、頬が緩む。魔の森に入ったというのに、いつもと変わらない二人がとても心強く感じた。


 遅めの並足で進むこと数時間後、先頭を進んでいたルゥがルシーナを止まらせた。

「お嬢、ベッセルから下りろ。パステル、釣り出せるか?」

「あいにゃ。お嬢、ちょっとオルフェを任せるにゃ」

「ルシーナも頼む。そこの大樹のそばにいろ」

 角馬たちから下りた二人は、手綱を私に渡してきた。パステルは森の奥へと消え、ルゥは開けた場所で背負っていた大剣を構える。私はベッセルたちを連れ、ルゥが示した太い木の根元へ向かった。

 緊張が高まっていき、冷や汗が流れる。生きている魔物を見るのはこれが初めてだ。数分もしないうちに、がさがさと木々がこすれる音が静かな森に響き、茂みの中からパステルが飛び出してきた。

イラトゥスエルク怒りん坊の鹿だにゃ!」

「角と後ろ脚での蹴りにさえ注意しておけばいい相手だ。お嬢、今回は見ているだけでいい」

 私は声を出すことも忘れ、ただ首を縦に振ることしかできなかった。パステルが出てきた茂みの奥から聞こえてくる大型動物が地面を蹴る低い音に、私の意識の大半が引き付けられていた。

 やがて姿を現した巨大な鹿、枝分かれした先端が鋭利な角の所々が赤く染まっている。それの血走った目と視線が交差した瞬間、威圧感に身が竦む。強烈な殺気に気圧され、思考が停止しかけた。

 ぐっ……これが本物の魔物なんだ。

 授業で話を聞いても、図鑑を読んでも感じられなかった、まるで死神の鎌が首元を撫でているような感覚に襲われる。ベッセルの背に跨り、逃げたしたくなる。だけど──

 ──私は強くなると決めたんだ。私は仲間の補助と回復を担う白魔道士、一番安全な場所にいる私が恐れ慄いてどうする。

 竦んだ身体なんて動かさなくていい。働かない頭を無理に動かす必要もない。ただ敵を見据え、魔力を練りあげろ。やり方は、授かった職業が教えてくれる。

 私がこうしている間にも、目の前では鹿とルゥの戦闘が繰り広げられている。角と大剣とは思えない、金属と金属がぶつかり合い、削り合うような音が耳をつんざく。それでも顔は逸らさず、掌をルゥに向けたままじっと待つ。

「…………『白銀の守人』」

 鹿と打ち合っていたルゥが跳び下がったタイミングで、私は魔法を発動させた。淡い銀色の光がルゥの体を覆い、彼は驚いた様子で一瞬だけこちらを見る。

「見事だ!」

 そう叫んだルゥは疾風のような速度で突進する。巨大な鹿が反応する間もなく、彼の振るった大剣の一閃が巨大な鹿を両断した。

 ……え?

「お嬢、助かっ……どうした?」

 へたり込んでしまっていた私の元へやってきたルゥが、怪訝そうな顔をして首を傾げる。

「あはは、今になって腰が抜けちゃった。それより、なんであんなにあっさり?」

「ああ、もう少し遊んで勘を取り戻そうと思っていたのだが、思わず力が漲ってしまった」

 遊んでたの? あれと? 

「にゃはは~。ルゥが本気を出すから私が遊べなかったにゃ~。お嬢は初めてで魔法を発動できただけでも大したものにゃよ」

 パステルが褒めてくれたが、ほとんど頭に入ってこない。

「……えっと、この魔物ってどれくらいの強さなの?」

「危険度はEの上位だったか?」

「浅域だし、そんなもんだにゃ」
 
 あれだけ恐ろしかった魔物を全く脅威に感じていない様子で話す二人に、私はただただ呆気にとられるばかりだった。
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