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彼らが怯んでいる間に、手早く済ませよう。私はそう思い、鞄から筆記具と羊皮紙を取り出した。金額の欄に金貨三枚と記入していき、全文をもう一度確認してから中年の女性に差し出す。
「では、これらの契約書にお二人のサインをお願いします」
「え、ええ……」
笑顔を浮かべているパステルのほうをちらちらと気にしながら、彼女は私が差し出した三枚の契約書全てにサインしていく。それから中年男性もまた同じように名前を書いたことで、この契約は成立した。
「一通はあなた方がお持ちください。それでは失礼します」
彼らに軽く頭を下げ、踵を返して足早にその場を立ち去る。家から離れれば離れるほど、過呼吸気味になっていたノア君は、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
それでもぐったりしているノア君を川辺の岩に座らせて小し休む。私も横に座って抱きしめているうちに、いつしか彼は眠ってしまっていた。
ノア君の頭をそっと膝の上に載せる。周りを眺めれば、祭りであれだけ騒いでいたというのにすっかり綺麗に片付けられており、村人はそれぞれの仕事に精を出していた。
中には私が儀式を行った子たちもいて、早速何か教えてもらっている姿も見えた。こんなことが無ければ、本当にいい村なのに……。
ノア君の頭を撫でながら目を瞑る。太陽の光は温かく、小鳥のさえずりや、優しい風が柔らかい若葉をさわさわと揺らす音が聞こえる。春の心地よさを感じ、頭に上っていた血が全身を巡り始めたような気がした。
「あれ……僕は……」
「ノア君、おはよう。落ち着いた?」
膝の上で目を覚ましたノア君に優しく声をかける。彼はきょろきょろと辺りを見渡し、顔を赤くしてこくりと頷いた。私の声が聞こえたのか、小川にいたパステルも戻ってきた。
「やっと起きたにゃっ、ノアはあの連中にがつんと一言くらい言ってやればよかったのにゃ」
「パステル、無茶言わないの。ノア君にとって、彼らは魔物よりも怖い存在なのよ」
体調に支障をきたすほど強いトラウマなのに、文句なんて簡単に言えるものじゃない。
「そんなもんかにゃ~。まあいいにゃ、あたしとルゥでみっちり鍛えてやるにゃ」
「……ほどほどにね」
なんだろう。嫌なというよりも、ノア君が可哀想なことになる予感しかしない。お願いだから、無理なことはさせないでね?
私がそんなことを考えながらパステルを見つめていると、ルゥがノア君の頭を撫でながらしゃがみこむ。
「今はよい。刻まれた恐怖は、相手をとても巨大に見せるものだ。しかし、身体、技術、魔力そして心。全てを鍛えれば、あ奴らの小ささがわかるようになる」
「……僕でも?」
ノア君は少しびくびくしながらも身体を起こし、ルゥにそう尋ねた。慣れると結構可愛いんだけど、ルゥは狼みたいな顔をしてるからちょっと怖いよね。
「ああ、なれるとも。一年後、再びここに来る時にまでには鍛えてみせよう」
「ほんと?」
「ああ、ノアのギフトの効果はなんだ?」
「意思が強いほど成長が早くなる……」
「そう。すべてはお前の気持ち次第だ。やれるか?」
「……うん。頑張る」
ノア君はそう言ってぎゅっと手を握り締め、ルゥは笑みを浮かべて彼の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「だから……ルゥもほどほどにね?」
「あんな奴らに舐められっぱなしでは、お嬢の従者は務まらん」
「従者だからといって強くなくてもいいのよ?」
「強さとはなにも戦う力だけではない。努力に裏打ちされた堂々とした振る舞い。他人はその姿を見て、あいつは自分に自信があると判断するものだ。逆に自分に自信がない者は、必要以上に相手を大きくしてしまう。ノアに一番必要なことは、自分を誇れるようになることだ」
自信……か。確かにノア君は自己肯定感が低いものね。ゆっくりでいいから、自分のことを誇れるように、好きになってくれたらいいな。
それから、私たちは長老であるトラヌスさんのお宅を訪ねた。来客用と思われる部屋に通され、すぐにトラヌスさんが部屋の中に入ってきた。
「これはシェリィ殿、どうされましたかな」
「出立のご挨拶に参りました。それと、この子を従者見習いとして預かることになりましたのでご報告いたします」
横にいたノアの背中に軽く手を当てると、彼は一歩だけ前に出る。一方、トラヌスさんはこれでもかと言うほど目を見開いていた。
「そなたはノア、なのか? シェリィ殿、いったいどういうことですかな?」
「職業の恩恵を得られなかった哀れな子を助けるのも神官としての務めかと」
真実を全て話すことはできず、かといって嘘という訳でもない。これが神官の私にできるギリギリの言い訳だった。
「……ノアの両親の許可は得ているのですかの?」
「この通り、快諾していただいております。これは長老であるトラヌス様の分ですので、どうぞお持ちください」
残り二通の契約書のうち一通を取り出し、トラヌスさんに手渡す。彼はじっくりそれに目を通していく。
「これは……契約書? それに、この金銭は……」
「支度金です。『愛する奴隷』を手放すには必要とのことでしたので」
いけない、思わず口から毒が出てしまった。あのときの彼らを思い出すだけで、どうしても怒りがこみ上げてきてしまう。
「……ノア、本当に行くのか?」
「はい」
「……そうか。シェリィ殿、ノアのことよろしくお願い申し上げる」
ノア君の瞳をじっと見ていたトラヌスさんは、しばらく何かを考え込んだ後にどこかほっとした表情で私に頭を下げた。宿場町で出会った二人を外に出すことすら苦渋の決断だと言っていた。私たちも言いたいことはあっただろうが、それでもトラヌスさんは私の要求を呑んでくれた。
「承知いたしました。それとこちらはお返しします」
「っ! これは!」
「これが私の手元にあるとご心配でしょう」
取り出したのは、宿場町で受け取っていた魔力を回復させるポーション。この村を取り巻く様々な事情よりもノア君のことを優先してくれたトラヌスさんの思いに応えるには、これが一番だと思う。
「では、これらの契約書にお二人のサインをお願いします」
「え、ええ……」
笑顔を浮かべているパステルのほうをちらちらと気にしながら、彼女は私が差し出した三枚の契約書全てにサインしていく。それから中年男性もまた同じように名前を書いたことで、この契約は成立した。
「一通はあなた方がお持ちください。それでは失礼します」
彼らに軽く頭を下げ、踵を返して足早にその場を立ち去る。家から離れれば離れるほど、過呼吸気味になっていたノア君は、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
それでもぐったりしているノア君を川辺の岩に座らせて小し休む。私も横に座って抱きしめているうちに、いつしか彼は眠ってしまっていた。
ノア君の頭をそっと膝の上に載せる。周りを眺めれば、祭りであれだけ騒いでいたというのにすっかり綺麗に片付けられており、村人はそれぞれの仕事に精を出していた。
中には私が儀式を行った子たちもいて、早速何か教えてもらっている姿も見えた。こんなことが無ければ、本当にいい村なのに……。
ノア君の頭を撫でながら目を瞑る。太陽の光は温かく、小鳥のさえずりや、優しい風が柔らかい若葉をさわさわと揺らす音が聞こえる。春の心地よさを感じ、頭に上っていた血が全身を巡り始めたような気がした。
「あれ……僕は……」
「ノア君、おはよう。落ち着いた?」
膝の上で目を覚ましたノア君に優しく声をかける。彼はきょろきょろと辺りを見渡し、顔を赤くしてこくりと頷いた。私の声が聞こえたのか、小川にいたパステルも戻ってきた。
「やっと起きたにゃっ、ノアはあの連中にがつんと一言くらい言ってやればよかったのにゃ」
「パステル、無茶言わないの。ノア君にとって、彼らは魔物よりも怖い存在なのよ」
体調に支障をきたすほど強いトラウマなのに、文句なんて簡単に言えるものじゃない。
「そんなもんかにゃ~。まあいいにゃ、あたしとルゥでみっちり鍛えてやるにゃ」
「……ほどほどにね」
なんだろう。嫌なというよりも、ノア君が可哀想なことになる予感しかしない。お願いだから、無理なことはさせないでね?
私がそんなことを考えながらパステルを見つめていると、ルゥがノア君の頭を撫でながらしゃがみこむ。
「今はよい。刻まれた恐怖は、相手をとても巨大に見せるものだ。しかし、身体、技術、魔力そして心。全てを鍛えれば、あ奴らの小ささがわかるようになる」
「……僕でも?」
ノア君は少しびくびくしながらも身体を起こし、ルゥにそう尋ねた。慣れると結構可愛いんだけど、ルゥは狼みたいな顔をしてるからちょっと怖いよね。
「ああ、なれるとも。一年後、再びここに来る時にまでには鍛えてみせよう」
「ほんと?」
「ああ、ノアのギフトの効果はなんだ?」
「意思が強いほど成長が早くなる……」
「そう。すべてはお前の気持ち次第だ。やれるか?」
「……うん。頑張る」
ノア君はそう言ってぎゅっと手を握り締め、ルゥは笑みを浮かべて彼の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「だから……ルゥもほどほどにね?」
「あんな奴らに舐められっぱなしでは、お嬢の従者は務まらん」
「従者だからといって強くなくてもいいのよ?」
「強さとはなにも戦う力だけではない。努力に裏打ちされた堂々とした振る舞い。他人はその姿を見て、あいつは自分に自信があると判断するものだ。逆に自分に自信がない者は、必要以上に相手を大きくしてしまう。ノアに一番必要なことは、自分を誇れるようになることだ」
自信……か。確かにノア君は自己肯定感が低いものね。ゆっくりでいいから、自分のことを誇れるように、好きになってくれたらいいな。
それから、私たちは長老であるトラヌスさんのお宅を訪ねた。来客用と思われる部屋に通され、すぐにトラヌスさんが部屋の中に入ってきた。
「これはシェリィ殿、どうされましたかな」
「出立のご挨拶に参りました。それと、この子を従者見習いとして預かることになりましたのでご報告いたします」
横にいたノアの背中に軽く手を当てると、彼は一歩だけ前に出る。一方、トラヌスさんはこれでもかと言うほど目を見開いていた。
「そなたはノア、なのか? シェリィ殿、いったいどういうことですかな?」
「職業の恩恵を得られなかった哀れな子を助けるのも神官としての務めかと」
真実を全て話すことはできず、かといって嘘という訳でもない。これが神官の私にできるギリギリの言い訳だった。
「……ノアの両親の許可は得ているのですかの?」
「この通り、快諾していただいております。これは長老であるトラヌス様の分ですので、どうぞお持ちください」
残り二通の契約書のうち一通を取り出し、トラヌスさんに手渡す。彼はじっくりそれに目を通していく。
「これは……契約書? それに、この金銭は……」
「支度金です。『愛する奴隷』を手放すには必要とのことでしたので」
いけない、思わず口から毒が出てしまった。あのときの彼らを思い出すだけで、どうしても怒りがこみ上げてきてしまう。
「……ノア、本当に行くのか?」
「はい」
「……そうか。シェリィ殿、ノアのことよろしくお願い申し上げる」
ノア君の瞳をじっと見ていたトラヌスさんは、しばらく何かを考え込んだ後にどこかほっとした表情で私に頭を下げた。宿場町で出会った二人を外に出すことすら苦渋の決断だと言っていた。私たちも言いたいことはあっただろうが、それでもトラヌスさんは私の要求を呑んでくれた。
「承知いたしました。それとこちらはお返しします」
「っ! これは!」
「これが私の手元にあるとご心配でしょう」
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