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しおりを挟む「これはお嬢が持っておけ」
ようやく足に力が入るようになった私に、ルゥが黒っぽい色の石を差し出してきた。
「これは……魔石?」
受け取った魔石を木漏れ日にかざしてみる。濃い紫色のガラスみたいでとても綺麗だ。
「初陣の記念にするといいにゃ」
「うん。大事にするわ。ありがとう」
ルゥとパステルの二人にお礼を言ってから布で丁寧に包み、革製のウエストポーチにしまう。ほとんど役に立っていないとはいえ、初めての戦いの証のような気がした。
「そろそろ進むぞ。俺はこいつを担いでいくから、お嬢はルシーナを頼む。パステルは警戒だ」
「あいにゃ」
担ぐって……あれを?
視線を巨大な鹿の遺骸に向ける。過去に牧場で見たことがある牛並みに大きく、数百キロはありそうだ。
どうするつもりなのか眺めていると、ルゥは鹿の横に寝そべり、絡み合うように手や足を組んでからぐるりと回転した。鹿の巨体の下敷きになったように見え悲鳴を上げかけるが、彼はその状態から立ち上がる。
「行こう」
そう言って、ルゥは鹿を肩に担いだまま歩き始めた。
幸いなことに一時間もせず、私たちは再び川へとたどり着いた。鹿を川に投げ込んだルゥがいきなり服を脱ぎ始めたのにはびっくりしたけれど、あれだけ血がついてたら気持ち悪いよね。
裸になったルゥは、雪解け水が流れる冷たい川で水浴びを始める。一方、パステルはまだ日が高いから遊んでくると言い、剣と短弓を持って森に入っていった。
私はどうしよう? 嫌な汗をかいたけどさすがに私は入れないし、とりあえずお湯を沸かそうかな。
次の日の午後、森を進んでいた私たちは、切り立った谷の中にぽっかりと空いた場所に出た。崖を背に、丸太で囲まれた村が見える。
「あれだな」
村人を刺激しないように、私たちはゆっくり村へと近づいていく。ようやく気付いたのだろう、門の上にある見張り台にいた人たちが慌ただしく動き始めた。
「止まれ! 何者だ!」
門の前にたどり着いた私たちに、弓を構えた人族の男性が問いかけてきた。
「私はシェリィ・ベルナール。依頼を受け、職業発現の儀のために参りました。ここに手紙を預っています。お確かめを」
「しばし待て!」
見張りの一人が台から下りていき、大きな鉈のような剣を持った熊人族の男性が僅かに開けられた門から出てきた。彼はひったくるように手紙を受け取り、じっくり目を通す。
「……これは確かにアランの字だ。長老に会わせる。神官だけ付いてまいれ」
「お嬢、帰るぞ」
熊人属の男性が私に向けて伸ばした手を払い、ルゥがそう言い放った。彼は払われた手を見つめ、ぷるぷると身体を震わせる。
「異人めが! アランとの約束を違えるのか!!」
「何が約束だ。お嬢を一人で村の中へなど行かせられるものか。さっさと長老たちに手紙を渡してこい」
「……貴様」
怒りを顕わにして睨みつける熊人族の男性に、ルゥは真っ向から相対する。2m近い身長を持つルゥだが、相手はそれよりも頭一つ高い。
「ルゥ、引いて。私たちは争いに来たわけではありません。貴方が村の安全を守るために言ったことは理解しています。
しかし、貴方が私たちを異人と呼び恐れているように、私たちも何も知らない村のことは怖いのです。三人で村の中に入れないのであれば、ここに子どもたちをお連れください」
「恐れてなどおらん! 子らを外に出すなどもってのほかだ!」
今度は、私に向かってがなり立てる熊人の男性。私が怖がっていると思ったのか、ルゥがすっと位置を変えたため彼の背中で男性の顔が隠れた。
「ではどうするのだ? 決定権がお前にあるのなら早く決めろ。我らを中に入れるか、入れないかだ」
「ベアーズの旦那、長老らにお伺いしたほうが……」
「ちっ、見張ってろ! おかしな様子があれば叩き斬れ!」
後ろにいた人族の男性の言葉で、熊人族の男性は捨て台詞を吐きながら村の中へと入っていった。
「なんであんなに喧嘩腰なのかしら?」
「熊人族は他人が縄張りに入るのを嫌う傾向が特に強いのにゃ。それに王様気質の奴が多いから、一旦格下認定されるとそいつみたいに苦労するはめになるにゃ」
「……仲間思いのいい人でもあるんですけどね」
「にゃはは、それでも面倒だと顔に書いてあるにゃ」
からからと笑うパステルに対し、見張りを命じられた人族の男性は顔を引きつらせて苦笑いする。それから彼も含めて世間話をしていると、扉の向こう側がざわめき始めた。
開け放たれた先にいたのは、老齢の女性。彼女は私たちを村の中に招き入れ、ゆっくりとした足取りで奥へと進み始める。
「素敵な村ね。花壇もあって、手入れが行き届いてるわ」
「そうだな。防壁や家屋もよく整備されている」
「衣服や農具、武器の質なんかももいいにゃ」
村は一見平凡なのだが、他の村々に比べると生活水準が高いのが見て取れた。高床の藁ぶき屋根の家が並び、農地には様々な作物が植えられている。なにより、子供が元気よく駆け回り、人々には笑顔があった。魔の森の中にあるとはとても思えない光景に、この村を変えたくないという気持ちがよくわかる。
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